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最終話~それぞれの後日「それじゃあ、また」~
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コンテナが置かれた倉庫の一件は、原因不明の爆発であるとあっさり報じられただけで終わった。
その事については、雪弥はナンバー1に報告した。
怨鬼の一族だという戦闘集団に、蒼緋蔵家の次男だろうという感じで唐突に殺し合いを持ちかけられた。いい迷惑を被ったと言ったら、ナンバー1は首を捻りながらも少し安心した様子で笑っていた。
『それでも、お前は決めたんだろう?』
『……まぁ、そうですね。距離を置いていても変わらず迷惑を被るくらいなら、僕が関わるようになったって、今と変わらないかな、て』
素直になれなくて、もごもごとそう伝えた。ナンバー1は深くは尋ねてこなくて、引き続き軍艦あたりの事は調査しておくと言ってくれた。
今回の、護衛という名の変わった任務。
初日に〝鬼〟から始まって、最後も〝鬼〟で終わった一連の全てについては、雪弥は話さなかった。どう伝えればいいのか分からなかったし、エージェントとは関係がない。
そして、その翌日。
雪弥は、任務終了をナンバー1に改めて報告した。新しいブラックスーツを着た彼の、その上着の下ポケットからは『白豆』が呑気に覗いていた。
「なんだ、君も鏡で手入れくらいはするんだな」
ふと、廊下前の鏡の前に立っていたら、そう声を掛けられた。
「宮橋さん」
振り返ると、そこには色の付いた高級スーツに身を包んだ宮橋がいた。本日も、いつもと変わらず出社らしい。
「刑事さんも、大変ですね」
「これで休んだら休んだで、とくに小楠警部(じょうし)と馬鹿三鬼(どうき)が煩い。爆発に関わったんだろうと、昨夜だって電話が五月蠅かったんだ」
確かに、電話越しに何度か怒鳴ってたなぁ、と雪弥は昨夜でのリビングの様子を思い返した。
すると「それで?」と、宮橋が訊いてきた。
「鏡で顔を見て、どうした」
「へ? あ、いや、その、バンソーコが、ちょっと……」
雪弥は、ぎこちなく視線をそらした。
今、顔に一つ、それから首や覗いた手にも、白いガーゼがちらりと見えている状態だった。そのしどろもどろの返事だけで察したのか、宮橋が嫌な感じの笑顔を浮かべた。
「なるほど。普段は平気なのに、家族に会うとなると、さすがの君も気にするってわけか」
「うっ……まぁ、その、とくに妹が心配するので……」
「ふうん。まぁ、その本部とやらに戻って上司に相談してから、返事がてら数日後に面会を予定するつもりなんだろ? その頃には治っていると思うぞ」
ただし、と宮橋が指を差して続けてくる。
「ほっぺたを、寝ている時にひっかかなければ、な」
「えっ。もしかして僕、かいてました?」
「うん。君、ソファで寝ながら、違和感がある顔をしてかいてたぞ。面白いから、少し見てた」
いや、気にしてるの分かっていたんなら、止めてくださいよ……と雪弥は思った。
外に出ると、相変わらず青い空が広がっていた。
ただ、昨日や一昨日と違って、そこには黒いベンツか停車され雪弥を待っていた。
「何かあれば連絡するといい」
傷の入った青いスポーツカーに乗る直前、宮橋がそう声を投げてきた。
きょとんとした雪弥は、ふっと柔らかな苦笑を浮かべた。
「相談には、乗らないんじゃなかったんですか?」
昨夜、また会う事もあるだろう、しめっぽい別れはするつもりはないと言われて『お疲れ会』でビールをめいいっぱい飲んだ。その際に、こんな面倒はこりごりだと宮橋は言ってもいた。
そんな事を思い返していると、宮橋が答えてきた。
「気紛れに、時々助言してやるくらいは、してやってもいい」
ひらひらと手を振って、そのまま彼は車に乗り込んでしまう。
あっさりした人だ。こちらの返答も聞かないのかと思い、雪弥は一旦、スポーツカーの窓をノックして開けさせた。
「じゃあ、いい相棒ができたら教えてください。祝い酒を贈ります」
「可愛くない後輩だなぁ……。そんな都合よく出来るもんか。どうせ寄越されたとしても、また――いや、いい」
