「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

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高校生としての生活(3)

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 四組のゴールキーパー森重は優秀だった。大きな身体からは想像も出来ないほど、俊敏な動きでボールを受け止める。彼が三組のゴールキーパーのような警戒の声を上げたら加勢しよう、と雪弥は考えていたのだが、森重は悠々とした様子でシュートする男子生徒の正面に構えてくれる。


「……お前、ゴールコート守る気あんの?」


 前半戦が終わったとき、汗だくの暁也が涼しげな雪弥に尋ねた。雪弥は「勿論だよ」と答えて頷く。

「でもほら、森重君がばんばん防いでいくから」
「アホか。あいつにも苦手なシュート打つ奴がいるんだよ」

 暁也が告げると同時に、試合がスタートする合図が上がった。その際、遠くにいた西田が、自信たっぷりの笑顔でこちらを振り返ってきて「この俺とかな!」と主張した。

 その声を聞いた雪弥は、この距離でよく聞こえたな、と感心してしまう。

 こちらの会話をちゃっかり拾っていたらしい彼に対して、暁也はわざとらしく耳をかいて「雑音がするな」と言って踵を返した。グラウンドの中盤でショックを受ける西田を慰めたのは、野球部一闘争心がない佐野であった。

「ま、どんまい?」
「…………ひどすぎるよ」

 あいつは二年のときからそうだった、とぼやく西田の台詞は弱々しい。対する佐野は、視線を泳がしながら「元クラスメイトでも容赦ないしなぁ」と独り言を呟いた。

 西田と佐野は、二年生の頃に暁也と同じクラスだった。少人数制のため、クラス関係なく仲が良いことも白鴎学園高等部の特徴だ。

 大半の生徒が暁也の編入についてきた「暴力事件」に恐れを抱いているが、修一のようなタイプの生徒も少なからずはいた。西田は鼻から信じておらず、佐野は「どっちでもいいんじゃね?」という具合だったのである。


 四組が優勢得点で後半戦が始まり、試合は白熱のまま続いた。「そばパンを守れぇ!」という三組の怒号に、修一と暁也が声を揃えて「やらねぇよ!」と答えるのは決まり文句になっていた。

 必死に動き回る四組のクラスメイトである佐久間たちが、「二人とも、少しくらい分けてもいいじゃないの……」と小さく指摘する声は、修一と暁也の耳には届かないようだった。


 試合もそろそろ終盤を迎える頃、四組は三組のゴールキーパー円藤に、シュートの嵐を食らわせていた。それを四組のゴールコートから眺めていたのは、雪弥と森重の二人である。

 しばらく動いていない森重は、時々大きな身体を揺らしながらクラスメイトたちの頑張りを見守っていた。雪弥は五度目の欠伸をして、後ろにある校舎の時計を振り返る。

 あと数分もない授業に対して「早く終わらないかなぁ」と内心ぼやく彼を見て、それを表情から読み取った森重が再び「本田君……」と呟いたとき、歓声と怒号交じりの一際大きな声が飛び交った。

「くそッ! 抜かれた!」

 そう悪態を吐き、忌々しげに振り返った暁也の前には、ボールを横取りした西田が得意げな顔をして走り出す姿があった。三組のゴールコート前に集まっていた生徒たちが、ようやく一斉に雪弥と森重のいる方向を振り返る。

「本田君、止めるっす!」

 森重が、試合で初めて緊迫した声を上げた。

 出遅れて駆けて来る生徒たちの目先で、雪弥と森重を真っ直ぐ見つめる西田の顔がにやりと笑む。すぐ後ろから暁也と修一が追うが、グラウンドの中盤を過ぎても中々距離が縮まらない。

 森重は身体を強張らせ、肉付きのよい顔に、初めて敵を睨みつける表情を浮かべた。両足を落として身構え、緊張で渇いた喉を唾で潤す。

「同じサッカー部に負けるかぁ!」

 修一がそう吼え、土埃を上げて全速力で駆けた。西田も見事にボールを運びながら速度を上げる。

 突進する姿勢で彼の後ろを追う暁也は、先程西田にボールを奪われていたので「ぶっ殺す!」と殺意を剥き出しにしていた。土埃に交じって、禍々しい空気が彼の背を覆っている。

「そんなこと言っている場合じゃあないでしょ!」

 状況を一番冷静に捕えていた眼鏡の男子生徒、通称「委員長」の佐久間が遠くなる三人の少年に一喝したところで、はっとしたように雪弥を見た。

「本田君、ボールをシュートさせないで! 修一たちの言い分は置いといても、西田が調子に乗りそうで嫌だから!」
「お前も結構ひどいよな」

 彼に並んだ三組の低温野球少年、佐野が、間髪入れず小さく口を挟んだ。

 近づいてくる少年たちの騒ぎっぷりを見ながら、雪弥はゆっくりとした歩調で動き出した。気が乗らないように頭をかき「しょうがないか……」と呟く彼の脳裏には、サッカーの基本ルール二つが流れている。

 ゴールコートに迫った西田が、森重の前から歩き出す雪弥を見て不敵に笑った。「相手は優等生、こりゃ楽勝だぜ!」と叫んだが、不意に、その足元からボールが消えて目を丸くする。

 視界からボールが消失し、西田は何が起こったかも分からずに動きを止めた。「やれやれ」といった様子で歩み寄った雪弥が、通り過ぎようとした彼から軽い足さばきでボールを奪い取ったのだと遅れて理解し、唖然とする。

「え……?」

 西田が、一瞬でボールを奪われた事が信じられない、という顔で振り返る。

 そのとき既に、雪弥は口笛を吹くような表情で、ボールを膝で小さくバウンドさせていた。彼の頭上へ力なく舞い上がったボールが、ふわりと上昇を止めて、ゆるやかに落下を始める。

 その直後、雪弥が左足を軸に右足を振り上げ、そのボールに軽く弾むような回し蹴りを入れて弾き飛ばしていた。おっとりとしたように見える仕草以上の力を加えられたボールが、軋むように円形を凹ませて宙に跳ね上がる。
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