21 / 36
五章 閉ざされた学園、魔獣の襲来(3)下
しおりを挟む
不満だと言わんばかりの顰め面をしているサードを前に、ユーリスは「どうしたものかなぁ」と呟く。
「僕はね、別に君を怒らせようとしているわけじゃなんいだよ」
貴族しかいないこの学園では、どうしてもサードの不器用過ぎるスプーンの持ち方一つでさえ目立った。一般的に見れば、そこまでは酷くないのだろうけれど、まるで幼少の子供が拙い食べ方をしているように映ったりもする。
相手が彼でなければ、悪目立ちもそこまで酷くなかっただろう。完全無敵で『隙のない漢らしい風紀委員長』として凛々しいサードだからこそ、意外過ぎて見ていた全員が目を剥いた。
「まぁ、そういうこともあって、君には色々と謎が多いような気がしてさ。親しい友人を作る様子もなかったし、授業にも参加しなかったから情報が少なくて、半年くらいずっと正体不明の違和感だけが残っていたんだ。――これは本格的におかしいぞ、と思ったのが、雪が本格的に積もり出した日に、中庭にいた君が、警備の人に声を掛けるのを見た時かな」
「中庭?」
サードは記憶を辿ったが、思い当たる節が多すぎて絞り込めなかった。中庭にいた警備員も、国から派遣された戦闘魔術師で、よく質問をしていたからだ。
あの頃は、学園で『普通』に溶け込むための知識が、圧倒的に足りない自覚があった。スミラギからも忠告をもらっていたので、疑問に行きついたら、とにかく近くにいる関係者を掴まえては情報を補う、という方法を取っていたのである。
その表情から見て取ったのか、ユーリスが困ったような苦笑を浮かべた。
「サード君が声を掛けたその警備の人も、最近入れ替わっていた人だった。何か関係があるのかなと思って見ていたら、サード君は『雪だるまってなんだ?』って訊いたんだよ。それで、俺はおかしいぞと確信したわけ。この国は全地域で雪が降るのに、保護されて育てられた子供が『雪だるま』を知らないなんて、と」
全地域で雪が降るなんて、そんなこと知らなかった。
サードは、眉を寄せると「……悪かったな」と白状するようにして唇を尖らせた。
「雪なんて、その少し前に『初めて見て知った』んだよ。なんか冷たいし、飛び込んだら全身ずぶ濡れになった。リューが校庭で騒ぐ奴らを見て『雪だるま』って言うから、気になったんだ」
「そういうところが、俺の感じた違和感の正体なんだよ、サード君。接触してみると、話すほどに荒が出始めるからびっくりしたよ。サード君はそれに目敏く気付いて、いつも口を閉じてしまった」
目敏いのはどっちだよ、とサードは苦々しく愚痴った。レオンの視線に気付いて、もしや馬鹿にされるのかと見越して身構えて先に睨み返してら、奴は冷たい美貌にそれらしい感情も浮かべてこなかった。
妙に大人しいな。馬鹿にされると思っていたんだが……変なやつだな。そう思ってサードがレオンを見ている中、ユーリスの話は続いた。
「もしかしたらと思って観察していたら、サード君は案の定、必要な経験も知識にも欠けているみたいだった。ロイが虐待の件を疑って、念のためにサリファン子爵について調べてみたら、なんと国家機密扱いになっていたんだよね」
そこで、サードは「はぁ?」と素っ頓狂な声を上げて、ユーリスへとを戻した。
「国家機密って、そんなはずねぇよ。だって調べられても荒が出ないように、ちゃんと調整されているって聞いたぞ? 設定では『サード・サリファン』は推定十歳前後で拾われ、養子縁組の申請が通ったことになってる」
いつ調べられてもいいように、設定は細部まで作り込まれていた。地下施設から出て一週間、サードはトム・サリファンと一緒になって、自分たちにあてられた設定を事細かく頭に叩きこんだのだ。
あれは、めちゃくちゃ苦労した。
文字の暴力だと思った。
束になった書類全部を一字一句正確に頭に叩き込む作業に、サードとトム・サリファンは「チクショー目が痛い」「飽きる」「文字を見たくない」と文句と愚痴を言い合っていた。そして一週間後にやってきた諜報員の前で、その成果を発表してようやく解放されたのである。
サードがそう思わず反論すると、ユーリスが「へぇ」と興味深そうに首を傾けた。
「でも、調べても出なかったのは事実だよ。ロイ君が直々に、聖軍事機関に推薦書を送ったら、これまでと違う『待機』の対応をされて、余計に怪しさ満点だった」
「推薦!? チクショーあれってお前らが原因かよ! というか、なんでそう勝手な事をッ――」
「まぁまぁ落ち着いて、サード君。どうして俺が疑いを確信に持ったかについて話を戻すと、俺が仔猫の姿になって会いに行った時、君が飲んでいた薬のケースに、人体実験なんかやらかしているらしい秘密結社のマークを見て、それで大凡(おおよそ)把握しちゃったんだよね」
呑気に言うユーリスに、サードは、小さな警戒心を覚えて口に出掛けた言葉を呑みこんだ。
気のせいだろうか。なんだか上手く話しにつられて、色々と妙なことまで口走った気がする。思い返すと、こうして話すよりも先に、彼らがどこまで事実を知っているのか、を確認するべきだったのではないだろうか?
