蒼緋蔵家の番犬 3~現代の魔術師、宮橋雅兎~

百門一新

文字の大きさ
41 / 42

そして鬼と獣の戦いは

しおりを挟む
 怨鬼と上から目を合わせた宮橋は、言う。

「そもそもね、ほんと、この子バカだなって。いちいち気にするなと僕は言った。それでいて、この僕が足枷の一つになっているとか、冗談じゃない」
「我にも分からん情だ」
「本来は、そういうものだろうね。僕が心底、怒りをこらえているのも、お前には分からないだろうよ」

 でも、と宮橋は張り上げていた声を唐突に弱めた。

「……でも、この子は違ったんだから、しょうがない」
「やはり不完全なのか」
「それは君自身が、身体で答えを感じ取っただろうに」

 ニヤリ、と見下ろす宮橋の顔に笑みが浮かぶ。

「魔術師の、問答か」
「答えられる範囲と、それを伝えられるタイミングは決まっている。僕は、今の君には〝答えられない〟」

 見つめ合う怨鬼との間を、ミサイルが通過していった。宮橋が、ふうんと読めない笑顔で流し目を向ける。

「そもそも火薬だの、鉄の固まりだの、そして所詮は人間の〝鬼〟――それぐらいで彼が止まるものか」

 不意に、空気が変わる。
 怨鬼が異質さを察知して、バッと雪弥の方を振り返った。

「あれくらいで『しまいになる』? ハッ、馬鹿をいっちゃいけないよ。君が、存在している方の現代の〝鬼〟だとするならが、彼は存在している方の〝獣〟――三大大家の一つが、禁忌を犯してまで手に入れた本物の【番犬】だぞ」

 ――直後、ぐんっと雪弥が起き上がった。

 不意に立ち上がった彼を見て、怨鬼が初めて狼狽を見せた。こちらを見る雪弥の目は見開かれ、煌々と青く光っている。

 獣が、獲物に狙いを定めた目だった。
 首一つになろうと、執念深く最後までシトめようとする、獣のソレだ。

「ば、馬鹿な。確かに我は、胸の急所のほとんどを砕いたぞ」
「君と同じさ。元々ひどく頑丈だが、それ以上に彼は〝驚異的〟なんだよ。そのどこかの黒幕さんが、興味を抱くほどのね」

 上から眺める宮橋が、淡々と答える。

「身体への負荷耐性、治癒と呼べるものを上回る負傷した箇所への再生能力。この二十四年で身体に馴染んだ番犬としての血は、君らのそれらを凌駕する」

 と、宮橋は、そこで雪弥に大きな声で言葉を投げる。

「おい、雪弥君。ここまで好き放題やられたんだ。さすがの君も、観念して素直になってみたらどうだい」

 その言葉を聞きながら、雪弥はゆらりと怨鬼へ身体を向けた。動くようになった腕の動作を、確認するかのように少しだけ力を入れる。

「またいちいち余計な事まで考えるなよ。今、〝君がどうしたいのか〟を考えろ」

 ――そんなの、自分がよく分かってる。

 雪弥は、宮橋の声を聞いて思った。久しぶりに、色々なところが鈍く『痛み』を伝えてくる。消耗しきったせいか、頭は余分なところに気が回らないくらい、どこかクリアだ。

 もし、ここで死ぬ事になったら、と考えたら、とうに答えも出ていた。

 ここで死んだら、結局は守れない。

「お前は、僕の事を候補ではなく、【番犬】と呼んだな」

 歩み寄る雪弥の目が、凍えるような毅然とした美しい殺気を孕んで、淡く光る。

「なら、僕はそうであろう。僕は、兄さん達を害するあらゆる敵の喉元に噛み付いて殺す、番犬という名を持つ、その副当主とやらになってやる」

 迷いは吹っ切れた。そもそも特殊機関でも、自分の役割はそうだったではないか。

 いつだって迷わず戦ってきた。それが、雪弥が唯一できる事。

 そして兄は、それを必要だと言った。おかしいだとか、おかしくないだとか、よく分からない事は考えない。兄は一度だって雪弥に『周りに合わせろ』だとか、『変われ』だとかは言わなかった。