続く言葉を、宮橋が途中でやめた。
「君こそ、車の約束、忘れるなよ」
「はいはい、忘れていませんよ。無事、お届けします」
それじゃあ、と、二人は言って離れた。
先に宮橋が、青いスポーツカーを走らせていった。それを見送ったのち、雪弥はベンツの後部座席に乗り込んだ。
※※※
数日ぶりに、雪弥は西大都市にある特殊機関の本部へと戻った。
早速、ナンバー1に会うべくその部屋を目指した。昨夜の決めた事について、直接合った際に詳細を話すと伝えてあった通り、すでに彼は雪弥を待ってくれていた。
雪弥が話す間、ナンバー1は黙って聞いていた。
――当主になった際、兄を一番そばで支える『副当主』という役職。
今回、寄越されたその提案を、受け入れようと思っている……そうナンバー1に改めて打ち明けた。
「エージェントとしての仕事も、きちんとします。プライベートで実家に関わろうと思っているのですが、ナンバー1としては、どう思いますか?」
そう質問を投げたところで、雪弥は、彼の様子がおかしい事に気付いた。
「ん? ちょっと、なんで目をそらしているんですか」
「…………実は、だな」
「はい?」
珍しく、彼がすごく言いづらそうにしている。雪弥が訝ってじーっと待っていたら、やがてナンバー1が、引き続き目をそらしたまま言ってきた。
「…………………既に全員一致で、決まったそうだ」
「は……? 何が?」
「お前の、副当主の就任が、だよ」
しばし、言われた事を理解するのに時間を要した。
タクチク、と、室内に秒針が刻む音が流れる。そばに控えていたリザが、入った内線に代わりに出て対応した。
その数秒後、雪弥は察して叫んでしまった。
「はぁあああああ!? え、つまりなんですか、僕が宮橋さんのところにいる間に、勝手にそんな事になっていたんですか!?」
直接本人に告げに言った僕の意見が、全く考慮されていない!?
雪弥は、思わずテーブルに片足を乗せて、ナンバー1に掴みかかっていた。
「え。待って、それ、いつの間に?」
「知らん。昨夜いきなりお前への招待状が届いて、そう事後報告されたんだっ。昨日あった件もぐちぐち言われて――て、おい。お前、上司の胸倉を掴むのはやめなさい」
「んなこと構ってられますかっ、なんで僕が答える前に決まっちゃってんの!?」
「だーかーらー、そうやって上司を揺らすなというにっ。一応、こっちで一番偉い上司なんだぞ?」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ中、内線に対応しているリザがメモに走り書きする。いつもの空気が久しぶりに戻ったと、彼女の口元には笑みが戻っていた。
「まぁ、最終的にお前も合意したんだし、良かったじゃないか」
「でも、なんかこうっ、うーん、なんだかなぁ……ッ」
ぐぅっ、と雪弥はが悩み込んだ顔で呻く。
「気持ちは分からんでもない」
うむ、とナンバー1が咳払いを挟んで言った。さりげなく雪弥の手を離させると、「行儀が悪いから」と足もテーブルから降ろさせる。
「その次期就任の決定の件で、早速招待状が届いている」
「招待、状……て、なんの?」
「一族内でのパーティーだ。本邸でやるらしい」
めちゃくちゃ行きたくない。
雪弥は、蒼緋蔵家の人間が遠方からも集う様子に言葉が詰まった。でも兄の蒼慶も認めて決定しているとなると、参加しなかったら後が怖い。
「……いつ?」
ちょっと心の準備が欲しいかもしれない。昨日の疲れもまだ残っているし、正直休んで寝ていたい事を思いつつ、尋ねた。
「私は中身は見ていないが、蒼慶からの電話によると、二日後だ」
兄さん、それ、あんまりなスケジュールじゃないですかね。
雪弥は、くらりとした。
※
――そして、二日後の朝も遅い時間。
雪弥はろくに休みが取れなかった表情を浮かべて、本部の建物屋上にいた。
本日、蒼緋蔵邸へ行かなければならない。
休みは取れたものの、心境は複雑だ。兄に直に会って提案の了承は伝える予定ではあるものの、もう決定してしまっている事であるし、なんと言えばいいのか……。
「空が青い……このまま『ちょっと仕事があるんで』と言って、眠っていたい」
塀にもたれた彼は、眠りが足りない様子で目をこすった。
