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~出会い、その時『おじさん』は~
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『彼女』は、愛する者と、愛する娘と、大事な友人の幸福を祈っていた。
『彼女』は、大切な彼女の幸福と、初めて出来た小さな友達を守りたかった。
『彼女』は、子供達を母として愛し、未来が変わる事を願った。
そして、愛する者との別れを覚悟した『彼女』は、――その約束を果たそうとした。
※※※
「髪を切って」
そう言われた彼は、どうしたものかなと、珍しく返答に窮してしまった。
確かに、落ち着いたら、でっちあげた戸籍通りの名に合うべく、短髪に整えなければならないとは考えていたが、この日はまだ六歳だ。男としては、もう少し甘やかしていたい気もしていた。
ひとまず、もう傷もなくなった可愛らしい顔を鏡で見せてやったが、この子にはどう見えているのか、不思議そうに首を捻られてしまった。ああ、こんなところにも影響が出るんだなぁと、男は白い無精髭を撫でた。
癖もない艶やかな黒髪が、サラリと揺れた。出会った頃よりもさっぱりとした口調で、「やっぱり合わないよ」と言われてしまう。
畜生、と男は内心頭を抱えた。
この子は素直で可愛いのだが、頑固なところもある。一度決めたら曲げないところは、将来訪れるであろう運命の日を考えれば有利とはいえ、やはり複雑な心境を覚えた。まるで現実的な話ではないが、しかし、信じない訳にもいかないだろう。
まさか、自分が離れた後の米軍で、とある研究が未知の領域に踏み込んでしまったなどと、本当であれば信じたくはない話だったが、世間に後悔されていない戦いを見て来たからこそ、多分有り得る話なんだろうな、とも納得してしまうのだ。
すると、鏡越しに目が合った拍子に、その子の大きな瞳が不思議そうに瞬いた。
「青い目」
「そうだな。俺の目は青い、お前は茶色だ」
「髪も髭も白い」
「そりゃあ歳だからさ。前にもこのやりとりしたよな?」
「そうだっけ」
古い平屋の石垣作りの畳み部屋で、男は、聞き慣れた音が空を走るのを聞いて顔を向けた。
沖縄の空は青い。長閑な空気を震わせる爆音が通り過ぎるまで、男はその子の小さな耳を両手で塞いで、しばらく待った。思わず母国の言葉で呟くと、その子が不思議そうにこちらを振り返った。
彼は日本語も達者だったが、言語や外国という言葉も理解出来ない年頃の幼子に、どう説明していいのかも分からないでいる。
何故かというと、肌の色が黒くなっているせいか、彫りの深い顔立ちが多い沖縄に溶け込んでいるのか、この子は全く疑問を抱かないでいるのだ。青い目で驚かれるかなと身構えていたが、驚くほど反応がない。
素直過ぎるのか、疑いを持たないのか。そういう性格は逆に心配になるし、悩ましい部分でもある。
つか、もともと金髪だったんだけどな。まだ真っ白ではないはず、なんだが……あ、そういや近所の婆さんに「真っ白ねぇ」と、ここ数年しつこく言われてたっけな……全部白髪じゃないと言い切る自信がなくなって来たぞ。
しばし考え、男は「白髪でいいか」と簡単に結論付けた。長ったらしい説明は苦手であり、好きでもない。身元を聞かれたら、それなりに一つずつ教えて行けばいいような気もする。
……とはいえ、この子が、そう疑問に思って気付いてくれれば、だが。
「髪を切って」
「ちっ、忘れていなかったか」
散髪は得意だが、しかし、どうしたものか。
どこからか猫の鳴き声が聞こえて来て、男は「よっしゃ!」と目を見開いて立ち上がった。彼はわざとらくし大きな声で「あいつのメシの時間だ」と口にして、畳みの上を駆け出し、縁側に飛び降りて素早くサンダルを履いた。
