最強風紀委員長は、死亡フラグを回避しない

百門一新

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五章 閉ざされた学園、魔獣の襲来(3)下

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 不満だと言わんばかりの顰め面をしているサードを前に、ユーリスは「どうしたものかなぁ」と呟く。

「僕はね、別に君を怒らせようとしているわけじゃなんいだよ」

 貴族しかいないこの学園では、どうしてもサードの不器用過ぎるスプーンの持ち方一つでさえ目立った。一般的に見れば、そこまでは酷くないのだろうけれど、まるで幼少の子供が拙い食べ方をしているように映ったりもする。

 相手が彼でなければ、悪目立ちもそこまで酷くなかっただろう。完全無敵で『隙のない漢らしい風紀委員長』として凛々しいサードだからこそ、意外過ぎて見ていた全員が目を剥いた。

「まぁ、そういうこともあって、君には色々と謎が多いような気がしてさ。親しい友人を作る様子もなかったし、授業にも参加しなかったから情報が少なくて、半年くらいずっと正体不明の違和感だけが残っていたんだ。――これは本格的におかしいぞ、と思ったのが、雪が本格的に積もり出した日に、中庭にいた君が、警備の人に声を掛けるのを見た時かな」
「中庭?」

 サードは記憶を辿ったが、思い当たる節が多すぎて絞り込めなかった。中庭にいた警備員も、国から派遣された戦闘魔術師で、よく質問をしていたからだ。

 あの頃は、学園で『普通』に溶け込むための知識が、圧倒的に足りない自覚があった。スミラギからも忠告をもらっていたので、疑問に行きついたら、とにかく近くにいる関係者を掴まえては情報を補う、という方法を取っていたのである。

 その表情から見て取ったのか、ユーリスが困ったような苦笑を浮かべた。

「サード君が声を掛けたその警備の人も、最近入れ替わっていた人だった。何か関係があるのかなと思って見ていたら、サード君は『雪だるまってなんだ?』って訊いたんだよ。それで、俺はおかしいぞと確信したわけ。この国は全地域で雪が降るのに、保護されて育てられた子供が『雪だるま』を知らないなんて、と」

 全地域で雪が降るなんて、そんなこと知らなかった。

 サードは、眉を寄せると「……悪かったな」と白状するようにして唇を尖らせた。

「雪なんて、その少し前に『初めて見て知った』んだよ。なんか冷たいし、飛び込んだら全身ずぶ濡れになった。リューが校庭で騒ぐ奴らを見て『雪だるま』って言うから、気になったんだ」
「そういうところが、俺の感じた違和感の正体なんだよ、サード君。接触してみると、話すほどに荒が出始めるからびっくりしたよ。サード君はそれに目敏く気付いて、いつも口を閉じてしまった」

 目敏いのはどっちだよ、とサードは苦々しく愚痴った。レオンの視線に気付いて、もしや馬鹿にされるのかと見越して身構えて先に睨み返してら、奴は冷たい美貌にそれらしい感情も浮かべてこなかった。

 妙に大人しいな。馬鹿にされると思っていたんだが……変なやつだな。そう思ってサードがレオンを見ている中、ユーリスの話は続いた。

「もしかしたらと思って観察していたら、サード君は案の定、必要な経験も知識にも欠けているみたいだった。ロイが虐待の件を疑って、念のためにサリファン子爵について調べてみたら、なんと国家機密扱いになっていたんだよね」

 そこで、サードは「はぁ?」と素っ頓狂な声を上げて、ユーリスへとを戻した。

「国家機密って、そんなはずねぇよ。だって調べられても荒が出ないように、ちゃんと調整されているって聞いたぞ? 設定では『サード・サリファン』は推定十歳前後で拾われ、養子縁組の申請が通ったことになってる」

 いつ調べられてもいいように、設定は細部まで作り込まれていた。地下施設から出て一週間、サードはトム・サリファンと一緒になって、自分たちにあてられた設定を事細かく頭に叩きこんだのだ。

 あれは、めちゃくちゃ苦労した。

 文字の暴力だと思った。

 束になった書類全部を一字一句正確に頭に叩き込む作業に、サードとトム・サリファンは「チクショー目が痛い」「飽きる」「文字を見たくない」と文句と愚痴を言い合っていた。そして一週間後にやってきた諜報員の前で、その成果を発表してようやく解放されたのである。

 サードがそう思わず反論すると、ユーリスが「へぇ」と興味深そうに首を傾けた。

「でも、調べても出なかったのは事実だよ。ロイ君が直々に、聖軍事機関に推薦書を送ったら、これまでと違う『待機』の対応をされて、余計に怪しさ満点だった」
「推薦!? チクショーあれってお前らが原因かよ! というか、なんでそう勝手な事をッ――」
「まぁまぁ落ち着いて、サード君。どうして俺が疑いを確信に持ったかについて話を戻すと、俺が仔猫の姿になって会いに行った時、君が飲んでいた薬のケースに、人体実験なんかやらかしているらしい秘密結社のマークを見て、それで大凡(おおよそ)把握しちゃったんだよね」

 呑気に言うユーリスに、サードは、小さな警戒心を覚えて口に出掛けた言葉を呑みこんだ。

 気のせいだろうか。なんだか上手く話しにつられて、色々と妙なことまで口走った気がする。思い返すと、こうして話すよりも先に、彼らがどこまで事実を知っているのか、を確認するべきだったのではないだろうか?

