最強風紀委員長は、死亡フラグを回避しない

百門一新

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二章 健康診断と、風紀委員長と生徒会(2)下

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 どうしてこうなった。

 サードは場違いな場所に立たされ、どうすればいいのか分からず困惑していた。開かれた扉の向こうに広がっているのは生徒会室であり、生徒会のメンバーは優雅な茶会休憩の真っ最中だった。余裕もない風紀委員会の部員たちが見たら、怒りだしそうな光景である。

 応接用のテーブルには、人数分の珈琲と数種類のお菓子。ソファには、生徒会長であるロイを始めとする生徒会メンバーが腰かけていた。

 遅れて到着したメンバー分の席を開けるように、エミルとレオンがロイの左右に移動した。ユーリスは早々にレオンの向かい側に腰を降ろし、ソーマがパタパタと走っていって急ぎ追加の紅茶を淹れ始める。

 先程、校舎裏でサードは、散歩していたらしいユーリスに捕まった。そしてそのまま「生徒会室に美味しいお菓子もあるし、暇ならゆっくりしていきなよ」と腕を引っぱられて、連れて来られてしまったのだ。
 
 というか、なぜ宿敵に近い存在である風紀委員長おれが、生徒会室へ連れて来られたのか……理由が見えない。サードがそう片頬を引き攣らせていると、先に紅茶を口にしていたロイがこちらを見てきた。

「座らないのか?」

 彼がそう訊いてきてすぐ、その隣に腰かけていたレオンも「いつまで突っ立っているつもりです」と、まるで参加しないのが悪いと言わんばかりに言ってくる。

 こいつら、おかしくね? 普通、なんで連れてきたんだとか、ここにいるんだよとか、そういう疑問を飛ばすのが自然の反応じゃねぇのか?

「えっと、委員長もどうぞ」

 申し訳なさそうにソーマに声を掛けられて、サードは渋々ロイの向かいにあるソファに腰かけた。試しに少し口をつけてみた紅茶は、少し蜂蜜が混ぜられているのか、ほんのりと甘さがきいて美味しかった。

 そう味見をしたところで、サードは元凶である隣のユーリスへちらりと視線を送った。

「……あのさ、なんでこんなことになってんのか、訊いてもいいか……?」

 そもそも、誰も突っ込まない状況がおかしいのだ。俺、風紀委員長だよな、ここは生徒会室だよな、とサードは心の中で三回ほど確認してしまう。

 すると、ユーリスがテーブルのクッキーをつまみながら、「実はねぇ」と説明した。

「健康診断があっただろう? 役職持ちは働き過ぎだから、少し休憩を挟むようにしなさいって指摘を受けたんだ。それじゃあと思って、『業務休憩』っていう提案書を理事長に提出したわけなんだけど。授業に出ないで放課後も頑張っているのに、いつも仕事に追われている哀れな風紀委員長も過労じゃないの? ――って、さっきエミルが言ってて」

 お前が余計なことを言ったのが原因なのか! 

 サードが睨みつけると、エミルが「だってぇ」と可愛らしく肩をすくめた。

「リュー君たちが『委員長は一人で頑張り過ぎ』って話してたの、聞こえたんだもん」
「それを真に受けるんじゃねぇよ」
「まぁまぁ、エミル君を責めないで上げてよ、サード君」

 ユーリスが、隣からやんわりと口を挟む。

「『業務休憩』の案件をまとめた時、意見交換が出来るような状況を作るのもいいんじゃないかって話も上がってさ。試しに誘いに行こうかなぁと思っていたところなんだよ。生徒会は毎日お菓子の差し入れがあるし、いいじゃないの」
「誘うな。俺は適度に休んで仕事してんだよ」

 むしろ、交換するような意見は持ち合せていない。風紀委員長を生徒会室へ招待するのではなく、まずはその『業務休憩』とやらについて、風紀員会にも話を通せよ勝手に何やってんだよ、とサードは色々思って苛々しながら目頭を押さえた。

 その様子を黙って傍観していたロイが、「おい」と口を開いた。

「お前が過労なのも、あながち間違いじゃないだろう。特に最近は忙しいと聞くが?」
「問題を起こすバカがいなけりゃあ、忙しさは減ってくれるんだけどな」

 健康診断の前々から、春に浮かされたように同性同士のトラブルによる通報と現行処罰が続いているのだ。そのおかげで仕事も増え、サードは見たくもないのに、服をはだけたまま抱きあう一学年生と三学年生の少年たちにも遭遇した。

 その光景を思い出したら、げんなりとした表情を晒してしまいそうになった。気分を直すようにしてテーブルに目を向けてみると、砂糖が塗られたもの、チョコチップや、赤や緑のジャムがトッピングされたもの。ハートや星型のクッキーが複数の皿に用意されていた。

 よくもまぁ様々なクッキーが揃ったものだなと、そこに並ぶ菓子を眺めて思った。生徒会には支持者が多いので、ファンの差し入れも含まれているのだろう。

 見回りで調理室の前を通るたび、大柄な少年たちが見事なケーキやクッキーを焼いているのをよく見掛ける。その光景がなんとなく脳裏に蘇って、サードはそう考えたところで微妙な心境になった。

