最強風紀委員長は、死亡フラグを回避しない

百門一新

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三章 理事長からの新業務(4)

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 その翌日の早朝一番、サードは寮の扉の隙間から差し込まれた知らせによって、放課後の二回目の『休憩業務』後に理事長室を訪ねた。

 しばらくは大人しくしていよう、と昨日考えた矢先の呼び出しだった。もしや、生徒会室で自分は余計な失言をしてしまったのだろうか、と考えて心配になり、朝からずっと気が重かった。

 理事長室に入ると、守衛の一人に案内されていつもの応接席へと通された。既に理事長は珈琲を口にしながら、こちらを待っている状態だった。

「お前に、聖軍事機関への推薦が上がっているのを知っているか」

 珈琲カップをテーブルに戻したところで、理事長がそう切り出した。告げる表情は微動もしておらず、サードはどう反応したら機嫌を損ねないのか考えた末、ひとまずは「いいえ」と正直に手短に答えた。

「――だろうな。一部から推薦が上がっているらしいと、学園で進んでいる『事情』を知らない私の友人が報告してきた」
「はぁ。なるほど……?」

 たとえ推薦が上がったとしても、事情を知る上の人間がどうにかしてくれるだろう。

 昨日の件ではなかったらしいと安堵したサードは、報告するような内容でもない話を理事長がするのは珍しいなと、小さな違和感を覚えつつそう思った。

「それで、お前はどう思う?」
「『どう』とは?」
「聖軍事機関のことだ」

 そんなことを問われても、特に感想は浮かばない。とはいえ、意味のない質問はしない人であるので、サードはどうにか考えて言葉を捻り出した。

「えぇと、攻撃は最大の防御という言葉通り、国にとって聖軍事機関は最大の攻撃の要ですよね? 軍事と国政のトップが違うからこそ、双方の意見から、いい国を作れるのだと聞きました」
「我が学園では、軍への入隊を希望する者は、適正と訓練のため一年間を軍事教習院で過ごし、それ以外の者は最高学院へ進んで、それぞれの専門分野を学ぶ。どちらも狭き門だが、推薦があれば授業料も免除され、将来の昇格も約束される」
「はぁ。そうなんですか」

 そんなことがあるとは知らなかった。しかし、所詮自分には関係のない話である。学園内で聖軍事機関へ進むことを夢見る少年たちは多いものの、サードは『縁遠い世界』すぎて共感さえ持てないでいる。

 それにしても脈絡の掴めない話だと、首を傾げた。そのタイミングで、理事長が膝の上で手を組んでこちらを見据えてきた。

「最近は、よく走り回っているようだな」
「は……?」

 またもや脈絡のない問い掛けをされ、思わず間の抜けた声をあげてしまった。最近と言えば、業務休憩のせいで大変忙しい風紀委員会のことだろう。

 休憩として取られてしまった二時間分の仕事を、他の時間に割り振って調整はしている。だが足りない人数で回しきるためには、サードだけでなく全員が走り回らなければならなくなっていた。
 
「まぁ、そうですね」

 それを思い出しながら、小さな声で答えた。

 でも驚く事に、当初覚悟していたような『長時間残業!』の事態にはなっていなかった。部員たちが残業時間を減らす工夫を自ら意見し、積極的に行動を起こすようになったおかげで、なんとかこの人数でギリギリ回せるようになってきている。

 見回りの報告に関しては、小分けで行うより全員いた方が時間短縮になるということで、午前と午後、活動終了時刻にも必ず皆で集まるようになった。

 書類の処理業務に関しても、部員たちが「この量を役職持ちだけでやるのは、当然無理に決まってます」と言い出し、見回りの合間に、それぞれの班がどうにか時間を見付けて手伝うようにもなっていた。

 そもそも、聖アリスト教会学園は全校生徒三百人弱とはいえ、国内でも最大級の校舎面積を誇る王立の全寮制の学校であるのだ。それを、たった二十八人で全風紀をやろうとするのが無謀だった。

