氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第二十三章 ビョルンの屋敷

4 聡明な馬

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4 聡明な馬


 
 裏庭の菜園では、鶏やガチョウたちが地面を突きながら歩き回っていた。

「おはよう」

 変わらない朝が懐かしくて声をかける。が、鳥たちは一斉に散っていった。僕がザクロさんの姿をしてるから、怖かったみたいだ。鳥たちにまでそんな反応をされるとは衝撃だった。

「……ほら、ご飯だよ」

 僕はめげずに餌を撒いた。すると、鳥たちは目を釘付けにして首を揺らしながら寄ってくる。こういうところは素直で可愛い。

 とはいえ、完全に警戒を解いてくれたわけではない。僕を迂回しながら餌をめがけてダッシュして、パッと嘴で地面を突くなり飛び退いて、目を白黒させながら小石も一緒に飲み込んでる。そんなに慌てなくていいのにと、思わず笑ってしまった。

 凍った池のほとりには、一本の柳が揺れている。その向こうの陽だまりに、納屋と並んで小さな馬小屋が光っている。

「ファラダは元気かな」

 ザクロさんが川で氷漬けになった時、馬は逃してくれたってプリッツは言ってた。とはいえ怖い思いをしたことだろう。

 茅葺の屋根は朝の冷たい日差しを受けて光っていた。木戸をくぐると薄暗く、馬小屋の中はあたたかな藁と馬草の匂いで満ちていた。

 細い丸太の柵で囲われた中に、灰色の毛並みに白い斑入りの馬ファラダが、静かに佇んでいた。

「ファラダ、怪我はない?」

 ファラダはザクロさんの姿にも怯えることなく、視線を僕に向けた。僕はそっと近寄って、ファラダの首筋を撫でた。

 ファラダは変わってしまった僕からも逃げない。あたたかな毛並みに思わず頬を寄せた。以前よりずっとファラダの目が近くにある。

「僕のこと、わかる?」

 わかりますとも、とファラダは頷いたような気がした。

 僕はファラダを馬小屋から連れ出すと、柵で囲まれた敷地内を好きに歩かせてやった。飼い葉桶にたっぷりと牧草を入れてやる。

 ファラダが庭でご飯を食べている間に、僕は馬小屋の床を掃除した。ボロを取り、汚れた藁を換える。

 ザクロさんの高い身長とたくましい腕のおかげで、大きなフォークが軽々と扱える。これはありがたい変化だった。手押し車の往復もスイスイ行ける。

 手の皮だけはちょっとヒリヒリしたから、明日から手袋をしてこよう。せっかくの綺麗な爪が欠けたりしてももったいないし。

「さあ、綺麗になったよ」

 水を飲んでいたファラダはゆっくりと目をあげた。ブルっとまた歩き出す仕草をする。ファラダの言いたいことは何となくわかる。

「まだ戻りたくないの?」

 僕は笑ってファラダの鼻を撫でた。ファラダは柵に近寄ると僕に鼻をすり寄せた。乗りませんか、と言ってくれてるのだ。

「いいの?」

 僕は柵に足をかけると、ファラダの背中にまたがった。ザクロさんの重みで柵がギシっといった時、僕はハッとした。でも、ファラダは動じずに僕の重たい体を乗せて歩き出した。

 ファラダは他の動物たちと違って、元々ザクロさんにもこんなに懐いていたのだろうか。それとも本当に、僕がアリオトだってわかってるのだろうか。

 ファラダはゆっくりと柵を巡り、裏庭を抜け、徐々に脚を速めながら森のほとりを駆けた。まだ雪の残る草地を飛ぶように走る。ザクロさんの燃えるように赤い髪が風になびいた。僕はファラダの背で弾みながら、声をあげて笑っていた。

 ひとしきり走って、草原の中にポツンとたつ楡の木の前で止まった。僕はファラダの背から降りた。息がずいぶん切れた。

「ありがとう」

 近くの小川にファラダを引いていく。雪解け水が流れてくる。僕はファラダの汗をかいとり、ブラシでくまなく撫でて埃を落とした。たてがみとしっぽも柔らかく梳る。

 力のみなぎる筋や筋肉を覆った毛並みがツヤツヤと輝き出すのを見るのが、僕は大好きだ。

 蹄に詰まった泥を掻い出す間も、ファラダは大人しく片足ずつあげて、じっとしていてくれた。

「君は本当に綺麗だね、ファラダ」

 ファラダは黙って首を下げると、鼻の先を川面につけて静かに水を飲んだ。それをみおろすザクロさんの姿は、澄んだ水の奥の、御影色の土や小石と一緒に溶けて、波紋のなかに隠れてしまった。

 ふとファラダが顔を上げて、耳を前後に動かした。僕もファラダの見ている方角に目を凝らす。

「あれ、何だろう」

 森のほとり近くで蛇行した川の澱みの岩陰に、何かが引っかかってる。黒いぼろ布のようにも見えた。近付こうにも水草が生い茂っている。浅い川だから、水の中を歩いた方がよさそうだ。僕は靴を脱ぐと、川の中に足を入れた。

「つ、つめたー」

 ファラダが心配そうに僕を見ている。

「ちょっと待っててね。見てくるから」

 ドレスをたくしあげ、水に逆らって歩く。

 澱みに近づくにつれて、岩に引っかかっていたのは布ではなく、どうやら人のようだとわかってきた。

「大変だ!」

 幸いにも、その人の斃れていたのは浅瀬だった。駆け寄って、声をかける。

「大丈夫ですか」

 グッタリとしていて意識がない。殴られでもしたのだろうか、顔はコブだらけで、まぶたも口も膨れ上がっている。小さな細い手足に、曲がった背骨。

 お爺さんのようだけれども、首や手肌は若い人のようにも見えた。







 
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