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第十三章 植物園
6 金色の窓(領主視点)
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6 金色の窓(領主視点)
会議が終わると、諸侯たちをもてなす午餐が始まった。
王は軽く食事を口にしたが、この後も公務があるために早々に部屋に上がってしまった。小生もさっさと広間を抜け出した。
図書館棟の上階に向かう。ここには学者たちの研究室が集まっている。王宮に来たばかりの小生にみっちり教育を施してくれた教授陣の部屋も、この棟内にある。だから、普段はあまり寄り付かない。
小生は薬学教授の研究室を訪ねた。無口な教授なりに、小生の久々の訪問を喜んでくれているようだったが、今は思い出話にひたる気分でもなかった。
銀の小瓶を渡し、成分を調べてほしいと依頼した。教授は少し匂いを嗅いで日に透かして眺めただけで、中のものがいかがわしい薬であることを察している。
「王子が持ち歩くような代物ではないようだが」
「家臣には頼めなくて……」
「訳ありのようすだな」
王宮で研究室を構えておきながら、教授は権威を嫌っていた。小生が諸侯会議でこてんぱんにされたと知るとかえって乗り気になった。結果は小生かジュンに知らせてくれと頼むと、すんなり承諾してくれた。小生は礼を言うと部屋を後にした。
図書館棟にはこの城で一番高い塔がある。天体観測用の巨大な望遠鏡が据えられた天文台だ。
久々にここまで来たことだしと、螺旋階段を登って、塔のてっぺんまで行くことにした。装飾も何もない、狭くて薄暗い階段を登るのは、頭を空っぽにするのにちょうどよかった。
息を切らしながら空を眺める。城と城下町、それを取り巻く港まで見渡せる。会議でのモヤモヤが晴れていくのを待って、再び階段を降りた。
行きはほとんど何も考えずに、ひたすら上を目指していたが、下りはなかなか骨が折れる。
塔の半ばくらいまで降りてくると、壁面にくり抜かれた窓からは、温室のある裏庭が見えた。
その時ふと、目に入った人影に小生は身を乗り出す。見間違いであれば良いのだが。階段を駆け降りて、もう少し近くの窓から再び外を覗く。
いや、見間違いではなかった。温室に向かう小道を、可憐な金髪の少年と、派手な羽飾りの帽子を被った男が楽しげに歩いている。
トーマと、アリオトだった。
暗い塔の中から、金色の日差しの中のオトを見つめる。目を射るくらいにまぶしかった。
彼がそこにいると思うだけで、小生の鼓動は激しくなる。小生の全ての細胞が、彼の名前を連呼している。苦しかった。
トーマのやつは、小生に見られているとも気付かずに、オトの肩を抱いて温室に入っていった。やけにご機嫌である。そりゃそうだろう。ああ、トーマ、そこを代われ。
呆然としたまま、二人の消えた温室を見つめる。
祈るようにして、ガラスの扉の再び開くのを待った。だが待てど暮らせど、二人が温室から出てくる気配はなかった。
少し目を離しただけで男にも女にも手を出してしまうトーマのことだ。今ごろオトに、言葉巧みに言い寄っているに違いなかった。
トーマは、他の有象無象と同じように、彼を可愛がるのかもしれない。僕がこの世でただ一人、手に入れたいと願った人を。
ーーー咲いているのを知っていて、どうして見てやらないのですか。
トーマの言葉が脳裏をよぎる。
幼い頃に一度訪れて以来、小生はあのガラスの庭園を自分から覗きにいくことはほとんどなかった。
魔法で永遠に咲き続ける満開の花は、美しいけれど、あまり好まなかった。休むことなく散り続けている花吹雪が、なぜか無性に怖かった。
あの桜吹雪を、オトはどんな顔で眺めるだろう。オトがあの花を初めて見上げる時、どうして隣にいるのが僕ではないのだろう。
窓から身を離す。
日差しに慣れた目は、この塔の中の暗がりを深緑色の闇に染めた。小生は延々とつづく見えない階段を、のろのろと手探りでくだっていった。いっそ足を踏み外して転がり落ちてしまいたい。もう、何もかも疲れた。