 そんなことを考えていると、理事長がまたしても別の話題を振ってきた。

「国が必死になってお前たちを作り出した理由と、その役目を理解しているか」

 今日は、珍しくよく喋るなぁと思いながら、サードは顔を上げて「はい」と答えた。

「悪魔が再来するたびに、多くの生徒が犠牲になっていると聞きました。子供たちの未来を守ること、今世代で終わりにするために、俺がいます」
「そうだ。国は『生まれ高い生徒たちを守るため』に、悪魔の血を持った子を作るべく数百人以上もの人間を犠牲にした。非合法に生み出された実験体は、長く生きられないまま死んでいき、証拠を残さないために戸籍も教育もされないまま、失敗作は遺体も残さないという決まりで焼却処分された」

 悪魔の血を持った人間を生み出すための犠牲にまず名乗りを上げたのは、自ら志願した女たちだった。彼女たちは、胎児に流れる悪魔の血により心身を壊され、次第に痩せ細り、錯乱したまま息を引き取っていく。

 その死体となった母体が干からびた頃に、サードたちは腹を破って生まれる。そうして実験体である半悪魔体の子供たちは、出生について教えられ、母親だった遺体を見せられることから全てが始まった。

 ベッドが一つしかない小さな牢屋。
 
 そこには、手足に枷をつけられた遺体があって、名前が記載された大きなプレートが提げられている。サードも自分の母親だという遺体と面会し、他の子供たちと同じように、自分の手で焼却炉のボタンを押した。

 生まれる前に、母殺しをしているのも当然で。だから、より嫌われもするのだろう。お前らは人間ではない。我らが憎き『悪魔』の血を引く兵器である、と始まりから終わりまで言い聞かせてくる『偉い研究者』だっていた。


――お前たちは、『生まれ落ちた時から罪人』である。ここにいる全員が、母親殺しの子だ。


 何度もそう教えられて育った事を思い出しながら、サードは首を傾げてしまう。理事長が、結局のところ何を話したいのか、どうしてこちらをじっと見ているのか分からない。

「あの、なんでしょうか?」
「……私は半悪魔体の生物兵器を作るための、一連の流れと資料は全て見せてもらった。だから、お前たちが始めにさせられることが何かも知っている。――お前も自分の母親を見たのか?」
「はい。俺も『母親』だという遺体は見せられましたよ。名前はリーシャ、レベル三の研究施設にいた研究者の娘さんだったみたいです。『病気で短命だったから、研究のために悪魔を怨み憎みながら身籠って死んだ。だから、役に立たなければならない』と、俺はそう言われました」

 話していたサードは、質問に対して的確に答えられているかどうか不安になって口をつぐんだ。理事長は、無駄な話しを嫌う人だ。母親を見たのか、という返答以上の話は不要だったかもしれない。

 だが、話を止めた矢先、理事長が「続きを」と短く促してきた。サードは困惑しつつも、自分の言葉で話を再開した。

「俺たちは、いつ死ぬかも分からない環境にありましたし、母体一つの命で役に立てと言われても、正直実感が持てませんでした。そのうち訓練や実験で仲間が死んでいって、結局、俺だけが最後まで残って。どうせ命を張るなら、あいつらの分も報いるついでに、研究員に恩を返すつもりでやりたいなと俺なりに思いました」
「どうして、そう思った?」

 なんで、そんなところまで訊くのだろう。思うままに『自分の言葉で』答え続けていたサードは、問われて真剣に考えた。

「えぇと、そうですね。言葉で説明するのは難しいんですけど……研究所にも勤めている大人は沢山いて、全身骨折とか臓器破損も、薬とか蘇生機械でどうにかなるのに、上の人に無理言って二日も休ませてくれた人や、待機中に短いお喋りに付き合ってくれる人だとか、飛び出た内臓を戻しながら『ごめんね』って泣く人もいて。――それなら、悪魔を殺したっていう偉業を達成するような『親孝行』でもしてみようかなと、そう思ったんです」