サードは、校舎内に感じる魔獣の足音がだいぶ減ったことを思いながら、じろりとユーリスを睨み据えた。
「どこまで知ってる?」
「まずはロイ君が、秘密結社について理事長に尋ねて『計画』の大まかな流れまで聞き出した。でも、理事長はとても慎重な人で、そろそろロイ君が暴走しそうだなぁって俺たちが思った頃に、理事長室にスミラギ先生がやってきたんだよ。それで全貌が明らかになって、『じゃあそれを逆手に取るから協力しろ』と、ロイ君が提案して、今に至るってわけ」
これで理解してくれた? とユーリスがにっこり笑う。
サードは、あっさりと述べた彼の前で、数秒ほど言葉を失っていた。尋ねたいことや言いたいことが多すぎて、すぐに感情が思考に追いつかない。
「……ちょっと待て、『計画』の流れを聞いたんだよな?」
「うん、そうだよ」
ユーリスからその返答を聞き届けた途端、サードは「いやいやいやいや」と込み上げる感情のまま言葉を吐き出していた。
「じゃあそこは素直に引っ込めよ。知ったうえで何で来ちゃうわけ? 俺は半悪魔体として作り出された兵器だから、頭と心臓を潰されない限り七晩は絶対に死なないけど、お前らは違うだろうがッ。そもそも、今回に限っては封印のし直しは無しなんだぞ!?」
口を開いて一気にそう捲し立てる。
その様子を、目の前からずっと見つめていたユーリスが、きょとんとしてこう言った。
「知ってるよ~。俺たちの世代で終わりにするんでしょ?」
「お前分かってないだろ。この計画は、『一人の犠牲も出さないこと』が最低条件で、特にお前らが餌食になるのが困るんだッ。お前らが入り込んだ時点で任務がややこくしなって、泣きそうだよこんチクショー!」
というか、なぜ喋ったんだスミラギ。
そして、どうしてこいつらの提案に軽く応じたんだ、理事長とスミラギよ。
生徒会のメンバーは個性が強すぎるうえ、人の話を全く聞かないどころか、ろくでもない方に事態を悪化させる問題児なのである。最強の少年たちとはいえ、所詮は生身の人間なのだ。うっかり死んでしまわれたら、非常にまずい。
そこまで考えた時、サードはココに、味方が一人いたことを思い出した。
「そうだ。スミラギが保健室に待機していたな。うん、そうだよ、あいつがいるじゃんッ」
「スミラギ先生がいるのですか?」
それまで傍観者に回っていたレオンが、意外だと言わんばかりに片眉を引き上げてそう言った。
ユーリスが彼の方を向いて、「あの人も、結構な魔力量持っているみたいだからねぇ」と答えた。けれどサードに視線を戻して、首を傾げて見せる。
「でも、スミラギ先生はどうして残っているんだい? 聞いた『計画』の話では、全員退散するとか言っていた覚えがあるけれど」
「俺の教育係として、見届けるって言ってたぜ? 事が終わったら、苦しみが短いうちに斬首してくれるらしいし、心強い『先生』だよ」
全て聞いて知っているのであれば、こちらの寿命がもうすぐ切れる事も教えられているはずだろう。そう思って、サードは偽らず本音を口にした。
というか、計画を全部知ったうえでこの行動、こいつら、マジ信じられん。
こちらは命を張っているというのに、それにもかかわらず飛び入り参戦した彼らの神経が信じられない。サードとて無駄死にする気はないが、へたに仕事を増やさないで欲しいものだとは感じた。
ユーリスとレオンの間に、僅かに微妙な空気が流れた。しかし、その時、複数の獣の足音が階段から迫ってくる気配を感じ取って、サードはそちらへと全神経を向けていた。
サードは、そちらへ向かって歩き出した。背中越しに後ろ手を振って彼らに言う。
「つうわけだから、お前らはスミラギのところに行って、事が終わるまで大人しくしてろ。後は俺の方でやっておくから、勝手に動くなよ」
「あなたは私の上司ですか? お断りします。私に命令出来るのは、私の『皇帝』である会長だけです」
レオンが説教するような口調で言いながら、サードの左側に並ぶように歩き出し、短い呪文を唱えて両手を合わせた。そこから淡い光と風が巻き起こり、美しい金の装飾が目を引く白い見事な聖剣が姿を現した。
「俺も『聖騎士』として責任と覚悟があるから、後に引けないんだよねぇ」
