「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

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与えられた新たな任務は(2)

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 雪弥はそれを思い出したところで、ふと怪訝そうな表情を浮かべて思考を中断した。溜息を一つく彼の向かいに座っていた上司が、優秀な秘書の働きにどこか満足げな雰囲気を漂わせている。

「リザさんを使って、話しをそらさせないでくださいよ」
「そらした覚えはないぞ。リザが勝手に喋っただけだ」

 ナンバー1は何食わぬ顔で答え、口から煙を吐き出した。

 一般人よりも口が大きなせいか、そこからそのまま吐き出される煙の量は半端ではない。雪弥はたまらず、手に持った書類でその煙を払った。それを、少し可笑しそうにリザが見つめている。

「とにかく、僕に高校生役なんて不可能ですからね。話についていけないどころか、それ以前の問題で怪しまれます」
「あら、それは大丈夫なはずですよ、ナンバー4」
「……リザさん、どこからそんな自信が出てくるんですか?」

 吐息交じりに言う雪弥の言葉も聞こえていないように、リザは涼しい顔で彼が持っている書類をそっと手に取った。

「この前連絡があった、進学校で覚せい剤が出回っている件ですね」
「少し気になる所があってな。うちが担当する事にした。関わっている数は不明だが、学生を含めた全ての関係者を摘発して一掃する」

 ナンバー1は葉巻を咥えたまま、苦々しげに顔を歪めた。その様子を見て「何かあるんですね?」と確認した雪弥に低く肯き、口から葉巻を離して煙を吐き出す。

「最近、東京で妙な事件が多発しているのを知っているか。筋肉や骨格がいびつに発達した死体が出ている。死因は薬物によるものだが、どうもこれまでの物とは違っているらしい」

 そんな事件あったかな、と雪弥は覚えがない事を表情で伝えた。それを見て取ったナンバー1が、話の続きを語った。

「麻薬常用者を取り締まろうとした県警が、やむなく発砲したという件がここ一カ月で四件あった。薬をやっている人間は精神不安定に陥るが、彼らが遭遇した輩は異常だったらしい。突然禁断症状が出たように薬を呑み干し、発狂したように暴れまわって大騒ぎになったようだ」
「新しいタイプの物って事ですか?」

 雪弥は彼が気にしているらしい点を推測して、ついそう尋ねた。

「恐らくそうだろう。麻薬、大麻、覚せい剤の検挙数も右肩上がりで、合成麻薬も出回っているからどれだという特定はまだだ。ただ、私としては、今年に入ってから新しい薬物を試験的にいくつか作り出して試しているような感じがする。例の使用者の状況を見たうちの研究員が、それぞれ突起した荒や欠点がある事に気付いてな。恐らく、うちに回って来た異例の検挙者は、同じ犯罪組織が絡んでいる」

 ナンバー1は、そこで一呼吸置いてから話を再開した。

「今年の一月に見つかった集団使用者は、自我がほとんどなく、不気味なほど素直に取締捜査官に従っている。廃材置き場に老若男女十二人が座り込んでいるのを、巡回していた警察官が見つけた。痩せ細って廃人同然であるにも関わらず、指示する言葉だけが理解できたらしい」

 次に、と彼は指を立てて説明を続ける。

「二月から三月にかけては、運動能力が上がり依存性が少ないものが出回っていた。使用前と比べると、体格が全体的に大きくなっているのが特徴だ。中には十四歳の少年もいたが、写真を見ても三十代の大男にしか見えなかったな。……それがぷっつり切れると、今度は音や匂いに敏感で、脅迫障害が強く出た使用者が続出した。これが四月の話だ」

 雪弥は頭の中で順序立てながら、大人しく話を聞いていた。

 これだけ特徴や個性が出ている薬物が、約一月ごとに入れ替わって発生しているとなると、確かに彼が『どこかの組織が試験的に作り出している』という線は否めない気もする。

「薬物による五月の上旬までで逮捕したその四十八人と、それまで同時期に同じ症状が見られた人間の共通点は、東京在住ではない事だ。出身県はバラバラだが、捕まった場所はすべて東京都内。もう一つ共通している事は、誰も薬物を始めたきっかけを覚えていないばかりか、自分がどこから来たのかも分かっていない点だ」

 まるで人体実験もいいところだ、とナンバー1は吐き捨てて続けた。

「意図的に連れて来られて試験的に薬物を投与され、専門家でも難しいほど精密に記憶を弄られている、という二つの可能性が同時に出ている。警視庁にうちが介入して捜査が進んでいたが、いくつかの事件がそれと結びついて大きな事件に変わった。今、私の指示のもと本格的に動き出している。発砲事件のあと、うちのエージェントが似たような薬物常用者と遭遇したが、抑え込むのに一苦労だったそうだ。女だったそうだが痛みへの反応もなく、男三人を吹き飛ばすほどだった、と」

 彼は言葉を切って、短くなった葉巻を灰皿に置いた。雪弥が勘ぐった事に気付き、そうだといわんばかりに肯いてナンバー1は口を開く。

「荒が出過ぎた事に、首謀者たちも気付いているんだろう。うちのエージェントが取り押さえてから、またそういった逮捕者がぷっつりと出なくなった。都内で麻薬を卸していた業者の情報を入手して、少しでも手掛かりをと思って突入したが、どうやらそこが当たりだったようでな、全員口封じのために殺されていた。検挙した例の使用者たちの持っていた合成薬物を調べたが、共通していたのは、前半期で作られた物にはヘロインが混入されていたという事だけだな」

 つまりそれ以上の詳しいところは分かっておらず、捜査も半ば歩みが遅くなってしまっているのが現状だ。口封じに業者が殺された他にも、少ない手掛かりや証拠をみすみす消れてしまったせいだ。

「どういう風にその薬を完成させたいのかは知らんが、これ以上大きな事になる前に一掃したい。国外から仕入れている事から、新たに卸す場所を探すだろうと推測していた矢先に入ってきた情報が、この学校だった」

 それを聞いて、雪弥は「待って下さい」と口を挟んだ。

「ここって四国じゃないですか。麻薬は全国各地にいろいろと出回っているし、ここと繋がっているなんて考えるのは早急すぎますよ。それに、卸すとなると量も大きくなるし、それにヘロインって一番取り締まりが厳しい――」

 すると、ナンバー1がその台詞を遮るようにこう続けた。
 
「東京の事件に関わっている中国の密輸業者が、この四国にルートを変更している事は調べがついている。警視庁とうちでマークしている今回の首謀者だと思われる大手金融会社から、この学園の関係者と何度か接触があった事も確認が取れた。教育機関を頭に入れていなかったからな、やられたと思ったのは私だけではあるまい。尾崎(おざき)から連絡が来なかったらと思うと、ぞっとする」

 リザに書類を返されていた雪弥は、その印字された中に、ナンバー1が上げた聞き慣れぬ名を見つけて硬直した。「あれ?」とぎこちなく唇の端を引き攣らせて、数回その書類を見返す。

「…………あの、あなたの知り合いらしい尾崎って人、この学校の理事長の名前とかぶっているんですけど、これとは別人ですよね?」
「いいや、同一人物だ。元同僚で、片足をやられてから転職した男だ」

 なるほど、とやや呆れ気味に雪弥は呟いた。

 ナンバー1は、特に気にせず話を続ける。
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