「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

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揃ったエージェントたちの報告会(1)

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 正面玄関のそばにある事務室には、三人の女性がいた。窓口に中年の女性が座り、後部の事務机では若い二人の女性が囁くような声量で会話をしている。

「あの、本田雪弥ですが」

 雪弥が尋ねると、事務机にいた若い女性が席を立った。緑と白のストライプが入ったごわごわのシャツは、百五十センチもない小柄な体躯に比べてサイズが大き過ぎていた。下からはいているロングスカートはくびれもなく広がっており、飛び出た頭と手足は一見すると寸胴であった。

 セミロングの黒い髪を二つに結びまとめた彼女は、事務室から出て来ると、分厚い眼鏡を親指と人差し指で挟むように押し上げた。かなり視力が悪いのか、眼鏡の度数が合わないのかは分からなかったが、かなり下から雪弥を覗きこんでくる。

「ん~本田君ですか? わたくし、事務の岡野(おかの)メイです」
「えっと、そうです。本田です……」

 岡野と名乗った女性は、どこか間が抜けたようなゆっくりとした口調で話した。戸惑う雪弥を見て、事務にいた中年女性が「ちょっと岡野さん」とうんざりしたように声を掛ける。

「写真の通り、彼が本田雪弥君よ。あなたが見つけた編入願書の抜けてる項目、ちゃんと説明して書かせてちょうだいね。ご両親の欄はミスがないから、生年月日のついでに進路調査表もお願い」
「はい、はい、はい。分かってます、分かってます」

 ゆっくりと答える岡野は、これ以上女の言葉は聞きたくもないといった様子だったが、表情と抑揚に変化は見られなかった。手に持っていた茶袋の封筒を雪弥に見せ、「抜けているところがあるので」と続ける。

「うちの説明不足ですみませんでした。覚えてます? 電話でお話しを伺った岡野です」
「さぁ、どうだったかな。実際にお会いしたことはないですし、全然分かりませんでした」
「構いません。では、こちらへどうぞ」

 長いスカートから小さく覗いた岡野の寸胴な足が、力なく前進を始めた。

 伸び過ぎた彼女の背筋はやや後ろへと傾き、短い両手両足を大きく振る様子はぎくしゃくとして動く。岡野と、彼女の後ろをゆっくりと追う雪弥を、事務室から覗いた二人の女がしばらく心配そうに見送った。


 事務室の隣は職員室となっており、岡野はその向かいにある階段を進むと、二階へと上がり「校長室」と書かれた東側の扉を二回叩いた。返事もないまま茶色の質素な扉が開き、外観からは想像もつかないほど立派な校長室が姿を現す。


 黒いカーテンで窓が仕切られた室内は、弱々しい灯かりだけがつけられていた。中央に置かれた重量のあるテーブルと、向かい合った黒い革ソファの奥に、理事長兼校長の書斎机があった。

 岡野が無言で扉を締めると、その席に腰かけていた六十代前半の男性が、雪弥に微笑みかけた。少々薄くなった灰色の髪をしており、大きめのグレースーツを恰幅の良い身体に着こんでいて、その顔は写真で見た尾崎その人だった。

「はじめまして、ナンバー4。元、エージェントナンバー十三の尾崎と申します」

 心地よいテノールで尾崎が言った後、雪弥の後ろに控えていた岡野が、後方に手を伸ばして扉横に触れた。くぐもるように金属音が連続して起こり、雪弥は室内が完全に遮断されたことを理解した。

 つまりは、一見するとどんくさいようにも見える事務員の彼女もまた、尾崎の事情を知る関係者の一人であるらしい。雪弥はそう思いながら、初対面となる元エージェンの尾崎に挨拶をした。

「はじめまして、尾崎さん。ナンバー4の雪弥です」
「わざわざすみません、事は少々厄介な方へ転がっていましてね」

 語る尾崎の声は、童話を語り聞かせるような口調だが、微笑をたたえる瞳の奥には考えが読めない鋭さがあった。すっと歩き出した岡野へと大きな白い手を向け、「彼女は、元ナンバー六十二のメイです」と紹介した。