 なら、そばに行くまでだ。望まれて、必要であるというのなら彼の力になろう。たとえ一族の遠い縁の者がなんと言ったって、構うものか。

 ――それでも雪弥の〝家族〟が、笑ってくれるのなら。

 彼らを傷付けない勇気を持って、そばに行こう。

「実にいいぞ番犬!」

 ははっと大きく笑って、怨鬼が両足を踏みしめた。

「ならば〝鬼〟と〝獣〟、どちらが強いか、この時代でもまた決着をつけようではないか!」

 彼は、代々受け継がれてきた〝隠された戦争の歴史〟を知っているのか。
 いや、今、そんな事はどうだっていい。

「兄さんが必要と判断しない限り、僕には無用だ」

 大昔の事なんて興味がない。雪弥はいつだって、出会ったあの幼い日から、父と、母と、もう一人の母と、兄の蒼慶(そうけい)と、妹の緋菜(ひな)と。そして自分の手を平気で引っ張った、あの変わり者のヘンタイ執事のいる風景を、宝物のように胸に抱えて生きている。

 静かに睨みあった直後、雪弥と怨鬼は同時に走り出していた。こんなにも足が、身体が軽かったのかと、雪弥は静かに驚きを覚えたりした。

 ――でも、それも自分の気のせいなのかもしれない。

 エージェントとしての仕事で、殺すための手が。そして身体が重い、だなんて感じた事は、なかったから。

「勝負は、ついたな」

 その一瞬の勝敗を見届け、宮橋が言った。

 双方が全力でぶつかり合った直後、ドゥッと上がった重々しい音。頭部をなくした怨鬼の身体が、潜血をまきちらしながら鬼の死骸の上へ崩れ落ちる。

 標的の死亡を、雪弥はしかと確認した。

 その時、どちらかが倒れて決着がついたのを感知でもしたのか、海側からの砲撃が一気に激しさを増した。最後の総攻撃だろう。証拠を隠滅する気なのだ。

「雪弥君! ずらかるぞ!」

 その声を聞いて、雪弥の顔に人らしい表情が戻る。

 振り返ってみると、上に、煙に煽られている宮橋の姿があった。それが目に留まった途端、雪弥は任務中の身であった事も思い出す。

「宮橋さん、そこにいてください。すぐに迎えに行きます」
「あ、それはいらん。おい、いいから、やめろ」
「何を言っているんですか」

 一つ飛びで上まで行った雪弥は、ふわりと着地して訝った。ふと、自分の血まみれの両手に気付く。

「ああ、血ですか。すみません、今は我慢していてください」
「違うぞこのバカ犬め、僕が言っているのは――」

 何やら宮橋が言っていたが、いつ爆発に巻き込まれるか分からない。時間もない事を考えていた雪弥は、そのまま彼の膝の裏に「失礼します」と手を差し入れると、そのまま両手に抱えて「よいしょ」と言って飛んだ。

 移動されている間、宮橋は高所と高ジャンプに耐えるみたいに、口を引き結んだ無の境地の顔だった。

 やがて、フェンスの外の安全な場所に降り立った。

 ――直後、雪弥の頭に「こんのバカ犬が!」と宮橋の拳骨が落ちた。

「だから、お姫様抱っこするなと言っただろうが!」

 助けたのに、本気で怒られてしまった。

 スーツを血で汚してしまったのは申し訳ないが、だって担いだらかなり揺れるのにと、雪弥はよく分からなくて首を捻る。

「はぁ、すみません……あの、いちおう怪我人なので、労わってくれると助かるんですが」

 このまま人目に付いてもまずい。ひとまず説得して宮橋に一旦落ち着いてもらい、雪弥は彼とその場を後にした。

             ※※※

 ――のだが、その後。

 夜狐とその部隊に合流し、一旦汚れを落として代えのスーツにお互い着替えた。雪弥は怪我の治療もしてもらったのだが、終わって出てみると、何故かそこには真っ黒いオーラを背負った宮橋が待っていた。

「雪弥君。僕はね、ヤルと言ったら、ヤるよ」

 ……何を?

 雪弥は、すぐに思い付くものがなかった。疑問符いっぱいの顔で見つめ返していると、宮橋が寒々とした作り笑いで、差し出してきた手の指の関節をパキリと鳴らした。

「仕返しに、君をお姫様抱っこして町を歩いてやろう」

 そういえば、以前そんな事を言われたのを思い出した。

 宮橋に本気(マジ)で〝お姫様抱っこ〟で町を闊歩されそうになった雪弥は、怪我人だというのに、全力疾走で逃げ切ったのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 日曜日以外、1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!! 2025年1月6日  お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております! ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします! 2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております! こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!! 2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?! なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!! こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。 どうしよう、欲が出て来た? …ショートショートとか書いてみようかな? 2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?! 欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい… 2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?! どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...