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病院に到着して早々、俺は一般病棟の一室に案内された。個室のベッドに横になっていた親父は意識があり、俺を見るなり、ちょっと疲れた顔で「すまないな」といつものように、呆気からんとした様子でそう言えるくらいの元気はあった。
病室には担当医がいた。親父はつい先程意識が戻ったらしい。医者は俺達に向かって「食道静脈瘤が原因ですね」と、なんでもないような口調でそう説明した。
簡単に言えば、胃の入り口に届かない距離の食道で、血液のボールのような膨らみが出来て、それが食べ物かなんらかの負荷でポンっと弾けたのだという。その血液が胃に溜まり、胃液と共に口から飛び出してきたのだと、医者は分かりやすく述べた。
内臓が弱ってしまった末期の癌患者には多い事なのだと、医者が続けてそう言ったものだから、俺と親父は「なんだ、そうなのか」と拍子抜けしたような息をついてしまった。
発作時は苦しかったらしいが、血液を吐いた後に健康な血を点滴でもらったせいか、今は調子がいいのだと親父は笑った。医者も「胃袋がきれいになれば、そんなものです」とにっこり笑い返した。
それから、医者は近くにいた看護師に、親父の腕に繋がっている点滴について何かしら指示を与えると、俺に向き直った。
「少し、お時間よろしいですか?」
入院や医療費の件だろう。俺がそう推測する隣で、親父が「仕事があるから長くはここで寝泊まりしたくない」と不満を口にした。
それを聞いた医者がくるりと振り返り「まぁ様子見ですので、明日までは我慢してください」と微笑むと、親父が「なら仕方ないか」と唇を尖らせながら頷いた。さすがは患者の扱いに慣れているだけはある対応力だ、と俺は思った。
親父と看護師を病室に残し、俺は担当医の後ろをついて廊下を少し歩いた。まるで幼少児の先生が似合いそうなその担当医の後頭部には、数える程度の白髪が浮かんでいるのが見えた。
通された診察室で、担当医は俺に向き直ると、親父のカルテを見せながら真面目な顔でこう切り出した。
「吐血は今後も増えるでしょう。あなたのお父様は、だいぶ身体が弱ってしまっています。食道静脈瘤が出てくるのが遅かったというだけですので、決して軽視されてはいけません」
「どういう事ですか……?」
「今回、破裂した静脈瘤は小さなものでしたが、大きなものの場合は死に至るケースがあります。肝臓癌の死因は、食道静脈瘤の破裂によるところも多くあるのです。今回の出血場所は縛ってありますが、他にも二つほど、危ないと思われる食道静脈瘤が確認されています。出来るだけ固い食べ物は避けるか、しっかり咀嚼するよう促して下さい」
つまり親父は爆弾を抱えているのだと、担当医はにこりともしない顔で、俺に現実を突きつけた。
「ここまでの回復が信じられないくらいですが、いつ何が起こるか分からない状況であるのも確かです。内臓組織から血が滲みでるまでになったら、吐血を起こす事も更に増えるでしょう」
「滲み出る? 血管が勝手に切れるということですか?」
「いいえ。例えば擦り傷からじわじわと血が滲んでくるような事が、内臓で起きるという事ですよ。時間をかけて、細胞の隙間から血が滲み出てくるのです。その血液が溜まり始めると、まずは胃の辺りに不調を覚えます。胃袋で一定の血液がたまると、嘔吐して口から出てくる。場所によっては、そのまま大腸へと流れて、血便という形で起こる事もあります」
吐血する事に変わりはないが、食道静脈瘤が一気に破裂すると激しい痛みを伴う。破裂した瘤が大きいほど出血量も増える。今回の小さな静脈瘤でさえ、親父はバケツ一杯以上の血を失っていた。
俺は担当医と別れて後、しばらく廊下で頭の中を整理した。どうにか深刻でない内容を考えて、親父に嘘を交えながら今回の件を説明する事に決めて、彼がいる病室に戻った。
癌になると胃腸が弱るのは当然で、調べれば分かると思うが食道静脈瘤というのがある。医者は他にも疑わしき小さな突起はあるものの、大爆発とかいう事にはならないから、心配はいらないと言っていた。それが原因で吐血を起こした場合は、また傷口を縛る事になるから、異変を感じたらとりあえず救急車を呼ぶか、俺が病院に連れていってやるよ……
そう一通り話し聞かせると、親父が思案気に「つまり」と口を開いた。
「俺の胃腸も弱くなっちまったって事か。まぁ倒れた時から実感はあったが、吐血での入院も面倒だからな。気をつけて物はよく噛むことにしよう」
「虫歯がなくてよかったな?」
