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(九章)まさかのタヌキ
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――手紙を送った日の翌日。
リリアは、またしても先日を彷彿とさせる感じで、自室のベッドに転がっていた。朝食が終わったあとで、父に休むことを伝えていったん戻ったのだ。
「はぁ……なんか、色々終わったんだなぁって思ったら、やる気が出ないわ……」
もう、全部しなくていいんだ。婚約者として何かを言われて我慢することも、パートナー参加の招待状の一部に、渋々参加しておくかということも、考えなくていい――。
一気にたくさんの義務から解放された感じで、ぼーっとした。
「今日、朝に一個だけ授業が入ってたけど、また無断欠席だわ」
ぼんやりと口にしたら、すぐそばから返事があった。
「いいじゃないですか。それが許されるんですから」
そう言ったのは、レイド伯爵家の執事アサギだ。休んだリリアが、ほんの少しだけしか飲まなかった紅茶を片付けている。
「とはいえ、まさかこのタイミングで、婚約破棄の手紙を送り付けるとは思いませんでした。旦那様、これ知ったら卒倒しそうじゃないですか?」
「それくらいなら、もう当事者の自分達で決められるわ。あと数ヵ月で、どっちも十六歳になるし。だから、まずあいつに送ったの」
手紙を送り付けた件に関しては、まだ父には話していなかった。迷惑はかけたくない。正式に婚約破棄が決まったら、領主を継ぐ相談をしたいと思っている。
リリアは、結婚をしないだろう。
しばらくは、婚約だの結婚だのは考えないつもりでいた。
公爵令嬢アグスティーナの言葉で、改めて目が醒める思いがした。半分あやかしの血が流れている自分を受け入れて、夫婦となって子を残してもいいと思う人なんて――。
「つまるところ、あとは、あの王子の対応待ちってことですよね」
「ポンッとやってくれると思うわよ。今じゃ立派に決定権も発言権もある立場みたいだし」
「あ~、それはどうですかね~」
どこか面白げに、アサギは棒読みで言った。
リリアは、そんな適当な相槌にむきになって言い返した。
「私が婚約者で、ずっと迷惑していただろうしっ」
いつもハッキリと言うくせに、本当に困らされていた『婚約』という核心部分を黙られていたことには、なんだか腹が立っていた。
「嫌なら嫌って、なんでそういう時だけハッキリ言わないわけ? 私達、思ったことは即、言い合って発散していた仲だったと思うんだけど!」
「ははは、そう聞くと『喧嘩友達』っぽい感じですね」
「別に友達じゃないわよ、言うなら『好敵手』じゃない?」
「つまり姫様は、隠し事をされていたのが、お気に召さなかったわけですね」
「……まぁ、そうかもしれない」
婚約自体嫌がっていたから、別に相談されるような仲でもなかった、ということなんだろうけど。
リリアは、なんとなくまたしゅんっとしてしまった。もそもそと起き上がると、ベッドの上で足を抱き寄せて、ぎゅっとする。
「授業がない、なんて、初めて父様に嘘ついちゃったな」
ぽつりと、思ったことを呟いた。
昨日、食事の席で、何かあったのかと尋ねられた。ずっと腹のあたりがムカムカしていたので、婚約者候補のアグスティーナの件を、少しだけ愚痴ってしまった。
その際に、なんとなく察されたような顔をしていた。
もしかしたら、今日のがズル休みだと気付かれている可能性もある。
先程父のツヴァイツァーに、気晴らしに村長らとの畑の状態観察を、一緒にしに行かないかと誘われた。断ったら、どこか気遣う笑顔で「気が向いたら飛んでおいで」とも言われていた。
「気晴らしに、何かしますか?」
タイミング良く、アサギがそんなことを言ってきた。
リリアが見つめ返すと、彼はにっこりと笑う。
「領地の空を飛んで、ぐるっと散策してくるのも、面白そうですよ」
「うーん、でもなぁ……ほんとに、今はそんな気分でもなくって」
その時、リリアの声は、勢いよく開かれた扉の音に遮られた。
「お嬢様大変です!」
「うわあぁぁ!?」
唐突なことで、直前まで警戒心ゼロだったリリアは、思いっきり叫んでしまった。
飛び込んできたのはメイドだった。彼女は、ベッドから少し浮いたリリアを見て、遅れて「あ」と口元に手をやる。