 サードは、校舎内に感じる魔獣の足音がだいぶ減ったことを思いながら、じろりとユーリスを睨み据えた。

「どこまで知ってる?」
「まずはロイ君が、秘密結社について理事長に尋ねて『計画』の大まかな流れまで聞き出した。でも、理事長はとても慎重な人で、そろそろロイ君が暴走しそうだなぁって俺たちが思った頃に、理事長室にスミラギ先生がやってきたんだよ。それで全貌が明らかになって、『じゃあそれを逆手に取るから協力しろ』と、ロイ君が提案して、今に至るってわけ」

 これで理解してくれた? とユーリスがにっこり笑う。

 サードは、あっさりと述べた彼の前で、数秒ほど言葉を失っていた。尋ねたいことや言いたいことが多すぎて、すぐに感情が思考に追いつかない。

「……ちょっと待て、『計画』の流れを聞いたんだよな?」
「うん、そうだよ」

 ユーリスからその返答を聞き届けた途端、サードは「いやいやいやいや」と込み上げる感情のまま言葉を吐き出していた。

「じゃあそこは素直に引っ込めよ。知ったうえで何で来ちゃうわけ? 俺は半悪魔体として作り出された兵器だから、頭と心臓を潰されない限り七晩は絶対に死なないけど、お前らは違うだろうがッ。そもそも、今回に限っては封印のし直しは無しなんだぞ!?」

 口を開いて一気にそう捲し立てる。

 その様子を、目の前からずっと見つめていたユーリスが、きょとんとしてこう言った。

「知ってるよ~。俺たちの世代で終わりにするんでしょ?」
「お前分かってないだろ。この計画は、『一人の犠牲も出さないこと』が最低条件で、特にお前らが餌食になるのが困るんだッ。お前らが入り込んだ時点で任務がややこくしなって、泣きそうだよこんチクショー!」

 というか、なぜ喋ったんだスミラギ。

 そして、どうしてこいつらの提案に軽く応じたんだ、理事長とスミラギよ。

 生徒会のメンバーは個性が強すぎるうえ、人の話を全く聞かないどころか、ろくでもない方に事態を悪化させる問題児なのである。最強の少年たちとはいえ、所詮は生身の人間なのだ。うっかり死んでしまわれたら、非常にまずい。

 そこまで考えた時、サードはココに、味方が一人いたことを思い出した。

「そうだ。スミラギが保健室に待機していたな。うん、そうだよ、あいつがいるじゃんッ」
「スミラギ先生がいるのですか?」

 それまで傍観者に回っていたレオンが、意外だと言わんばかりに片眉を引き上げてそう言った。

 ユーリスが彼の方を向いて、「あの人も、結構な魔力量持っているみたいだからねぇ」と答えた。けれどサードに視線を戻して、首を傾げて見せる。

「でも、スミラギ先生はどうして残っているんだい? 聞いた『計画』の話では、全員退散するとか言っていた覚えがあるけれど」
「俺の教育係として、見届けるって言ってたぜ? 事が終わったら、苦しみが短いうちに斬首してくれるらしいし、心強い『先生』だよ」

 全て聞いて知っているのであれば、こちらの寿命がもうすぐ切れる事も教えられているはずだろう。そう思って、サードは偽らず本音を口にした。

 というか、計画を全部知ったうえでこの行動、こいつら、マジ信じられん。

 こちらは命を張っているというのに、それにもかかわらず飛び入り参戦した彼らの神経が信じられない。サードとて無駄死にする気はないが、へたに仕事を増やさないで欲しいものだとは感じた。

 ユーリスとレオンの間に、僅かに微妙な空気が流れた。しかし、その時、複数の獣の足音が階段から迫ってくる気配を感じ取って、サードはそちらへと全神経を向けていた。

 サードは、そちらへ向かって歩き出した。背中越しに後ろ手を振って彼らに言う。

「つうわけだから、お前らはスミラギのところに行って、事が終わるまで大人しくしてろ。後は俺の方でやっておくから、勝手に動くなよ」
「あなたは私の上司ですか? お断りします。私に命令出来るのは、私の『皇帝』である会長だけです」

 レオンが説教するような口調で言いながら、サードの左側に並ぶように歩き出し、短い呪文を唱えて両手を合わせた。そこから淡い光と風が巻き起こり、美しい金の装飾が目を引く白い見事な聖剣が姿を現した。

「俺も『聖騎士』として責任と覚悟があるから、後に引けないんだよねぇ」

 ユーリスが朗らかに言い、サードの右隣に並びながら、口の中で短い呪文を唱えた。光と共に現れたのは白を基盤とした槍で、外で見た魔術師たちが持っていた物と違い、目立つ金の装飾と宝石が美しい。

 サードは、彼らに文句の一つでも投げてやろうとした。しかし、廊下の向こうに見えた『死食い犬』が、一気に向かって来る様子に目を留めると舌打ちして身構えた。

「足を引っ張るようだったら、保健室に直行してもらうからな」
「ふん。あなたが誤って攻撃でもしてきたら、構わずその物騒な手を切り落としますので、お構いなく」
「切り落とさせねぇよ!?」

 何言ってのお前。つか、マジで俺が嫌いなんだな。

 サードがレオンに言い返す暇もなく、獲物を定めた魔獣が淀んだ赤い瞳を向けて咆哮し、次々に飛びかかってきた。
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