男装獣師と妖獣ノエル ~騎士団で紅一点!? 幼馴染の副隊長が過保護です~

百門一新

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三章 ラオルテの異変(2)

 地面は硬い大地に覆われているが、はるか向こうでは、白い雪が降り積もって氷山の頂きが覗いていた。吹き抜ける風には冷気が混じっているが、雪が積もる土地と隣り合わせだとは思えない。

 あの雪を境目に、向こうは強烈な寒気の溜まり場になっているのだと、ノエルがそう説明した。

 季節の変動で、暖気と寒気の流れが変わるのが基本的だが、一部の土地では、そういった変動現象が全く起きない場合がある。広大な大陸では、全く異なる季節が隣合わせで存在している場所もあるという。

 とはいえ、氷山からラオルテの町までは、ざっと目測しただけでも相当な距離がある。

 ラビが「こっちに来るまで時間が掛かりそう」と口にすると、ノエルは『氷狼の脚力をナメんなよ』と忠告した。

 人間側には詳細の記録が残されていないが、氷狼は、走り出して数分足らずで劇的にスピードが加速し、その際の時速は動物界でも最速を誇る。走る距離が長いほど、速度が増す特徴があり、鉄砲玉のように大地を突き進むため、肉眼では遠目での視認が難しい。

「ということは、その速さを出せるぐらいに身体が丈夫ってわけか」
『まぁ、そういうこった。長距離を一瞬で駆け抜ける姿は、凄まじいもんだぜ? いつもは尖っている身体も、風の抵抗を最小限に抑えるため閉じられて、空気中の冷気が集められて足音も消える。とにかく無駄がない』

 ラビとノエルは、町から離れるようにしばらく歩き続けた。

 大地は乾ききっており、最近は雨も降っていないようだ。地面には砂利と、小指ほどの石が転がっているばかりで、雑草の一つも生えてはいなかった。

『やっぱり、匂いが混じってるな……』
「なんの匂い?」
『……考えたくはない可能性だったが、多分これは【悪鬼】だろうなぁ』

 ノエルは十数秒ほど地面の匂いを嗅ぐと、ふと『ラビ、こっちを見てみろ』と声を上げた。

 ラビはしゃがみ込み、ノエルが鼻先で示す場所を確認した。砂利に青い砂が混じっている。それは手で触れるとぼろぼろに崩れてなくなってしまい、指先で持ち上げる事も叶わなかった。

「何これ」
『使用済みの【月の石】だ』

 彼は、苦々しい顔で呟いた。

『本来は、月の光りの力を閉じ込めた、黄色い石なんだけどな。俺達にとって、月の光り無しに力を引き出せる魔法の石みたいなもんだ。使って消費されると青くなる』
「どういう事?」
『あ~……つまり、俺みたいな存在にとって、利用価値のある石なんだよ。普通の人間には見えない俺達は、妖獣と呼ばれている存在でな。大昔には、【使い手】と呼ばれる術が使える獣師がいて、妖獣を従えていた時代もあったってわけだ。分かりやすく言えば、【妖獣師】ってところか』
「妖獣ねぇ……。ノエルの他にも見えない動物がいるって事は、ノエルって本当に普通の狼じゃなかったんだ」
『だから、最初からそう言ってんだろが。普通の狼は、サンドイッチとか果物も食わねぇってのッ』

 ノエルは呆れたように言うと、その場に腰を降ろした。金緑の静かな眼差しで、しゃがむラビを覗き込む。

 数秒ほど、黙りこんだまま至近距離から見つめ合った。
 冷気を含んだ風が、ラビの金色の髪と、ノエルの黒い毛並みの先を絡め合った。

『……お前、出会った時から俺を怖がらなかったもんな。妖獣って聞いて怖くないのか?』
「オレ、その妖獣っていうのがよく分からないんだけど。つまりアレだろ? ノエルみたいにお喋りが出来て、普通の動物よりも運動神経が高くて、誰の目にも、いないように見える不思議な生き物」
 
 すると、ノエルが僅かに目を細めた。

『――種類にもよるが、人界の動物の形から外れた奴らが多い。まぁ俺達は、妖精だとか化け物だとかいう存在みたいなもんだ』
「妖精って、絵本に書かれてる不思議な力を持った生き物だろ? あまり想像はつかないけど、オレには、ノエルがいるから信じられるよ」

 ラビはふわりと微笑んだのだが、途端にノエルの大きな右前脚が、彼女の顔を押さえてきた。

「ひどいよッ、何すんのさ?」
『呆けた面見せてんじゃねぇよ。お前、その顔、ガキの頃のまんまだぞ。成長がなくて逆に怖ぇよ』

 彼は照れた顔を隠すように一度視線をそらせたが、前足を下ろして話しを続けた。

『妖獣は、種族によっては、お前が言うような不思議な力とやらを持ってる。妖獣世界との道が繋がる満月の明かりの下でのみ、使い手なしに実体化出来るのが特徴だろうな。簡単に言うと、強い月の光を利用すれば、普通の人間にでも姿を見せる事が出来る』
「なんで黙ってたのさ。そうだったら、父さん達にも紹介してあげられたのに」
『見せられるかよ……引き離されるのがオチだぜ』

