氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第十七章 観劇会

5 皇女の手紙(領主視点)

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5 皇女の手紙(領主視点)



 執事が急かすように咳払いをしていた。小生はオトの耳朶にキスしながら言った。

「真夜中、あの湖に来て。待ってるから」

 オトは小生の腕を逃れるようにして天蓋から出て行ってしまった。小生は髪をかきあげ、ノロノロと衣服を身に付けた。

 気だるい腰をあげたところに、執事が駆け寄ってきた。手袋を外した手を小生の額に当てて、大げさに熱い熱いとのたまう。

「朝より悪化しているではありませんか!寝ていなくては!」
「お前が起きろと言ったんだろ。侯爵が呼んでるだの何だのと……」
「体調がお悪いなら話は別です」
「大した事ないって。でもまあ、熱でパスできる程度の話なら断っておいてよ」
「全くしょうがないお方だ。憎たらしい舌がこれ以上働かないよう、医師を呼んで多めに瀉血してもらいましょう」
「げっ……いらないって!」

 伝声管に飛びついて医師を呼べと騒ぐ執事の後ろには、まだオトの小さな姿があることに気付いた。

「観劇会には行くから」
「まだそんな事を!」

 ジュンへの伝言のつもりでオトにも聞こえるように言ったのだが、執事がそれを遮った。我々の子供じみたやりとりを、オトは離れたところで控えて見ていた。

「観劇会など、どうでもよろしい!」

 執事はとうとう声を荒げた。そして小生の顔を覗き込んで、懇願するように言った。

「お身体が第一です」

 執事がそんな事を言うのは少し意外だったので、返す言葉を失った。

 一部始終を見守っていたオトは、そこで話がついたと思ったのか、小生に向かってにっこりと微笑んだ。



***************


 オトが帰ってしまった後も、執事にはしばらく見張られていた。

 医者がやってきて無駄に血を抜いていった。いつも思うのだが、この治療法は全くの逆効果だ。治るどころかクラクラしてきて、気絶したように眠った。

 気が付いた時には、辺りはすっかり暗くなっていた。執事も医者も、もう部屋にはいなかった。あれだけ血を抜けば、朝までぐっすり眠ると思われたのだろう。

 ベッドから起き出して窓の外を見る。庭園はライトアップされ、いつもより明るい。まだ観劇会は始まったばかりのようだった。

 観劇会の後にジュンと会う約束があった。会場に現れないのを心配しているかもしれない。あるいは、オトから話を聞いて観劇会には出ないと思っているに違いない。

 イチマルキウのことについて、ジュンとは一度しっかり話をしなくてはならない。執事に何と言われようと出かけるつもりだった。

 着替えていると、廊下に続くドアが一瞬ふわっと開いた。小生は思わず身構えたが、ドアはすぐ閉まってしまった。しばらく待ったが誰も入ってくることはなかった。気のせいだったのだろうか。

 小劇場へはいつもの隠し扉から出て向かうつもりだった。しかしふと、真面目君ことフランツ君のことが頭をよぎった。

 昨日は小生が勝手に外出したせいで、夜通し心配をかけてしまったのだ。

 ベッドに腰掛けて悩むも、結局、昨日と同じようなことしか思い付かなかった。ペンを取ると、フランツ君にあてた置き手紙をしたためた。

 曰く、「熟睡したい。朝の四時半まで絶対に起こさないでくれ。天蓋も開けないでくれ。それから、小生が許可するまで絶対に誰も部屋に入れないでくれ。頼むフランツ。君だけが頼りだ。領主より」……我ながら実に一方的な手紙が完成した。

 小生はベッドに細工して、上掛けの中に人が寝ているような膨らみを持たせた。さらに、先ほど書きあげたばかりの手紙を、天蓋の綴じ目にピンで止めた。

「これでよし!」

 手を腰に当ててあたりをチェックする。小生は満足して頷いた。細工はりゅうりゅう。さて、出かけるとしよう。

 小生が背後を振り向くと、そこには神経質そうな眉をひそめたフランツ君がいた。

「うわああっ!」

 思わず声が出てしまった。フランツ君の方も、びっくりしたようにドアの前に立ちすくんでいた。

「いつ入ったんだ」
「た、たった今です……何が『これでよし!』なんですか」

 小生は頭を抱えた。

「ノックもせず、申し訳ありません領主様。てっきりお休みになられているものと……」

 夜会着に身を包んだ小生を不思議そうに見ながら、フランツ君は言った。

「お加減はもうよろしいのですか?」

 こうなったら、フランツ君にも協力してもらうしかない。

「あのね、フランツ君……ちょっと相談があるんだ」

 小生はドアを閉めさせると、フランツ君の肩を抱いて言った。

「出掛けてくる」
「えっ、左様ですか。では執事殿には私から連絡をいたしま……」
「いやいや、執事には黙っていて」
 
 フランツ君は疑わしそうな顔で小生を見ている。小生は手招きをすると、天蓋をもたげて、布団の膨らみを指さした。

「領主はこの通りぐっすりだ」
「……は?」
「誰が来ても、朝まで起こすなと厳命されたと言って追い返してくれ。たとえ執事であっても、僕がいいと言うまでは部屋に入れないで」

 見るからに嘘の苦手そうなフランツ君は、ええーっと声にならない声をあげて顔をしかめた。

「君だけが頼りなんだ。頼むよフランツ君」
「かしこまりました……」

 フランツ君は渋々と言った様子で頷いた。

「起床の鐘までにはきっと戻られますか」
「戻る戻る」

 その時ふと、フランツ君の手に、一通の手紙が握られていることに気が付いた。

「その手紙はどうした?」

 フランツ君は手紙を小生に差し出した。

「小劇場においでの皇女様から、とのことです」

 皇女からの手紙というが、サインも封蝋もなかった。紙も有り合わせのもののようだし、急いで書かれたものに違いない。

 小生はすぐに封を開け、中をあらためた。内容は至極簡潔なものだった。

 曰く、「コカブ夫人に頼んで、王妃様に謁見する許可をいただきました。明日、午餐の後に王妃様の部屋に伺う予定です。どうか領主様もご同席ください。お返事はいりません。あなたは必ず来てくださると信じていますから」。

 さすが皇女様は行動が早い。小生など、部屋の前まで行ったのに王妃には取り次いでもらえなかった。コカブ夫人の来訪には薄々気がついたものの、彼女を頼るとは思いつきもしなかった。

 とはいえ、これでビョルンが王妃に宛てた手紙の内容が明らかになると、小生はほっとした。さらに手紙の下の方には、走り書きの追伸があった。

 追伸、「この手紙は天使にお預けすることにしました。昨日、お二人の心を弄んでしまったお詫びのつもりよ。今夜は天使を存分に可愛がってあげてください。お二人の幸せを切に願う者より❤️」

「何このマーク。流行ってんの」

 呆れて思わずつぶやくと、フランツ君が手紙を覗き込もうとした。小生は慌てて手紙を伏せた。

 いくら平静を装っても、顔に血が上っているのが自分でもわかる。






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