可愛いあの子の継母になるなら、獣人大公の嫌われ妻でも構いませんわ!〜どうやら私は侯爵家の悪女のようです〜

百門一新

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「アリムがあれだけ心を許した者も初めてだ。陛下が決めたことなので君をすぐ家に帰すことも俺の意思だけではできない。互いに結婚を望んでいない間柄だとすれば話しは早い。時期が来ればいずれ離縁の手続きをしよう。その際には、成果に見合った報酬も出す」
「報酬……」
「俺は討伐もあるので、場合によっては数日家をあけなければならない。だが、アリムは他の者に心を開かなかったんだ」

 前髪をかき上げた彼は、恐ろしい大公様というより一人の父親に見えた。

 悪女と社交界で噂され、国王の勝手な決定で書類上の妻になってしまった人にお願いするほど切羽詰まっている様子だ。

「この半年、誰も見つからなかったのですか?」
「ああ。彼と馬が合う、母親役ができる女性は見つからなくてな。侍女は――都合が悪く選ばなかった。メイドを厳選したが警戒心がすごくてな」

 ふぅ、と息をもらしたヴァンレックは疲れ気味だった。

「俺が離れている間は部屋から出てこないから、野営が必要な討伐もなかなか入れられない。しばらく子育てに協力してくれると助かる」
「分かりました」

 家に帰せないというのはアイリスにとって朗報だ。

 離縁したら自分の幸せを探しに遠くへ行くつもりだった。それまでここで、情報収集や準備する時間ができるのも有難い。

「つまり期間限定ですよね? 夫婦の義務も無しと取っても?」
「もちろんだ。俺が、君を妻として愛することはない」

 ぴしゃりと言ってのけた彼が、ハッと口元に手をやる。

「あっ、いや、俺にはアリムがいるから結婚は考えていないという意思表示であって……これはつまり契約結婚で……夫婦のふりはするが一緒のベッドは、必要ないと言いたかっただけで……」

 アイリスは反応に困ってしまった。

(彼……本当に『恐ろしい大公様』で合ってる?)

 気のせいか、ただの誠実な騎士様に感じる。

 そう、嘘が下手で、正直者の。

「理解しておりますので、大丈夫です。私は旦那様にとって必要なくなった際には速やかに離縁に応じますし、それまでは精一杯アリムの世話をします。心配でしたら契約書を作りましょう」
「あ、ああ、分かった。書面だな」

 彼は想定していなかったのか、慌てて書斎机につくと準備する。

「子育てを引き受けてくれたからにはいい条件を出す。君には夫人としての管理、すべき内政業務はしなくていい。もちろん社交も必要ない」
「社交はよろしいので?」
「陛下以外、俺に指図できる者はいない」

 ヴァンレックは執務にも長けているようだった。紙に書かれる彼の字は綺麗で、アイリスは興味津々と眺める。

「あっ、業務に関しては完全に免除としないほうがよいと思います」
「なぜだ?」
「余った時間は有効活用すべきです。自分でやるにしては日頃困っている雑務を、いちおう肩書きが妻の私に任せるのも手かと。知られたくない数字や関わってほしくないところからは外してよいですから。そのほうが旦那様もアリムとの時間を作りやすくなるかと」

 ヴァンレックが呆けたように見てきた。

「旦那様、手が止まっています」
「……君の呼び方は『旦那様』でいいのか?」

 突然なんだ、と思ってアイリスはつい顔を顰めてしまった。

「居候であり〝妻〟ですから。誰が聞いても変ではないかと」

 さすがにお飾りなのに彼の名前を呼ぶなんて、恐れ多すぎる。

 彼が言い躊躇うような表情を見せ、それから書面作りに戻って言う。

「作業内容については確認してみる。屋敷の者には俺たちの契約のことは知らせないから、確かに簡単な業務はしていたほうがいいたろう。あとでブロンズに指示しておくから、彼から習うといい」
「かしこまりました」

 間もなく契約書が仕上がった。

 ヴァンレックは律儀にも二枚用意し、一枚をアイリスに渡したうえで、一字一句同じであることまで確認した。

「これが陛下から婚姻証明書と共に送られてきた結婚指輪だ」

 ヴァンレックが見せてきたジュエリーボックスには、銀色の指輪が二つ並んでいた。細く、埋め込まれた小さな白いダイヤが一つだけのシンプルなものだ。

 二人でそれぞれ着けた。

 結婚した実感はない。あまりにも急な結婚。それなのに間に合った結婚指輪を見れば、どれだけこの婚姻が形ばかりに押しつけられたのか分かる。

 屋敷の者たちに契約結婚のことは知らされない。

(大公様が受け入れた妻だと結婚指輪で伝われば、屋敷内での居心地も少しはよくなるはずだものね。気になるのは『悪女』の噂がどう影響してくるのかだけど……)

 アリムの笑顔が作れる役目だと考えたら、頑張ろうと思えた。

(こうしてみるとアリムと全然違っているわね)

 つい、ヴァンレックの金髪に目を引き寄せられる。顔立ちもなんとも美しい。しかしさらに目を引くのは、彼の黄金色と呼ぶに相応しい金色の瞳だ。

 特徴的で目を引くその稀有な瞳の色は、王家の特徴だと言う。

 確かに横顔を見つめていると『狼』のイメージも――。

「あ」

 そういえば、アリムは違う。美しいブルーだ。

 それが揉めて引き取るのが今になったのか。それも関係して愛した女性と結婚が難航したのか?

 いろいろと聞きたいことは浮かんだが、繊細な話題だ。

 離縁するまでにヴァンレックがどういう計画を立てているのか、一協力者が尋ねるのも気が引ける。アイリスは期間限定で、そう長くならないうちにはここを去らなければならないから。

「他に何か確認したいことでも? ああ、アリムに必要なことなら、俺に都度相談などは不要だ。買い物も含めて好きにしてくれていい」

 確かに事前に知っておいたほうが安心できる内容だ。

 とはいえ『はいそうですか』と終わらせるのも後味が悪く感じ、アイリスは頭に一番残っていることを口にした。

「アリムの目は綺麗なブルーですよね。王家の血筋はてっきりみんな金色なのかと思っていました。彼は旦那様の御子なのですね?」
「ああ、そうだ。俺の子だ」

 ヴァンレックがこれまでにないくらい速く答えてきた。

 なんだか、騎士が剣の忠誠を誓っているかのような力の入り具合を感じる。

(あ、もしかしてこれまでも同じ質問をされて、不快に思われたのかも?)

 せっかく円満に居候できることになったのだ。やはり彼側の事情について質問するのはおやめておこう。

 そう心に決めて、アイリスは秘書になったつもりで「それでは失礼しますっ」と告げて速やかに書斎から出た。
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