 親孝行なんて言葉は知らなかったけど、言葉の意味を聞いてなんだか良いなと思った。

 それが、どういう気持ちのするものなのかも知らない。けれど多分、自分は、嫌いじゃないと思う。

 手錠を繋がれて実験場に移動し、スピーカーから流れる『ターゲット』という言葉を聞いて、指定された相手に向かって攻撃を開始する。

 血だらけになり、息も絶え絶えになった頃に終了の声がかかった。そのたび、若い研究者が辛そうな顔でやってくるので、サードはその空気が嫌で笑うようになったのだ。

 そう思い出すように語り聞かせる間、理事長は時折、相槌を打つように小さく頷いた。直立した守衛は、いつも通りこちらのやりとりを注視し続けている。

「お前は自分の未来を考えたことがあるか?」

 こちらが話し終えたところで、理事長が口を開いてそう言ってきた。

「? 心臓が機能を止める前に、悪魔と対峙します」
「たとえば悪魔の件を除いたとして、だ」

 素早く切り返され、サードは「えぇ」と困り果てた。返事を促す理事長の鋭い視線に負けて、首を捻ってまたしても真剣に考えた。

「そうですね、悪魔の件がないとしたら……うーん。余命三ヶ月内と言われたけど、このスピードだと二ヶ月といわず身体が壊れると思いますし。今は超治癒再生がどうにか間に合って、血管とか臓器の組織が勝手に潰れても回復してくれますけど、いずれ誤魔化しもきかなくなるんじゃないでしょうか、――という『未来』しか言えないですね」

 すると理事長が、問うように眉を顰めてきた。

 サードは「触った方が分かりやすいと思います」と立ち上がり、歩み寄ってから「失礼」と告げて理事長の手を取った。ギョッとしたように彼の手に力が込められたが、構わず理事長の手を自分の腹部に押し当てる。

 そのまま理事長の手に自分の手を重ね、握りこむように腹部を掴ませた。後ろに控えていた守衛が警戒したように剣に触れたが、顔を強張らせた理事長が「大丈夫だから動くなッ」と、珍しく冷静ではない声を上げた。

 理事長の手に、自ら握りこもうとする力が働くのを見て、サードは自分の手から力を抜いた。重ねた手の下で、理事長の大きな手が内部を探るように動くのを、守衛も息を殺して見守る中――

 沈黙が降りた室内に、ぐじゅり、と鈍く生々しい水音が響いた。

 理事長が、ハッとしたように顔を上げて、サードを見つめ返す。

「数ヵ月だけで、ここまできてしまいました。もう、ボロボロでしょう?」
「…………」
「痛覚をいじられていますから、これぐらいは平気ですよ。それに、すぐに超治癒再生で、元気な臓器の状態まで蘇生されます」

 理事長は、サードの腹部からゆっくりと手を離した。圧迫から解放された腹部内から、ピチリピチリ、と細胞組織が再生する音が上がる。

 滅多に表情を変えない理事長が固まる様子を見て、サードは「本当に痛くないんで、大丈夫ですよ」と笑い返した。

「俺らは悪魔の血を使って『母親』から生まれた後、培養された悪魔の血を投与され続けた中で、拒絶反応で死ななかった順番から成功検体として番号が振られて、それから痛覚をいじる手術が行われたんです」

 場に漂う空気を和ませようと、できるだけ明るい調子で話を続ける。

「あの頃は既に痛みにも慣れていましたから、それから更に痛みが減退すると、『これくらいの軽い損傷』は平気になるというか……あ、そういえば俺にあてられた名前は『被検体番号580』だったんですけど、俺が三番目の成功検体だったから、その後に『ナンバー03』になったんですよ」

 無言のままの理事長が、不快を訴えるように僅かに目を細めた。

 空気を変えることに失敗してしまったらしい。サードは反省するように無駄話を切って、自身の腹部を見下ろした。

「ほんの少し前までは、こんなに脆くはなかったんですけどね」

 業務休憩が始まって二日目の朝、風紀委員室の集合時間に間に合うように走っていた時に、転びそうになった際に腹に触れて初めて、かなり脆くなってしまっていることに気付いた。

 その後、色々と試してみて分かったことは、気を抜くと超治癒再生という『壁』がなくなるかのように、外部からの圧力で内臓組織が簡単に潰れてしまうということだった。警戒心がなくなるほどにリラックスしなければ起こらないようなので、今のところ学園生活に問題はない。

