蒼緋蔵家の番犬 3~現代の魔術師、宮橋雅兎~

百門一新

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その刑事×そのエージェント/現在

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 雪弥はこちらに来るまでの事を思い返しながら、特殊機関の存在を明かさないよう言葉を選びながら経緯を語った。駅のキップもタクシーも全て手配済みで、あっという間にここまで連れて来られたのだ。

「つまり、結局のところ君はココに寄越されたわけだろう」

 話を聞き終えた宮橋が、一向に仲良くしたくないオーラ全開のまま『結果』を口にする。結果だけを見れば寄越された事は確かであるし、雪弥はうーんと首を傾げつつもこう答えた。

「はぁ。まぁ、そうなりますね……。話を聞いて来いと言われたんですけど、そもそも僕は寄越された確固たる理由もよく分からないでいるというか」

 臨時のパートナーを務め、それでいて護衛も担う。でも、そもそも相談も何も初対面の彼に聞くような話もないんだけどな、と雪弥は実に不思議に思って首を捻る。

 ややあって宮橋が、実に面倒臭いと言わんばかりの顰め面で前髪をかき上げた。

「ったく、僕を巻き込まないで欲しいんだけどなぁ」
「はぁ、すみません……」

 唐突に命令されて、こちらも何がなんだか分からない。

 すると、美しい顔に不機嫌面を浮かべていた宮橋が、思案げにソファへ背を預けた。よそへ流し向けられた切れ長の明るいブラウンの目は、やっぱり綺麗すぎて精巧な西洋人形(アンティークドール)のように見えた。

「――とはいえ、これもまた奇縁か奇遇か。運命とは分からないものだね」

 ぽつり、と彼が独り言のように言葉を呟く。


「『鬼』繋がりとは」


 それはどういう意味ですかと尋ねようとした矢先、宮橋の目が戻された。雪弥がちょっとびっくりして口をつぐむと、彼が長い足をどかっとテーブルに上げた。

「僕は先に連絡をもらって、君の上司からも説明を受けて『君が何者か』は知っている。その上で尋ねたい――君なら、このフロアの人間をどれくらいでヤれる?」

 唐突に、親指で開いている扉の向こうを示されて、そう問われた。

 なんだナンバー1は説明済みか。そういうのは先に教えておいて欲しかったなと思いながら、雪弥はそちらへとチラリと目を向けた。

 首を伸ばしていた刑事達と目が合った。気になって様子を遠目に伺っていたらしい彼らが、途端にパッと視線をそらして、業務をしている風に動き出す。その向こうで「三鬼先輩こらえてくださいッ」「ほらっ、仕事行きましょう!」と引っ張られている中年男の姿もあった。

 もし、自分がそこにいる全員を、始末するとしたのなら。

 雪弥が淡々と思案し始めたところで、不意に向かいのソファにいた宮橋が「やめだ」と言って片手を振った。目を戻してみると、彼の秀麗な眉はすっかり寄ってしまっている。

「もういい、『視えた』」
「はぁ。あの、一体何が……?」
「なんとも鮮やかなプロ技だろうね、気分が悪い」

 どうやら自分は、また機嫌を損ねてしまったらしい。でも、まだ何も話していない。すぐに答えなかったのが悪かったんだろうか、と雪弥は困ってしまう。

「馬鹿三鬼をヤるのに、たったの一秒もかからない、か。全くたいしたもんだよ」

 そう言ったかと思うと、宮橋がテーブルから足を降ろした。

 そのまま腰を上げた彼が、テーブル越しに手を伸ばしてくる。その動作を不思議に思って見つめていると、唐突にトンっと長い指先で額をつつかれた。

「急になんですか?」
「君に、僕と、ここにいる連中を殺させないための『ちょっとしたおまじない』さ」

 よく分からない事を言った宮橋が、ドカリとソファに座り直して腕と足を組む。

「そもそも『相談所』のごとく君を押し付けられて、僕はかなり腹立たしい。こっちは単独行動を好んでいるわけだが、もうしばらく一人で動けるだろうと思っていた矢先、こうしてタイミング良く間を潰すように『相棒(きみ)』を寄越された事もあって、正直かなり苛々している」
「はぁ……。あの、宮橋さんって、自分に正直な方(かた)なんですね」
「当たり前だろう、何故僕が我慢しなくちゃならないんだ?」

 八つ当たりするような声で、宮橋がズバッと言い切る。
 
 なんだか、自信しかないというような決定的な物言いや態度が、どこか少しだけ兄の蒼慶を思わせた。財閥の御曹司って、みんなこんな感じなのかな……と雪弥は思ってしまう。

「とはいえ、君がこうして来なかったとしても、小楠(おぐし)警部がそろそろまた新しい誰かを用意してきそうな気はしているんだけどね。時間の問題かな」

 扉の向こうに目を流し向けて、宮橋がそう言う。

「ああ、そういえば、単独行動は好まれていないとは聞きました。それなのに相棒が長く続かない、とか?」
「言っておくが、僕が拒絶しているわけじゃないぞ、相手が『勝手に辞退していく』んだ。ウチでは必ず二人以上とされているけれど、まぁ、何人連れてこようと同じさ」

 どこか開き直っているとも、もとから期待してもいないとでも取れるような口調で、宮橋はつらつらと述べる。

「何せ彼らは、理解し得ない事を畏怖する。僕ではなく『目に見える事しか信じない』」

 思案気に言いながら、彼は意味もなく腕時計に触れる。

「もしそんな事も飛ばして、真っすぐ僕自身を見て、信じてくれるような誰かが相棒になってくれたのなら、――……僕は何よりも大事にするだろうけれどね」

 ぽつり、とこぼれた声は、本心かただの建前か。

 なんだか不思議な空気をまとった人でもある。雪弥がぼんやりと目に留めてしまっていると、唐突に宮橋が「さて」と雰囲気を戻して立ち上がった。

「まぁいい。ついでに僕の用事にも付き合ってもらう事にしよう」

 その前に、と彼が切れ長の目を真っすぐ向けてきた。
 またしても不機嫌そうに顔が顰められる。座ったままのせいかと思って立ち上がって見せたら、見当違いだと言わんばかりに指を突き付けられてしまった。

「君、ぼんやりしているからと言って『昨夜から何も食べていない』のはいけないぞ。新幹線で飲んだ『そのサプリメントとやら』でどうにかなると思うな、まずはメシだ」
「あの、なんでそれを知っているんですかね……?」

 雪弥は不思議でたまらず、素直な疑問を口にした。

 そうしたら、宮橋がまたしても自信たっぷりの目で、当然のようにして

「そんなの、『視えた』からに決まっているだろう」

 と言った。
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