氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第十三章 植物園

5 銀の小瓶(領主視点)

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5 銀の小瓶 (領主視点)



 このまま永遠に、話が何も進まないのではないか。

 焦るあまりに、小生は今、酷いことを言った。イチマルキウを庇うものは取り調べる、なんて。脅しもいいところだ。

「すまない、失言であった」

 家臣を敵に回すなと、父上からもしょっちゅうたしなめられている。わかってはいる。独裁者になんてなりたくはない。

 忌憚なく意見を述べる彼らの心をまとめられないのは、一重に小生の不徳のなせるところだった。

「この国を、罪のない者の犠牲の上に成り立つ国にしたくない」

 家臣たちからはなんの反応も無くなっていた。ここまで静かになられると、会議は逆にやりにくくなる。

「力を貸してほしい。小生が言いたかったのは、それだけだ」

 小生は席についた。すると、太鼓腹の伯爵が座ったまま言った。

「具体的なご提案がないとなんとも申せませんな。一体何をなさりたいのです」

 小生は腹立たしさを抑えて再び立った。

「何度も申し上げたように、夜のシブヤの警備と調査です」

 小生は席についてため息をつく。

「……流石は『スケシタ令』のご子息だ」

 誰かのボヤきが静まり返った議場に響いた。

「今の発言は誰だ」

 ジュンが立ち上がって、会場を見回す。

「いいって」

 小生はジュンを小突いて座らせた。

 七年前の王妃の風紀取締令は、いまだに宮廷での笑いのタネなのだ。経済不況を引き起こした、過去指折りの失策だと言われている。

 太鼓腹伯爵が立ち上がった。

「まあまあ皆様、確かあの条例が出たのは、領主様が王宮に初めてお越しになった年……領主様は当時わずか十歳。あまりに幼くて、かの禁止令がどのような結果を招いたか、ご存じないのやもしれません」

 そんなわけがないだろう。小生は天を仰ぐ。

 伯爵は、清すぎる水に魚住まずの御説を長々と繰り返した。風俗の取り締まりがよほど嫌だと見える。

 小生は腕組みをして話が終わるのを待つ。頭がぼんやりしてきた。家臣たちが、なんだかイチマルキウの地下で見た、仮面の男たちのように見えてきた。

「多少の遊びが黙認されている方が街は豊かで栄えるものです。元庶民であらせられる領主様はよくご存知のはずではございませんか」

 気持ち悪い。反吐が出る。すけべな心を隠して、もっともらしい御託を並べてやがる。

 しかしそれは、小生も同じこと。愛をお金で買おうとする大人たちを、責める資格は小生にはない。皆、寂しいのだ。この腹の出た男だって、独り寝に耐えかねる夜もあるのだろう……。

 小生はもう、発言する気力が萎えていくのを止められなかった。

「ん? 今話題になっておるのは、スケスケショウブシタギ禁止令の話かな?」

 唐突に、王が発言した。

 一同は一斉に玉座を振り返った。

「そう、あれは、実に素晴らしい法令であった……」

 え、あんた起きてたの?! という無言の驚きが場内を満たした。

 ついで、忖度合戦が始まった。

「王のおっしゃる通り……経済も大事ですが、やはり子供達の健全な育成を第一に考えることは我々の義務ですからな」
「なかなか異例の、厳しい法令ではありましたが、ご採択は英断だったと申し上げざるを得ません」

