氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第十七章 観劇会

7 復讐のアリア(領主視点)

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7 復讐のアリア(領主視点)


 小劇場に着いた。ジュンは中央列上手側にいた。

 ちょうど隣席が空いていた。小生は壁に沿って進み、音を立てないように座った。

「ケイちゃ……?!」
「しっ……」

 ジュンは無言で、その濃い美貌をキラキラさせながら小生を見つめてくる。

 舞台ではちょうど姫君の枕元に醜い小男が忍び込んだ場面だった。

「オト……手紙は……?」

 姫君の叫びと小男の歌声にかき消されたが、ジュンの言いたいことは分かった。小生はここに来るまでの顛末を低く語った。

「それでオトを追いかけてきたんだけど……」

 なるほど、とジュンは頷いた。

「たぶんオトはもう、僕の屋敷の方に」

 オトは手紙を届けたらまっすぐ屋敷に戻ることになっているらしい。ここには来ないのだ。小生は少なからず落胆した。

「移動する? この席は貴賓席から丸見えみたいだよ」
 
 ジュンに言われて目をやると、中二階には皇女様達の姿がある。

「そうだな」

 小生はそっと席から腰を上げ、出口の様子を伺った。

 その時、鋭く、燃えあがるように弦楽が唸った。

 思わず舞台を振り返る。

「いいから、行こうよ」

 ジュンが後ろから小生を押し出そうとしてくる。

「おまえ、あれ!」
「分かってる!出ようって!」

 舞台に仁王立ちしていたのは夜の女王……に、扮したコカブ夫人ではないか。

ーー我が復讐心は地獄の焔の如く燃え……!

 ニ短調、ドスの効いたソプラノ。ジュンもびくっとして動きを止めた。怒涛のようなメロディーに乗せて、仇に対する女王の積年の恨みつらみが噴き荒れる。

ーー私の可愛い娘よ。

 一転、甘美なトリルで親子の愛を歌いだすが、それは次第に狂気を帯びる。笑いながらナイフを差し出す女王と、狼狽えるその娘。

ーーお前があの王を殺さないなら……

 引き攣った笑いと嘆きが入り混じるコロラトゥーラ。小生は束の間、舞台に意識を持っていかれてしまった。

ーーお前と私の全ての絆は断たれる!!

 瞳孔を見開いて叫ぶと同時に、黒い烈火の如くたちのぼる弦楽。啖呵を切りざま裳裾を翻し、女王は消えた。

 一瞬の静けさのあと、会場には拍手喝采が轟いた。

 舞台に一人取り残された姫は俯き、喝采が鎮まるのを待っている。

「こういう義理の賞賛で、あの人はまた調子に乗るんだ」

 ジュンは両手の人差し指で耳の穴を塞いでいた。実の息子の方が、なぜか舞台の姫以上に憔悴していた。

「行こう、ケイト」

 確かに、人目を避けるなら今のうちだった。ジュンと小生は、スタンディングオベーションに紛れて会場を抜け出した。


********************


 上演中のロビーは静かだ。シャンデリアの光だけがいたずらに煌々としている。

 ジュンは小生の夜会服姿をあれこれ言いながら、髪やらネクタイやらをいじりだした。

「急いでたんだからしょうがないだろ……それより、今はイチマルキウのことだ」
「そうだった。いつもの東屋に行こうか」
「母さんはどうする」

 母さんというのは、我らの育ての母であるコカブ夫人のことだ。

 ジュンは嫌がるに決まっていたが、一応聞く。普通なら幕間に楽屋を訪問して、久々の再会を喜び、サプライズの感想を述ベて労うべきなのだ。

「……そうだね。行かなきゃな」

 ジュンにしては珍しく拒否しなかった。

「オトに頼まれて、あの人に聞きたいことがあるから」

 首を傾げた小生に、ジュンは、そのこともこれから追って話すと言った。

「でもその前に、僕とケイトの持ってる情報を擦り合わせたいんだ」
「分かった」

 小生とジュンは庭を抜けて、湖の東屋に移動した。


*********************


 湖には柳と月が揺れるのみ。人の気配はなかった。

 ジュンと小生は東屋のベンチに座った。

「皇女様は手紙で何て?」
「明日王妃に面会に行くから、僕も同席しろって」

 ジュンは妙な顔をして小生を見た。

「それって婚約の報告だったりする?」
「んな訳ないだろ」

 小生はため息をついた。

「お前だからいうけど……皇女がこの国に来た目的は、僕と結婚することじゃないんだ」
「えっ?!」
「皇女は王妃に用がおありなんだ」
「王妃様に?……どんな要件かは知ってるの」
「うん、昨日貴賓館で聞いた」

 ジュンには相談したいことは山ほどあったが、皇女の秘密を打ち明けるわけにはいかない。

「皇女の秘密に関わることだから、お前にも詳しくは言えないんだけど……」

 小生は頭をかいた。

「最終的には、オトに関わってくる話だと思う」
「何だって?!」
「あくまで僕の推測なんだけど」

 ジュンの目の色が変わった。

「ジュン、そもそもオトと親戚というのは本当か?」
「いいや」

 ジュンはしれっと首を振った。

「オトとは、あの日偶然出会ったんだ……」

 ジュンは、舞踏会の日に、芥子畑でオトを拾った経緯を語った。初めて聞く話に、小生は愕然とした。

「芥子畑って。まさかオトは死のうとしていたのか……?」

 芥子の中で眠りについたオトを想像しただけで震えてくる。

「落ち着いてケイちゃん。そうじゃない。オトは芥子畑のことを知らなかっただけだ」
「嘘だろ……この国に、そんな人いる?」

 芥子ばたけには近付くな。物心ついて最初に教えこまれることだ。国境の芥子畑を知らないというのは、海を知らないというのも同然だ。

「まあ、オトは森のほとりの出だからね……」
「森のほとり?」
「氷の森の向こうだよ」
「氷の森……」

 小生は、ジュンの言葉を鸚鵡返しするだけの男に成り果てていた。

「え、それも聞いてない?」

 ジュンの悪気のない一言に、小生は心を刺し貫かれた。

「もうだめだ。僕はオトのことを知らなすぎる……」
「ちょっとケイちゃん……へこまないで」

 少し考えれば分かりそうなものだった。確かに、オトは氷の森の妖精からあの贈り物をもらったと言っていた。

 それは、森を抜けてこの国へ向かう途中で妖精たちに出会ったということだったのか。

「お前には何でも話してるんだな……」

 悔しいかな、ジュンはなかなかの聞き上手なのだ。無口なくせに、相手の口を滑らせる巧みさでは定評がある。

「さすがだ」

 近衛隊長の手練手管で、オトの心もすっかり開いてしまったのだろうか。となれば小生も今すぐこの男に弟子入りするべきだろうか。

「いや、驚いてるのはこっちだからね。素性を訊きもせずにプロポーズしてたなんて。男気がすぎるよ」
「……プロポーズの件も知ってるのか」
「本人は言わないけど。まあ、オトの様子を見れば、うすうすね」

 小生はさらに自信を失いかけた。

 言外にオトの気持ちをそこまで察するとは。オトと付き合う期間は、小生もジュンもそう変わらなかったというのに……。

「ケイちゃん、もしかして自信を失いかけてる?」
「僕のことまで察するな」
「自信持ちなよ。オトはケイちゃん一筋だって」

 挙句、励まされてしまった。小生は眉間を摘んで気持ちを落ち着けた。

「ジュン。まずはオトについて知っていることを順に話してくれないか」
「その方が良さそうだね」

 そしてジュンは、オトについて語り始めた。

 


 

 



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