つまり、考える事が面倒になったので、ひとまず逃げる事にしたのだった。
『彼女』は、大切な彼女の幸福と、初めて出来た小さな友達を守りたかった。
『彼女』は、子供達を母として愛し、未来が変わる事を願った。
そして、愛する者との別れを覚悟した『彼女』は、――その約束を果たそうとした。
※※※
「髪を切って」
そう言われた彼は、どうしたものかなと、珍しく返答に窮してしまった。
確かに、落ち着いたら、でっちあげた戸籍通りの名に合うべく、短髪に整えなければならないとは考えていたが、この日はまだ六歳だ。男としては、もう少し甘やかしていたい気もしていた。
ひとまず、もう傷もなくなった可愛らしい顔を鏡で見せてやったが、この子にはどう見えているのか、不思議そうに首を捻られてしまった。ああ、こんなところにも影響が出るんだなぁと、男は白い無精髭を撫でた。
癖もない艶やかな黒髪が、サラリと揺れた。出会った頃よりもさっぱりとした口調で、「やっぱり合わないよ」と言われてしまう。
畜生、と男は内心頭を抱えた。
この子は素直で可愛いのだが、頑固なところもある。一度決めたら曲げないところは、将来訪れるであろう運命の日を考えれば有利とはいえ、やはり複雑な心境を覚えた。まるで現実的な話ではないが、しかし、信じない訳にもいかないだろう。
まさか、自分が離れた後の米軍で、とある研究が未知の領域に踏み込んでしまったなどと、本当であれば信じたくはない話だったが、世間に後悔されていない戦いを見て来たからこそ、多分有り得る話なんだろうな、とも納得してしまうのだ。
すると、鏡越しに目が合った拍子に、その子の大きな瞳が不思議そうに瞬いた。
「青い目」
「そうだな。俺の目は青い、お前は茶色だ」
「髪も髭も白い」
「そりゃあ歳だからさ。前にもこのやりとりしたよな?」
「そうだっけ」
古い平屋の石垣作りの畳み部屋で、男は、聞き慣れた音が空を走るのを聞いて顔を向けた。
沖縄の空は青い。長閑な空気を震わせる爆音が通り過ぎるまで、男はその子の小さな耳を両手で塞いで、しばらく待った。思わず母国の言葉で呟くと、その子が不思議そうにこちらを振り返った。
彼は日本語も達者だったが、言語や外国という言葉も理解出来ない年頃の幼子に、どう説明していいのかも分からないでいる。
何故かというと、肌の色が黒くなっているせいか、彫りの深い顔立ちが多い沖縄に溶け込んでいるのか、この子は全く疑問を抱かないでいるのだ。青い目で驚かれるかなと身構えていたが、驚くほど反応がない。
素直過ぎるのか、疑いを持たないのか。そういう性格は逆に心配になるし、悩ましい部分でもある。
つか、もともと金髪だったんだけどな。まだ真っ白ではないはず、なんだが……あ、そういや近所の婆さんに「真っ白ねぇ」と、ここ数年しつこく言われてたっけな……全部白髪じゃないと言い切る自信がなくなって来たぞ。
しばし考え、男は「白髪でいいか」と簡単に結論付けた。長ったらしい説明は苦手であり、好きでもない。身元を聞かれたら、それなりに一つずつ教えて行けばいいような気もする。
……とはいえ、この子が、そう疑問に思って気付いてくれれば、だが。
「髪を切って」
「ちっ、忘れていなかったか」
散髪は得意だが、しかし、どうしたものか。
どこからか猫の鳴き声が聞こえて来て、男は「よっしゃ!」と目を見開いて立ち上がった。彼はわざとらくし大きな声で「あいつのメシの時間だ」と口にして、畳みの上を駆け出し、縁側に飛び降りて素早くサンダルを履いた。
つまり、考える事が面倒になったので、ひとまず逃げる事にしたのだった。
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