「すみません。急ぎだったもので、つい」
「あ、いや、いいんだけど」
放電せずに済んで良かった。そうドキドキしながら思ったリリアは、ハッとした。
「えっ、まさか、父様に知られたりしたの? あいつから、もう返事が!?」
「なんのことですか?」
「まぁ姫様のことはお気になさらず」
メイドに飛んで迫ったリリアを、ぐいーっと横によけてアサギが問う。
「それで? こんなに慌てて、何があったんですか?」
「あっ、そうです! 出たんですよっ、今度はおっきな方の狸が!」
「たぬき?」
リリアは、きょとんとした。すぐにピンと来なかった様子で、アサギも「はて」と首を傾げる。
「あのカマルさんの話に出ていた、化け大狸の父親かと! 本当にとてつもなく大きいそうで、恐らくはそうではないか、という推測が出ています!」
焦って早口で言ったメイドが、手を動かして巨大さも伝えてくる。
以前、化け狸のカマルに協力した一件で、プロポーズした相手が、大妖怪の化け大狸〝タヌマヌシ〟の娘なのだとは聞いていた。
あの大きな岩のあやかしを、素手で運んで置いた張本人だ。
思い出したリリアは、緊急事態だと分かって浮いて部屋を飛び出す。
「それって、まんま大きな狸なの?」
リリアは信じられない思いで、アサギの後ろから追ってくるメイドに尋ねた。
「はい。あっ、でも、服を着ているとか、着ていないとか……? 知らせてくれた狐によると、領地の境界線である森の外に出現して、真っすぐこちらに向かっているそうです」
「はああああ!?」
なんでまた、とリリアはあんぐりと口を開けてしまった。
実際に目にしたわけではないメイドも、よく分からない事態なのだという表情で、続けた。
「村長達と旦那様に関しては、森の方へは向かわないよう、数匹の妖狐が止めてくれているようです。どうしたら良いのかと、彼らはアサギ様にも対応を求めています」
「分かりました。姫様と一緒に、すぐに向かいます」
答えたアサギが、途端に黒狐の姿へと転じた。リリアと共に屋敷から飛び出すと、猛スピートで飛行する。
屋敷から少しのところの畑群のそばに、ツヴァイツァーの姿はあった。
「ああ、リリア! アサギも来てくれたのか」
「そりゃ駆け付けますよ。あなたの代になってから、初めて級の緊急事態です」
アサギが、言いながらいったん人型へと戻って着地する。
「ここまでくると、抑えられている妖力も感じられますね」
「そうね、今までのあやかしとは格が違うのは、なんとなく分かるわ」
森の向こう、獣らしき頭が覗いているのを、リリアは真っすぐ目に留めて言った。けれど、浮いて同じ目線の高さになっている父へ、すぐに目を戻した。
「父様、すごく困ってる顔してるわね。もしカマルが言っていた娘さんの父狸だったら、ごめんなさい。大丈夫よ、だから落ち着いて」
リリアは、父の眉間に出来ている皺を、指でぐりぐりとやってほぐした。
母のオウカ姫と同じ仕草だった。アサギが、しみじみと思って見つめている中、ツヴァイツァーもやや緊張がほぐれたように少しだけ笑う。
「リリア、ありがとう。俺は大丈夫なんだが、まぁ、どうしたものかと思って」
「私が行くわ。だから、大丈夫よ」
「えっ、リリアが行くのかい?」
先にかけられた言葉の意味に気付いて、ツヴァイツァーが目を丸くした。集まっている村長らも、同じような反応を見せた。
「お、お嬢様が行くんですか?」
「しかし先程、我々もちらりと森の向こうに頭を見ました」
「とんでもない大きさですよ」
すると、彼らの足元にいた狐達も、「ええぇ」と途端に騒がしくした。
「姫様、結界を見張っている者より、あれは大妖怪の化け大狸〝タヌマヌシ〟であると確認が取れました」
「タヌマヌシは、ここにいる数百年クラスの我々より、妖力が高い大妖怪ですよ」
「そうです、あれは一千年以上は生きている――ひぇっ」
リリアは、騒ぐ狐達をキッと睨んで黙らせた。
これでまた父が心配したりしたら、どうしてくれるのか。それに村長や村人達の不安も、増すだろう。
「あんな小さなカマルに、ひっどい賭けを持ちかけてきたんだもの。この来訪だって、しょうもない理由な気がする」
「俺の可愛いリリア、『しょうもない』って……」
その感想は、いささかどうなものか。
口にしたツヴァイツァーだけでなく、アサギや村の人々、そして狐達も思ったような表情を浮かべた。
リリアは、「いいこと」と気丈に言い放った。
