「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

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高校生、始まりました(4)

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 土地神様――そう切り出した修一の瞳は、好奇心でいっぱいだった。堪え切れない笑みからは片方の八重歯が覗き、内緒話をするような声色は弾んでいる。

 土地神様の祟りと話題が振られた瞬間、暁也はそれと対象の温度を見せた。

「お前、そんな噂信じてんのかよ」

 くだらない、といわんばかりに暁也が答えた。彼はオニギリを食べ終わり、缶ジュースを持ち上げた手を止めて胡散臭そうな表情を浮かべている。

 修一は、残りのオニギリをすばやく胃に詰め込むと、「だってチェンメ回ってたじゃん。見てないの」とせがんだ。そこに、雪弥はほぼ反射的に口を挟んでいた。

「それ、詳しく知りたいな」
「あれ、お前そういうの好きなのか?」

 疑う様子もなく、修一が活気に満ちた瞳で雪弥を覗きこんだ。冒険心が強そうな瞳と距離を置きつつも、雪弥は話を合わせるように頷いた。

「うん、前の学校では、いろいろと都市伝説とか集めていたよ」
「へぇ! そうなんだ、俺もそういう話し大好きでさぁ」

 気が合うなぁ、と続ける修一の横で、暁也はジュースを口にしながら、面白くもなさそうにパンの袋を引き寄せた。

 暁也にとって、修一という少年は、遠足や旅行先で歩き回るようなタイプで、好奇心の強さに底が見えない友人だった。単純思考だが行動力は強く、良く言えば、いつも自分の気持ちに素直な少年だ。

 非現実的な事柄にも興味を持っており、修一が「未確認飛行物体を探そうぜ」「畑に歩く薬草ってのがあるらしいから捕まえて飼おう」「森の精霊がいるんなら、きっと畑道にも何かいるかもしれない」そう提案するたびに、暁也は付き合わされていた。

 外を歩き回るのはまだいい、一番厄介なのは、修一が存在もしない物事を信じていることだ。そこだけが唯一、話が合わないところである。

 現実主義の暁也は、ありもしない作り話を延々と聞かされる事は好きではなかった。「クリスマスは早く眠らないとサンタさんが来ない」と聞かされるくらいうんざりしてしまう。

「うちの学校ってさ、夜の九時に一回鐘が鳴ったら、翌朝の六時まで鳴らねぇの。で、夜最後の鐘が鳴ったあと学校に入ると、土地神様に呪われるって話なんだ」
「祟りなんかあるわけねぇだろ。くだらねぇ」
「あるんだってば」

 口を挟んだ暁也にそう言ってから、修一は雪弥に聞かせるべく話しを再開した。

「最近一番有名な怪談なんだけどさ、この白鷗学園は昔、家も畑も作れない聖地だったらしいんだ。強い神様がいたから、ここに学校を建てるとき、坊さんがその土地神様と約束を交わしてさ。『子供たちの学びのためにこの場所をお借りしますが、夜の九時にはお返しします』っていうもので……」

 修一は怖い話を聞かせるように声を潜めたが、その声色は弾んでいた。

「その合図は、夜九時に鳴る最後のチャイムなんだ。俺たちの学校がその土地神様の領地に戻ったあと、敷地内にいたり、侵入しようとすると祟られるって噂だぜ? 肝試しで学校に入ろうとした二年生が、怪異に遭ったって大騒ぎになったらしくてさ、そのあとチェンメが回ったんだ」
「へぇ……」

 怪談話ねぇ、と喉元に出かけた言葉を曖昧に濁し、雪弥は頭をかいた。

「それ、元々この学校にあった噂なの?」

 雪弥が尋ねると、修一はジュースで喉を潤しながら首を振った。

「昔からある話だって聞いてるけど、俺はつい最近知ったな。他の奴らも初耳だって言ってた。でもさ、山神様の話は昔からあるし、そういうのもあるんだろうなって――」

 旧帆堀町の頃からあるという、地域の祭りを修一は話し出したが、雪弥は引っかかりを感じて考え込んでいた。

 学校の七不思議は有名であるが、幽霊を一向に信じない雪弥にとって「そんな噂を流して何が楽しいのか」というのが正直な感想だった。しかし、ふと、そこに別の目的があるとしたらという疑問を覚えて考え直した。

「噂が回ったのは、いつ頃なのか訊いてもいい?」
「新学期が始まった頃だっけ」

 話しを中断した修一が、そばパンを食べている暁也に問い掛けた。彼は大袈裟に顔を歪めながら食べ物を噛み砕き、数十秒の間を置いて「五月に入った頃だったろ」とぶっきらぼうに答える。

 麻薬の卸し業者が発見されたのは五月である。雪弥は「そうなんだ」と心もなく応答して、斜め上へと視線をそらした。修一が「確かにそれが起こったんだから、噂は本当だったんだよ」と楽しげな声を上げた。

「二年生が肝試しやったって話しただろ? 噂が出回ったとき、じゃあ確かめようってなったらしいぜ。正門越えた時、何か聞こえるって騒ぎ出した女の子がいて、そのとき学校にぼんやりと浮かび上がる白いものを皆で目撃したって聞いたな。それから一気に噂が広まったんだと思う」

 思い出すような顔で、修一が言葉を続ける。

「声が聞こえるって騒いでた女の子が学校に来なくなって、土地神様って件名の送り先不明のチェンメが出回って、うちは大騒ぎさ。学校に来なくなったその子が、連絡途絶える前に『土地神様が』って同級生に相談してるし、大学生も先生たちも気味悪がって早く帰るようになったらしいぜ? う~む、こりゃあまさしく怪談!」

 修一は満足そうに締めくくると、手を止めていたアンパンを食べ始めた。

 東京で起こっている事件と、タイミングは合っている。まさかなと思いながらも、勘が嫌な方向に働いて雪弥は強い苺味を喉に流し込んだ。しばらく間を置いたあと、途切れた会話を繋げるように言葉を投げかける。

「……その女の子って、どんな子なのか知ってる?」
「おう、吹奏楽部にいた大人しい感じの可愛い子って聞いてるぜ?」

 修一がそう答えた矢先、暁也が間髪入れず鼻を鳴らした。どうしたのさ、と振り返る修一に、彼は馬鹿を見るような目を向ける。

「途中で世遊びに走って退部したらしいぜ? 五月くらいから深夜徘徊の常連メンバーだった。バイクで走っている時によく町で見かけたけど、ケバイ格好とか半端なかったし、見掛けるたび男と一緒だった」
「うっそ! マジで?」
「おう、マジだ。やばい感じの男だったぜ。ありゃあ、もう退学になっても文句はいえねぇだろうな。本人も学校に来る気はないみてぇだし」

 飛び上がる修一の横で、暁也は他人事だった。積み上げられた食糧を物色している。

 対する雪弥は、神妙な表情で沈黙していた。彼の中では、暁也が語った「やばいの感じの男」と二年生の女子生徒についての関係が、なんとなくの単純なイメージ一つであっけなく繋がり始めていた。
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