「なんだ、その意地の悪い笑みは? こう見えて俺は、健康な歯をずっと守ってきたんだぜ。お前こそ、胃腸に気をつけたらどうだ? 食事のスピードが早すぎるのもどうかと思うぞ」
「うるせぇ、クソ親父。俺だって毎朝の胃もたれ改善に、今日からはちゃんと噛んで食べるつもりでいるんだよ」
俺はこの日、軽く交わされる言葉の中で、少しだけ都合がいいように親父に語り聞かせることを覚えた。それとなく優しい嘘を交えつつ、けれど明らかに間違えていると思われる情報は、混ぜないように気を付けた。
親父はバカじゃないから、そんなミスを知られて警戒されても困る。患者の意思が病気を退けることもあるのだ。
俺は以前から、精神医療に関する本も自宅で読んでいた。親父が笑って暮らせるためには、一番そばにいて関わる時間も長い俺に、そういったコミュニケーション能力も必要だと、彼が倒れたばかりの鬱状態の頃に痛感して読んでいたのである。
担当医が告げたように、親父が吐血によって救急車を呼ぶ回数は、次第に増えていった。ちょっとした風邪で倒れた際に、咳込んだ衝撃で吐血する事もあった。
少量の吐血であろうとも、小さな食道静脈瘤の破裂箇所は絶好調に痛むので、親父は激痛に苦しまされながら日中深夜を問わず、救急車を求めた。
緊急入院が四回を数えるようになると、親父は緊急入院にも慣れたのか、余裕さえ見えるようになった。初めての食道静脈瘤の破裂の激痛に比べれば小さなものだと開き直り、入院中に看護師をからかったり、院内のストアで商品を物色したりと持ち前の自由さを発揮した。
それに比べて、俺は救急車のサイレン音が聞こえるたび、ドキリとせざるを得なかった。親父が見えない場所で耳にするサイレン音が、すっかり苦手になってしまっていた。
共に暮らした方がいいのかもしれない。俺は、次第にそう考えるようになった。
親父が住んでいるのは、古い一軒家である。救急車の担架が入りにくいほど廊下は細く、修理待ちの機械やその材料が積み上げられていて、救出の際には邪魔になる。夏は暑く、冬は寒い家では、親父の身体も辛いだろう。
有り難い事に、俺は安月給ではなかったし貯金もあった。親父の闘病にかかる費用を含めても、もう少し広い場所に住めるくらいの余裕はあったのだ。だから、ある日、俺はそれとなく親父に打診してみた。
すると、親父は、その提案を即座に却下した。
「集合住宅なんぞに住めるか。確かにこの一軒家は賃貸だが、この中古物件が気に入っているんだ。それに仕事用品を詰め込むんだったら、うちぐらい広い家じゃないと難しいだろう」
いや、あんたには仕事を辞めてもらう気でいるから、そこは問題ないんだが……
俺は、咄嗟に出掛けた言葉を飲み込んだ。仕事を続ける親父を見て、彼が仕事人間である事にも気付いていたから、もし、彼から仕事を取り上げてしまったら生き甲斐がなくなってしまうのではないか……という恐れを覚えた。
親父は普段から、仕事の合間には煙草を吸い、家事を行い、テレビを見て、気ままに友人との雑談を楽しみ、俺と食事しながら脈絡のない会話のキャッチボールをする。誰もいない時間の大半を仕事に注いでいて、老眼鏡や虫眼鏡を使って機械の図面を確認するのも日課の一つだった。
「なぁ、親父」
「なんだ」
「ずっと仕事を続けたいのか? あんまり稼ぎにならないだろうに」
「家賃ぐらいは自分で稼げる」
親父は、仏頂面でそう返した。仕事を辞める気はないのだと、その返答が物語っていて、俺はなんでもないような顔をして「そうか」とだけ言って口を閉じた。
親父が最後まで続けたいというのであれば、俺はそれを応援するべきだと思った。親父の、仕事にかかる経費が収入を上回ってしまう事態になったとしても、きっと俺はその分のお金を出してでも、彼が望む今の生活を続けさせよう。
馬鹿みたいに甘いなと、俺は思わず苦笑した。
俺は自分でも驚くほど、今の親父との関係を心地良く感じていた。俺は気持ちを前面に出すような甘い顔と態度は出来ないが、それとなく気付かれないよう、親父を甘やかし続けるんだろうと思った。
「休みの日くらいなら、埃かぶった機械の掃除ぐらいしてやってもいいぜ、親父」
「お前、それだから彼女も出来ないんじゃないか? 俺は可愛くない息子よりも、可愛くて器用で要領のいい娘が欲しいところだぜ」
「ひどいな。ちょいちょい手伝ってやってるだろ」
「お前、この前部品を折ったのを忘れていないだろうな? 不器用にもほどがあるぞ」
「ちぇッ、すいませんね。あんたに似ず不器用で」
精密機械の部品が、センチ単位以下の大きさなのが悪いのだ。俺はハンダゴテなんて、親父と再会してから初めて使ったし、馬鹿力は高校時代に運動部で養った才能の一つだから仕方がない。