「ここいる妖狐の中で、今、一番強いのは私よ。母様に、父様のそばを任されているの――だから、私が行く」
ゆらり、とリリアの妖力が上がる。
プラチナブロンドの髪が、風もないのにふわりと揺れた。ぱちぱちっと放電が始まり、その金色の瞳が、妖狐本来の淡く澄んだ金色の光を宿す。
普段、人の姿で押さえてある分の妖力が、解放され出しているのだ。
狐達が、あわあわとして一斉に耳を垂れさせた。妖力で威圧を受けている彼らを前に、アサギが「ひゅー」と口笛を吹く。
「さすが姫様、力技で僕狐を黙らせましたね。いけそうですか?」
「当然よ。狐の姿なら、狸に爪や牙で負けない。そして、もっと速く飛べるわ」
言いながら、妖力の光をまとったリリアの姿が変化し始めた。それはあっという間に大きさを増して、金色の毛並みを波打たせた一頭の狐となった。
長く大きな尾。立派な太さを持った四肢。
やってやるわとやる気を起こした顔付きは、まさに獰猛な大型の獣そのものだ。
馬と比べても一回り大きかった。一歩を踏み締めた迫力に、リリアの狐姿など滅多にお目にかけない村長らが「おぉ」と声をもらした。
「ほんと大きくなっていくなぁ。どんどん、大人に近づいていく気がするよ」
ただ一人、ツヴァイツァーだけが、のほほんと娘の成長を噛み締めていた。
父を見下ろすなんて、ちょっと恥ずかしい。遅れてちらりと頬を染めた狐のリリアに、アサギが小さく息をもらして、自分も狐姿となった。
「まっ、大妖怪にとっては、このサイズも〝仔〟ですからね。オウカ姫と比べれば、全然顔も幼いですし」
二本の優雅な尾を持った、立派な黒狐。しかし金色の毛並みを持ったリリアの妖狐姿と並ぶと、そんなアサギの方が子に見えるほど大きさは違っていた。
黒狐になったアサギへ、ツヴァイツァーが目を向けた。
「アサギ、リリアのことは任せたよ。どうか無茶はさせないで」
「勿論ですよ。姫様は、我々にとってかけがえのない〝姫〟ですから」
その間にも、リリアは頼もしく空へと駆け出していた。
「大丈夫よ父様、私、結構強いんだから」
その声が降り注いだ直後、金色の妖狐がぐんっと速さを増して、一気に空の向こうに遠くなる。黒狐アサギが「ったく、あの仔狐は!」と言いながら、あとに続いた。
――手紙を送った日の翌日。
リリアは、またしても先日を彷彿とさせる感じで、自室のベッドに転がっていた。朝食が終わったあとで、父に休むことを伝えていったん戻ったのだ。
「はぁ……なんか、色々終わったんだなぁって思ったら、やる気が出ないわ……」
もう、全部しなくていいんだ。婚約者として何かを言われて我慢することも、パートナー参加の招待状の一部に、渋々参加しておくかということも、考えなくていい――。
一気にたくさんの義務から解放された感じで、ぼーっとした。
「今日、朝に一個だけ授業が入ってたけど、また無断欠席だわ」
ぼんやりと口にしたら、すぐそばから返事があった。
「いいじゃないですか。それが許されるんですから」
そう言ったのは、レイド伯爵家の執事アサギだ。休んだリリアが、ほんの少しだけしか飲まなかった紅茶を片付けている。
「とはいえ、まさかこのタイミングで、婚約破棄の手紙を送り付けるとは思いませんでした。旦那様、これ知ったら卒倒しそうじゃないですか?」
「それくらいなら、もう当事者の自分達で決められるわ。あと数ヵ月で、どっちも十六歳になるし。だから、まずあいつに送ったの」
手紙を送り付けた件に関しては、まだ父には話していなかった。迷惑はかけたくない。正式に婚約破棄が決まったら、領主を継ぐ相談をしたいと思っている。
リリアは、結婚をしないだろう。
しばらくは、婚約だの結婚だのは考えないつもりでいた。
公爵令嬢アグスティーナの言葉で、改めて目が醒める思いがした。半分あやかしの血が流れている自分を受け入れて、夫婦となって子を残してもいいと思う人なんて――。
「つまるところ、あとは、あの王子の対応待ちってことですよね」
「ポンッとやってくれると思うわよ。今じゃ立派に決定権も発言権もある立場みたいだし」
「あ~、それはどうですかね~」
どこか面白げに、アサギは棒読みで言った。
リリアは、そんな適当な相槌にむきになって言い返した。
「私が婚約者で、ずっと迷惑していただろうしっ」
いつもハッキリと言うくせに、本当に困らされていた『婚約』という核心部分を黙られていたことには、なんだか腹が立っていた。
