「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

文字の大きさ
40 / 110

高校生としての生活(4)

しおりを挟む
 対戦相手である三組の円藤が守る、ゴールコート付近まで飛んだボールを追い掛けた修一が、歯を食いしばって強靭なヘディングをかまし「暁也!」と視点の定まらない様子で叫んだ。

 想定外の事態に数秒反応が遅れた生徒たちを尻目に、暁也も修一と同様、一番に敵陣地へと駆けこんでいた。彼は西田の制止の叫びも聞かず、胸でボールをチャッチしてすぐ、斜め方向から強烈なシュートをゴールコートに放った。

 円藤が咄嗟に守りに出たが間に合わず、見事にゴールが決まった。途端にわっと四組の生徒が湧き、授業終了のチャイムと同時に、教師のホイッスルがグラウンドに鳴り響いた。

 西田が崩れ落ちる様子を見ていた雪弥は、「本田君、すごいっす!」と森重に言われて、ぎこちない笑みで応えた。手で触らず、足で蹴ればいいスポーツと浅い認識で行ったことなど、騒ぎ立てる双方の生徒たちは気付かないままだった。


「お前すげぇじゃん!」


 走り回っていた心地よい疲労の余韻を残したまま、生徒たちが各教室へ戻っていった後、修一は教室で着替えを済ませてからも、興奮が冷めない様子だった。教室に入って来る担任の矢部にも目を向けず、彼は後ろの席にいる雪弥を見つめる。

 体育の授業で唯一汗をかかなかった雪弥は、先程からのらりくらりと言葉を避わしていた。彼の机の上には体育着のみが詰め込まれた鞄があり、すでに帰る準備は整っていた。

「マジですげぇよ、あんな強烈なパスは初めてだぜ! 抜かれた西田のあの顔、見たか? めっちゃびっくりしてたなぁ」
「たまたまタイミングがあっただけだよ。僕は頭脳派だからね」

 そう答える雪弥の鞄に、学習道具の一つさえ入っていないことを見ていた暁也が「ホントかよ」と言いたげな視線を向けた。何故なら、暁也の鞄には、筆記用具くらいは入っていたからだ。

「……ま、いいセンスしてると思うけどな」
「俺もそう思う!」

 視線をそらせて暁也が言い、修一がすかさず同意の声を上げた。それに対する雪弥は、「大人が子供に勝っても嬉しくないんだけどな」とぎこちない表情である。

「お前、このあと暇? カラオケ行こうぜ」

 修一は嘘偽りもない真顔で、見事に受験放棄を宣言した。「あ、それいいな」と暁也が便乗したとき、教壇に立っていた矢部が「お前らは居残りだぞ」とぼそぼそと告げ、教室が笑いに包まれてその会話は終了となった。


 帰りの会とやらが始まる中、雪弥は「カラオケ」という単語を頭の中で繰り返していた。彼は今まで、一度もカラオケ店に入ったことがない。

 母である紗奈恵がまだ元気だった頃、映画館とボーリングに行ったことが数回ある程度だ。歌うことが好きだった紗奈恵は、「今度連れていってあげるからね」という言葉を最後に、入院生活を強いられた。


 そんな母との思い出が脳裏を過ぎり、雪弥はふっと表情をなくした。

 一つの波紋すらなくなった心持ちで、締められた窓の向こうへと視線を滑らせる。矢部のぼそぼそと呟く声が時々耳に入ったが、言葉として認識することは出来なかった。

 体育の授業では少し晴れ間を覗かせていた空は、再び灰色の薄い雲に覆われていた。雨を含んだ低い雲が重なり合うように流れ、厚みを増していくようだった。重々しい夜を引き連れた曇天を思い起こさせる風景は、雪弥の中から、母が亡くなったときの空を引き出した。

 そういえば、父さんはどうしてるかな。

 ふと、雪弥は蒼緋蔵家当主を思い起こした。彼が顔を上げて黒板へと視線を戻すと、矢部が生徒に「聞こえません」と注意されながら話しを進めていた。夏休みに入る前に、両親を招いた三者面談をもう一度行うという内容だった。

 父さん、お願いだから僕の仕事が終わるまで耐えて。

 そんな教室の様子に目を留めながら、雪弥は今置かれている環境とは全く関係のない、むしろ矢部が語る「高校三年生にとって重要」な事に一ミリも関心を向けないまま、完全なプライベート問題を思って、心の底からそう願った。

 長男、蒼慶は一度言い出したら聞かない性質である。しかし、今はまだ次期当主という立場だ。他の蒼緋蔵家親族が意見に賛同していても、さすがに現当主が首を振らなければ議論は持ち越しになるだろう。

 とはいえ、その後の蒼慶の行動を予測することは、当主でさえ不可能だ。蒼慶は時に、現当主の頭脳を遥かに越えた大胆な結論と行動に出ることがある。雪弥に出来ることは早々に仕事を終わらせ、十分な時間を取って家で起こっているらしい問題を解決することだ。

「君たちは受験生です……問題を起こすことのないよう……して、勉強したらすみやかに帰宅…………」

 話しの後半になって矢部の声は口ごもり、更に聞こえ難くなった。その様子を見つめていた雪弥は無性に喉の渇きを感じ、ある飲み物を連想して口をつぐむ。

 BARのカクテルが飲みたい。

 随分お預けになっている西大都市のBAR「ホワイトパール」を想い、雪弥はとうとう深い息をついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

陰キャ幼馴染に振られた負けヒロインは俺がいる限り絶対に勝つ!

みずがめ
恋愛
★講談社ラノベ文庫新人賞佳作を受賞しました!  杉藤千夏はツンデレ少女である。  そんな彼女は誤解から好意を抱いていた幼馴染に軽蔑されてしまう。その場面を偶然目撃した佐野将隆は絶好のチャンスだと立ち上がった。  千夏に好意を寄せていた将隆だったが、彼女には生まれた頃から幼馴染の男子がいた。半ば諦めていたのに突然転がり込んできた好機。それを逃すことなく、将隆は千夏の弱った心に容赦なくつけ込んでいくのであった。  徐々に解されていく千夏の心。いつしか彼女は将隆なしではいられなくなっていく…。口うるさいツンデレ女子が優しい美少女幼馴染だと気づいても、今さらもう遅い! ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙絵イラストはおしつじさん、ロゴはあっきコタロウさんに作っていただきました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

処理中です...