仮想空間に巻き込まれた男装少女は、軍人達と、愛猫との最期の旅をする

百門一新

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10章 夢人と宿主~そしてエル達~(2)

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 重い響きが床を震わせ、脊髄か首の骨が折れたらしい敵が、抗う術もないまま一瞬で床の上に伸びた。刺客が手に持っていた鉄製の槍が、ガランと音を立てて床の上を滑り落ち、スウェンの足元まで転がる。

 エルは体制を整えて初めて、敵の姿を確認した。

 飾り気のない真っ白い軍服を着た身体は、東洋人ぐらいかと思われる男のものだったが、その首は灰色の大きな鼠の顔をしていた。

 これが島神の遣いなのだろうか? それにしては、身体能力としてはそこまで強化されていないキャラクターだなぁ、とエルは他人事のように考えた。

「ヒュー、エル君やるねぇ。想像以上で、ちょっと困っちゃうね」

 口笛を吹いたスウェンが、含むような物言いをしたが、既に彼の視線は、倒された鼠男に向けられていた。
鼠男を覗きこむスウェンの後ろで、ログが、出入り口の方を見やりつつ頭をかいた。

「――お前、その技、いちよう一般人にやったらアウトな代物だからな。覚えとけよ」
「実践で使った事はないよ」

 エルが記憶している限りでは、使った事はないはずだった。それなのに身体は、考えるよりも先に、まるで使い慣れた事のように動けたのだ。

 過ぎった疑問を、エルは胸の奥へとしまう事にした。きっとそれも、忘れてしまっている記憶に関わる事なのだろう。近いうちに、それを知る時が来る予感もしていた。

 すると、ログがセイジに目配せした。

「セイジ、扉の向こうに何人いると思う?」
「ざっと二十、だろうか」
「下は、もっと多い可能性があるね」

 スウェンが補足した。彼は鼠男をしばらく見つめた後、顎に手をやり「ふむ」と肯いた。

「なかなか、原始的なエキストラといったところかな。先程の様子を視る限りでは、身体の構造は恐らく普通の人間と変わりないだろうね。化け物退治ほどの難しさはないと思うけど、彼らがどこから湧き出ているのかは、少し興味あるね。扉の向こうに感じていたエキストラの気配が減っている事に関係がありそうだ」

 スウェンは「セキュリティの駒にも、法則性はあるのかな」と、ニヤリとした。

 鍵がかけられていた扉のドアノブが、乱暴に回され始めた。荒々しく叩かれたかと思えば、途端に雄叫びのような複数の声が、扉の隙間から室内に響き出した。

「とにかく、僕らは移動している支柱を見付けないといけない訳だね。僕ら三人は、元々チームとして動いていたから行動パターンは把握しているけれど、……エル君は違うからなぁ」

 スウェンはエルを振り返ると、半ば腰を屈めるようにして、彼女と視線を合わせた。

「エル君、これから単独で突破していくけど、僕のチームとして動く場合の行動パターンを君は知らない。外で落ち合う予定だけど、説明する時間はないから、無理をしないで誰かに付いていてもいい。僕としても、出来るだけ君が離れてしまわないよう努力はするし――」
「要らない」

 エルは、スウェンの口に手を当てて、続く彼の言葉を遮った。

「同情なんか要らない。俺は、あなた達の任務には無関係な要素なのだから、責任を感じられる方が、痛いよ」

 そう告げて、エルは下手な愛想笑いを返した。スウェンの目を見つめ返して、小さく頭を振る。

 駄目だよ、スウェン。あなたは俺を、心配してしまっているんだ。他人として引いている距離を、踏み外し掛けてしまっているんだよ。別れる事になった時、辛い思いをさせたくないんだ。

 エルは眼差しで想いを伝え、スウェンの口から、そっと手を離した。

 この想いが、目だけで伝わったのかは定かではないが、賢い彼は、何かしら感じるところがあったようだ。エルは、スウェンが目を見開いて口をつぐむ表情を見据え、コクリと肯いて見せた。

「俺は、守られるつもりはないよ。立ち塞がる敵があるのなら、打ち倒して前に進むだけだ。協力するって勝手に決めて、勝手に付いていってるだけだから。――それに俺、スウェンが思っているよりも多分、強いよ。だから、少しの間だけでも俺を信じてよ」

 エルは、ぎこちないながらも笑った。

 部屋の扉は激しく叩かれ続けており、そろそろ蹴破られそうだ。スウェンが立ち上がりながら「オーケー」と呟いた。その眼差しには、普段の冷静さが戻っていた。

「エル君、何か必要な物は?」
「銃じゃなくて、刀かナイフが欲しい。俺は主に体術を使う接近戦タイプで、飛び道具は苦手だから」
「分かった、僕のナイフを貸してあげるよ。大切に使っている物だから、後でちゃんと返してね」

 スウェンは腰元から、焦げ茶色の古びた革鞘に収まったそれを手渡して来た。

 それは持ち手に重みを感じる、通常のナイフよりも大きなコンバットナイフだった。柄が少し太いが、昔オジサンに使わせてもらっていた、ケーバーと呼ばれるファイティング・ユーティリティナイフと似てもいる部分がある。

 まぁ少し使えば手に馴染むだろう、とエルは考え、その革鞘を腰元に手早く設置した。

 その様子を見ていたログが、「いいのか」とスウェンに訊いた。スウェンは視線をそらし、「ああ」と答えた。

「おい、クソガキ。外は今どうなっているのか分からねぇが、バラけた方がいい場合は、敵陣地から脱出する事だけを考えて動け。迷子になりそうだったら、誰かについていればいい」
「マジでぶっ飛ばすぞ。方向音痴なお前に言われたくないんだけどッ?」

 エルが睨み付けると、ログが不敵な笑みを返した。

「ま、お手並み拝見ってところだな。せいぜい、死なねぇように頑張れ」

 ログは手をひらひらとさせると、口径の大きな銃を引き抜いた。

 スウェンが「よいしょ」と、またしてもいつ取り出したのか分からないバズーカ砲を構え、おもむろに出入り口目掛けて撃ち放った。

 爆破された扉が激しい爆風を起こし、出入口に大きな穴が空いた。

 消炎と爆風の向こう側で、扉の前にいたらしい複数の鼠男達が、着弾の際の衝撃に吹き飛ばされ、吹き抜けから一階のフロントへと落ちていくのが見えた。

 スウェンの合図と同時に、全員が動き出した。ログを筆頭に、スウェンとセイジが室内を飛び出し、続けて銃撃音が鳴り響いた。

 クロエは既にボストンバックに入っており、エルは、それを肩から斜めに掛けて部屋を走り出た。

 エルが一足遅れて廊下に出た時、既にセイジが腕一本で鼠男達を掴み上げ、そのまま吹き抜けから一階に放り投げているところだった。スウェンがバズーカ砲を抱えたまま階段へと移り、更にその階下からは、別の銃声が立て続けに響いていた。

 建物内には、多くの鼠男が溢れていた。他の客が逃げ惑い、悲鳴と破壊音がけたたましく反響している。
例の噂とは違い、鼠男達は他のエキストラにも視認出来ているらしい。役者は眼中になく、攻撃の対象はエル達の四人だけのようだ。
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