「アリオト……」
名前を呼ぶだけで、抱きしめた温もりも、キスした喜びも、全部よみがえる。馬上で振り返った笑顔も、髪の香りも、甘えるような仕草も。そして最後に見た、悲しそうな瞳も。
彼の瞳に映る資格を誰かに譲るということは、人生を諦めることにも等しいように思えた。僕だけを映していた子鹿のような瞳で、アリオトは今、何を見ているのだろう。
僕にはそれを知る権利がない。これから先、何回春が来て、花が咲いても、僕の傍に彼はいない。一生暗い塔の中から、指を咥えて金色の庭を眺めているだけ。アリオトを諦めるということは、そういうことだった。
気が付くと、無意識に、足が駆け出していた。地上に辿り着き、天文塔の重たい扉を蹴破るように外に出る。
***************
数分後、小生は息を切らして、温室の前に立っていた。
「おや、領主様? こんなところで何を」
赤い羽飾りのついた帽子を揺らして、トーマがガラスの扉から出てきた。
「…………別に」
トーマの後ろにオトの影を探すが、どこにもない。トーマは驚いたように小生に近づいてきた。
「うわ、何です。汗だくではないですか」
そういうとトーマはハンカチを取り出して小生の額の汗を拭おうとした。小生は無言でその手を払った。
「お前こそ……こんなところで……何をしてる」
「何って、これから出張に……」
トーマはきょとんとしていたが、やがてにやりと微笑むと、小生の肩を叩いた。
「なあるほど……」
「なんだよ」
「領主様ったら、わかっておられるじゃないですか……確かにここは、最高の場所です」
トーマのしたり顔に、小生は眉を顰める。
「中に居ますよ……」
オトのことだろう。不安と嫉妬で心臓が締め付けられる。まさかもう、彼に何かしたんじゃないだろうな?!
「しかしその汗はドン引きですな」
トーマはハンカチを押し付けてきた。小生が睨んでいるにも関わらず、なんだかわからないが、トーマはやけに嬉しそうなのだ。
「いいですね、つべこべいわずに……ですよ」
小生の耳元にそう囁くと、トーマは笑いながら去っていった。
会議が終わると、諸侯たちをもてなす午餐が始まった。
王は軽く食事を口にしたが、この後も公務があるために早々に部屋に上がってしまった。小生もさっさと広間を抜け出した。
図書館棟の上階に向かう。ここには学者たちの研究室が集まっている。王宮に来たばかりの小生にみっちり教育を施してくれた教授陣の部屋も、この棟内にある。だから、普段はあまり寄り付かない。
小生は薬学教授の研究室を訪ねた。無口な教授なりに、小生の久々の訪問を喜んでくれているようだったが、今は思い出話にひたる気分でもなかった。
銀の小瓶を渡し、成分を調べてほしいと依頼した。教授は少し匂いを嗅いで日に透かして眺めただけで、中のものがいかがわしい薬であることを察している。
「王子が持ち歩くような代物ではないようだが」
「家臣には頼めなくて……」
「訳ありのようすだな」
王宮で研究室を構えておきながら、教授は権威を嫌っていた。小生が諸侯会議でこてんぱんにされたと知るとかえって乗り気になった。結果は小生かジュンに知らせてくれと頼むと、すんなり承諾してくれた。小生は礼を言うと部屋を後にした。
図書館棟にはこの城で一番高い塔がある。天体観測用の巨大な望遠鏡が据えられた天文台だ。
久々にここまで来たことだしと、螺旋階段を登って、塔のてっぺんまで行くことにした。装飾も何もない、狭くて薄暗い階段を登るのは、頭を空っぽにするのにちょうどよかった。
息を切らしながら空を眺める。城と城下町、それを取り巻く港まで見渡せる。会議でのモヤモヤが晴れていくのを待って、再び階段を降りた。
行きはほとんど何も考えずに、ひたすら上を目指していたが、下りはなかなか骨が折れる。
塔の半ばくらいまで降りてくると、壁面にくり抜かれた窓からは、温室のある裏庭が見えた。
その時ふと、目に入った人影に小生は身を乗り出す。見間違いであれば良いのだが。階段を駆け降りて、もう少し近くの窓から再び外を覗く。
