仮想空間に巻き込まれた男装少女は、軍人達と、愛猫との最期の旅をする

百門一新

文字の大きさ
23 / 159

6章 迷路と残酷な一つの事実(3)

しおりを挟む
「ちッ、また迷路かよ」

 右か左か、と通路を睨んでログが舌打ちした。

「おいクソガキ、今度こそ勝手に動き回るなよ」
「お前にこれまでの行動全部を振り返ってもらって、きちんと反省してほしいぐらいなんだけど。なんで俺が一方的に怒られてんの。つか、お前、方向感覚はちゃんとあるんだろうな!?」
「はぁ? お前よりよっぽど自信あるぜ」

 俺は軍の候補生時代から鍛えられているから、お前とは出来が違うんだ、とログは真面目な顔で言い切った。
過去の経験や名声は知らないが、それとこれとは別の問題だろうが。

 エルは、こいつは阿呆なのではないかと睨み付けた。人間、得意不得意は必ずあるものなのだ。

 そう考えたところで、エルは面白い発見に気付いて「成程」と自分の手を打った。こいつは勝手に突き進んで、勝手に任務を終わらせてくるタイプの優秀な方に違いない。つまり、チームプレイがまるで駄目な上司タイプだ。
 
 エルは、思わずクロエと目を合わせた。クロエも同じ事を考えていたようで、ログを残念そうに流し見し、エルへと視線を戻して「にゃん」と小さく鳴いた。

「おい、その面はなんだ。猫と勝手に意思疎通を図ってんじゃねぇぞ。……あれだ、仮想空間は方位が不安定だからな。俺の感覚が外れる時もある――かもしれねぇ」

 庭園の通路を右へと進み出しながら、ログが、ようやく自分の非を少しだけ認めた。

「好奇心が強いのはいいがな、あんまり離れるんじゃねぇぞ、クソガキ。支柱に近いほどセキュリティーは作動する。俺は、お荷物の面倒まで見るつもりはないぜ」
「クロエは賢いし、俺だってお荷物になるつもりはないッ」

 エルはログの後ろに続きながら、強く言い返した。

 というか、とんだ迷惑な迷子野郎の方が『お荷物』だろうが、チクショー。

 庭園の通路を作る植物の塀は、見事なL字の角を作っていくつも続いていた。入り込んでしばらく経ったせいか、方向感覚はすっかり麻痺してしまっていた。背の高いログから見える例の城も、エルには、まるで確認出来ないぐらいに塀は高かった。

 迷路というのは、やはりゴールに向かって正解の道ばかり造られてはいない。必ず騙し手が用意されている訳で、二人は四回も行き止まりに突き当たった。

 一度引き返し、次の道を数分ぐらい進んだ後、また行き止まりがあり――


「……五回目だ」


 繰り返された行き止まりの回数を思い浮かべ、エルは、げんなりと呟いた。

 すると、先頭に立っていたログが、唇を尖らせて「うるせぇぞ」と答えた。

「いちいち数えんな、クソガキ」
「ガキっていうな。つか、スウェン達が先に辿り着いているんじゃない? 俺達、だいぶ迷子になってるし」

 これでは、セキュリティーとやらが働くまでもなく、いい足止め状態だ。

「先に来たスウェン達がセキュリティーに触れて、敵も彼らを追っていったのかもしれないよ」

 エルが大きな背中に向かって問いかけると、ログが少しだけ歩む速度を落とし、思案するように口の中で呟き始めた。

「『敵がスウェン達を追ってる』から現れないなんて、あるのか……? 人間の軍隊じゃあるめぇし、セキュリティーの数が決まっているなんてないだろ。……………だとしたら何だ。マルクの作ったプログラムに沿って、きちんと作動しきれていないのか? ――いや、そもそも支柱の大本は……」

 ログは声色を落として独り言を口にした。ほとんど口ごもって聞きとれなかったが、意思があるのか、というような単語だけはエルの耳にも入った。

 その時、次の角を曲がったログが、唐突に足を止めた。エルは慌てて足を止めて、彼の背中へ衝突してしまう事を回避してから、何事だろうかと、彼が見つめる先の光景を確認すべく隣に並んだ。

 そこは、道幅がとても広い通路になっていた。車が二台並んで通れるほど開けていて、真っ直ぐ先まで続いている。


 その通路の真ん中に、体調五十センチほどの茶色のテディ・ベアが一体立っていた。

 テディ・ベアは身体の縫い目が解けており、毛もごわごわしていた。人形としては年季が入っているようで、テディ・ベアの黒い瞳は少し削れており、右耳には、茶色くくすんだ商品タグがついていた。


 その人形は、不安定ながらも両足でしっかりと地面に立ち、作り物の目で二人を見据えていた。

『君たちは、誰?』

 テディ・ベアから、男児のような声が上がった。

『僕たちの世界を、壊しに来たの?』

 ログは黙っていた。そのそばでエルが息を呑むと、その人形は、ようやくエルの存在に気付いたように、ぐるりと首を回した。――正確には、半分切れてしまっている首を落としかけながら、首の向きを変えた。

 とんだホラーだな!

 心の中で突っ込むものの、エルはホラーな展開を思わせる光景には耐え切れず、条件反射のように高く短い悲鳴を上げて、反射的にログのジャケットを掴んでしまっていた。

 テディ・ベアが、興味深げにエルを見つめた。

『――ああ、その子がそうなんだね? この子を使えば、きっと、あの子も……だって、あの人間は、ソレを沢山集めて作るんだって言っていたもの』
「……なるほどな、材料ってわけか」

 掴まれたジャケット部分に目も向けず、ログが人形を睨み据えたまま軽蔑するように細めた。

「これまでの人間は全て、何らかの『材料』にされていたって訳か」

 低く呟きながら、ログが一歩前に出た時、エルは彼のジャケットから手を離してしまっていた。

 エルは、唐突に自分の立場を理解するに至ってしまった。それは同時に腑にも落ちる内容で、こうも思った。
ああ、やはり俺とクロエは、肉体ごと仮想空間に来ているのだ、と。

 本当は薄々ではあるが、エルは自分が、誤って【仮想空間エリス】に精神が入り込んだのではなく、生身の身体であるのだとは勘繰っていた。

 ただ、改めて確信させられてしまうと、「やっぱりそうなんだ」と心は揺らいでしまった。ニュースで流れていた行方不明事件と、スウェンから聞かされた発見された死体の話が脳裏で結びついて、自分が、例の被害者の一人として巻き込まれた事を完全に理解する。

 エルは今、ログ達とは違って、生身の身体でバーチャルの世界にいるのだ。

 人間であるエルと、猫のクロエは、肉体のまま現実世界から消失している。

 エルも馬鹿ではない。スウェンやセイジから話を聞かされた時から、ああ、もしかして、とは考えていた。

 ホテルの一階で銃撃戦に巻き込まれた時、瓦礫に触れた感触はリアルだった。その時に少し傷つけてしまっていた掌はヒリヒリと痛み、その違和感は、今も完全に抜け切れてはいない。

 そもそも、これまでずっと一緒に過ごしていたクロエが実体でなかったのなら、エルが真っ先に、この世界に対して強い違和感を覚えていたはずだろう。

 何度思い返しても、ここに来てからも抱きしめているクロエの身体は、現実のものだと理解していた。刻一刻と近づく肉体の限界を感じさせる弱々しい生命の温もりは、これまで旅をしてきた時と寸分違わない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~

雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。 突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。 多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。 死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。 「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」 んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!! でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!! これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。 な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...