「嫌なら嫌って、なんでそういう時だけハッキリ言わないわけ? 私達、思ったことは即、言い合って発散していた仲だったと思うんだけど!」
「ははは、そう聞くと『喧嘩友達』っぽい感じですね」
「別に友達じゃないわよ、言うなら『好敵手』じゃない?」
「つまり姫様は、隠し事をされていたのが、お気に召さなかったわけですね」
「……まぁ、そうかもしれない」
婚約自体嫌がっていたから、別に相談されるような仲でもなかった、ということなんだろうけど。
リリアは、なんとなくまたしゅんっとしてしまった。もそもそと起き上がると、ベッドの上で足を抱き寄せて、ぎゅっとする。
「授業がない、なんて、初めて父様に嘘ついちゃったな」
ぽつりと、思ったことを呟いた。
昨日、食事の席で、何かあったのかと尋ねられた。ずっと腹のあたりがムカムカしていたので、婚約者候補のアグスティーナの件を、少しだけ愚痴ってしまった。
その際に、なんとなく察されたような顔をしていた。
もしかしたら、今日のがズル休みだと気付かれている可能性もある。
先程父のツヴァイツァーに、気晴らしに村長らとの畑の状態観察を、一緒にしに行かないかと誘われた。断ったら、どこか気遣う笑顔で「気が向いたら飛んでおいで」とも言われていた。
「気晴らしに、何かしますか?」
タイミング良く、アサギがそんなことを言ってきた。
リリアが見つめ返すと、彼はにっこりと笑う。
「領地の空を飛んで、ぐるっと散策してくるのも、面白そうですよ」
「うーん、でもなぁ……ほんとに、今はそんな気分でもなくって」
その時、リリアの声は、勢いよく開かれた扉の音に遮られた。
「お嬢様大変です!」
「うわあぁぁ!?」
唐突なことで、直前まで警戒心ゼロだったリリアは、思いっきり叫んでしまった。
飛び込んできたのはメイドだった。彼女は、ベッドから少し浮いたリリアを見て、遅れて「あ」と口元に手をやる。
「すみません。急ぎだったもので、つい」
「あ、いや、いいんだけど」
放電せずに済んで良かった。そうドキドキしながら思ったリリアは、ハッとした。
「えっ、まさか、父様に知られたりしたの? あいつから、もう返事が!?」
「なんのことですか?」
「まぁ姫様のことはお気になさらず」
メイドに飛んで迫ったリリアを、ぐいーっと横によけてアサギが問う。
「それで? こんなに慌てて、何があったんですか?」
「あっ、そうです! 出たんですよっ、今度はおっきな方の狸が!」
「たぬき?」
リリアは、きょとんとした。すぐにピンと来なかった様子で、アサギも「はて」と首を傾げる。
「あのカマルさんの話に出ていた、化け大狸の父親かと! 本当にとてつもなく大きいそうで、恐らくはそうではないか、という推測が出ています!」
焦って早口で言ったメイドが、手を動かして巨大さも伝えてくる。
以前、化け狸のカマルに協力した一件で、プロポーズした相手が、大妖怪の化け大狸〝タヌマヌシ〟の娘なのだとは聞いていた。
あの大きな岩のあやかしを、素手で運んで置いた張本人だ。
思い出したリリアは、緊急事態だと分かって浮いて部屋を飛び出す。
「それって、まんま大きな狸なの?」
リリアは信じられない思いで、アサギの後ろから追ってくるメイドに尋ねた。
「はい。あっ、でも、服を着ているとか、着ていないとか……? 知らせてくれた狐によると、領地の境界線である森の外に出現して、真っすぐこちらに向かっているそうです」
「はああああ!?」
なんでまた、とリリアはあんぐりと口を開けてしまった。
実際に目にしたわけではないメイドも、よく分からない事態なのだという表情で、続けた。
「村長達と旦那様に関しては、森の方へは向かわないよう、数匹の妖狐が止めてくれているようです。どうしたら良いのかと、彼らはアサギ様にも対応を求めています」
「分かりました。姫様と一緒に、すぐに向かいます」
答えたアサギが、途端に黒狐の姿へと転じた。リリアと共に屋敷から飛び出すと、猛スピートで飛行する。
屋敷から少しのところの畑群のそばに、ツヴァイツァーの姿はあった。
「ああ、リリア! アサギも来てくれたのか」
「そりゃ駆け付けますよ。あなたの代になってから、初めて級の緊急事態です」
アサギが、言いながらいったん人型へと戻って着地する。
「ここまでくると、抑えられている妖力も感じられますね」
