蒼緋蔵家の番犬 3~現代の魔術師、宮橋雅兎~

百門一新

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本物の、鬼

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 その様子を、巨大な機器の上から、宮橋が眺めていた。

「――チッ、変態共め。普通の反応じゃないぞ、全く」

 宮橋は、惨状に「うげぇ」と顔を顰めつつも見ていた。吹き飛ばされるよりも、刻まれて崩される方が多い。けれどたまに巨大な鉛に体当たりでもされたみたいに、雪弥の体術一つで吹き飛ばされる鬼もあった。

「体積と、それに対して出される力のバランスが、合ってないんだよなぁ」

 思わず宮橋は呟いた。だから、そのアンバランスさを本能的に察すると、いよいよ人は恐怖心を刺激されて脅威を感じる。

 はたから見れば、どちらが本当の鬼か分からないさまだった。
 一見すると、見た目と数もあって鬼達が有利にも思える。しかし押し寄せる彼らが、雪弥より圧倒的に戦力が劣るのが現実だった。

 ――それがモドキで、本物の鬼でなければ、の話だが。

 直後、場に満ちる勢力図は、次の一声と共に互角に転じる。

「よいぞ! 実に残酷で、愉快である! 貴殿こそまさに〝蒼緋蔵の番犬〟! ならばこの怨鬼の大将である私を、見事喰らってみよ!」

 不意に、鬼共が抉れたコンクリートごと宙を舞っていた。気付いた時には、それらを蹴散らした怨鬼が、雪弥の目の前まで迫っていた。

「なっ……!」

 一瞬、想定外の速さに、雪弥は不意を突かれた。まずは力比べたと言わんばかりに怨鬼に拳を突き出され、そのまま咄嗟に受け止める。

 少し後ろへと滑りかけ、足元のコンクリートを砕いて両足を踏ん張って耐えた。初めて力に押し負かされそうになった。こうして対面してみると、怨鬼の背丈は、雪弥の身長より遥かに高い。

「あんた、自分の部下の何人か弾け飛んだけど、いいのか?」

 なんつー馬鹿力だよ、と忌々しく思いながら雪弥はどうにか言った。衝突した一瞬、戦車を受け止めた時よりも重かった。

 怨鬼が、ギラギラとした赤い目に狂気を浮かべて笑った。

「雑魚など蹴散らせ! さぁ、殺し合おうぞ!」

 怪力は上々と満足したのか、ギザキザの歯を見せながらそう述べたかと思ったら、不意に噛みついてきた。

 ガキンッ、とまるで鋼鉄な刃同士を合わせたような音が鳴る。反射的に避けた雪弥は、間近で見た白銀の硬い歯に呻いた。

「嘘だろ……ッ」

 咄嗟に脳裏に過ぎったのは、いつぞやの狼モドキの生物兵器より頑丈そう、という感想だった。噛みつかれたら、離すのは容易ではなさそうな印象だ。

 押し合いをしていた手が離れて、互いに即距離を取った。その間にも別の鬼が飛びかかってきて、雪弥は怨鬼から目をそらさないまま斬り捨てる。

 ――直後、ひゅっと小さく息を吸い込んだ二人が、再び勢いよく衝突した。

 鬼が牙を剥き、黄色い分厚い爪をした手を振るって、強靭な肉体で挑みかかる。対する雪弥も反撃し、爪を繰り出し、あたらない一瞬後お返しのように歯で腕の肉の一部を噛みちぎっていた。

「バカデカい標的の割りに、爪がかすらないな」

 口で噛み抉った肉を、ぺっと吐き捨てる。

 一秒も気を抜けない緊迫感で、心臓がドクドクとする感覚。雪弥の口元には、僅かに笑みが浮かんでいた。僅かに掠って出来た頬の傷を、ぐいっと袖で拭う彼に対して、怨鬼も全く同じく高揚した様子だった。

