氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第二十五章 昼の森

8 魔女の館(妖精視点)上

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 8 魔女の館(妖精視点)上



 川で溺れた王子様は、僕たちの目の前でザクロに連れ去られた。

 ザクロの行き先は、森のほとりのビョルンの屋敷だった。

 僕は平静を取り戻す。王子様ったらラッキーじゃんか。あそこにいれば、いずれアリスちゃんにも会えるだろう。

「慌てるなよ、シマエナガくん」

 僕はすい、とシマエナガくんを追い抜く。

「面白くなってきたじゃない。ここは優雅に高みの見物と……」

 言いかけた僕の目の前を、びっ、と音を立てて何かが飛んでいった。

「弓矢?!」

 ビョルンの屋敷のほうからだ。威嚇するような人声もしている。

 そこでは王子様が、使用人達に化け物扱いされていた。腕には矢が刺さっている。

 これにはさすがの僕も焦った。今は昼。魔法で助けてやることもできない。

 王宮育ちの坊ちゃんだ。人からこんな扱いを受けたのはきっと初めてだろう。僕は王子様の反応を興味深く見守った。

 でも王子様は、逆上することも泣き喚くこともなかった。まるで、こうなる事を予想していたかのように屋敷を去った。

 王子様は炭焼き小屋を見つけて入ると、力尽きて倒れた。おいたわしい、なんとかしてやれと、シマエナガが僕をせっつく。

 魔法は使えないから、歌で出血をゆるめ、痛みを忘れられるように眠らせてやるのがせいぜいだった。

 どんなに傷つき、汚れ、歪んでいても、その静かな寝姿にはそこはかとない上品さがあった。

「こんなに高貴でいらっしゃるのに。人間てのは本当に見る目がないよな」

 シマエナガくんに王子様の側についているように頼むと、僕はザクロの屋敷に向かった。



 ***************



 屋敷で、アリスちゃんとピノを探した。しかしどこにも見当たらない。いるのはザクロとそのバカ息子、あとは二人の使用人だけだ。

 やっぱりシマエナガの言うように、アリスちゃんは王子様からファラダを奪って、シブヤに向かったんだろうか。

 まあ、そのうち戻って来るだろう。「アリスちゃんのそばにいさせてやる」っていう僕の魔法が、文言通りにならないはずはないから。

 二階の出窓に、ザクロの姿が見えた。僕は窓枠にとまって中の様子を覗いた。ザクロは部屋をうろうろしている。そこへバカ息子が現れ、一緒に奥の部屋へ入っていった。

「あいつ、元気そうだな」

 バカ息子は病気なんじゃなかったっけ。義兄が元気ならアリスちゃんがここにいる理由もないはずだ。

「ピノと一緒に森に帰ったのかな」

 僕とピノたちは行き違ったのかもしれない。

 森の中で王子様を川に突き落としたっていうのも、もしかして、ピノの仕業じゃないかな。
 
 うわあ、となるとピノのやつ、今頃森でアリスちゃんと二人きりか。

 そんなことを考えていたら、突然、奥の部屋からザクロが飛び出してきた。そのまま屋敷を出て、荒ぶるノブタみたいに森の方へ走っていく。そのザクロの後を、バカ息子が追う。

 ザクロが向かっている方向、それは……。

「炭焼き小屋?!」

 僕は疾風のごとく飛んでザクロたちを追い越し、王子様の元に戻った。

「ザクロたちが来るよ! 王子様!」

 さえずって、王子様を起こした。王子様は近付いてくるザクロの姿に気が付くと、よろめきながら小屋を出た。

 ザクロとバカ息子は、しばらく小屋で何かを探していたが、小さな紙切れ一枚を持って帰って行った。

「なんだったんだ……」

 僕はやれやれとため息をついた。まあ、遭遇は避けられてよかった。そう思って王子様を振り返ると、いない。

「あれ、王子様は?」

 シマエナガはザクロたちのいる方を示した。王子様はなぜか、樹々の後ろに隠れながら、ザクロの後をつけているではないか。

「何してんだ?」

 シマエナガはため息をつきながら、王子様はザクロに恋してると言った。

「は?」

 見ていて気が付かなかったの? 王子様は潤んだ瞳で、ザクロのことばっかり見てるじゃないですか、とシマエナガ。

「う、嘘だろ?! 何それ、面白すぎるんですけど!」

 アリスちゃんのそばにいるために全てを失ったくせに、もう別の人に惚れたのか。しかも相手はザクロ! 

