氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第二十四章 馬小屋

8 命の恩人 下

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8 命の恩人 下




「ファラダ、おはよう」

 ファラダの穏やかな顔を見て、温かい首を抱きしめるとホッとする。ファラダの蹄も床も、すでに誰かによって綺麗に掃除されていた。

「あの人はいる?」

 ファラダは頷くような仕草をして、首を静かに奥に向けた。僕は高鳴る胸をおさえながら、そっと藁の山に近付いた。

「おはようございます」

 藁の山に向かって声をかける。

「おーい、いないの?」

 返事はない。

 僕はファラダの方を振り返った。ファラダはブル、と顔をしかめて、土を掘る仕草をした。僕は藁の山に手を突っ込んで、ガサガサと中に入っていった。

 藁の中に、ほんのりぬくまった場所がある。そっちの方に手を伸ばしながら、もぞもぞ潜り込んでいく。

「うゔぁっ、なに?!」

 藁の奥から大きな声がしたのと、僕の手が、彼の温かい体を探り当てたのとはほぼ同時だった。藁の間から、ぼさっとカエルが飛び出てくる。

「わ、わ、ちょ……やめろ“って!」

 カエルが飛び出すのも構わず、僕は男の人に抱きついた。くすぐったいのと重たいのとでだろう、男の人はひどく顔をしかめながら身を捩った。僕は逃がすまいとして、ぎゅうっと抱きついた。藁の山はぐしゃぐしゃになってしまった。僕は笑った。

(こら、だめだよ……はなして)

 男の人は、息だけのかすれ声で、僕の耳元で囁いた。

 カエルが出ないように、小さな声で言ったんだろう。だけど僕はその声のせいで、また顔に血が昇ってしまった。

 それは、本当にケイトのささやき声によく似ていたから。

「居ないフリしたから、仕返しだ」

 僕は赤くなった顔を、男の人の胸に埋めて隠しながら言った。

(ごめん、ねてた)

 小さな息だけの声で、男の人は言った。

「本当に?」

 うん、と男の人は頷いた。笑っているのか、紫色の唇がめくれてる。

 改めて顔をまじまじと見ると、全然ケイトじゃなかった。でも、見慣れるほどに可愛い。愛しくなる。特に目は、いつ見ても優しい鳶色。全然怪物なんかじゃない。僕はこの人の顔がとっても好きだ。

「昨日のこと、聞いたよ。助けてくれてありがとう」
(もう、へいき?)

 男の人は掠れ声で言うと、心配そうに僕の顔を覗き込んできた。

「うん。もうすっかり元気。みんな、あなたのおかげだって」

 男の人はちょっと待ってという仕草をすると、藁の山の奥から、大きな袋を取り出した。男の人はそれを僕に渡すと、地面に降りて、文字を書いた。


ーーここでみつけた
ーーくすリ はいつてた


 それは、ザクロさんが家を出る時に鞍につけていた荷物だった。ザクロさんが川でプリッツに溺れさせられた時に、ファラダがくっつけたまま戻ってきたんだろう。鞍と一緒に、そのまま馬小屋に放り出されていたようだ。

「でも、どうして?」

 僕は不思議で仕方がない。

「どうしてあの時、僕が倒れてるってわかったの? なんで、その薬が要るってわかったの?」


ーーめいどガ はなしてた ウまに


「え? メアリが? なんて言ってたの」


ーーおそろしい
ーーぼちヤん おくさまのすガた
ーーしぬカモ


 男の人が息の声を交えて筆談してくれた内容を整理すると、こうだった。

 昨日の夕方、僕がマフに呼ばれて出ていった後。思い詰めた様子のメアリが一人で馬小屋にきて、ファラダに胸の内を話し始めた。男の人はメアリの話を、藁の山に隠れて全部聞いていた。

 男の人は、それで、メアリが僕のことをザクロさんではなく、息子のアリオトではないかと思っていることを知った。また、それを確かめるために、マフ達が僕に木苺を食べさせようとしていることを知ったそうだ。

 そこへ、マフが血相を変えて飛び込んできた。木苺を食べた途端、奥様が倒れた。特効薬があるはずだが見当たらないとマフがメアリに言ったそうだ。二人は慌てふためいて出ていった。残された男の人は、例の袋の中にあった金の筒が、特効薬に違いないと思った。


ーーそれで くすリ ヤしキヘ


 僕は男の人の話を、内心驚きながら聞いていた。なんて洞察力と行動力だろう。この人はただ薬を偶然見つけて届けただけって顔をしてるけど、決して簡単なことじゃない。

 メアリやホクトくんの話では、二人でさえ戸惑うようなことを、この人はためらわずにしてくれたそうだ。もしも僕がこの人だったら、自分を疎んでいる人達の中に乗り込んでまで、そんな行動が取れるだろうか。

「本当に、なんてお礼を言ったらいいのか……」

 僕は男の人の手を取って、その甲に恭しくキスをした。心からの感謝と、尊敬の念を込めて。

「あなたは、僕の命の恩人です」

 男の人は、何を思うのか、僕の顔をただ黙って見つめていた。

「そうだ、これ、食べて欲しいんだ」

 僕は、バスケットからタルトを取り出した。

「心配しないで。毒は入ってないよ。ザクロさんの体に合わなかったってだけだから」

 タルトを受け取る男の人の手は、少し震えているように見えた。

「やっぱり、僕が倒れたの見た後じゃ、怖い? マフ達もそう言って、手をつけてくれないんだ。せっかくはりきって作ったのに……」
「君が作っ……!」

 男の人は慌てて口を押さえた。小さなカエルが、指の間を、ぷりっと出ていった。僕は思わず顔を覆った。悪いと思いながらも、笑わずにはいられなかった。

(君が、作ったの)

 男の人は小さな掠れ声でわざわざ言い直した。僕は苦笑した。

「そうだよ。自分で作って、自分で食べて、倒れたの。呆れた?」

 僕は無理強いするのも悪いと思って、タルトを引っ込めようとした。すると、男の人は僕の手をすごい勢いで掴んだ。

(食べる。全部食べる)

 男の人はそうささやくなり、僕の手のタルトを頬張った。まるで自分が貪られてるみたいな気がして、体が熱くなった。

「美味しい?」
「……」

 男の人は無言だったけど、もぐもぐしながら、何度も頷いた。

「お腹空いてたんだね」

 驚いたことに、男の人は涙ぐんでいる。

「どうしたの? 泣いてるの?」

 僕はザクロさんの長い爪に気を付けながら、指で、そっと男の人の涙を拭ってやった。

「変な味した?」

 ううん、と男の人は首を振った。僕はほっとして笑った。

「ねえ、ここじゃ寒いでしょう。屋敷で、一緒に暮らそうよ」

 男の人の顔がこわばった。僕は慌てて言った。

「部屋が余ってて困ってるの。好きなだけ使ってほしい。だって僕はあなたに、とっても感謝してて……」

 口の中のものを飲み込んでしまうと、男の人は、案の定、首を振った。

ーーここでじゆぶん

 男の人は、こないだと同じことを地面に書いた。僕ががっかりしていると、男の人はまた地面に指を走らせた。

ーーそばにいれるなら
ーーなにもいらない

 男の人はそう書くと、上目遣いに僕を見た。子供みたいで、可愛い仕草だった。でも、すごく真剣な目。心臓がきゅんとなった。

「そ、そばって……ファラダの?」

 僕が言うと、男の人はふっとため息のように笑った。僕だって、本当は分かってる。照れ隠しで変なことを言ってしまっただけ。

ーーふカい?
「ふかい?」
ーーキモい?
「まさか!」

 僕は男の人の手を取った。

「ちっとも不快なんかじゃない。そばにいて欲しいって僕も思ってた」

 男の人の綺麗な目に、僕は吸い込まれるように顔を近づけた。

 鳶色の目をしてる。ただそれだけで、僕は君をケイトの代わりにしてる。ケイトの代わりに、君を追いかけようとする。キモいのは僕の方だ。僕は頭がどうかしてる。

 男の人の青白い顔が近付いてくる。腫れあがったまぶた、まばらな髪、ぶくぶくの紫の唇。それでも、ケイトの目をしてる。

 ケイトが今の僕を見たらなんて思うだろう。ケイトを思い続けると誓ったのに。こんな、よく知らない男の人に縋って心を埋めようとするなんて。なんだか涙が出て来た。

(オト……)

 男の人の唇が、声を出さずに動いた。僕は目を瞬いた。

「今、なんて言ったの?」

 男の人の指が、そっと僕の頬に触れ、涙を拭った。

(オト)

 僕はびっくりして、男の人を見つめた。その時だった。

「なにをしてるんですか?!」

 馬小屋の木戸を蹴破るようにして、ホクトくんが飛び込んできた。木戸は跳ね返ってホクトくんの腰を打ち、その後も後ろでゆらゆらした。

「ほ、ホクトくん」

 僕は真っ赤な顔をしてたと思う。慌てて男の人のそばを離れた。ホクトくんはイライラとした様子で、僕たちを見下ろした。

「ヒキガエルを口から出す父親なんて、僕はごめんですからね」
「……?」

 ホクトくんの言う意味がわかると同時に、僕は顔から噴火しそうになった。

「ななな何言ってるの! この人に失礼だろ?」
「失礼だったなら謝りますが。満更でもなさそうですよ」
「えっ?」

 振り返ると、男の人は幸せそうに僕を見つめ、にっこり微笑んでいた。

「んんっ……!」

 僕は言葉を無くし、またきゅんきゅんし始める胸を慌てて押さえた。

「さあ、帰りますよ」
「えっ?」

 ホクトくんは僕の腕を掴んで、引っ張った。

「待って! これから僕、出かけるところが」
「一人で森に行くなんて、もってのほかです」

 多分、ホクトくんはマフに僕の行き先を聞いてきたのだろう。

「でも、でも……」
「体調を整えるのが優先です!」

 ホクトくんに引きずられながら、僕は男の人に手を伸ばした。男の人は立ち上がって僕の手を取った。

「おい、母さんから手を離せ」

 ホクトくんはイラッとしたように男の人に言った。

「嫌がっ……てる」

 カエルをべっ、と吐き出しながら男の人は言った。二人は僕の腕を片方ずつ掴んだまま睨み合った。

「あ、あのさホクトくん。この人も一緒でいいなら、僕、ちゃんと屋敷に戻るよ」
「はあ?!」
「お願い。この人は僕の命の恩人なんだ。屋敷に招待してもいいでしょ?」

 これにはホクトくんのみならず、男の人の方もちょっと嫌そうな顔をした。

「何だってまた、こんな醜い男を気に入ったんです」
「素敵な人だからだよ!」

 思わず言ってしまってから、僕は赤くなった。二人の顔が見れない。

「母さんの荷物も見つけてくれたんだ……ここまでお世話になって、お礼をしないわけにいかないでしょ?」

 僕のしつこい懇願の末、ホクトくんはしぶしぶ男の人が付いてくることを許してくれた。

 男の人もまた、渋々といった様子で袋をかついで、僕たちの後をついて来てくれた。

 
 


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