氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第二十四章 馬小屋

7 命の恩人 中

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7 命の恩人 中


 

 僕は気を取り直して、鏡の前で身だしなみを整えた。

 今日はウツボみたいなヒレが、肩から爪先までぐるっと流れてるドレスにした。ザクロさんに、よく似合っていると思う。その上に、乗馬用の上着を羽織る。

 命を救ってくれた男の人は、まだ馬小屋にいてくれるだろうか。はやくお礼が言いたい。

 彼への薬と食べ物をもらっていくために、僕は調理場に顔を出した。

 調理場には、マフがいた。中央の作業テーブルには、綺麗なタルトが手付かずで置かれていた。僕のために切り分けただけで、あとはまるまる残っている。

「ごめんね、せっかく作ってもらったのに」
「何をおっしゃいます……それに、作ったのはほとんど坊ちゃんでねえですか」

 マフがまた、僕を「坊ちゃん」て呼んでくれて嬉しい。

「まさかお倒れになるとは」

 マフはもじもじと言った。

「食べる時だってあんなに嬉しそうに」
「ごめんよ。だって、どうしても食べたかったんだよ……」

 僕は自分の食い意地に笑ってしまった。

「あーあ、これが食べられない体なんて最悪だ」

 大好物だったのだ。マフがこっそり出してくれるという背徳感も手伝って、とびきりのお菓子だった。

「みんなは食べないの?」
「誰も食う気はしねえですよ。これが坊ちゃんを苦しめたと思うと……」

 また落ち込んでしまったマフの背中を僕は撫でた。

「大丈夫だよ、マフ。本当に」

 マフは僕にすごく気を遣ってくれる。

「あのさ、マフ。僕のことを助けてくれた人がいたんでしょう?」
「ああ、あの化け物ですか」
「……化け物なんて呼ばないで。僕の命の恩人なんだから」
「へえ」
 
 僕がマフの言葉をたしなめると、マフは頭をかいた。

「まあ、今やあっしの恩人でもあるってことで」
「このタルト、お礼にあげてもいい?」
「そりゃ構いませんが……奴はどこかにいっちまいましたよ」
「うん」

 僕はマフに目を見られないように俯いて、ちょっと赤くなりながら言った。

「探して、連れてくる」

 マフは、ええっと言ったけれど、強く反対まではしなかった。

「しかしあれは……恩人とはいえ、なんとも、かなり、不思議な男ですな」
「見た目は怖いけど、いい人だよ」
「はあ……まあ、ホクトの坊ちゃんとメアリがなんて言うかは知りませんがね。この忌まわしいタルトをもらってくれるなら、なんでもいいですわ」

 マフは、タルトの残りを気前よく全部包んでくれた。

 僕は薬と清潔なガーゼ、それから飲み物を用意した。僕がそれらをバスケットに詰めるのを見ながら、マフは言った。 

「しかしね、坊ちゃんの体の方は、どこへいっちまったんでしょう」
「え?」
「さっきおっしゃったでしょう。あなたは今、心は坊ちゃんでも、体は奥様だって。だったら、坊ちゃんの体のほうはどこへいっちまったんでしょう」

 僕はきょとんとした。

「僕の体は……変化してしまったんだよ」

 マフの捉え方はちょっと違った。

「体と心が、入れ替わっちまったんじゃねえですか。何かのはずみで」
「どういうこと?」
「奥様の体には、坊ちゃんの心が。坊ちゃんの体には、奥様の心が。なんかのはずみで、あべこべに入っちまったんでねえかと」

 マフの言うことには驚いた。そもそも、心と身体が切り離せるなんて、僕は考えたこともなかった。

「故郷の婆さんに、そんな話を聞いたことがあるですよ」

 マフは声をひそめていった。僕は自分を振り返る。

 確かに不思議だったんだ。身につけていたものも体質も、傷跡までもそのままに変身させられるなんてことがあるんだろうかって。

 ザクロさんの身体に、僕の心が入っただけと考える方が、自然かもしれない。

「心当たりはねえですか。入れ替わっちまった時のこと」
「うーん」

 あの日の夕方、プリッツに森の淵に送ってもらった時までは、確かに僕は僕だった。

「ザクロさんが、お祈りをしようって言ったんだ。森のほとりで……」

 だんだん記憶が蘇ってくる。

「二人で並んで、雪の上に座ったの。目を閉じて」
「それで?」
「それで、気がついたら、朝だった。雪の中で倒れてて、マフに起こされたでしょ。その時はもう、この姿で」
「……」

