「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

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高校生としての生活(1)

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 翌朝、雪弥は多くの生徒同様に白鴎学園の正門をくぐっていた。

 時刻は朝の八時を回っている。教室にはたくさんの生徒が溢れるいつもの光景が広がり、そこに修一と暁也の姿もあった。

 暁也の姿があることが珍しいとも思わず、雪弥は、「たった一人のおじさんが未青年の中に入る」ことの緊張を押し殺して、自分のクラスである三年四組の教室に踏み込んだ。女子生徒たちの視線はしばらく雪弥を追ったが、その先で暁也を目に留めると離れていった。

 雪弥が近づくと、修一が振り返って「おはよう」と陽気に言い、暁也が「おっす」とぶっきらぼうに言った。

 昨日電話で話しをした男、暁也の父である金島一郎を思い出してしまい、雪弥はぎこちなく笑って二人の少年に「やあ」と声を掛けてから、昨日から自分の席となっている場所に腰かけた。

 修一と暁也は、まるで付き合いの長い親友というような関係であった。教室では特に会話もなく、それぞれがスポーツ誌を読みふける。どちらかが話を切り出せば会話が成立し、短い単語でお互いのやりとりがきちんと出来た。

 暁也が「次の」と言えば修一は新しい雑誌を渡し、「それ、くれ」とくれば引き出しにしまってあるパンを分ける。暁也は修一が「なぁなぁ」と言えば無言で振り返って話を聞き、時には「俺の意見が聞きたいのか、一般論が知りたいのか分かりゃしねぇ」と愚痴ったが、顰められた顔には嫌悪感はなかった。

 雪弥は後ろから、そんな二人の様子をしばらく眺めていた。自分を「本田雪弥」として認識した生徒たちは、物珍しそうな視線も突拍子もない質問攻めもしては来なかった。談笑は少数で、ほとんどが友だち同士で問題集を広げあっている。

 そういえば、皆受験生だったな。

 他人事のように考え、雪弥は教科書やノートを引き出しにしまった。進学先を決めかね、各大学のパンフレットを広げている生徒の姿もある。

 教室はすっかり受験の雰囲気が浸透していたが、雪弥の前に広がる二つの席ばかりが別世界だった。参考書の一つさえ持っていない二人の少年が、悠々とした様子でパンをつまみながら雑誌を眺めているのだ。

 二人もこれからのことを考えた方がいいのに、と思わず心で呟いた雪弥の前で、暁也と修一がほぼ同時に雑誌のページをめくった。高校三年生の立場を考えると悩ましい光景だが、雪弥は教師任せにすることで気を楽にした。開いた窓へと視線を滑らせると、空に灰色の雲が薄く広がっている。

 今日は、町へ行ってみるか。

 そう考えて、雪弥は体力温存だと言わんばかりに仮眠を取る体勢に入った。数分でも睡眠がきちんと取れるのは、ほとんどのエージェントが持つ特技の一つだ。訓練によって誰でも習得でき、ときには丸三日寝ない状態で戦闘態勢に入ることも珍しくはない。

 四年前のゲリラ戦において、三日で場を鎮圧したエージェントたちも七十二時間動き回っていた。状況に応じて睡眠を取ることは、エージェントの基本である。

 それに任せて惰眠を貪っている今の状況はおかしいが、雪弥は考えるのも面倒だったので授業の合間に仮眠を挟んだ。こうして午前中の授業は、特に変わりもなく流れていった。

             ※※※

 昨日と違っていることは、今日が五時間授業という点だ。昨日より一つ分授業が少なく、そしてが最後の授業は、雪弥にとって白鴎学園に来て初めての体育であった。

 着なれない高校の体育着に着替えた雪弥は、運動場で騒ぐ男子生徒たちの中で「おじさんに見えないかな、いや、やっぱりおじさんだろう」という自問自答からなかなか抜けられずにいた。

 白鴎学園高等部の正門から広がる運動場には、三組と四組の男子生徒たちがおり、合計二十四人の男子高校生たちが集まっていた。そのはしゃぎようは半端ではなく、飛んだり跳ねたり取っ組み合いを始めたりと、まるでまとまりなく騒いでいる。

 タンクトップのいかつい男性教師が、運動場の中央に立って、収拾のつかない生徒たちの群れを見つめていた。薄い唇は引き攣り、こめかみには青筋が浮かび上がっている。


「さっきも言ったように……はしゃぐな馬鹿野郎! お前らは中学生か!」


 男性教師が、息を吸い込んで声を張り上げた。雪弥は「小学生か、のほうがいいと思うんだけど」と心の中で呟いてしまった。

 男子生徒たちが「はーい」と答えて、気楽に会話を交わしながら中央へと向かい始め、ゆっくりとした歩調で雪弥はその後尾に続いた。少年たちに溶け込めているのかと彼は心配していたが、誰も不審そうに振り返る生徒がいないことを確認して息をついた。

 そんな雪弥に、ふと声を掛ける生徒があった。

「うちの学校少人数制だろ? サッカーとかの場合はさ、合同で授業すんだ。女子はバレーらしいぜ」

 雪弥の隣にやってきた生徒は、修一だった。彼は、待ちきれない様子でランニング姿勢を取っている。若い子は元気だなぁと思った雪弥の隣に、不服そうに体育着をきこなす暁也が並んだ。

 暁也はじろりと雪弥を見やり、小さく口を動かした。

「お前、スポーツ出来んのか?」
「まぁ人並みに」

 雪弥はそう答えて、肩をすくめて見せた。暁也は鼻を鳴らしたが、雪弥を挟んだ隣にいた修一は楽しそうにこう言う。

「なぁ暁也、まず俺が稲妻シュートを決めるからさ、サポート宜しくな!」
「ふん、相手は現役サッカー部多数の三組だぜ? やり損ねたら、ジュース一本だからな」
「ふっふっふ、どうせ他は俺の敵じゃないぜ。西田(にしだ)にも負けないし」

 修一が不敵な笑みを浮かべ、ある方向へちらりと視線を寄こす。

 そこには彼と同じ背丈をした少年がいて、目が合った途端に「俺だって負けねぇし!」と言い返してきた。茶色く焼けた肌が印象の、逆立った頭髪が太陽で赤く見える男子生徒だ。彼は現役サッカー部、キャプテンの西田である。

「俺のクラスが買ったら、お前らがいつも買い占めてる貴重なそばパンを譲ってもらおう!」

 西田は吠えて、体育教師の元へと踵を返した。「あいつ、絶対ぇ負かす」と暁也が真剣な面持ちで言い、修一が珍しく真顔で「そばパンは譲れねぇ」とぼやいた。

 その様子を見ていた雪弥は、仲がいいなぁとぼんやり思った。暁也が仏頂面で短く答えても、修一は彼の心情を読み取って感情豊かに返すのだ。実に良いコンビだと、雪弥は二人の少年たちを微笑ましくも思った。


 白鴎学園高等部では、余った焼きそばをパンに挟んで提供する「食堂のおばちゃん」がいる。個数はいつも二、三個で、生徒たちにとっては貴重なメニューだ。鳥の唐揚げと焼きそばが美味いと評判で、パンを持参して焼きそばを挟む生徒もいた。

 いつも飛ぶように現れて焼きそばパンを買い占める修一と暁也を見て、悔しがる三年生も多かったのである。彼らが焼きそばパンを購入しない日だけ、他の生徒たちは「おばちゃん特性の」それを食することができた。
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