 王はにこにこして家臣たちのおべっかを聞いている。ずっと寝てた人の方が、小生の百倍も千倍も敬われているのだから嫌になる。

「うむ。よきにはからえ……そろそろまとめてくれるかの、城代」
「え、ええと……とにかく、慎重にいきましょうぞ、領主様。あとはこちらで検討いたしますゆえ」

 城代がこの場を丸く収めようとする。

 慎重に動くことに異存はない。ただ、今までの経験上、ここで話し合いを終わらせたら、そのままうやむやにされることは分かりきっていた。

「城代、事は一刻を争います。今も、心を殺されている子供達がいるのです」

 小生は再度立って、胸元から、最後の切り札を出した。

「昨夜イチマルキウで振る舞われた、柘榴酒なる飲み物です」

 そして小生は、昨夜城を抜け出したこと、この目で見たことを正直に話すことにした。

 もちろん、ビョルンと柘榴の名前は出さない。彼らに関してはこの場では一切伏せた。

 少年たちの身体を金で買う貴族たちの巣窟がどのような仕組みになっているか、詳細を一同に共有した。

「すぐに鑑識に回すつもりだ。これだけでも十分に、支配人を召喚する理由になると思う」

 諸侯たちも、さすがにもう居眠りはしていなかった。一同は、小生の提出した小瓶を順に手に取って、匂いを嗅いでは隣にまわしている。

「若者の憧れの場所であるイチマルキウでこのようなものが出回っているとなれば、見過ごすわけにいかない……。海の向こうでは、民が薬漬けになって滅びた国もあると聞く」

 対応を急いで欲しいという小生の意図が伝わっただろうか。

「皆の言うとおり、藪から棒に営業を停止させたりはしない。ただ、市街警備の強化と調査だけはこの場で承認をいただきたい」

 一通り回った酒は今、城代の手元にあった。

「城代、いかがでしょう」

 白髪の城代はおもむろに立ち上がると、小瓶の蓋をとって嗅ぎながら言った。

「実に……うまそうな酒ですな」

 どっと笑いの渦が巻き起こった。

「いやいや、しかし、お若い方にはちときついかも……」

 手を打って大笑いするものまである。小生の手元に、銀色の小瓶は返されてきた。

 小生は憮然として席についた。
 

*******************


 会議は、庭園の造園担当者の選定という平和な議題に移っていた。

「ケイト、その薬とイチマルキウ、僕が調べておく」

 ジュンが小生に耳打ちをした。

「いい。あとで教授のとこに持っていく」

 小生は腕組みをして前を向いたまま答えた。せっかくジュンが気を遣ってくれているのに、可愛くない返事だとは自分でも思う。

「昨日、やっぱり無断外出してたんだ」
「やっぱりって?」
「夜の巡回の時、お忍び用の栗毛がいなかったから」
「気付いてたの」
「門番に、栗毛に乗った侍従が帰ってきたら黙って開けてやれって言っておいた」
「あ! そうか、お前だったのか……」

 昨夜、帰りは薬の効果で朦朧としていた。門限を破ったのにどうして不問で裏門から入れたのか不思議だったんだ。

 小生は思わず、ジュンの手をぎゅっと握って感謝を述べた。

「しっ、会議中だよ……」

 ジュンは小生をたしなめる。

「庭のお手入れなんて知ったことか」
「聞こえるって」
「お礼ぐらい言わせてよ」
「礼なんていいんだよ」

 ジュンはなんでもないことのように目を伏せたまま言った。

「だけど一人で危ないことはしないで。いつも言ってるよね。何かあったらどうする気だったんだよ」

 静かな口調ながら、ジュンはめちゃくちゃ怒っていた。

 小生はじんとしてしまった。彼は昔から、見えないところで小生を数えきれないくらいサポートしてくれているのだ。ただ小生の身を案じてくれている。

「結局、頼れるのはお前だけか」
「大袈裟な……」

 ふと、トーマと目が合った。あいつも少しは心配してくれているのかもしれない。今日は珍しく会議中居眠りもしていない。昨夜はあまり寝ていないだろうに。

 トーマのやつは、深夜だというのに貸しが三つだの、あれは一つ分だの、まじでうるさかった。ジュンとは大違いだ。あれはあれで、思い出すとちょっと笑ってしまうのだが。

「何笑ってるの?」

 小生はなんでもないと首を振った。だがジュンは何か察したらしくトーマを睨んだ。ジュンの視線に気付いたトーマも何故か条件反射的に睨み返している。

 この二人のやりとり、昨日のトーマの告白を思うと、ちょっと複雑な気持ちだ。

「あれ、催淫剤だろ……他にも妙なクスリの香りがしてた」
「えっ……お前、信じてくれるの」
「喜んでる場合か! 自分が何をしたかわかってんの?」

 ジュンは小生の方に膝ごと体を向けた。

「ケイちゃんは死ぬか、もっと悪ければ貞操を奪われてたかもしれな……」

 小生は慌ててジュンを肘で小突く。今の声はデカかった。内容も、いただけなかった。

 王の横で、トーマが咳払いしながらこちらに片眉を上げた。あそこまで聞こえてるらしい。

「……無事に帰ってきたんだからいいだろ?」
「だめ。一人で動かないで。相談して。いいね」

 小生は頷くしかなかった。

「それに僕もイチマルキウについては個人的に調べたいと思ってたんだ……」
「そうなの? なんで?」
「ここでは話せない……」

 ジュンは手元の紙にサラサラと何か書いて小生の方に押しやった。

ーーあとで、会える?

 なんでいきなり筆談になるんだ。謎だったが、小生はとりあえず、黙って紙切れに返事を書く。

ーー観劇会の後はどう
ーーいいよ♡

 なんだこのマーク。眉間に皺を寄せてジュンを見た。ジュンは、しらっとした真顔である。

ーーありがとう
ーーケイちゃん愛してる♡

 小生は再びジュンの顔を見た。ジュンは、やはり、しらっとした真顔である。

 小生はペンを置き、議場に視線を泳がせた。

 我々が馬鹿な手紙をやりとりしている間も、会議は滞りなく進んでいた。







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