ユーリスが朗らかに言い、サードの右隣に並びながら、口の中で短い呪文を唱えた。光と共に現れたのは白を基盤とした槍で、外で見た魔術師たちが持っていた物と違い、目立つ金の装飾と宝石が美しい。
サードは、彼らに文句の一つでも投げてやろうとした。しかし、廊下の向こうに見えた『死食い犬』が、一気に向かって来る様子に目を留めると舌打ちして身構えた。
「足を引っ張るようだったら、保健室に直行してもらうからな」
「ふん。あなたが誤って攻撃でもしてきたら、構わずその物騒な手を切り落としますので、お構いなく」
「切り落とさせねぇよ!?」
何言ってのお前。つか、マジで俺が嫌いなんだな。
サードがレオンに言い返す暇もなく、獲物を定めた魔獣が淀んだ赤い瞳を向けて咆哮し、次々に飛びかかってきた。
「僕はね、別に君を怒らせようとしているわけじゃなんいだよ」
貴族しかいないこの学園では、どうしてもサードの不器用過ぎるスプーンの持ち方一つでさえ目立った。一般的に見れば、そこまでは酷くないのだろうけれど、まるで幼少の子供が拙い食べ方をしているように映ったりもする。
相手が彼でなければ、悪目立ちもそこまで酷くなかっただろう。完全無敵で『隙のない漢らしい風紀委員長』として凛々しいサードだからこそ、意外過ぎて見ていた全員が目を剥いた。
「まぁ、そういうこともあって、君には色々と謎が多いような気がしてさ。親しい友人を作る様子もなかったし、授業にも参加しなかったから情報が少なくて、半年くらいずっと正体不明の違和感だけが残っていたんだ。――これは本格的におかしいぞ、と思ったのが、雪が本格的に積もり出した日に、中庭にいた君が、警備の人に声を掛けるのを見た時かな」
「中庭?」
サードは記憶を辿ったが、思い当たる節が多すぎて絞り込めなかった。中庭にいた警備員も、国から派遣された戦闘魔術師で、よく質問をしていたからだ。
あの頃は、学園で『普通』に溶け込むための知識が、圧倒的に足りない自覚があった。スミラギからも忠告をもらっていたので、疑問に行きついたら、とにかく近くにいる関係者を掴まえては情報を補う、という方法を取っていたのである。
その表情から見て取ったのか、ユーリスが困ったような苦笑を浮かべた。
「サード君が声を掛けたその警備の人も、最近入れ替わっていた人だった。何か関係があるのかなと思って見ていたら、サード君は『雪だるまってなんだ?』って訊いたんだよ。それで、俺はおかしいぞと確信したわけ。この国は全地域で雪が降るのに、保護されて育てられた子供が『雪だるま』を知らないなんて、と」
全地域で雪が降るなんて、そんなこと知らなかった。
サードは、眉を寄せると「……悪かったな」と白状するようにして唇を尖らせた。
「雪なんて、その少し前に『初めて見て知った』んだよ。なんか冷たいし、飛び込んだら全身ずぶ濡れになった。リューが校庭で騒ぐ奴らを見て『雪だるま』って言うから、気になったんだ」
「そういうところが、俺の感じた違和感の正体なんだよ、サード君。接触してみると、話すほどに荒が出始めるからびっくりしたよ。サード君はそれに目敏く気付いて、いつも口を閉じてしまった」
目敏いのはどっちだよ、とサードは苦々しく愚痴った。レオンの視線に気付いて、もしや馬鹿にされるのかと見越して身構えて先に睨み返してら、奴は冷たい美貌にそれらしい感情も浮かべてこなかった。
妙に大人しいな。馬鹿にされると思っていたんだが……変なやつだな。そう思ってサードがレオンを見ている中、ユーリスの話は続いた。
「もしかしたらと思って観察していたら、サード君は案の定、必要な経験も知識にも欠けているみたいだった。ロイが虐待の件を疑って、念のためにサリファン子爵について調べてみたら、なんと国家機密扱いになっていたんだよね」
そこで、サードは「はぁ?」と素っ頓狂な声を上げて、ユーリスへとを戻した。
「国家機密って、そんなはずねぇよ。だって調べられても荒が出ないように、ちゃんと調整されているって聞いたぞ? 設定では『サード・サリファン』は推定十歳前後で拾われ、養子縁組の申請が通ったことになってる」