 ――こいつを、殺したい。
 カチリ、と互いの思考が初めて全て一致する。

「来い〝番犬(わかぞう)〟!」

 怨鬼が吠えた一瞬後、再び二人が怒涛の接近戦を始めた。

 周りの鬼を殺しながら、雪弥と怨鬼が、互いを殺し合うのを一番の目的としてぶつかり合った。一瞬にして胸を貫かれ、死骸となった鬼ごと攻撃を出す雪弥に、怨鬼も振るった拳で別の鬼の頭部を潰したのも気付かず攻撃を放つ。

 二人は、もはや互いしか眼中にない。
 だが確実に、周りの鬼の数は減り出していた。このままいけば、戦力図は変わるだろう。

「現代版の地獄絵図かね。相手は、亡者じゃあるまいし」

 やれやれと、一番上から眺めている宮橋が、吐息交じりに呟いた。
 その時、彼は遅れて空からの異常に気付いた。しかし、目を向けようとした時には、ソレは戦闘の場へ突っ込んでいた。

 雪弥と怨鬼の方が、宮橋よりも速く反応した。互いが距離を取って一つを避けると、次に向かってきた〝物〟をそれぞれが素手と足で打ち返す。

 その一瞬後、いくつもの爆発が起こっていた。海の方向から続いてミサイルが何発も打ち込まれ出した。

 次から次へと爆撃がされ、鬼もコンテナも爆音と煙幕を上げて吹き飛ぶ。爆風に煽られた宮橋が、「うおっ」と鉄筋にしがみついた。

「こりゃたまげたね。派手な証拠隠滅ときたか!」

 なんとも規格外だと呟いた宮橋が、海の方向へ明るみを増したブラウンの目を向け「チクショーめ」と、憎たらしげに引き攣り笑顔で言った。

             ※※※

 西大都市にある、国家特殊機動部隊総本部。
 通称、特殊機関の本部の奥が、にわかに慌ただしくなっていた。緊急連絡を受け、地下第一階層にある指令室に即、リザと共にナンバー1が向かった。

 いくつも並んだモニター画面には、各非戦闘員が付いていた。中央の上部には、衛星、レーダー、分析情報などが映された巨大モニターも複数設置されている。

 ナンバー1が駆け付けると、すぐに分析中の一人が叫んだ。

「エージェントナンバー4が、未確認の軍艦から総攻撃を受けています!」
「なんだと!?」

 まさかの展開だった。なぜなら雪弥には、少し休暇がてらの、建前上の任務的な事を与えていただけだったからだ。

 リザが珍しく少し驚きを見せ、目を見開いてすぐに行動に移せないでいる。そんな彼女を置いて、ナンバー1はそちらに駆け寄った。

「ったく、どこの馬鹿だ……!」

 思わず忌々しげに低い呻きを上げた。
 そのモニター画面には、何十発もの爆撃を受け続けていて、爆発と煙でよく見えない現場が映し出されていた。

 ギリッと手元を手で鳴らしたナンバー1に、その場の各部署の担当責任者が走り寄り、現時点までの事を早口で報告する。

 ――こうなる直前まで、騒ぎが起こっているなど全く気付かなかったという。

「そんな馬鹿な」

 ナンバー1の低い呟きが落ちる。それは、その映像を見ている誰もが思っている事でもあった。

 状況は深刻だった。モニターに映し出された衛星の光景に、各担当の非戦闘員、そして騒ぎを聞いて駆け付けたエージェントらも蒼白を晒していた。

 ――現状に、ではない。今後の惨状を考えて、だ。

 クソッ、とナンバー1が殴り付け、頑丈な鉄製の機器の上を凹ませた。

「今、あの方向に〝雪弥を止められるような〟暗殺部隊以上の戦力を持ったエージェントも配置していないんだぞ!」

 刺激をしないように、とは常々伝えてあった。
 何が起こるか分からない。雪弥に付いている専属の暗殺部隊は、そちらについても任されているはずだった。

 そう考えるていると、別の男性職員がナンバー1に言った。

「それが、現場の近くにいた第四暗殺部隊も、この惨事直後まで気付かなかったそうです。強い爆撃の光りを認識して、まるで〝その時になって初めて認識できたかのように、唐突に爆撃だけが見えている状態だった〟、と報告が来ています」

 そんな事、ありうるのか?

 ナンバー1は、うまく現状が見えなかった。
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