 マフはあんぐりと口を開けていた。

「なぜそれを早く仰ってくれなかったんです。奥様に、いっぱい食わされたんですよ、坊っちゃん」
「え?」
「あの方が、お祈りなんてするたまですかい。お祈りと見せかけて、黒魔術でも使ったに違いありませんや」

 マフは背後の窓を振り返って森を眺め、畏れるように声をひそめた。

「あるいは、あの森……」
「森?」
「いえね。メアリのやつは、森の妖精の仕業だと言うんでさ」
「……」

 僕は袖の中の火打石を触った。確かに、ピノがやけに静かなのが気になってはいるんだ。 

 だけどピノとプリッツが、なんの説明もなしにこんなイタズラをするはずはない。

「いや、あの子達がそんなことするはずないよ」
「あの子達?」
「いやその、妖精さん達が」

 感覚的に、口封じの魔法はザクロさんのものだってわかる。僕の姿を変えたのも、ザクロさんの仕業と考えて間違いはないだろう。

「妖精でないなら、やはり奥様の仕業でしょう」
「うーん」

 とは言え、心と体を入れ替えるなんてむちゃくちゃなことを、あの一瞬で出来るものかな。ザクロさんがいくら手だれの魔女だとしても。

「マフの考えが正しいとしてさ。そんなことを、ザクロさんがわざわざする理由ってなんだろう」

 ザクロさんにはデメリットしかない。

 僕はザクロさんのドレスを何枚も勝手に着ては汚している。部屋も身体も勝手に見ちゃってる。何も知らずに木苺を食べて、ザクロさんの体を危険にさらす始末。

「いや、坊ちゃんのめんこい顔と若い体を使って、奥様が今頃何をしているかわかったものじゃありませんよ」

 マフは、それがとても恐ろしいことであるかのように、わなわなしながら言った。

「なんでそう落ち着いていられるんです、坊ちゃん」
「え? 落ち着いてるわけじゃ……」

 僕だってやだけどさ。いまいち想像できないだけなんだ。

「もう、あっしはじっとしてられません。坊ちゃんの体を探しに行きます」

 マフは鼻息も荒く立ち上がった。

「償わせてくだせえ。今までのことも、昨日のことも……。坊ちゃんの屋敷も、坊ちゃんの体も、ザクロの好きにはもうさせねえ」

 僕はびっくりしてマフをなだめた。

「落ち着いて、マフ。何を言ってるの。僕はマフたちのおかげで十分、幸せなんだよ」

 マフの手を取って、僕は言った。

「大丈夫。ザクロさんのことは、僕がきっと探しだすからさ……」
「一人で動こうなどと思っちゃいけませんぜ。あっしらも協力しますから」

 僕は笑うと、バスケットを持って立ち上がった。

「タルト、もらっていくね」
「あの男を探しに行かれるんですか」
「うん」

 まずはあの人に会って、命を助けてくれてありがとうって言いたい。

「ファラダを借りるよ。森まで行ってくる」

 お礼をした後は森に行って、このおかしな状況を、ピノとプリッツに相談するつもりだ。

「森へ? あまり遠出なさるのはどうかと……あっしもお供いたしましょうか」
「大丈夫だよ」

 僕はマフの頭にキスすると、調理場の裏口から庭に出た。

「お茶の時間までにはお戻りくださいね。でねえと、ホクト坊ちゃんに叱られますよ」

 僕はマフに手を振ると、馬小屋を目指して駆け出した。

 どうか、まだあそこにいてくれますように。本当はずっと、あの人に、このタルトを食べてもらいたいたかったんだ。




 


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