いつ調べられてもいいように、設定は細部まで作り込まれていた。地下施設から出て一週間、サードはトム・サリファンと一緒になって、自分たちにあてられた設定を事細かく頭に叩きこんだのだ。
あれは、めちゃくちゃ苦労した。
文字の暴力だと思った。
束になった書類全部を一字一句正確に頭に叩き込む作業に、サードとトム・サリファンは「チクショー目が痛い」「飽きる」「文字を見たくない」と文句と愚痴を言い合っていた。そして一週間後にやってきた諜報員の前で、その成果を発表してようやく解放されたのである。
サードがそう思わず反論すると、ユーリスが「へぇ」と興味深そうに首を傾けた。
「でも、調べても出なかったのは事実だよ。ロイ君が直々に、聖軍事機関に推薦書を送ったら、これまでと違う『待機』の対応をされて、余計に怪しさ満点だった」
「推薦!? チクショーあれってお前らが原因かよ! というか、なんでそう勝手な事をッ――」
「まぁまぁ落ち着いて、サード君。どうして俺が疑いを確信に持ったかについて話を戻すと、俺が仔猫の姿になって会いに行った時、君が飲んでいた薬のケースに、人体実験なんかやらかしているらしい秘密結社のマークを見て、それで大凡(おおよそ)把握しちゃったんだよね」
呑気に言うユーリスに、サードは、小さな警戒心を覚えて口に出掛けた言葉を呑みこんだ。
気のせいだろうか。なんだか上手く話しにつられて、色々と妙なことまで口走った気がする。思い返すと、こうして話すよりも先に、彼らがどこまで事実を知っているのか、を確認するべきだったのではないだろうか?
サードは、校舎内に感じる魔獣の足音がだいぶ減ったことを思いながら、じろりとユーリスを睨み据えた。
「どこまで知ってる?」
「まずはロイ君が、秘密結社について理事長に尋ねて『計画』の大まかな流れまで聞き出した。でも、理事長はとても慎重な人で、そろそろロイ君が暴走しそうだなぁって俺たちが思った頃に、理事長室にスミラギ先生がやってきたんだよ。それで全貌が明らかになって、『じゃあそれを逆手に取るから協力しろ』と、ロイ君が提案して、今に至るってわけ」
これで理解してくれた? とユーリスがにっこり笑う。
サードは、あっさりと述べた彼の前で、数秒ほど言葉を失っていた。尋ねたいことや言いたいことが多すぎて、すぐに感情が思考に追いつかない。
「……ちょっと待て、『計画』の流れを聞いたんだよな?」
「うん、そうだよ」
ユーリスからその返答を聞き届けた途端、サードは「いやいやいやいや」と込み上げる感情のまま言葉を吐き出していた。
「じゃあそこは素直に引っ込めよ。知ったうえで何で来ちゃうわけ? 俺は半悪魔体として作り出された兵器だから、頭と心臓を潰されない限り七晩は絶対に死なないけど、お前らは違うだろうがッ。そもそも、今回に限っては封印のし直しは無しなんだぞ!?」
口を開いて一気にそう捲し立てる。
その様子を、目の前からずっと見つめていたユーリスが、きょとんとしてこう言った。
「知ってるよ~。俺たちの世代で終わりにするんでしょ?」
「お前分かってないだろ。この計画は、『一人の犠牲も出さないこと』が最低条件で、特にお前らが餌食になるのが困るんだッ。お前らが入り込んだ時点で任務がややこくしなって、泣きそうだよこんチクショー!」
というか、なぜ喋ったんだスミラギ。
そして、どうしてこいつらの提案に軽く応じたんだ、理事長とスミラギよ。
生徒会のメンバーは個性が強すぎるうえ、人の話を全く聞かないどころか、ろくでもない方に事態を悪化させる問題児なのである。最強の少年たちとはいえ、所詮は生身の人間なのだ。うっかり死んでしまわれたら、非常にまずい。
そこまで考えた時、サードはココに、味方が一人いたことを思い出した。
「そうだ。スミラギが保健室に待機していたな。うん、そうだよ、あいつがいるじゃんッ」
「スミラギ先生がいるのですか?」
それまで傍観者に回っていたレオンが、意外だと言わんばかりに片眉を引き上げてそう言った。
ユーリスが彼の方を向いて、「あの人も、結構な魔力量持っているみたいだからねぇ」と答えた。けれどサードに視線を戻して、首を傾げて見せる。
