氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第十七章 観劇会

4 寵臣の末路※(領主視点)

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4 寵臣の末路 ※(領主視点)


 

「何をなさっているのですか、領主様っ!!」

 ふえっ?!

 突然の怒号に、小生は背後を振り仰いだ。そこには瀕死の執事がいた。

「見損ないましたぞ領主様……!」

 小生は言葉もなく、呆然と虚空を見つめた。

 脳裏いっぱいに広がっていたアリオトの優しい面影と、眼前で怒り狂う初老男性の顔面とのギャップが激しすぎた。

 愛の余韻から現実に引き戻される。

 小生は心からオトを欲し、オトもそれに応えてくれた。小生は恋の成就に我を忘れ、オトに溺れ、意識を失い、そして現在に至るのだった。

 叱責は甘んじて受けよう。執事の小言が耳間を流れていく。だが、「穢らわしい」と言う言葉だけは、聞き捨てならなかった。

 この奇跡が「穢らわしい」行為なら、この世の愛とか命も全て、穢らわしい営みということになるだろう。

 さすがに執事を黙らせ、天蓋の向こうへと下がらせた。

 執事の吐いた「穢らわしい」という言葉は、オトの耳にも入ってしまっただろうか……。

 オトの眼には、うっすら涙が浮かんでいた。小生は己の不覚を心から悔やんだ。オトにこんな思いをさせるとは。

「オト、ごめん。びっくりしたね」

 全ては、執事の乱入を許した小生の不注意のせいだ。家臣のノックにも気付かないほど深く眠ってしまうなんて、初めてのことだった。

 ごめん……と呟きながら頬にキスすると、涙の味がした。

 これはたった今溢れた涙だろうか。いや、違う。これは、初めて繋がった時の涙の跡だ……。

 オトの小鳩のような泣き声を思い出してムラッとする自分に呆れ果てる。

 小生は激しく首をふると、ベッドに散らかっているオトの服を拾いあつめ、一つ一つ着せかけてやった。

 痛いところはないか、辛いところはないか、手取り足取り確認する小生に、オトは小さな声でうん、うんと頷いた。

 やっぱり可愛くて仕方がない。ボタンを留めてやりながら首筋に一つキスしたら、止まらなくなった。

「だめだよ、領主様」

 オトは顔を伏せて、小生から距離を取ろうとする。

「執事さんが見てる……」

 小生の念頭からはもう、執事の存在など消えていたが、オトはそうもいかないらしい。オトは、四六時中誰かに監視されている状況に慣れていないのだ。

 オトの気持ちはわかる。それでも。小生は少々乱暴なくらいに強く抱きしめた。

「見てたら、困る?」

 せっかく思いが通じたのに、互いのことだけを見つめていられる時間はなんて短いんだろう。

 周囲の目など気にしなくていいと言い切れるだけの力が、自分にあればいいのに。

 小生にそんな力はない。君のためにできることといえば、全てを捨てることだけなんだ。

 不甲斐ない気持ちを噛み締めながら小生は言った。

「オト、あのね。君が僕のものになるっていうことは、こういうことなんだ……」

 頭には、とある王の先例があった。


***************


 先代の西の国の王が崩御したのは、小生がまだ市井で暮らしていた頃だ。

 王の死後まもなく、西の国では幾つかの粛清があった。新しい権力者たちによる、“罪人“もとい先王の後ろ盾をなくした者たちの処刑だ。

 最も人々の耳目を集めたのは、先王に「愛された」寵臣の処刑だ。

 彼は、燃え盛る鉄の棒で尻を串刺しにされたあと、生きたまま手足を割かれたという。教会からは破門され、葬儀もなく、汚物と一緒に葬られたそうだ。

 王の心を惑わし、民の血税を浪費した罪なら他の家臣たちも同じ。だが彼一人だけが、何故かそこまで残酷な処罰を与えられた。

 幼かった小生はそれが不思議だった。尋ねても、家の人たちは教えてくれなかった。

 が、街に出れば自然と大人たちの会話が耳に入る。小生の疑問はすぐに解決した。

 曰く、「王と穢らわしい関係を持ったこと」が、あの残酷な処刑の理由なのだ。

 西の先王と王妃との間には、世継ぎがなかった。それというのも、王が王妃をそっちのけにして、件の家臣を夜な夜な寵愛したためだという……。

 街の人々が面白おかしく語るのを、子供心に、ゾッとしながら聞いていた。

 歴史に見る王の寵姫たちの末路は、往々にして悲惨なものだ。まして寵姫が男となれば、風当たりは一層強くなる。

 件の西の寵臣には、偏見に満ちた不当な審判が下されたように思えてならない。嫌悪感や妬みで積み増しされた罪状も多分にあったはずだ。

 王に正当な後継者がいなかったことや、当時、西の国が飢饉に喘いでいたことも災いしただろう。

 あの残酷な公開処刑は、新国王の正当性を高め、重税に喘ぐ民の不満を逸らすための見せ物として利用されたのだ。

 いずれにせよ権力者の偏った愛は、家臣や諸侯の心を乱し、国の泰安に背く口実を与えることになる。

 そして悪意の矛先は、往々にして王自身でなく、愛された寵臣に向かう。それが一番恐ろしかった。


***************


 小生が責められるだけなら構わない。問題は、オトがその責めを負わされることだ。

「君に、辛い思いをさせたくない」

 幼く、同性で、近親関係にあるかもしれない少年を寵愛する領主には、反目する者も増えるだろう。

 この愛のせいで、国の安寧が乱されるかもしれない。小生が失脚すれば、オトが西の寵臣のような目に合うかもしれない。

 情けないことに、そのリスクをはねのけ、周囲を黙らせるだけの善政を行う自信が小生にはない。

「オト。僕はこの国を捨てるよ」

 小生にとって全てを捨てることはたやすかった。それはむしろ甘美な選択だった。

「この国を出て、結婚しよう、アリオト」

 僕は自分の指から銀の指輪を抜くと、オトの手のひらにそっと乗せた。そして、彼の返事を待った。

 オトはやがて、意を決したように言った。

「ケイトのためなら頑張っておきゃまになるよ、僕」

 人生の全てをかけたプロポーズに対する返答が、それであった。小生は思わず聞き返してしまった。

「えっ、おきゃま?」

 オトはこくりと頷いた。

 こちらが真剣に思い詰めている時に限って、オトは斜め上の発言をする。

 どうやらオトは、初めて会った時のような女装姿で小生の妻を名乗るつもりらしい。

「そうか。その手があったね。アリスさん?」

 小生は笑ってしまった。オトの思考回路を読むのに必死で、束の間、すべての深刻な悩みを忘れていた。

 オトは、いつも一瞬のうちに小生の心を軽くしてくれる。けれども、小生はどうだろう。オトを苦しめてばかりいるのではないだろうか。

「神様はお許しになるでしょうか」

 オトの青い瞳が小生を見上げた。

「神様だけは分かってくれてるよ。悪いのは僕で、君は何も悪くない」

 小生はそう言ったが、オトの慰めにはならなかったようだ。

 オトは悲しげな顔で、小生だけが責められるのはもっと嫌だと言った。どうしたらオトを笑顔にしてあげられるのか、わからなかった。

「ケイトのためなら何でもする。でも、ケイトが心から笑ってくれなくちゃ、何をしたって、意味がないんだよ」

 オトのグレーがかった碧い瞳は、僕の瞳の奥を見透かすように輝いていた。

「え?」

 小生はまた、オトの言葉を聞き返した。彼の最後の言葉の意味を、考え続けることになるとも知らずに。


 






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