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第十四章 告白
1 花は盛りに(領主視点)
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1 花は盛りに(領主視点)
温室の中を探し回ってみたが、オトの姿はどこにもなかった。
ガラスの橋から見渡したが、人影はない。二つのドームも回ったが気配はない。噴水を抜けて、小道の奥に進む。
桜の樹は午後の日差しに照らされながらしきりに散っていた。池を巡ってその裏にまわる。彫刻の施された手洗い場の陰には、地下にくだる階段がある。
あとはもう、ここしか残っていない。
階段を降りた先には天窓から淡い光のさす小部屋があり、庭師の道具が置かれている。壁を覆う蔦の陰には、小生の部屋に続く通路のドアがある。
扉を覆う蔦に、若干の違和感を覚えた。掻き分けられたような跡があったのだ。思わず腰に下げた金の鍵を探してから、バカなと苦笑する。
それは、昨日小生が城を抜け出す際に出入りした痕跡に違いなかった。第一、オトがたとえ扉の存在に気付いたにしても、鍵がなければ入れないのだ。
「まさかね……」
小生はため息をついて踵を返した。地上に戻ろうと階段を上がりかけ、半ばで立ち止まる。
「いや、ジュンに鍵を貰ったか……?」
ジュンにだけはこの扉の鍵を渡してある。オトはジュンの小姓だ。彼が鍵を手にする事も可能ではあった。
振り返って、蔦に覆われた扉を見つめる。
小生はオトが温室に入るところを見た。中にいるとトーマは言った。だがどこにもオトの姿はない。となれば、残るはやはりあの扉の奥……。
迷った。だが結局、小生は階段を登って温室へと戻った。
わざわざあの扉を開けてまで探しに行くのは、さすがにやりすぎだ。
あの扉から行けるところは小生の部屋以外にも色々ある。図書館、城内の食堂、避難用の薄暗い廊下……。わざわざあの扉から入る意味があるとすれば図書館の、禁書の部屋くらいだろうか。
おそらくオトは、禁書を見に行ったのだ。だが、一体、何のために。
ジュンの指示なのか、オトの意志なのか。どちらにしろ、何か目的があるはずだ。
ジュンは、イチマルキウを個人的に調べるつもりだったと言っていた。オトは、その資料集めを手伝っているのかもしれない。
あるいは、その逆も考えられた。
オトの身の上に関わることだからこそ、ジュンはイチマルキウを調べようとしていたのではないか。
いや、イチマルキウだけではないかも知れない。スケシタ、ザクロ酒、記憶を無くした船乗り、この庭の桜……。
あの部屋にはきっと、それら全てに関わる本がある。
***************
桜の根本のベンチに寝転がった。
小生の視界を桜の老木が包み込む。鯨の胎内にいるようだ。ぐるぐると螺旋を描きながら無数の花びらが舞い落ちてくる。
「君は誰なんだ」
小生は彼のことを何も知らない。
ジュンの遠い親戚というが、一体、何家の子息なのか。トーマの親戚でもあるはずなのだが、奴は知らない様子だった。
確かなのは、彼がタイミングよく、舞踏会の夜に現れたということだけ。
考えてみれば、彼に出会ってから、たった三日しか経っていないのだ。信じられない気持ちだった。たった三日で、小生は彼に完全にのぼせあがっている。
小生は無数の花びらの落下を追うのに疲れて目を逸らした。やっぱりこの渦に巻き込まれるのは怖かった。いくら綺麗でも。
「僕は何も知らない……」
目を閉じる。それでも逃れることができない。陽に染められた瞼裏には、掴めそうで掴めない何かが漂っていた。
小生の腰には、金色の鍵が下がっている。オトを追いかけようと思えば、すぐにでも追いかけることができた。禁書を漁る現場を捕らえ、何を企んでいるのかと問い詰めることもできる。
でも、そうはしなかった。とても出来る気がしなかった。
彼が何者か。小生はすでに、十分な徴を与えられている。そのことに、気付かないわけにはいかなかった。
***************
アリオトが城に現れたのとほぼ時を同じくして、イチマルキウに売られた少年がいる。
その、まだ見ぬ少年の姿に、僕はいつしか、彼の面影を重ねていた。
「アリオト……」
君の名前は、星の名前だった。北極星を指し示す星。まさか、それだけで君が王家の血筋だなんて思ったわけではない。だが君は船乗りのダンスを踊った。王妃の好む曲を、君の父も愛していたと言った。
君がどこから来たのか、誰にどんなふうに育てられ、なぜここに来たのか。目の前に並んだ事実だけを繋いで、僕はすらすらと言い当てることもできる気がした。
「アリオト=ビョルン」
たとえそれが、君の本当の名前だったとしても。僕たちが、血を分けた兄弟だったとしても。それは僕らの全てではない。僕が知りたいのはそんなことではなかった。
僕と君の間で起きていることが何なのか、それが知りたいだけだった。君を思うだけで、こんなに苦しくなるのはなぜなのか。
永遠に散り続ける桜の満開の下。めまいのように落ちているのは花びらなのか、自分なのか。全てが夢であればいい。何も考えずに眠ってしまいたかった。
「アリオト」
目が覚めた時、君があの優しい濡れた瞳で見つめてくれるなら、僕はもう、他には何もいらない。血も、名前も、天国への道も全部捨てる。全てを捨てて、君のものになろう。
