「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

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夜のゲームセンターの遭遇と、悲劇(4)

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「…………で、なんで突然電話してきたんですか」
『いや、飼うのは初めてだろう。うむ、お前が飼いたいと言い出すのも珍しい、いや、貴重だ。で、名前は何とした?』
「ああ、ちゃんと決めましたよ。白豆です」

 自慢げに答えた雪弥だったが、受話器から声もなく吹きだす音が聞こえて、片眉を引き攣らせた。

「……ちょっと、めちゃくちゃ笑ってません? 馬鹿にしてます?」
『いや、いや、そんなことは微塵たりとも――』
「僕だってペットの名前ぐらいつけられますよ」

 自分のものにするのなら名前を付けろ、と言われると納得してしまうし、愛着ある人形がペットであると言われても違和感を覚えない。

 雪弥はそう断言したところで、不意に、くぐもった声を聞いて立ち止まった。尖るような彼の気配を感じ取ったのか、ナンバー1が笑いを途切らせて『どうした』と緊張した声で低く問う。

 パチンコ店の裏手にある電柱に、寄りかかってうずくまる人影があった。雪弥はそれが、先程出会った里久という青年であることに気付いた。彼はこちらにに背中を向けてうずくまったまま、鞄をひっくり返して、地面に転がった私物を必死に漁っている。

「……里久さん?」

 雪弥は、携帯電話の電源を切らず離した状態で、そう里久に声を掛けた。まさかと思った彼の脳裏には、すでに嫌な予感が形作られていた。

 ぴくりと反応した里久が、細い背中を過剰に震わせてこちらを振り返った。開いた瞳孔は、たった一人の人間を見つめるのもようやくといった様子で、冷静さもなく揺れている。

「こ、こんばんは、雪弥くん」

 さっきぶりだね、ははは……と里久は親しげに言ったが、その声は苦しげだ。

 ナンバー1が電話越しに『どうした』声を掛けてきたが、雪弥は苦み潰すような笑みで里久へと歩み寄る。

「里久さん、一体何をしているんですか……?」

 里久は一瞬、躊躇うような表情を浮かべたが、ハッとしたように笑みを張りつかせた。すぐそばまで歩み寄った雪弥に、「ねぇ、雪弥くん」と撫でるような声で話し掛ける。

「勉強でさ、覚えられない事とかあるだろう? 俺、いい物知ってるんだ」
「いい物、ですか……」
『おい、雪弥。まさか、そこに現物を持った使用者がいるのか――』

 雪弥は電話には応えず、それを認識すらしていない里久から隠すように背中に回して、地面に散乱した彼の私物を見下ろした。

 ペン、メモ帳、英単語帳、携帯電話、財布、ポケットティッシュ、電子辞書、折り曲げられたレシート――そして、里久がようやく見つけたように、素早く手を突き出してある物を掴んだ。

 それは、プラスチックの小さな入れ物だった。中には螺旋マークが描かれた青い小さな錠剤が入っており、里久はその容器を乱暴に開けて中身を取り出したかと思うと、水も無しに口に放り込んで喉仏を上下させた。

 雪弥はそれを目に留めてすぐ、合成麻薬MDMAを思い起こした。手軽に口内摂取出来るタイプの物で、子供が誤って飲んでしまうほどラムネ菓子によく似た商品である。

 プラスチック容器に入っていた青い錠剤は、雪弥も初めて見るタイプのモノで更に小さく、つるりとした飲み込みやすい形状をしていた。彫られた螺旋マークが特徴的で、覚せい剤か麻薬であるのかは一見しただけでは判断がつかない。

 服用してほっと一息ついた里久が、落ちついた面持ちで、どこか茫然とした様子でこちらを振り返った。かなりの即効性があるように作られた薬なのか、目が合うと、先程の焦りを一切感じさせない様子で、遠くを見つめるような目で穏やかに笑む。

「里久さん、それ」

 雪弥がそう言い掛けたとき、それよりも早く里久が口を開いた。

「すごく頭がすっきりする薬なんだ。ブルードリームっていう、勉強とか精神に良く作用するお薬なんだよ」
「……そう、なんだ…………誰にもらったのか、訊いてもいいかな」
「欲しいの? なら、俺が持っているこいつをあげるよ。俺、親切な人に別の物をもらったんだ」

 夢見心地に里久は言い、ふらりと立ち上がると、雪弥にプラスチックの小さな容器を渡した。容器の中に数粒残ったその合成薬物を「ブルードリーム」と呼んだ彼は、思い出し笑いするように唇を歪ませて、電柱に背を預けた。

「上の人間は、俺たちのような人間を助けるべきだろう? 勉強もバイトも親の説教も、苦しくて仕方がなかった俺に、夢の一時を与えてくれたんだ。親切な大人はまだいて、俺を特別に頑張った子だって褒めてプレゼントをしてくれた。全部なかったことにしてくれる、生まれ変わるための赤い夢を、俺はもらったんだ」

 里久はきちんと言葉を発せてはいたが、話の内容や説明は明確ではなく、どこか噛み合っていなかった。

「青い薬の他に、君は『赤い薬』を誰か別の大人にもらったわけだね? そして、君は赤い方の薬を持っている、という事で間違いない?」

 確かめるように雪弥は尋ねた。里久は数秒を要して「うん」と頷いた。電柱から背中を離すと、鞄を手に取って「あ~あ、こんなに散らかって」と散らばった私物をそこに戻し入れ始める。

 彼が服用した薬は効能が強いものではないのか、それとも、切れた薬が回った事で禁断症状や精神面が落ち着いたのか、丁寧にゆっくりと拾い集めるその足取りは、先程よりしっかりとしていた。

「それ、あげるよ。試してごらん。僕は今日は赤い方で夢を見て、明日また、青い方をもらいに行くから平気だよ。気に入ったのなら多めに買っておいてあげるね」

 その静かな声色を聞きながら、雪弥は青い薬をポケットにしまい、まるで警戒して毛を逆立てる猫のように神経を研ぎ澄ませた。

 薬を飲んだ今の里久に対して、なぜだか無性に背中がぞわぞわとして落ちつかなかった。本能的に嫌な予感を覚え、無意識に強く警戒してしまう。

「里久さん、その赤い薬を見せてくれないかな」

 荷物を拾い集めていた里久が、手を止めた。ゆっくりと首を持ち上げて、ぼんやりとした表情の抜け落ちた顔をこちらへ向ける。

 じっと目を合わせていると、その手から力が抜けて、せっかく入れた荷物ごと鞄が地面に滑り落ちた。午後十時を過ぎて大半の店がしまっており、まだ開いている飲食店やショッピングセンターに出入りする客の音も少ないせいか、裏通りには雪弥と里久以外の人間はいなくて、鞄が落ちる音がやけに響いた。

「いいよ」

 しばらく見つめ合った後、里久が不意に微笑んでそう言った。「特別だからあげるって言われたんだ」と答える口調は幼い。

 里久は硬い生地のズボンポケットに手を差し入れ、小袋に入った赤い錠剤を持って見せた。そこには十数粒の真っ赤な、とても小さな丸薬が沢山入っていて、外見はまるで麻薬でも覚せい剤でもない、もしかしたら菓子かインテリアの飾りの材料の一つとでも言われたら、そう見間違えてしまいそうなほどのモノであった。
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