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六章 九月のバーベキュー(4)~四人と一匹の、花火と星空~上

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 もう当分肉は見なくてもいい。そう思うほど四人は食べた。

 さすがにA級ランクの肉ばかりだと油で胃がもたれるのが早く、その下のランクの肉がよく進んだ。仲西は体系の割りによく食べたし、古賀は恐ろしいほど大量の食糧を胃に収めたが、それでも全ての肉を焼く事は出来ず、最後に鉄板焼きした塩焼きそばは、食べ切るまでに一苦労した。

 正午もすっかり過ぎた時刻に食事を終え、萬狩達は、リビングでしばらく涼んだ。うだるような暑さに加え、食べ過ぎた事もあり、体力を消耗していたから誰もが静かだった。

 萬狩と仲村渠(なかんだかり)はソファで珈琲、仲西と古賀は、シェリーと床の上でしばらく戯れていたが、いつの間にか、四人と一匹は眠ってしまっていた。


 午後三時に、萬狩は一度目を覚ました。
 ソファや食卓や床など、好き勝手な場所で眠っている自由な面々を見回し、自分の足元で腹を見せて寝ている淑女らしかぬシェリーを数分ほど眺めた。


 ここは俺の家のはずなのになぁ、となんだかバカらしくなって、萬狩はソファの上に座ったまま寝直した。

              ※※※

 次に萬狩が目を覚ました時、西日が縁側の窓から差し込んでいた。

 キッチンには、慣れたように珈琲を用意している仲村渠(なかんだかり)老人がおり、珈琲の香りが部屋内を満たしていた。古賀が仲村渠(なかんだかり)老人を手伝い、仲西青年は、床の上に座ってシェリーにクッキーをあげている。

「仲西君、ミルクはどこだったかな?」
「二番目の棚の上です」
「お、あったあった。ねぇ仲西君、珈琲、もうそろそろいいと思う?」
「その緑の光が消えるまで待った方がいいですよ。萬狩さん、いつもそうだから」

 萬狩は、寝過ぎで重くなった頭に手をやり、「ここは、俺が一人で暮らしている家のはずだが……」と口の中で呟いた。彼らにすっかりキッチン事情まで把握されている事実が、どうにも釈然としない。

 すると、萬狩の目覚めに気付いた三人が、それぞれ「おはようございます」と呑気な声を上げ、老犬が「ふわん」と鳴いた。畜生、もう勝手にしてくれ、と萬狩は投げやりに「ああ、おはよう」と答えた。

 萬狩が食卓についたタイミングで、珈琲が淹れられた。仲西は砂糖とミルクをたっぷり入れたが、他の三人は、自分好みに調整して珈琲を飲んだ。

 四つの椅子が男四人で埋まる光景は、萬狩には、なんだか見慣れないものだった。何よりも、少し寝たから胃が落ち着いた、と菓子を口にする若者組みの胃袋事情も信じられない。仲村渠(なかんだかり)も、一体どこから持ってきたのか、タッパーに収まった切りたくあんの漬物を、妻楊枝で刺してつまみ出していた。

「萬狩さん、トランプゲームしましょうよ」
「……なんでトランプなんだ」
「あれ、どうして項垂れてるんですか?」
「仲西君、多分食べ過ぎのせいだと思うよ。気にせずさくっとやっちゃおうよ」

 仲西青年の一言を、仲村渠(なかんだかり)老人が推し、トランプゲームが始まった。

 リビングで珈琲と菓子、切りたくさんの漬物をつまみながら、全員が共通してルールを把握しているババ抜き大会が行われたのだが、圧倒的に古賀が負け続けた。原因は、ババを取った時の反応が露骨過ぎる点にあった。つまり、この男は駆け引きが全く出来ないのである。

 これでは面白味がないからと、今度は、仲村渠(なかんだかり)老人の意見でサイコロゲームが開催された。萬狩は「俺はもういい」と断って煙草休憩をするため一旦リビングを離れたのだが、戻って来た時には床に道具が広げられていて、ちゃっかり彼の席まで用意されていた。

 サイコロゲームは、圧倒的に仲村渠(なかんだかり)老人が強運で勝り、それに古賀が続いた。萬狩は負けず嫌いだったから、結局は途中の煙草タイムも忘れて、仲西と最下位を争った。

 西日が落ち着いてきた頃、懐かしいという理由で、青年二人組がバレーを提案した。歳が近いせいか、古賀は、仲西とは上手く友人関係を築けているようだ。仲西に「やろう」と誘われれば、楽しげに顔をほころばせて「やりましょう」と答える。