「国一番のバカってここまでバカなんだね。おもしろすぎだよ」

 爆笑する僕をシマエナガはジト目で見ていた。

「ちょっとちょっと、追いかけてみようぜ」

 僕は王子様の後を追った。シマエナガはしぶしぶながらも付いてきた。

 ザクロとバカ息子の会話は、親密になりかけの男女みたいで、僕は見ていてむず痒くなった。

 王子様は切なそうにザクロを見つめている。あれが恋する目だとシマエナガはいう。僕にはよくわからない。

 王子様は白樺の木にもたれたまま立ち尽くしていたが、やがて吸い寄せられるように屋敷に近付いていく。僕はハラハラした。

「さっき酷い目に遭わされたのに、もう忘れたのかな」

 きっと、王子様はザクロさんのそばにいたいんだとシマエナガは言った。

「ほう。だとすると、この賭けは僕の勝ちみたいだな」

 僕がつぶやくと、シマエナガはものすごい勢いで怒った。王子様の姿はあのままなのかと問い詰められて、僕は困った。

「仕方ないだろ。そういうゲームなんだから」

 げえむだと?! シマエナガくんはふわふわのおもちみたいな羽を、ハリネズミのように尖らせた。ゲームという言葉がシマエナガくんの逆鱗に触れてしまったようだ。

「ごめんごめん。そうだよね。まだ一日目じゃ勝負は分からないよな」

 そうは言いながらも、内心、無理ゲーの予感がひしひしとする。王子様がアリスちゃんのことも忘れてザクロなんかに夢中とあっては。

 この際、相手が誰であってもキスができたら元の姿に戻してやれと過激派のシマエナガくんは言う。

「途中からのルール変更はできません」

 なんだよけち! とシマエナガくん。酷い言い草だ。

「そりゃさ、僕だってルールが変えられたらとは思うよ」

 王子様がただ不幸になるだけじゃ、僕だってつまらないもの。

「僕だってあの王子様が好きだからね。幸せにはなってほしいよ」

 井戸のところにザクロがいる。今は一人だ。僕はちょっとイタズラを思いついた。

「よし、僕が一肌脱いでやるか」

 まずは、王子様の目が覚めないように、深い眠りの歌を唄う。次に、歌で風を呼び、王子様が埋もれている藁を少し吹き飛ばす。捻れた片足が姿を現す。

 物珍しげに近寄ってきた鶏たちを、メタリックな風切り羽根を広げて脅かしてやる。鶏たちはけたたましい声をあげて飛び去っていった。

 僕はさらに追いかけて、小屋の外でも鶏たちを騒がせる。シマエナガくんは僕の不可解な行動に首を傾げている。

「まあ、見てなって」

 僕は笑いを噛み殺しながら小屋の中に戻った。

 入り口で、灰色の馬と目があった。じっと僕のことを見ているので、僕はちょこんと会釈した。

「君も見てな。今からちょっと面白いことが起きるから」

 案の定、ザクロが小屋にやって来た。僕とシマエナガくんは、王子様の側に身を潜める。


****************


 ザクロは小屋にやって来るなり、袖から石のようなものを取り出した。黒い火打石だ。

「ピノ、ここなら誰もいないよ……」

 ザクロは火打石に話しかけた。僕とシマエナガは顔を見合わせる。

「今、ピノって言った?」

 ザクロはブツブツと石に話しかけ続けた。

「何してんの? あの火打石がピノだとでも?」

 火打石が何かの反応を返した様子はない。

 ザクロは眉をひそめて、小屋の窓から空を見上げた。月を探しているようにも見える。

 ザクロは再び石を袖の中にしまうと、灰色の馬の方に近寄っていった。灰色の馬はザクロに甘えるように顔を擦り寄せた。

「どうした?」

 ザクロが尋ねると、灰色の馬は、僕たちのいる方に鼻先を向けた。

「あっちに、何かあるの」

 ザクロは王子様の眠る藁の山のそばまでやってきて、僕がさっき剥き出しにした王子様の足に蹴つまずいた。

 ザクロは、悲鳴をあげた。僕は声を殺して笑う。

 こうして、ザクロは藁に埋もれていた王子様を発掘したわけだ。

「……大丈夫?」