 でも、それもきっと、今のうちだけだろう。サードは向かいのソファに座り直しながら、それを簡単に説明した。

 冷静な表情に戻った理事長が、テーブルの上に手を組み「なるほど」と相槌を打った。

「事情は分かった。それでは話を戻そう。お前は優秀な頭脳をしている割りに、想像遊びが不得意らしい」
「このタイミングで話を戻す、って『未来』とやらですか? つか、『想像』とか経験もないんですけど……」

 今日の理事長は、なんだかとてもやり辛い。

 サードは、思わず助け舟が出ないだろうか、と期待して守衛の方を盗み見た。しかし、彼らはいつの間にか定位置に戻って直立していた。

 顎に手をやった理事長が、思案するように視線を彷徨わせた。

「そうだな。たとえば身体の事情がなく、自分の身に時間が多く残されているとしたら、何かをしたいと思うだろう。近い未来でいえば、卒業もある」
「え。俺、卒業とか別にどうでもいい」
「…………」

 即答した瞬間、理事長の眼差しの奥に、射殺すような殺気が宿った。室内の温度が急激に下がったような悪寒を覚え、サードは慌てて「考えたことがなかったんですッ」と言い訳した。

「理事長である私に、それを断言するとはな」
「マジですみませんでした。口が滑ったんです、ごめんなさい」

 頭を下げて謝った後、恐る恐る理事長の方を窺ってみると、どこか呆れたように浅い息を吐かれてしまった。

「――では、質問を変えよう。お前は入学する半年前まで、地下から出たことがなかったと聞いた。来たばかり頃、一人で散策して草や虫や土の一つ一つを、よく物珍しげに覗きこんでいたのを見掛けた。何か思うところはあったか?」
「えぇと、その、知らないことが沢山あるなぁ、と思う時があります。初めて見るものだとか、その全部がキラキラして見えて……理事長はそういう事ありますか?」

 もしかしたら、目を引くその答えが分かるかもしれない。

 そう思って尋ねてみたら、理事長が静かに目を閉じた。それから、ゆっくりと開いてこちらを見据え直す。

「――さぁな。それはどういう感じなのだ?」
「えぇと、色鮮やかに目に焼き付いたように頭から離れなくて、ふとした拍子に思い出す、みたいな感じです。初めて見た林檎の赤だったり、廊下に差し込む夕日の色だったり。空の青さを見て『今日も晴れて良かったなぁ』とか、そういうことを考えます」
「そうか」

 理事長がゆっくりと瞬きをし、珈琲カップへと目を落とした。

 彼がまとっている空気から、もうこれで話は仕舞いらしいと感じた。結局のところ、呼び出された用件については、推薦の話が上がっているという情報共有だったようだ。

 そう思いながら、サードは立ち上がった。扉に向かって歩き出した時、理事長室の奥にある部屋から小さな物音が聞こえたような気がして足を止めた。

「どうした」

 思わず振り返ったら、そう理事長に問い掛けられた。

「いや、なんか音がしたような……?」
「気のせいだろう。ここには、私とお前しかいないのだから」
「まぁ、そうですよね…………」

 サードは少しだけ首を傾げた後、再び足を動かせて出入り口に向かった。

 扉の取っ手に触れた時、背中の向こうから「一つだけ、いいか」と理事長の声が聞こえてきた。肩越しにそちらへと視線を向けると、ソファで足を組んで彼がこちらを見ている。

「なんでしょうか?」
「どうやら私は、全面的にお前の味方にはなれないようだ」

 今日の理事長は、まるで掴みどころがない物言いをする。

 半悪魔である存在を受け入れられない、ということを言われているのだろうか。そう自分なりに解釈したサードは、ふっと柔かな苦笑をこぼして頷いて見せた。

「しょうがないです。自分がどれだけ嫌われている存在であるかは、俺自身がよく知っていますから」

 でも、理事長あなたが悪いわけではない。自分は、ただの対悪魔兵器だ――サードは軽く笑いかけて、理事長室を後にした。
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