 萬狩は乗り気ではなかったが、半ば言いくるめられた形で渋々参加した。

 庭先で四人輪になって広がり、ビーチバレー用の軽いボールを使用して回していった。器用ではない萬狩と古賀がボールを妙な方向に飛ばすと、仲西が俊敏な動きで必ずそれを拾い上げた。その時ばかりは、彼の呑気な表情が凛々しく見えた。

 シェリーは、飛び跳ねるボールが楽しいのか、萬狩の周囲をぐるぐると回っていた。老いた犬にボールを素早く追い駆ける脚力はなく、時折、仲村渠(なかんだかり)老人と仲西青年が気を利かせてボールをやると、鼻先で器用に打ち返したりした。

「シェリーちゃん、ボール遊びがすごく得意なんですよ!」
「ふうん、それは知らなかったな」
「確か以前、サチエさんが芸を仕込もうとしていた事がありましたねぇ」

 前の飼い主であるお嬢様育ちの老婆が、中型クラスの愛犬に意気揚々芸を仕込む想像がとまらなかったが、萬狩は、『サチエ』を知らない古賀の存在に遠慮して、仲村渠(なかんだかり)の話を広げるような質問等はしなかった。

 ボール遊びは夕刻まで続き、萬狩は最後、とうとう体力負けして「降参だ」と弱音を吐いた。仲村渠(なかんだかり)老人の余裕しゃくしゃくの笑顔が癪に障ったが、その時には、もうそれを言い返す力も残っていなかった。

 萬狩は三人と一匹をその場に残し、休憩のためテラス席に腰かけて呼吸を整え、それから煙草に火をつけた。

 古賀は重々しく身体を動かせながらも、楽しそうにボール遊びに付き合っていた。汗で髪まで濡れてしまっている仲西の向かい側で、仲村渠(なかんだかり)老人だけが、涼しげな表情で軽々とボールを打ち返し続けている。

「……あの人は怪物か」

 一瞬、そんなバカな事が口をついて出た。

 萬狩は、そんな冗談をした自分に驚いて、ピタリと口をつぐんだ。庭先に広がったバーベキュー道具へ無理やり意識を向けて、「これを片付けるんだよなぁ……」とぼやいた。

              ※※※

 陽が暮れた頃に水の入ったバケツが用意され、花火が始まった。

 開始早々、はしゃぐ仲西青年に、古賀が追い駆けられるという大騒ぎが起こった。『花火を人に向けちゃいけません』という有名なキャッチフレーズを萬狩が噛み砕いて説明しても、仲西青年は楽しそうに笑うばかりで、子供染みたそれをやめる気配はなかった。

 花火に関しては、仲西青年と同じように、老犬シェリーも盛り上がりを見せた。彼女は、光と音を起こす花火に興奮し、年寄りであると思わせない軽い足取りで四人の周りを飛び跳ねて、「ふわ、ふわんッ」と上機嫌に鳴いた。

 花火もようやく二袋目を消費した頃、「芝生があるから平気よね」と、仲村渠(なかんだかり)老人が不穏な言葉を口にした。

 萬狩が嫌な予感を覚えて振り返った時には、老人獣医が平気な顔で鼠花火を放っていた。まるで凶暴な生き物のように激しく動く鼠花火を前に、仲西が笑い、古賀が悲鳴を上げ、萬狩が叱責する間も、老人は次から次へと鼠花火を投入して、器用にそれらをひょいひょいと避けた。

「仲西君、鼠花火買い過ぎだよ~」
「だからって全部投入する奴があるかッ」

 悪戦苦闘の末、萬狩はようやく仲村渠(なかんだかり)老人から鼠花火を取り上げたものの、既に袋の中身は一つしか残っていなかった。

 最後に取り出されたのは、線香花火だった。

 萬狩の中で、線香花火というのは女子供のイメージが強く、なぜ男四人で線香花火をやらねばならないのかという疑問が深まった。そもそも、まさか今日この顔ぶれで花火をするとも思ってなかったから、四人で腰を降ろす中つい愚痴った。

「全く、いい歳した大人が花火とか、恥ずかしくはないのか?」
「ちっとも恥ずかしくはありませんよ。私も孫を誘って、よくやりますからねぇ」
「あなたが誘う側なのか。とんでもないな」
「僕はまだ子供です。だから平気ですよ!」
「おい。都合良く大人になったり子供になったりするんじゃない」
「ぼ、ぼくも好きですよ、花火。大人も子供も、きっと好きだと思います」

 古賀が、さりげなく仲西をフォローした。

 萬狩は少し考え、そういえば谷川も好きだったな、と思い出した。まだ会社が小さかった頃、谷川は暇だからといって、事務所のベランダで線香花火をやっていた事が何度かあった。

 思えば、俺の周りは変な奴らばかりだ。

 彼らは谷川と違って、勝手に集まって勝手に騒ぐものだから、余計に困った連中であると萬狩は思った。
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