氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第十四章 告白

3 記憶の魔法

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3 記憶の魔法


 比較的新しい本に、「魔法技術とその応用」というものがあった。

 そこに、ザクロ酒という、魔法の薬が載っていた。興奮や恋愛感情を促す媚薬だって書いてある。

 これはもしや、片思いにも効くのではないか。僕は期待してさらに読み進む。

「催淫効果がある。ただし効果は一時的なもの。副作用として、めまい、記憶の混乱や喪失……また、服用後は催眠にかかりやすくなる」

 だめだ、これは使えない。ザクロさんに教えてやるには危険すぎる代物だ。悪用するに決まってる。

「いや、もうすでに知っていたりして……」

 ザクロさんは魔法に詳しいのだ。ザクロ酒についても知っている可能性が高い。

 だけど、本人が魔法を使う姿なんて見たことがないな……。そう打ち消しかけて、ハッとする。

「ザクロさんは、おきゃ……っぐっ」

 これこれ。ザクロさんについて話そうとすると、なぜか言葉が出なくなる。これって、魔法の一種なのではなかろうか。

ーーー母さんに君のことを話そうとすると、途端に頭がぼうっとして……

 ホクトくんも、そんなことを言ってた。考えてみればそれって、絶対に普通じゃない。

 ザクロさんは魔法を使って、僕やホクトくんの思考を操っているのかもしれない。

「ザクロさんは、おっさ……っ……」

 それは、言葉が頭から急に抜け落ちてしまうような感覚に似ていた。何を言おうとしていたのか、身体が瞬間的に忘れてしまうような感じ。

 ザクロ酒は、「記憶を操る魔法」という項目の中で見つけたのだった。僕は遡って、記憶を操る魔法の解説を読み直した。

 長期の記憶、短期の記憶を抜き取ったり書き換える魔法が存在するようだ。

 ただそれは、使う魔女にも緻密な想像力と相当な技量が必要で、かなり高度な魔法らしい。

 それを手軽に、誰でも扱えるように改良したものに、媚薬と融合された「ザクロ酒」や、幻覚を生み出す「バラの煙」というものがあるのだそうだ。

「……記憶を操る技は、使い方次第で人間の営み全てを掌握することに至るもっとも危険な技術である。
 瞬間的な記憶を操れば、五感による情報も脳内で書き換えることができ、幻で人を惑わせることもできる。長期的な記憶の書き換えを集団に対して行えば、歴史や人格など、あらゆる物語を改変することができる。
 我々が自らが何者であるかを語るとき、その基盤となるのは『記憶』である。故に、その『記憶』を書き換える魔法は、最も複雑かつ危険な技術であり……」

 本を目で追いながらも、気付けば僕は、父さんのことを考えていた。


***************


 父さんは七年前、航海に出たきり行方不明になったことがあった。

 父さんも、その船の乗組員も、無事に帰ってきたものの、行方不明になっていた数ヶ月間の記憶が曖昧だった。数ヶ月も消息を絶っていたという自覚がなかったらしい。

 ザクロさんが父さんの船に乗るようになったのは、まさにその謎の空白期間においてなのだ。

 ザクロさんについては、少し前から雇っていた衣装係だということ以外、父さんは何も語らなかった。

 ザクロさんと出会ってからの父さんは、なんだかいつもぼうっとしてた。

 時々、僕のことさえ忘れてしまったかのように、不思議そうに見つめていることがあった。僕が父さんの留守中に悪さばかりしているというザクロさんの話も、鵜呑みにしてしまう。

 考えてみれば、そんなの、父さんらしくなかった。父さんは僕の気持ちを見抜くのが得意だったし、そもそも、誰に対しても公平な人だった。

 そして、僕と母さんのことを愛してた。父さんの宝物だっていつも言っていた。

「父さんは魔法をかけられて、僕と母さんの記憶を失っていたのかもしれない……」

 過去の記憶をなくしてしまっていたから、父さんは抜け殻のように、全く別人のようになったのではないか。

 思い出すこともなかった記憶が、次々とよみがえってくる。

 最後の船旅に出る数日前、父さんは、母さんのことも、よく思い出せないみたいだった。

 父さんの旅立ちの前日、夜中に、僕は拒まれることを覚悟で父さんの部屋に忍び込んだ。父さんは一人でベッドに腰掛けていた。

 僕は父さんに縋りついた。一緒に連れて行ってって、泣きながら頼んだ。

 父さんがいる間は優しいザクロさんだけど、父さんが出かけてしまうと、ザクロさんは僕を無視する。それでいて、僕が何をしても叱るんだ。毎日ひどい懲らしめがある。

「いい子でいよう、仲良くしようと思うのに、どうしてもできない……」

 僕はそれしか言えなかった。全部自分が悪いんだと思っていたから。ザクロさんに嫌われている、いびられているということがよく分かってなかったんだ。

 僕が泣き止むまで、父さんは黙って僕を抱いていてくれた。

「父さんと一緒に行きたい……」

 僕は父さんの目を見て頼んだ。すると、父さんは困惑したように僕の髪を撫でて、

「どこから来たんだい、坊や」

 っていったんだ。僕は固まったようになって、父さんから離れた。

 そして父さんは、心から気の毒そうな顔で、力になれなくて済まないって言ったんだ。

「お母さんはどうしたんだい?」

 まるで路上の迷子を見るような目だった。

 母さんは、天国に行ったんだよ。僕の名前はアリオトだよって、言い返すことができなかった。

 僕の目の前にいる父さんが、全く見知らぬ人みたいだったから。

 次の朝、目覚めた時、もう父さんはいなかった。僕を置いて出ていってしまったんだ。

 それっきり、僕は父さんに会っていない。僕はそれから五年間、父さんの帰りを待ち続けている。

 僕が悪い子だから、置いて行ったんだと思っていた。でも、そうじゃなかったのかも。僕の存在そのものを、父さんは忘れてしまっていたのだ。

 …………僕は苦しくなって本を閉じた。

 もう帰ろう、と思った。調べきれていないことはたくさんあった。でももう、帰りたかった。

 どこへ帰るべきなのか、僕にはもう、わからないけれど。




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