男装獣師と妖獣ノエル ~騎士団で紅一点!? 幼馴染の副隊長が過保護です~

百門一新

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四章 獣師な彼女と、親友(1)

 ラビは書庫の鍵を借りるなり、ノエルと中に閉じこもった。

 書庫は保管用であって、閲覧席は一切設けられていなかったので、二人は床に腰を下ろし、先程ゆっくりと見る事が出来なかった手書きのメモ用紙から確認した。そこには、被害者の男が目撃された日時と場所、立ち寄った先の店名が並んでいた。

「名前だけ見ても分かんないなぁ」
『実際に回ってみるしかないだろうな。もしかしたら、俺が絞り込んでいるところにある店かもしれねぇし』
 
 ひとまずは、明日出歩いてみればハッキリするだろう、という事で話しはまとまった。

 書庫には、地図や土地に関する多くの本や図鑑が揃えられていた。本のページいっぱいに拡大された各土地の図は、細かな地形まで描かれて見やすく、土地の害獣や植物に関わる図鑑も色が鮮明に付けられていた。

 ラビは、胡坐をかいて床に本を広げた。ノエルが彼女の背もたれのようにのんびりと寝そべり、同じページを覗きこんでラビの疑問に答える。彼の話しは豊富で、知らない土地の名前が出るたび、それに関わる地図と図鑑が引っ張り出された。

 しばらく夢中になっていると、少し強めに外から扉が叩かれた。

「二時間も立てこもっていると聞いたけど。ッて、鍵掛かってる!」
「ん? その声、グリセン?」

 ノエルとの時間を楽しく過ごしていたラビは、訝しげに耳を済ませた。外からは、グリセン以外の声と数組の足音が聞こえたので、どうやら部下を従えてやってきたらしいと分かった。

 掛けられた言葉からして、特に急ぎの用がある訳でもないと察したラビは、扉も開けず「一人にしといて」と軽く返した。その後ろで、ノエルが『やれやれ』と大きな欠伸を一つこぼした。

 すると、扉の外から、先ほどよりも強いノック音が上がった。

「髪を触られたのが原因なんですかッ」

 そうセドリックが慌てて尋ねる声が続いた途端、ドシンと倒れる音と共に、「隊長が倒れたぞーッ」と複数の男達が叫んだ。扉の外が一気に騒がしくなり、ラビは渋々立ち上がると、内鍵を開けて廊下に顔を覗かせた。

 目の前にいたのは、セドリックだけだった。

 他の奴らはどうしたのだろうと廊下の向こうへ目を向けると、意識を失ったグリセンを運ぶ男達の集団が見えた。一人だけ労力を貸していないユリシスが、先導するようにそばを歩いている。

 というか、何でまたあの人は倒れたんだ?

「で、なんか用? オレ、集中して読んでるんだけど」
「ラビ、あなた先程テトに触られていたでしょうッ? 頬にも触られましたか!?」
「頬? 金髪が珍しいって見られただけよ」

 ラビはそう答えて、「とりあえず邪魔しないで」と怪訝な顔で扉を閉めた。

             ※※※

 窓から差し込む日差しが西日に変わった頃、そのまま書庫にこもっていたラビは、控えめに叩かれる扉の音に気付いて顔を上げた。
 
「ラビ、扉を開けて下さい。サンドイッチを持って来ましたから」

 扉の向こうから、セドリックの声がした。

 そういえば、少し小腹がすいたような気がする。思えば昔も、薬草の勉強にのめり込んでいると、いつもセドリックがやってきて「食事をしなさい」「少し眠って下さいッ」と何かと世話を焼かれてしまっていた。

 ラビは申し訳なく思って、素直に扉を開けた。

「わざわざ持って来なくてもよかったのに……」
「朝食で胃がもたれているのなら、ラビなら夕食も抜くかもしれない、と思いまして」
「……まぁ、そうかも」

 彼は、普段のように話すラビを見て、どこかほっとした様子で「どうぞ」と言ってサンドイッチが入ったバスケットを手渡した。

 ふと、セドリックは、床に広げられている大量の地図と図鑑に目を向け、しばし思案するような間を置いた。

「ラビ、楽しいですか?」
「すごいんだ、色が付いてて動物もすごいリアルッ」
「……なんだか本当に楽しそうですね。あの、僕もご一緒していいですか?」
『お前がいたら、俺がゆっくり出来ねぇだろ』