 岡野は、書斎机の横で踵を返すように雪弥を振り返ると、「突然呼び出して申し訳ありませんでした」と、先程までなかった滑らかで早い言葉を紡いだ。

 肩をすくめて応えた雪弥に、尾崎がふふっと笑みをこぼす。

「大丈夫、この部屋は室内で爆発が起ころうと外に音がもれません。四方に盗聴防止機器が設置されて、外界から完全に遮断されています」
「恐ろしい校長室ですね」

 雪弥は思わず本音をもらした。尾崎は「理事室としても使わせてもらっています。厚さ五十センチの超合金、窓も同じ厚みがある」と言って、穏やかに装われただけの瞳を雪弥に向けた。

「本部から音声通信を繋げてあります。設置機器の問題で、映像とまではいきませんが」
「いいえ、音声通信だけで結構ですよ」

 二人の会話が途切れた時、岡野が書斎机の上に置かれた小さな灰皿へと手を伸ばした。それがカチリとひねられて、金庫室の鍵が回って行くような音が三回上がり、不意に途切れる。

 そのとき、一つの音声信号が入った。

『雪弥、聞こえるか。こちらナンバー1、総本部オフィスからだ』
「聞こえてますよ。こちらは今、尾崎さんのオフィスです」
『急きょですまないが、事態が変わった。今回調査に当たった研究班の班長、キッシュと通信が繋がっている』

 室内に響き渡る低い声が『おい、説明しろ』と続けられたあと、室内の四方に埋め込まれたスピーカーから若い声が『はい』と答えた。

『え~こちら地下十階、レベルB1研究室、班長のキッシュです。はじめまして、ナンバー4。続けて報告に入ります』

 キッシュと名乗った男は、かすれた声色で『え~』と話しを切り出した。

『これまで東京で出た、異常障害の検挙者からご報告させていただきます。彼らから押収した青い薬物は、ブルードリームと呼ばれる覚せい剤でした。形状は最近出回っている完成度の高いMDMAと比べると、一回り大きいくらいですね』

 ただし、とキッシュは強く言葉を区切った。

『これまでの覚せい剤に分類できない薬物となっています。厄介なのは、摂取することによって、こいつが遺伝子に傷をつけることです。今回東京で起こっている薬物事件で、異例な中毒者を出している代物が、ブルードリームとレッドドリームであることが分かっていますが、これらは我々が知る通常の覚せい剤とは呼べない代物であったわけです』

 尾崎は机に両肘を乗せ、手を組み合わせて顎を置いてそれを聞いていた。キッシュの言葉が途切れたタイミングで、立ったままの雪弥に「どうぞ腰かけて。あ、茶菓子があるけれど食べますか」と打ち解けた様子で尋ねる。

 雪弥が「いただきます」と真面目に肯いてソファに腰かけると、岡野がやってきて、テーブルに茶菓子の入った皿を置いた。

『おいおい、お前ら……』
『いえ大丈夫です、ナンバー1。報告を続けます』

 そう言う声には若干の引き攣りがあったが、緊張感の全くないマイペースなエージェントであるナンバー4と元ナンバー十三に対して、キッシュが気を取り直すように冷静な口調で続けた。

『覚せい剤や麻薬は体内組織を溶かしますが、ブルードリームはそれと同時に遺伝子情報に直接作用することが判明しました。その依存性によって定期的に摂取すると、その結果、身体組織にある遺伝子が非常に不安定になるのです』

 その時、室内に茶菓子の袋を開ける音が上がった。
 
 雪弥が「あ、これ美味い」と言い、尾崎が「私のお気に入りなんだ」と場違いなのんびりとした会話が交わされて、キッシュが小さく咳払いをした。

『今回運ばれてきた里久という人間の遺伝子を調べて、ブルードリームとレッドドリームがセットで造られているという推測がぐんと高まりました。レッドドリームは、これまで見た合成麻薬とは見事に違っています。運ばれてきた対象者の身体にまだ成分が残っていたので、現物と併せて解析してみましたが、材料としてヘロインが配合されている他は全く未知の薬です。まだいろいろと不明な点が多い薬ですが、厄介なことに、傷ついた遺伝子を無理やり捻じ曲げる働きがあるようです』

 つまりレッドドリームが本来の薬物としての目的では作られていない物である、というのが判明した証拠だとキッシュは言う。
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