昨日は、黄色いスポーツーカーが用意できたとの事で、早速宮橋のところに送るようやりとりもしていた。
まぁ、相変わらず元気そうで良かったけど。
思い返して、雪弥は疲労と安堵が混じった溜息をもらした。
「許してもらえてほんと良かった……」
そう一番の本音をもらした時、ふと携帯電話に着信があった。まさか兄かと警戒した雪弥は、その画面に宮橋の名前を見て「あれ」と目を丸くした。
「宮橋さん、どうかしましたか?」
電話に出てすぐ、声をかれたら呆れられた。
『君ね、お久しぶりです、の前置きくらいしたらどうだい』
「すみません。昨日も話していたので、なんか離れている実感もなくて」
『まぁ、それは僕も認めよう。君と一緒に過ごした三日は、短いようでいて、長い三日だった』
くすりと、電話越しに小さく笑う声が聞こえた。
今、彼はどんな表情をしているのだろうか。雪弥は、ふと気になった。あの宮橋が、珍しく柔らかい笑みを口元に浮かべているんじゃないかと――そんな想像が脳裏を過ぎっていった。
電話越しに、確かめる術はない。
「それで、どうかしたんですか? まさか宮橋さんから、昨日の今日でまた連絡がくるとは思っていませんでした」
『君が連絡しろと言ったんだろう』
「へ?」
『今日、新しい相棒が来たんだ。なかなか面白そうな新米の女性刑事というか。それでそういえばと思い出して、君に電話してやってわけだ』
雪弥は、その上機嫌そうな声を聞いて察した。わざわざ、こうして宮橋が電話で教えてきたほどだ。思わずクスリと笑ってしまう。
「なんだ、ちゃんといい相棒が出来たんじゃないですか」
『そう君に言われるのも、なんだか癪だな。まぁいいか。さっき運転してやったら、彼女、元気いっぱいぎゃーぎゃー騒いでたよ。見ていて、すごく飽きない』
ふふっと宮橋が笑った。
『僕の事を、馬鹿みたいに真っ直ぐ見てくるんだ。……ああ、でも、なんだろうな? 特別面白いわけではないんだけど、くるくる変わる表情だとか飽きなくて』
「それくらい気に入っている感じなんですか?」
『名前に、同じ『橋』という漢字が入っている』
……ん?
断言する感じが、まず興味を持ったのがそこだと教えてきている気もした。しかし雪弥は、返答に困った。
やっぱり、この人がよく分からない……。
『名前は、橋端(はしばた)真由(まゆ)と言うんだ』
「はぁ。確かに、同じ漢字が一文字入っていますね」
『まっ、それだけだ』
相棒が来て早々、何やら忙しくしている気配を電話越しに感じた。彼は刑事だ。そもそも今の時間は、業務の真っ最中で忙しいのだろう。
『それじゃ、また』
「はい。それじゃあ、また」
別れは、再会の言葉でシメられ、そこで二人の電話は終わった。
その事については、雪弥はナンバー1に報告した。
怨鬼の一族だという戦闘集団に、蒼緋蔵家の次男だろうという感じで唐突に殺し合いを持ちかけられた。いい迷惑を被ったと言ったら、ナンバー1は首を捻りながらも少し安心した様子で笑っていた。
『それでも、お前は決めたんだろう?』
『……まぁ、そうですね。距離を置いていても変わらず迷惑を被るくらいなら、僕が関わるようになったって、今と変わらないかな、て』
素直になれなくて、もごもごとそう伝えた。ナンバー1は深くは尋ねてこなくて、引き続き軍艦あたりの事は調査しておくと言ってくれた。
今回の、護衛という名の変わった任務。
初日に〝鬼〟から始まって、最後も〝鬼〟で終わった一連の全てについては、雪弥は話さなかった。どう伝えればいいのか分からなかったし、エージェントとは関係がない。
そして、その翌日。
雪弥は、任務終了をナンバー1に改めて報告した。新しいブラックスーツを着た彼の、その上着の下ポケットからは『白豆』が呑気に覗いていた。
「なんだ、君も鏡で手入れくらいはするんだな」
ふと、廊下前の鏡の前に立っていたら、そう声を掛けられた。
「宮橋さん」
振り返ると、そこには色の付いた高級スーツに身を包んだ宮橋がいた。本日も、いつもと変わらず出社らしい。
「刑事さんも、大変ですね」
「これで休んだら休んだで、とくに小楠警部(じょうし)と馬鹿三鬼(どうき)が煩い。爆発に関わったんだろうと、昨夜だって電話が五月蠅かったんだ」