 ザクロは身体に似合わぬ優しい声で言った。王子様はうっとりしたようにザクロを見上げている。

 僕はおかしくて仕方ない。ゴツい女装のおっさんとねじくれたチビのおっさんが、互いにとろけるような視線で見つめあっているのだから。

 ザクロは自分のドレスを惜しげもなく裂いて、王子様の傷口を手当した。

 ザクロは本当は優しい人だったんだね、とシマエナガが言う。確かに、他の使用人たちとはずいぶんと王子様に対する接し方が違う。

「いや。単に、自分と同じように醜い者に優しいだけかもしれないよ」

 ザクロは、アリスちゃんを酷い目に合わせていた魔女だもの。誰に対しても優しいってわけじゃない。醜いものには優しくて、美しいものには意地悪。そういう人間って結構いる。 

 二人は地面に文字を書いて笑い合ったりしている。何はともあれお似合いだ。僕はクスクス笑いながらシマエナガに言った。

「おいおい、見てみ。まるで恋人みたいじゃないか」

 王子様とザクロは見つめあっていた。王子様の顔はこちらからは見えなかったけど、ザクロの顔がみるみる赤くなっていくのは分かった。

 きっと王子様のあの潤んだ瞳に気が付いたのだろう。慌てて立ち上がると、小屋を出て行った。

「やるじゃないか、王子様」

 あの化け物みたいな見た目でありながら、カタコトの言葉と視線だけでザクロ夫人を落とすなんて。さすがは王子様だ。

 残された王子様は何を思うのか、ぼんやりと藁にもたれて物思いに耽っている。身体も顔もヘンテコなのに、悩ましげな愁いが漂って、なんだかお素敵な雰囲気だ。

 しばらくすると、ザクロは怪物王子への貢物を抱えていそいそと小屋に戻ってきた。甲斐甲斐しく世話をしたあげく、足が痺れて尻餅をついた。

 滑稽な姿に僕は吹き出した。が、王子様は笑ったりせず、優しくザクロを抱え起こした。紳士だなあ、とシマエナガはため息をついた。

「ふあ……」

 ザクロはふにゃふにゃにとろけた声を出した。さすがにこれは僕にもわかる。今、ザクロは完全に落ちた。目がハートマークになってるじゃん。

「いいぞ、キスしろ! 王子様!」

 思わず僕は叫んだ。鳥の声しか出なかったが。するとシマエナガくんが僕をどついた。いいところだから黙れ、という。

 もはやシマエナガくんも、本来の目的を忘れて、おっさん同士の恋の成就を祈っているじゃないか。

「奥様ー」

 そこへ下男の声がして、二人はパッと離れてしまった。

「ああっ」

 僕は舌打ちする。メタリックブルーの胸毛が毛羽立ってしまった。

 ザクロは屋敷に戻っていった。夕暮れの馬小屋には、馬が尻尾を振る音だけが響いた。

「ちぇっ、なんだよいいところで」
 
 僕は小屋から外を覗いた。あの腹の出た下男が呼びにさえ来なければ、ザクロと王子様は絶対キスしていたと思う。

 王子様はゆっくり立ち上がると、灰色の馬に近付いてリンゴを差し出した。

(匿ってくれてありがとうな)

 王子様は音を出さずにささやいた。掠れ声ならカエルが出ないことに気が付いたらしい。せっかくの僕の呪いが攻略されてしまってちょっと悔しい。

(お食べ)

 馬は王子様の手からリンゴを食べ、大人しくたてがみを撫でさせている。王子様はこの賢い馬をも手懐けてしまったようだ。

 誰か来る、とシマエナガが鳴いた。窓を見ると一人のメイドがこちらに足早に近付いてくる。さっき王子様の姿を見てギャーギャー騒いでいた娘だ。

 僕たちは囀りで、王子様に警告した。僕たちの意図に気付いた馬が首を振り、王子様に隠れろと示してくれた。王子様は慌てて藁の山の中に戻った。

 やって来たメイドは王子様には全く気付いた様子もなく、真っ直ぐに灰色の馬の元へ駆け寄った。

「ああファラダ、どうしよう」

 僕たちは隠れて聞き耳をたてる。怖い夢を見た子供みたいに、メイドは灰色の馬に胸の内を述べたてた。


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