「サリファン君も食べなよ~。苺ジャムのクッキー、とっても甘くて美味しいよ?」
「はぁ。別にゆっくりするつもりはないから、いらねぇよ」

 今のところ、特に甘そうな外見をしたクッキーを食べているのは、エミルだけのように思えた。紅茶のついでにつまむ、というより、彼の場合は紅茶そっちのけで菓子を口に放り込み続けている気がする。あまりにもパクパク食べ続けているので、そんなに美味いのだろうかとサードは不思議に思って菓子を目に留める。

 会話が途切れ、ロイがチラリとユーリスとソーマを見やった。続いて目配せされたレオンが、視線をそらして再び紅茶を口にするが、誰かが話し始めるという様子もなく貴族らしい優雅な茶会が続く。

 サードは、ややあってティーカップを置いた。もう帰ってもいいだろうか、と席を立つタイミングを見計らって出口の方を盗み見る。

 すると、口の中の菓子を咀嚼していたエミルが、唐突に思い出したようにソファの後ろに手を伸ばした。

「サリファン君、これ、な~んだ!」

 取り出されたのは、エミルの身長の半分以上の大きさがある桃色の人形だった。時々、彼がそれを抱きしめていたり、背負ったまま紐で固定して連れ歩いているのを見たことがある。

 それを思い出したサードは、眉を顰めて人形を指差した。

「それ、いつもの変な形のヌイグルミだろ」
「え~、変なヌイグルミじゃないよぉ」
「じゃあ言いかえる。『ボディバランスがやばい人形』だ」
「ひどいよッ、こんなに可愛いのに?!」

 人形をぎゅっと愛らしく抱き寄せたエミルが、「信じられない」と大袈裟に瞳を潤ませた。

「もぉ~、なんでこの可愛さが分かんないのかなぁ。じゃあ、二番目の子たちを出してあげちゃうもんねッ」

 何故か闘争心に火が付いたようで、そう宣言してソファを飛び降りた。ユーリスを除く生徒会一同が、珍しいものを見るように彼の動向を見守る。

 そうしたらエミルは、先程の人形と同じ大きさの人形が詰まった、大きな箱を持って戻ってきた。

「これならどうだ!」
「あ、『猫』だ」
「せいか~い! じゃあ、この子は?」
「『犬』だろ」
「大正解! じゃあ、この丸くて茶色混じりの可愛い子は?」
「変な形の……『豚』か?」
「ひどいッ、色も全然豚じゃないのに……じゃあ、この尻尾の大きな子は?」
「『変な形をしたヌイグルミ二号』だ」
「全然違うよぉ!」

 エミルが半泣きで崩れ落ちた。彼は人形たちを抱き締めながら、「こんなにそっくりで可愛いのに」と独り言をぶつぶつと呟く。

 ふと、サードはこちらを見ている四人の視線に気付いた。まじまじと観察されているような居心地の悪さがあって身をよじると、人形を箱に戻したエミルが「ねぇねぇ、サリファン君」と続けて訊いてきた。

「明日もまた来る?」
「来るわけねぇだろ。俺は来たくて来た訳じゃねぇし、風紀と生徒会の距離感を間違えるな」
「生徒会は学園の頭脳、風紀はその従犬なのですから、訪問くらい問題にはならないのでは?」
「口を挟むな、副会長。ちなみに風紀委員会は『犬』じゃねぇ」

 睨みつけると、レオンの冷ややかな眼差しが不快感を浮かべた。

 そういえば、健康診断の際に彼を撒いたことが思い出された。ここは切り上げた方がいいと判断して即、サードはレオンの反論が始まる前にと思って立ち上がっていた。

「もう帰るの?」

 ユーリスが、そう声を掛けてきた。サードは、視線も寄越さず「ああ」と答えて歩き出す。

 すると前もって用意していたのか、ソーマが「部員のみんなで食べてッ」と菓子を詰めた複数の袋を差し出してきた。勢いよく渡されてしまい、断れずに受け取ってしまった。

「ほんと美味しいクッキーだから、戻ったあとでもいいから食べてみてください」

 言いながら、ソーマが後輩らしくペコッと頭を下げる。

 変な奴だ。律儀とでも言うのだろうか。不思議に思いながらその様子を目に留めていたサードは、よく分からなくなって首を傾げ、ひとまずは「ありがとう」と伝えた。

「じゃあな」

 そう言って生徒会室を出た後、真っすぐ風紀委員室に戻った。

 エミルが高評価していた苺ジャムのクッキーを一枚つまんでみると、確かに驚くほど美味しかった。他の種類のクッキーも一通りつまんでみたが、飽きない味だった。

 午後にやってきたリューたちに「生徒会のやつらにもらった」と菓子を手渡すと驚かれた。けれどそのクッキーは、「まぁ理由はいっか」と言うくらい全員に大好評だった。
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