確かに、電話越しに何度か怒鳴ってたなぁ、と雪弥は昨夜でのリビングの様子を思い返した。
すると「それで?」と、宮橋が訊いてきた。
「鏡で顔を見て、どうした」
「へ? あ、いや、その、バンソーコが、ちょっと……」
雪弥は、ぎこちなく視線をそらした。
今、顔に一つ、それから首や覗いた手にも、白いガーゼがちらりと見えている状態だった。そのしどろもどろの返事だけで察したのか、宮橋が嫌な感じの笑顔を浮かべた。
「なるほど。普段は平気なのに、家族に会うとなると、さすがの君も気にするってわけか」
「うっ……まぁ、その、とくに妹が心配するので……」
「ふうん。まぁ、その本部とやらに戻って上司に相談してから、返事がてら数日後に面会を予定するつもりなんだろ? その頃には治っていると思うぞ」
ただし、と宮橋が指を差して続けてくる。
「ほっぺたを、寝ている時にひっかかなければ、な」
「えっ。もしかして僕、かいてました?」
「うん。君、ソファで寝ながら、違和感がある顔をしてかいてたぞ。面白いから、少し見てた」
いや、気にしてるの分かっていたんなら、止めてくださいよ……と雪弥は思った。
外に出ると、相変わらず青い空が広がっていた。
ただ、昨日や一昨日と違って、そこには黒いベンツか停車され雪弥を待っていた。
「何かあれば連絡するといい」
傷の入った青いスポーツカーに乗る直前、宮橋がそう声を投げてきた。
きょとんとした雪弥は、ふっと柔らかな苦笑を浮かべた。
「相談には、乗らないんじゃなかったんですか?」
昨夜、また会う事もあるだろう、しめっぽい別れはするつもりはないと言われて『お疲れ会』でビールをめいいっぱい飲んだ。その際に、こんな面倒はこりごりだと宮橋は言ってもいた。
そんな事を思い返していると、宮橋が答えてきた。
「気紛れに、時々助言してやるくらいは、してやってもいい」
ひらひらと手を振って、そのまま彼は車に乗り込んでしまう。
あっさりした人だ。こちらの返答も聞かないのかと思い、雪弥は一旦、スポーツカーの窓をノックして開けさせた。
「じゃあ、いい相棒ができたら教えてください。祝い酒を贈ります」
「可愛くない後輩だなぁ……。そんな都合よく出来るもんか。どうせ寄越されたとしても、また――いや、いい」
続く言葉を、宮橋が途中でやめた。
「君こそ、車の約束、忘れるなよ」
「はいはい、忘れていませんよ。無事、お届けします」
それじゃあ、と、二人は言って離れた。
先に宮橋が、青いスポーツカーを走らせていった。それを見送ったのち、雪弥はベンツの後部座席に乗り込んだ。
※※※
数日ぶりに、雪弥は西大都市にある特殊機関の本部へと戻った。
早速、ナンバー1に会うべくその部屋を目指した。昨夜の決めた事について、直接合った際に詳細を話すと伝えてあった通り、すでに彼は雪弥を待ってくれていた。
雪弥が話す間、ナンバー1は黙って聞いていた。
――当主になった際、兄を一番そばで支える『副当主』という役職。
今回、寄越されたその提案を、受け入れようと思っている……そうナンバー1に改めて打ち明けた。
「エージェントとしての仕事も、きちんとします。プライベートで実家に関わろうと思っているのですが、ナンバー1としては、どう思いますか?」
そう質問を投げたところで、雪弥は、彼の様子がおかしい事に気付いた。
「ん? ちょっと、なんで目をそらしているんですか」
「…………実は、だな」
「はい?」
珍しく、彼がすごく言いづらそうにしている。雪弥が訝ってじーっと待っていたら、やがてナンバー1が、引き続き目をそらしたまま言ってきた。
「…………………既に全員一致で、決まったそうだ」
「は……? 何が?」
「お前の、副当主の就任が、だよ」
しばし、言われた事を理解するのに時間を要した。
タクチク、と、室内に秒針が刻む音が流れる。そばに控えていたリザが、入った内線に代わりに出て対応した。
その数秒後、雪弥は察して叫んでしまった。
「はぁあああああ!? え、つまりなんですか、僕が宮橋さんのところにいる間に、勝手にそんな事になっていたんですか!?」
直接本人に告げに言った僕の意見が、全く考慮されていない!?