「でも、スミラギ先生はどうして残っているんだい? 聞いた『計画』の話では、全員退散するとか言っていた覚えがあるけれど」
「俺の教育係として、見届けるって言ってたぜ? 事が終わったら、苦しみが短いうちに斬首してくれるらしいし、心強い『先生』だよ」
全て聞いて知っているのであれば、こちらの寿命がもうすぐ切れる事も教えられているはずだろう。そう思って、サードは偽らず本音を口にした。
というか、計画を全部知ったうえでこの行動、こいつら、マジ信じられん。
こちらは命を張っているというのに、それにもかかわらず飛び入り参戦した彼らの神経が信じられない。サードとて無駄死にする気はないが、へたに仕事を増やさないで欲しいものだとは感じた。
ユーリスとレオンの間に、僅かに微妙な空気が流れた。しかし、その時、複数の獣の足音が階段から迫ってくる気配を感じ取って、サードはそちらへと全神経を向けていた。
サードは、そちらへ向かって歩き出した。背中越しに後ろ手を振って彼らに言う。
「つうわけだから、お前らはスミラギのところに行って、事が終わるまで大人しくしてろ。後は俺の方でやっておくから、勝手に動くなよ」
「あなたは私の上司ですか? お断りします。私に命令出来るのは、私の『皇帝』である会長だけです」
レオンが説教するような口調で言いながら、サードの左側に並ぶように歩き出し、短い呪文を唱えて両手を合わせた。そこから淡い光と風が巻き起こり、美しい金の装飾が目を引く白い見事な聖剣が姿を現した。
「俺も『聖騎士』として責任と覚悟があるから、後に引けないんだよねぇ」
ユーリスが朗らかに言い、サードの右隣に並びながら、口の中で短い呪文を唱えた。光と共に現れたのは白を基盤とした槍で、外で見た魔術師たちが持っていた物と違い、目立つ金の装飾と宝石が美しい。
サードは、彼らに文句の一つでも投げてやろうとした。しかし、廊下の向こうに見えた『死食い犬』が、一気に向かって来る様子に目を留めると舌打ちして身構えた。
「足を引っ張るようだったら、保健室に直行してもらうからな」
「ふん。あなたが誤って攻撃でもしてきたら、構わずその物騒な手を切り落としますので、お構いなく」
「切り落とさせねぇよ!?」
何言ってのお前。つか、マジで俺が嫌いなんだな。
サードがレオンに言い返す暇もなく、獲物を定めた魔獣が淀んだ赤い瞳を向けて咆哮し、次々に飛びかかってきた。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚
咲良喜玖
ファンタジー
アーリア戦記から抜粋。
帝国歴515年。サナリア歴3年。
サナリア王国は、隣国のガルナズン帝国の使者からの通達により、国家滅亡の危機に陥る。
従属せよ。
これを拒否すれば、戦争である。
追い込まれたサナリアには、超大国との戦いには応じられない。
そこで、サナリアの王アハトは、帝国に従属することを決めるのだが。
当然それだけで交渉が終わるわけがなく、従属した証を示せとの命令が下された。
命令の中身。
それは、二人の王子の内のどちらかを選べとの事だった。
出来たばかりの国を守るため。
サナリア王が下した決断は。
第一王子【フュン・メイダルフィア】を人質として送り出す事だった。
フュンは弟に比べて能力が低く、武芸や勉学が出来ない。
彼の良さをあげるとしたら、ただ人に優しいだけ。
そんな人物では、国を背負うことなんて出来ないだろうと。
王が、帝国の人質として選んだのである。
しかし、この人質がきっかけで、長らく続いているアーリア大陸の戦乱の歴史が変わっていく。
西のイーナミア王国。東のガルナズン帝国。
アーリア大陸の歴史を支える二つの巨大国家を揺るがす。
伝説の英雄が誕生することになるのだ。
偉大なる人質。フュンの物語が今始まる。
他サイトにも書いています。
こちらでは、出来るだけシンプルにしていますので、章分けも簡易にして、解説をしているあとがきもありません。
小説だけを読める形にしています。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる