氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第二十二章 森のほとり

3 記憶の容れ物(継母視点)

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3 記憶の容れ物(継母視点)



 あたしがガキ達の監視から解放されたのは宵の口。

 いつの間にか眠らされていたらしい。森のほとりで目が覚めた。

 目の前には、信じられない光景が展開していた。雪ゾリが夕空を背景に、宙に浮かんで旋回している。馬ならば四頭立ての大きさだが、引いているのは馬ではない。大量のうさぎ達だった。

 やはり、やつらは森のあやかし。

 アリオトの記憶を見ただけではなかなか信じられなかった。だが、自分で目の当たりにしてようやく、現実だと理解した。

 あのガキどもは森の妖精だ。

 何百年もの間、人の寄りつかない森を恣にしている妖精たち。なんとか騙して、その妖力を利用できないだろうか。

 アリオトはあたしがソリを眺めながら考え事をしているのを黙って待っている。あたしは驚嘆しているように見せかける。

「驚いた……」

 アリオトの首元には、白いイタチだかオコジョだかが巻き付いている。

 これがあの生意気な黒髪の妖精……ピノとか言ったか。

 アリオトの記憶の中に度々登場したのだから、変身を見破るのは容易かった。

 一丁前にあたしを監視する気だね。チビのオコジョがナイト気取りか。笑かせてくれる。

 とはいえ、妖精たちの天然の魔力は、人間が後天的に身につける魔法などとは比べ物にならない。その底力も未知数だ。油断は禁物だろう。

「彼らは、森の妖精様だったのかい?!」

 あたしはオコジョにも聞こえるように大袈裟に叫び、雪の上に跪いた。

「さあ、オトもおいで。お祈りを捧げようじゃないか」

 目を瞑って祈り始めたあたしを笑うこともなく、お人よしのアリオトが側に来た。そして一緒になって、冷たい雪の上に膝をつくのが分かった。

 あたしは慎重に呪文を呟く。

 ここからの数時間に、あたしの運命がかかっている。一大転機だ。

 オコジョは退屈して目を閉じている。あたしは口の中で静かに呪文を転がす。慎重に。ヤツに気取られぬように、聴こえぬように。万に一つでも計画に水を差されてはたまったものではない。

 それは、あたしも初めて使う魔法だった。

 オトの記憶を完全に盗む。

 そして、引き換えにあたしの記憶を丸ごとオトに移す。

「肉体は精神の器なり。精神は是記憶から生じ来たる妙なる珠なり」

 記憶が入れ替わることは人格が入れ替わることに等しい。

 記憶の魔法の最終奥義だ。

「此が記憶を彼岸の肉へ、彼が記憶を此岸の肉へ」

 あたしの悲しみも、あたしの愛も、全部肉体を離れて……。

「寄り来れ」

 あの人のくれた眼差しも、胸の痛みも、ただの記憶になる……。

 それはそれは、静かな魔法だった。あたしの心は、未だかつてないほど凪いでいた。

 思えばあたしの心は、いつも忙しなく揺れていた。埠頭に繋がれ、忘れられ、嵐にいたぶられる波打ち際の小舟のように。奪われ、削られ、壊れかけ、それでもしがみついてきた肉体。あたしだけの、痛み。

 あの人に見つめられる瞬間だけを求めていた。あの人の瞳に映るときだけ、あたしは痛みも悲しみも、全て忘れることができた。

 どんなにはずれくじの肉体でも、精一杯、磨いてきた。

 どんなにあの女が羨ましくても、成り代わろうとは思わなかった。

 を見てくれなくては、意味がなかったから。

 だが、ビョルンは死んだ。

 あの目はこの世から消えてしまった。

 だからもう、どうでもよかった。



********************



 アリオトの肉体は清らかで、羽根のように軽かった。これならば黄泉の国の天秤に載せても怖くないと思えるほどの、天国行きを約束された身体。

 あたしが最初に感じたのは、雪の冷たさとオコジョーーだかイタチか知らないがーーの体温。

 隣には、抜け殻になったあたしの、バッファローのような丸い背中。

 鏡はない。アリオトの美しい顔を思い描きながらあたしは立ち上がる。

 オコジョのあたしを見る目。それがあたしをアリオトたらしめた。

 鈴のような声でねだれば、オコジョはなんなく妖精の正体を現した。

「命令だよ。ピノ」

 名前を呼べば、もうやつは逆らえない。

「火打石になれ」

 あたしは大がかりな魔法を使った直後で、多少なりとも胆力を摩耗していた。アリオトの華奢すぎる身体も、まだしっくりこない。

 だから少々焦りが出たようだ。最後の瞬間、妖精はあたしがアリオトでないことに気が付いていたようだ。

ーーお前は誰だ?

 実にいい質問だ。だがもう遅い。彼はもう小さな火打石。

 彼はあたしの使い魔になってもらおう。おあつらえ向きに鉄で出来た火打石の小箱がある。これに封じた。

 小箱を胸のポケットに収めようとして、硬いものに触れた。

「これは」

 ポケットに入っていたのは、小さな指輪。これが、アリオトの唯一の持ち物。投げ捨ててやりたかったがぐっと堪える。

 領主様の「愛の証」とやらだ。

 何かの、役に立つこともあるだろう。あたしはそれを左の薬指にはめた。


 







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