 テーブルも置かれていない倉庫のような書庫は、唯一窓のそばにスペースがあるばかりで、あまり広いとはいえなかった。ノエルがゆったりと座ってしまうと、ラビの他に大人が座る事は難しいぐらいに狭くなる。

 ラビは一度書庫の方を振り返り、少し考えて「ダメ」と答えた。

「ダメって、ひどい……」
「だって狭くなるだろ」
「……ラビは昔から、集中すると僕を構ってくれなくなりますよね」

 セドリックは残念そうな表情をしたが、気遣うようにやんわりと微笑んだ。

「ちゃんと食べて下さいね。それから、僕は少し外に出ますから、ちゃんと自分で時間を確認して――」
「大丈夫だいじょーぶ」

 ラビは、自信たっぷりに言って、セドリックを書庫から追い出した。
 

 しかし、それからとっぷり夜が暮れ、消灯時間が過ぎて辺りが静まり返っても、ラビは書庫に居座っていた。


 鍵を返しに来ない事に不審を抱いたユリシスが、扉の向こうから「隊長の胃に穴があいたらどうしてくれるのですか」と声を掛けてようやく、ラビは、すっかり予定の時間が過ぎている事に気付いた。

 ラビが扉を開けると、ユリシスは書庫の床に乱雑する地図や図鑑の散らかりようを見て、顔を引き攣らせた。

「……最後はちゃんと元通りに片付けてから、戸締りをして下さい。そして、明日の朝一番に必ず鍵を返しなさい。いいですね?」

 返す言葉もなく、ラビは唇を尖らせつつも「ごめん」と口にした。

 結局、書庫内の片付けが終わったのは深夜遅くで、夜空に浮かんだ三日月もだいぶ傾いていた。ラビは欠伸を噛みしめつつ静まり返った廊下を歩き、部屋に戻ってから手早くシャワーを浴びた。

 開いた窓から吹きこむ夜風は心地良く、大地を照らし出す青白い月明かりが、部屋に差しこんでいた。普段ホノワ村から眺める夜空とは、星の位置が少し違っているようにも見えて、ラビは、ノエルの隣から少しだけ夜空を眺めた。

「ねぇ、ノエル。【月の石】を見付けたら、どうするの?」
『俺は妖獣だ。力を取り込まないで、そのまま発動だけさせて使用済みにしてやればいい』
 
 なんだか魔法みたいだ、とラビは思ったが、眠気に勝てず続けて欠伸が込み上げ、そのままベッドに潜り込んだ。

『窓、閉めようか?』

 ノエルが隣に寝そべりながら、頭を持ち上げてそう訊いた。

「別に寒くないよ」
『よし。じゃあ子守唄でも唄ってやる』
「ノエルって音痴じゃん」

 途端に可笑しくなって、ラビは声を潜めて笑った。何度ノエルに教えても、彼は上手く音程が取れないままだった。

『ちッ、可愛くねぇな。じゃあ早く寝ろ』
「ノエルが話しかけるから眠れないんだよ」

 しばらく窓から吹きこむ風の音を聞きながら、ラビは、不貞腐れるノエルを見つめていた。次第に瞼が重くなり、とうとう目を閉じてしまう。

 ノエルがシーツをくわえ、ラビの首までしっかり掛けた。

 彼女は眠りに落ちる刹那、知らず手を伸ばして、ノエルの毛並みを掴んでいた。彼はそれに気付くと、ラビの頬に鼻先をすり寄せた。


『俺はどこへも行かない、お前のそばにいる――おやすみ、小さなラビィ』


 その声も認識出来ないまま、ラビは深い眠りに落ちていった。
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