雪弥は、思わずテーブルに片足を乗せて、ナンバー1に掴みかかっていた。
「え。待って、それ、いつの間に?」
「知らん。昨夜いきなりお前への招待状が届いて、そう事後報告されたんだっ。昨日あった件もぐちぐち言われて――て、おい。お前、上司の胸倉を掴むのはやめなさい」
「んなこと構ってられますかっ、なんで僕が答える前に決まっちゃってんの!?」
「だーかーらー、そうやって上司を揺らすなというにっ。一応、こっちで一番偉い上司なんだぞ?」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ中、内線に対応しているリザがメモに走り書きする。いつもの空気が久しぶりに戻ったと、彼女の口元には笑みが戻っていた。
「まぁ、最終的にお前も合意したんだし、良かったじゃないか」
「でも、なんかこうっ、うーん、なんだかなぁ……ッ」
ぐぅっ、と雪弥はが悩み込んだ顔で呻く。
「気持ちは分からんでもない」
うむ、とナンバー1が咳払いを挟んで言った。さりげなく雪弥の手を離させると、「行儀が悪いから」と足もテーブルから降ろさせる。
「その次期就任の決定の件で、早速招待状が届いている」
「招待、状……て、なんの?」
「一族内でのパーティーだ。本邸でやるらしい」
めちゃくちゃ行きたくない。
雪弥は、蒼緋蔵家の人間が遠方からも集う様子に言葉が詰まった。でも兄の蒼慶も認めて決定しているとなると、参加しなかったら後が怖い。
「……いつ?」
ちょっと心の準備が欲しいかもしれない。昨日の疲れもまだ残っているし、正直休んで寝ていたい事を思いつつ、尋ねた。
「私は中身は見ていないが、蒼慶からの電話によると、二日後だ」
兄さん、それ、あんまりなスケジュールじゃないですかね。
雪弥は、くらりとした。
※
――そして、二日後の朝も遅い時間。
雪弥はろくに休みが取れなかった表情を浮かべて、本部の建物屋上にいた。
本日、蒼緋蔵邸へ行かなければならない。
休みは取れたものの、心境は複雑だ。兄に直に会って提案の了承は伝える予定ではあるものの、もう決定してしまっている事であるし、なんと言えばいいのか……。
「空が青い……このまま『ちょっと仕事があるんで』と言って、眠っていたい」
塀にもたれた彼は、眠りが足りない様子で目をこすった。
昨日は、黄色いスポーツーカーが用意できたとの事で、早速宮橋のところに送るようやりとりもしていた。
まぁ、相変わらず元気そうで良かったけど。
思い返して、雪弥は疲労と安堵が混じった溜息をもらした。
「許してもらえてほんと良かった……」
そう一番の本音をもらした時、ふと携帯電話に着信があった。まさか兄かと警戒した雪弥は、その画面に宮橋の名前を見て「あれ」と目を丸くした。
「宮橋さん、どうかしましたか?」
電話に出てすぐ、声をかれたら呆れられた。
『君ね、お久しぶりです、の前置きくらいしたらどうだい』
「すみません。昨日も話していたので、なんか離れている実感もなくて」
『まぁ、それは僕も認めよう。君と一緒に過ごした三日は、短いようでいて、長い三日だった』
くすりと、電話越しに小さく笑う声が聞こえた。
今、彼はどんな表情をしているのだろうか。雪弥は、ふと気になった。あの宮橋が、珍しく柔らかい笑みを口元に浮かべているんじゃないかと――そんな想像が脳裏を過ぎっていった。
電話越しに、確かめる術はない。
「それで、どうかしたんですか? まさか宮橋さんから、昨日の今日でまた連絡がくるとは思っていませんでした」
『君が連絡しろと言ったんだろう』
「へ?」
『今日、新しい相棒が来たんだ。なかなか面白そうな新米の女性刑事というか。それでそういえばと思い出して、君に電話してやってわけだ』
雪弥は、その上機嫌そうな声を聞いて察した。わざわざ、こうして宮橋が電話で教えてきたほどだ。思わずクスリと笑ってしまう。
「なんだ、ちゃんといい相棒が出来たんじゃないですか」
『そう君に言われるのも、なんだか癪だな。まぁいいか。さっき運転してやったら、彼女、元気いっぱいぎゃーぎゃー騒いでたよ。見ていて、すごく飽きない』
ふふっと宮橋が笑った。
『僕の事を、馬鹿みたいに真っ直ぐ見てくるんだ。……ああ、でも、なんだろうな? 特別面白いわけではないんだけど、くるくる変わる表情だとか飽きなくて』
「それくらい気に入っている感じなんですか?」
『名前に、同じ『橋』という漢字が入っている』
……ん?
断言する感じが、まず興味を持ったのがそこだと教えてきている気もした。しかし雪弥は、返答に困った。
やっぱり、この人がよく分からない……。
『名前は、橋端(はしばた)真由(まゆ)と言うんだ』
「はぁ。確かに、同じ漢字が一文字入っていますね」
『まっ、それだけだ』
相棒が来て早々、何やら忙しくしている気配を電話越しに感じた。彼は刑事だ。そもそも今の時間は、業務の真っ最中で忙しいのだろう。
『それじゃ、また』
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※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
はじめまして。母(78才@何とか読める)がこの小説のシリーズを楽しみにしていて、雪弥君の活躍が楽しみです。とのことです。鬼刑事と、視える人の話もよかったと言ってます。
良かったらまた続きを書いて下さい。応援してます。