ここにいるから、今度は君が僕を見つけてくれないだろうか。君が見つけてくれるまで、僕はここから動かない。動けないと思った。
温室の中を探し回ってみたが、オトの姿はどこにもなかった。
ガラスの橋から見渡したが、人影はない。二つのドームも回ったが気配はない。噴水を抜けて、小道の奥に進む。
桜の樹は午後の日差しに照らされながらしきりに散っていた。池を巡ってその裏にまわる。彫刻の施された手洗い場の陰には、地下にくだる階段がある。
あとはもう、ここしか残っていない。
階段を降りた先には天窓から淡い光のさす小部屋があり、庭師の道具が置かれている。壁を覆う蔦の陰には、小生の部屋に続く通路のドアがある。
扉を覆う蔦に、若干の違和感を覚えた。掻き分けられたような跡があったのだ。思わず腰に下げた金の鍵を探してから、バカなと苦笑する。
それは、昨日小生が城を抜け出す際に出入りした痕跡に違いなかった。第一、オトがたとえ扉の存在に気付いたにしても、鍵がなければ入れないのだ。
「まさかね……」
小生はため息をついて踵を返した。地上に戻ろうと階段を上がりかけ、半ばで立ち止まる。
「いや、ジュンに鍵を貰ったか……?」
ジュンにだけはこの扉の鍵を渡してある。オトはジュンの小姓だ。彼が鍵を手にする事も可能ではあった。
振り返って、蔦に覆われた扉を見つめる。
小生はオトが温室に入るところを見た。中にいるとトーマは言った。だがどこにもオトの姿はない。となれば、残るはやはりあの扉の奥……。
迷った。だが結局、小生は階段を登って温室へと戻った。
わざわざあの扉を開けてまで探しに行くのは、さすがにやりすぎだ。
あの扉から行けるところは小生の部屋以外にも色々ある。図書館、城内の食堂、避難用の薄暗い廊下……。わざわざあの扉から入る意味があるとすれば図書館の、禁書の部屋くらいだろうか。
おそらくオトは、禁書を見に行ったのだ。だが、一体、何のために。
ジュンの指示なのか、オトの意志なのか。どちらにしろ、何か目的があるはずだ。
ジュンは、イチマルキウを個人的に調べるつもりだったと言っていた。オトは、その資料集めを手伝っているのかもしれない。
あるいは、その逆も考えられた。
オトの身の上に関わることだからこそ、ジュンはイチマルキウを調べようとしていたのではないか。
いや、イチマルキウだけではないかも知れない。スケシタ、ザクロ酒、記憶を無くした船乗り、この庭の桜……。
あの部屋にはきっと、それら全てに関わる本がある。
***************
桜の根本のベンチに寝転がった。
小生の視界を桜の老木が包み込む。鯨の胎内にいるようだ。ぐるぐると螺旋を描きながら無数の花びらが舞い落ちてくる。
「君は誰なんだ」
小生は彼のことを何も知らない。
ジュンの遠い親戚というが、一体、何家の子息なのか。トーマの親戚でもあるはずなのだが、奴は知らない様子だった。
確かなのは、彼がタイミングよく、舞踏会の夜に現れたということだけ。
考えてみれば、彼に出会ってから、たった三日しか経っていないのだ。信じられない気持ちだった。たった三日で、小生は彼に完全にのぼせあがっている。
小生は無数の花びらの落下を追うのに疲れて目を逸らした。やっぱりこの渦に巻き込まれるのは怖かった。いくら綺麗でも。
「僕は何も知らない……」
目を閉じる。それでも逃れることができない。陽に染められた瞼裏には、掴めそうで掴めない何かが漂っていた。
小生の腰には、金色の鍵が下がっている。オトを追いかけようと思えば、すぐにでも追いかけることができた。禁書を漁る現場を捕らえ、何を企んでいるのかと問い詰めることもできる。
でも、そうはしなかった。とても出来る気がしなかった。
彼が何者か。小生はすでに、十分な徴を与えられている。そのことに、気付かないわけにはいかなかった。
***************
アリオトが城に現れたのとほぼ時を同じくして、イチマルキウに売られた少年がいる。
その、まだ見ぬ少年の姿に、僕はいつしか、彼の面影を重ねていた。
「アリオト……」
君の名前は、星の名前だった。北極星を指し示す星。まさか、それだけで君が王家の血筋だなんて思ったわけではない。だが君は船乗りのダンスを踊った。王妃の好む曲を、君の父も愛していたと言った。
君がどこから来たのか、誰にどんなふうに育てられ、なぜここに来たのか。目の前に並んだ事実だけを繋いで、僕はすらすらと言い当てることもできる気がした。
「アリオト=ビョルン」
たとえそれが、君の本当の名前だったとしても。僕たちが、血を分けた兄弟だったとしても。それは僕らの全てではない。僕が知りたいのはそんなことではなかった。
僕と君の間で起きていることが何なのか、それが知りたいだけだった。君を思うだけで、こんなに苦しくなるのはなぜなのか。
永遠に散り続ける桜の満開の下。めまいのように落ちているのは花びらなのか、自分なのか。全てが夢であればいい。何も考えずに眠ってしまいたかった。
「アリオト」
目が覚めた時、君があの優しい濡れた瞳で見つめてくれるなら、僕はもう、他には何もいらない。血も、名前も、天国への道も全部捨てる。全てを捨てて、君のものになろう。
ここにいるから、今度は君が僕を見つけてくれないだろうか。君が見つけてくれるまで、僕はここから動かない。動けないと思った。
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