「そうね、今までのあやかしとは格が違うのは、なんとなく分かるわ」
森の向こう、獣らしき頭が覗いているのを、リリアは真っすぐ目に留めて言った。けれど、浮いて同じ目線の高さになっている父へ、すぐに目を戻した。
「父様、すごく困ってる顔してるわね。もしカマルが言っていた娘さんの父狸だったら、ごめんなさい。大丈夫よ、だから落ち着いて」
リリアは、父の眉間に出来ている皺を、指でぐりぐりとやってほぐした。
母のオウカ姫と同じ仕草だった。アサギが、しみじみと思って見つめている中、ツヴァイツァーもやや緊張がほぐれたように少しだけ笑う。
「リリア、ありがとう。俺は大丈夫なんだが、まぁ、どうしたものかと思って」
「私が行くわ。だから、大丈夫よ」
「えっ、リリアが行くのかい?」
先にかけられた言葉の意味に気付いて、ツヴァイツァーが目を丸くした。集まっている村長らも、同じような反応を見せた。
「お、お嬢様が行くんですか?」
「しかし先程、我々もちらりと森の向こうに頭を見ました」
「とんでもない大きさですよ」
すると、彼らの足元にいた狐達も、「ええぇ」と途端に騒がしくした。
「姫様、結界を見張っている者より、あれは大妖怪の化け大狸〝タヌマヌシ〟であると確認が取れました」
「タヌマヌシは、ここにいる数百年クラスの我々より、妖力が高い大妖怪ですよ」
「そうです、あれは一千年以上は生きている――ひぇっ」
リリアは、騒ぐ狐達をキッと睨んで黙らせた。
これでまた父が心配したりしたら、どうしてくれるのか。それに村長や村人達の不安も、増すだろう。
「あんな小さなカマルに、ひっどい賭けを持ちかけてきたんだもの。この来訪だって、しょうもない理由な気がする」
「俺の可愛いリリア、『しょうもない』って……」
その感想は、いささかどうなものか。
口にしたツヴァイツァーだけでなく、アサギや村の人々、そして狐達も思ったような表情を浮かべた。
リリアは、「いいこと」と気丈に言い放った。
「ここいる妖狐の中で、今、一番強いのは私よ。母様に、父様のそばを任されているの――だから、私が行く」
ゆらり、とリリアの妖力が上がる。
プラチナブロンドの髪が、風もないのにふわりと揺れた。ぱちぱちっと放電が始まり、その金色の瞳が、妖狐本来の淡く澄んだ金色の光を宿す。
普段、人の姿で押さえてある分の妖力が、解放され出しているのだ。
狐達が、あわあわとして一斉に耳を垂れさせた。妖力で威圧を受けている彼らを前に、アサギが「ひゅー」と口笛を吹く。
「さすが姫様、力技で僕狐を黙らせましたね。いけそうですか?」
「当然よ。狐の姿なら、狸に爪や牙で負けない。そして、もっと速く飛べるわ」
言いながら、妖力の光をまとったリリアの姿が変化し始めた。それはあっという間に大きさを増して、金色の毛並みを波打たせた一頭の狐となった。
長く大きな尾。立派な太さを持った四肢。
やってやるわとやる気を起こした顔付きは、まさに獰猛な大型の獣そのものだ。
馬と比べても一回り大きかった。一歩を踏み締めた迫力に、リリアの狐姿など滅多にお目にかけない村長らが「おぉ」と声をもらした。
「ほんと大きくなっていくなぁ。どんどん、大人に近づいていく気がするよ」
ただ一人、ツヴァイツァーだけが、のほほんと娘の成長を噛み締めていた。
父を見下ろすなんて、ちょっと恥ずかしい。遅れてちらりと頬を染めた狐のリリアに、アサギが小さく息をもらして、自分も狐姿となった。
「まっ、大妖怪にとっては、このサイズも〝仔〟ですからね。オウカ姫と比べれば、全然顔も幼いですし」
二本の優雅な尾を持った、立派な黒狐。しかし金色の毛並みを持ったリリアの妖狐姿と並ぶと、そんなアサギの方が子に見えるほど大きさは違っていた。
黒狐になったアサギへ、ツヴァイツァーが目を向けた。
「アサギ、リリアのことは任せたよ。どうか無茶はさせないで」
「勿論ですよ。姫様は、我々にとってかけがえのない〝姫〟ですから」
その間にも、リリアは頼もしく空へと駆け出していた。
「大丈夫よ父様、私、結構強いんだから」
その声が降り注いだ直後、金色の妖狐がぐんっと速さを増して、一気に空の向こうに遠くなる。黒狐アサギが「ったく、あの仔狐は!」と言いながら、あとに続いた。
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