氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第二十五章 昼の森

6 蛙の王子様(領主視点)下

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6 蛙の王子様(領主視点)下



 屋敷を離れ、森のそばに小さな炭焼き小屋を見つけて入った。

 矢を抜くと昏倒し、そのまま爆睡した。止血も消毒もろくにしていなかったが、目覚めたときには痛みは治まっていた。

 空には午後の太陽。屋敷の方から、誰かが走ってこちらにやってくる。赤い髪に黒いドレスの豊満な身体。遠目でもわかる。柘榴のおっさんだ。

 僕は炭焼き小屋から抜け出し、崩れかけたレンガ塀の後ろに隠れた。

 柘榴夫人は灰をかき分けて何かを探していたが、やがて、途方に暮れたように呟いた。

「柘榴さん、あなたはまじで、抜かりない……」

 自分のことをさん付けで呼んだり、あなたって呼んだり、奇妙な独り言だ。少し近付いて様子を見守る。

 そこへ、さっき僕に矢をお見舞いしてきた若者が現れた。

「母さん!」

 柘榴夫人の息子だったのか。ということは彼はアリオトの義理の兄。つまり、僕の未来の兄上でもある。ホクトというらしい。

 ホクトはおっさんに付き添って小屋の周りをさまよっていたが、やがて見かねたように帰ろうと言った。

 振り返るおっさんの顔は、煤で汚れていた。ホクトは苦笑いすると、ハンカチでおっさんの顔を拭った。

 この光景に、なぜか胸がキュッと痛む。

 ずっと昔、おっさんと僕は、今のようなやり取りをしたことがなかったか? 

 いや、そんなはずはない。おっさんとはさっき出会ったばかりだ。知能の低下のせいで、記憶も混乱するのだろうか。

「ありがとう」
「別に……」

 耳を澄まして会話を聞く。

 柘榴夫人は、自分の本が「柘榴さん」に燃やされてしまったと嘆いている。自分で自分のしたことを嘆くなんて、僕には訳がわからない。

「ザクロさんの本を読めば、魔法を解く方法がわかると思ったのに。イチマルキウのバラの煙も、ざくろ酒も。それに、僕のこの姿も……」

 おっさんのつぶやく言葉の一つ一つが、僕の朧げな記憶を刺激していた。今、とても重要なことを聞いた気がする。

 だが、この頭脳では、その点と点を結ぶような論理立てができない。

 僕はただ、不思議に懐かしいおっさんの仕草を、物陰からじっと見つめるだけだった。

 二人は灰を漁るのをやめ、屋敷への道を戻り始めた。僕は距離を置いて隠れながら、二人のあとをつけた。

 雪道を行く二人は親子というより、恋人のように見えた。

 ホクトはおっさんに対して、やたらツンツンした態度をとっている。そのくせ離れない。時折、おっさんを盗み見ている。まるで片思いでもしてるみたいに。

 僕はなぜだかムカムカする。

「無口ですね」

 ホクトが言う。するとおっさんが、さっき僕にしてくれたような優しい笑顔で、ホクトくんを見上げる。

 僕のムカムカはイラつきに変わった。

 この気持ちは、一体なんだろう。柘榴のおっさんが自分以外の人に笑いかけるのを見るのが嫌だ。

「ホクトくんて、なんだかジュンにそっくりだ」

 そう言うとおっさんはホクトくんに微笑みかけた。

「僕の友達だよ。お世話好き……っていうか……とにかく、とってもとっても優しい人なんだ」
 
 それを聞いても、何が起きているのか、僕にはわからなかった。ホクトが嬉しそうにしてるのが何だか腹立たしいだけ。

 ジュンて、まさかあのジュンか? 柘榴のおっさんと知り合いだったのか?

 まさか。そんなことがあるはずない。同じ名前の別人だろうと軽く片付ける。鈍く胡乱な脳みそを占めていたのは、赤黒い感情だけ。

 ホクトは確かに黒髪で、物腰などもジュンに似ていた。美しかった。

 僕は立ち尽くす。肩を並べて歩く二人の姿は遠ざかっていった。いつかどこかで見たような、金色の午後の日差しが二人を照らしていた。

 僕がこんな姿になる前。僕の身長はちょうど、あのホクトと同じくらいだった。

 僕は今まで、自分を美しいと感じたことはなかった。でも、誰かのそばに立つことを、自分の醜さゆえに控えたこともなかった。

 以前の僕なら、きっと走って二人を追っただろう。おっさんの善意に甘え、ホクトにも友情を乞うただろう。屋敷の人間からもスムーズに、アリオトの行方を聞き出せただろう。

 そんなことを取り止めもなく思う。

 だがこれは、僕が自分で受けた賭けだ。今更、我が身を嘆くなんて情けないことはしたくなかった。

 矢の傷口が、今になって熱を持ち始めていた。脂汗が出て、身体がゾクゾクと震えた。軋む体は無意識に暖かな場所を求めた。

 気が付けばまたビョルンの屋敷に来てしまっていた。僕はふらふらと馬小屋に忍び込んだ。ファラダは僕を見つめたが、騒ぐことはなかった。僕は小屋の奥にうずたかく積まれた藁の中に倒れ込んだ。

 身を休め、血が温まってくると同時に、頭の方も少しずつ整理されてきた。

 燃やされたのはおっさんの本。燃やしたのは柘榴夫人。おっさんは本の内容を知らず、魔法を使えない。柘榴夫人は使えた。それだけは分かった。

 柘榴のおっさんと、柘榴夫人は、どうやら別人、いや、別人格だと考えた方がよさそうだ。

 柘榴が記憶を失い、別の人格になっているのかもしれない。

 あるいは。

 おっさんは、魔法で柘榴の姿に変えられてしまった別の誰かではないか。

「別の誰か……」
 
 思わずつぶやくと、口からはエメラルドの雨蛙がこぼれた。僕の胸は高鳴る。

 妖精は約束したはずだ。僕は全てを失うけれど、アリオトのそばにはいさせてくれるって。

 僕は、ここに導かれたのではないか。

 僕はあのおっさんの方が、森の中で見た美しい少年よりずっと慕わしかった。

 アリオトはいないとメイドは言った。でも、僕には分かる。アリオトはここにいる。

 筋の通らない、根拠のない確信があった。知性とやらは失ってしまったが、その分、見えるものがある気がした。

 こんな傷で震えている暇などない。早く治して、彼のそばに……。

 

 








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