いや、見間違いではなかった。温室に向かう小道を、可憐な金髪の少年と、派手な羽飾りの帽子を被った男が楽しげに歩いている。
トーマと、アリオトだった。
暗い塔の中から、金色の日差しの中のオトを見つめる。目を射るくらいにまぶしかった。
彼がそこにいると思うだけで、小生の鼓動は激しくなる。小生の全ての細胞が、彼の名前を連呼している。苦しかった。
トーマのやつは、小生に見られているとも気付かずに、オトの肩を抱いて温室に入っていった。やけにご機嫌である。そりゃそうだろう。ああ、トーマ、そこを代われ。
呆然としたまま、二人の消えた温室を見つめる。
祈るようにして、ガラスの扉の再び開くのを待った。だが待てど暮らせど、二人が温室から出てくる気配はなかった。
少し目を離しただけで男にも女にも手を出してしまうトーマのことだ。今ごろオトに、言葉巧みに言い寄っているに違いなかった。
トーマは、他の有象無象と同じように、彼を可愛がるのかもしれない。僕がこの世でただ一人、手に入れたいと願った人を。
ーーー咲いているのを知っていて、どうして見てやらないのですか。
トーマの言葉が脳裏をよぎる。
幼い頃に一度訪れて以来、小生はあのガラスの庭園を自分から覗きにいくことはほとんどなかった。
魔法で永遠に咲き続ける満開の花は、美しいけれど、あまり好まなかった。休むことなく散り続けている花吹雪が、なぜか無性に怖かった。
あの桜吹雪を、オトはどんな顔で眺めるだろう。オトがあの花を初めて見上げる時、どうして隣にいるのが僕ではないのだろう。
窓から身を離す。
日差しに慣れた目は、この塔の中の暗がりを深緑色の闇に染めた。小生は延々とつづく見えない階段を、のろのろと手探りでくだっていった。いっそ足を踏み外して転がり落ちてしまいたい。もう、何もかも疲れた。
「アリオト……」
名前を呼ぶだけで、抱きしめた温もりも、キスした喜びも、全部よみがえる。馬上で振り返った笑顔も、髪の香りも、甘えるような仕草も。そして最後に見た、悲しそうな瞳も。
彼の瞳に映る資格を誰かに譲るということは、人生を諦めることにも等しいように思えた。僕だけを映していた子鹿のような瞳で、アリオトは今、何を見ているのだろう。
僕にはそれを知る権利がない。これから先、何回春が来て、花が咲いても、僕の傍に彼はいない。一生暗い塔の中から、指を咥えて金色の庭を眺めているだけ。アリオトを諦めるということは、そういうことだった。
気が付くと、無意識に、足が駆け出していた。地上に辿り着き、天文塔の重たい扉を蹴破るように外に出る。
***************
数分後、小生は息を切らして、温室の前に立っていた。
「おや、領主様? こんなところで何を」
赤い羽飾りのついた帽子を揺らして、トーマがガラスの扉から出てきた。
「…………別に」
トーマの後ろにオトの影を探すが、どこにもない。トーマは驚いたように小生に近づいてきた。
「うわ、何です。汗だくではないですか」
そういうとトーマはハンカチを取り出して小生の額の汗を拭おうとした。小生は無言でその手を払った。
「お前こそ……こんなところで……何をしてる」
「何って、これから出張に……」
トーマはきょとんとしていたが、やがてにやりと微笑むと、小生の肩を叩いた。
「なあるほど……」
「なんだよ」
「領主様ったら、わかっておられるじゃないですか……確かにここは、最高の場所です」
トーマのしたり顔に、小生は眉を顰める。
「中に居ますよ……」
オトのことだろう。不安と嫉妬で心臓が締め付けられる。まさかもう、彼に何かしたんじゃないだろうな?!
「しかしその汗はドン引きですな」
トーマはハンカチを押し付けてきた。小生が睨んでいるにも関わらず、なんだかわからないが、トーマはやけに嬉しそうなのだ。
「いいですね、つべこべいわずに……ですよ」
小生の耳元にそう囁くと、トーマは笑いながら去っていった。
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