 ノエルは苛立つように鼻頭に皺を刻み、不貞腐れた声で呟いた。

 漆黒の大きな狼は、昔話の中では死の使いとして表現されている事が多い。それを気にしているのだろうかと、ラビは分からず首を捻った。

『妖獣は結局のところ、使い手に従わなければ人界で力を使う事もできない――だがある日、唐突に【月の石】が登場した。人界に興味を持った連中が【月の石】を使って暴れ始め、使い手側と妖獣側の偉い奴らが地上に出た【月の石】を消して、出ていない分を大地の奥に封じたんだ』

 ノエルは、半ば投げやりにそう説明した。

 ラビは話しを頭の中で整理すると、「つまり」と簡単に考えた。

「【月の石】がこの町にあって、どうして氷狼なわけ? 氷狼も妖獣なの?」
『あいつらは聖獣だ。魔獣、妖獣、霊獣と、こっちの世界も色々あってな。妖獣世界で一番多いのが雑魚の【悪鬼】だ。唯一命を持たない亡霊みたいな存在だから食っても腹は膨れねぇし、低知能で厄介な事しかしない。つまるところ良い事が一つもない連中ってこった』
「……ノエルの説明、ざっくり過ぎない? つまり悪鬼っていうのが原因って事でいいのかな」
『ああ、そうだ。悪鬼のせいで、氷狼の異常が発生してるんだろうな。……つか、お前にあんまりこっちの世界の知識を入れたくねぇんだよなぁ』

 ノエルが四肢を立たせたので、ラビも立ち上がった。

 ラビはふと、警備棟の屋上から、三人の男が不思議そうにこちらを窺っている事に気付いた。こちらの会話は聞こえていないようだが、一人で何をしているのだろうと、不審がられている可能性はある。

『恐らく聖獣のテリトリーで、人間の血が流れたんだろう。そのせいで場が汚されて悪鬼が沸き出し、たまたま運悪く【月の石】があった……毎回二、三頭って事は、手元にある【月の石】も少ないとは思うが、あいつらもそれなりに考える頭はあるしなぁ……』

 考えながら口の中で呟き、ノエルが意味もなく尻尾を回した。

「氷狼のテリトリー内で死んだ人がいて、その人が【月の石】を持っていた。だから悪鬼は、町を狙っているって事でいいのか?」

 ラビが要点を整理しながら尋ねると、ノエルが大きく頷いて『そうだ』と言った。

『悪鬼は、【月の石】で氷狼の身体を支配して動かしている。まずは、【月の石】の場所と数を確認しようとしているんだろうな。【月の石】は、普通の人間にはただの石にしか見えねぇから、間違って掘り起こしちまった可能性はあるが。どちらにせよ、奴らが氷狼を操って一斉に踏みこんでくるのも時間の問題だ』
「町にある【月の石】を、先に処分する事はできる?」

 悪鬼が利用している【月の石】を先に片付ける方が、リスクも少なく手っ取り早いような気がした。その後にでも、氷狼が操られている問題について考えればいい。

 ノエルも同じ事に気付いたようで、『なるほどな』と一つ頷いて、尻尾を持ち上げて二度振った。

『封印されている【月の石】は少ぇし、俺だけでも無力化ぐらいなら可能か……。悪鬼にしても、手元にある【月の石】の量が少なければ派手には動けねぇだろう。よし、まずは【月の石】を優先に考えるか』

 話しがまとまったところで、ラビ達は町の方へ戻るように歩き出した。

「オレ、戻ったらグリセンに、山の方で死んだ人の事を訊いてみる。立ち寄った先とか分かれば、【月の石】の場所が絞り込めるかもしれない」
『じゃあ、その間に、俺は町中を少し回ってくる。今のままだと魔力は探れないが、一ヶ所に集められているとしたら、恐らく近くまで行けば気配ぐらいは辿れるかもしれねぇ』

 ラビは話しを聞きながら、後ろ手を組んでノエルに目を向けた。

 何度見ても、彼はちょっと大きい、優雅で贅沢な毛並みを持った狼にしか見えない。特殊な生き物という実感はないが、少し気になった点については、好奇心から尋ねてみる事にした。

「妖獣ってさ、不思議な力があるって言ってたけど、ノエルも魔法が使えるの?」
『……魔法なんて大袈裟なもんは使えねぇよ。満月の夜に、お前を乗せて空を飛んだ事があっただろ。俺が出来るのは、あれぐらいなもんだよ』

 ノエルは歯切れ悪く言うと、一方的に話しを終わらせるようにそっぽを向いた。

 なるほど、確かに空を飛んだな、とラビは遅れて思い出した。そう考えると、彼が普段から高く飛べるのも、高所からの落下が平気なのも頷ける。

 ラビが納得する様子を見て、ノエルは『素直というか、鈍いというか……』と複雑そうに呟いた。
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