闘病開始から、そろそろ五年目も見えてきた頃になっても、親父は前向きでどこまでも気力に溢れていた。
けれど、身体の方は確実に弱り続けているため、食事に気をつけているにも関わらず体重は徐々に落ち始めた。同時に腹部の腹水も量が増えていて、水分や塩分、カリウムを制限しても減りにくくなってきたのだ。
病室には担当医がいた。親父はつい先程意識が戻ったらしい。医者は俺達に向かって「食道静脈瘤が原因ですね」と、なんでもないような口調でそう説明した。
簡単に言えば、胃の入り口に届かない距離の食道で、血液のボールのような膨らみが出来て、それが食べ物かなんらかの負荷でポンっと弾けたのだという。その血液が胃に溜まり、胃液と共に口から飛び出してきたのだと、医者は分かりやすく述べた。
内臓が弱ってしまった末期の癌患者には多い事なのだと、医者が続けてそう言ったものだから、俺と親父は「なんだ、そうなのか」と拍子抜けしたような息をついてしまった。
発作時は苦しかったらしいが、血液を吐いた後に健康な血を点滴でもらったせいか、今は調子がいいのだと親父は笑った。医者も「胃袋がきれいになれば、そんなものです」とにっこり笑い返した。
それから、医者は近くにいた看護師に、親父の腕に繋がっている点滴について何かしら指示を与えると、俺に向き直った。
「少し、お時間よろしいですか?」
入院や医療費の件だろう。俺がそう推測する隣で、親父が「仕事があるから長くはここで寝泊まりしたくない」と不満を口にした。
それを聞いた医者がくるりと振り返り「まぁ様子見ですので、明日までは我慢してください」と微笑むと、親父が「なら仕方ないか」と唇を尖らせながら頷いた。さすがは患者の扱いに慣れているだけはある対応力だ、と俺は思った。
親父と看護師を病室に残し、俺は担当医の後ろをついて廊下を少し歩いた。まるで幼少児の先生が似合いそうなその担当医の後頭部には、数える程度の白髪が浮かんでいるのが見えた。
通された診察室で、担当医は俺に向き直ると、親父のカルテを見せながら真面目な顔でこう切り出した。
「吐血は今後も増えるでしょう。あなたのお父様は、だいぶ身体が弱ってしまっています。食道静脈瘤が出てくるのが遅かったというだけですので、決して軽視されてはいけません」
「どういう事ですか……?」
「今回、破裂した静脈瘤は小さなものでしたが、大きなものの場合は死に至るケースがあります。肝臓癌の死因は、食道静脈瘤の破裂によるところも多くあるのです。今回の出血場所は縛ってありますが、他にも二つほど、危ないと思われる食道静脈瘤が確認されています。出来るだけ固い食べ物は避けるか、しっかり咀嚼するよう促して下さい」
つまり親父は爆弾を抱えているのだと、担当医はにこりともしない顔で、俺に現実を突きつけた。
「ここまでの回復が信じられないくらいですが、いつ何が起こるか分からない状況であるのも確かです。内臓組織から血が滲みでるまでになったら、吐血を起こす事も更に増えるでしょう」
「滲み出る? 血管が勝手に切れるということですか?」
「いいえ。例えば擦り傷からじわじわと血が滲んでくるような事が、内臓で起きるという事ですよ。時間をかけて、細胞の隙間から血が滲み出てくるのです。その血液が溜まり始めると、まずは胃の辺りに不調を覚えます。胃袋で一定の血液がたまると、嘔吐して口から出てくる。場所によっては、そのまま大腸へと流れて、血便という形で起こる事もあります」
吐血する事に変わりはないが、食道静脈瘤が一気に破裂すると激しい痛みを伴う。破裂した瘤が大きいほど出血量も増える。今回の小さな静脈瘤でさえ、親父はバケツ一杯以上の血を失っていた。
俺は担当医と別れて後、しばらく廊下で頭の中を整理した。どうにか深刻でない内容を考えて、親父に嘘を交えながら今回の件を説明する事に決めて、彼がいる病室に戻った。
癌になると胃腸が弱るのは当然で、調べれば分かると思うが食道静脈瘤というのがある。医者は他にも疑わしき小さな突起はあるものの、大爆発とかいう事にはならないから、心配はいらないと言っていた。それが原因で吐血を起こした場合は、また傷口を縛る事になるから、異変を感じたらとりあえず救急車を呼ぶか、俺が病院に連れていってやるよ……
そう一通り話し聞かせると、親父が思案気に「つまり」と口を開いた。
「俺の胃腸も弱くなっちまったって事か。まぁ倒れた時から実感はあったが、吐血での入院も面倒だからな。気をつけて物はよく噛むことにしよう」
「虫歯がなくてよかったな?」
「なんだ、その意地の悪い笑みは? こう見えて俺は、健康な歯をずっと守ってきたんだぜ。お前こそ、胃腸に気をつけたらどうだ? 食事のスピードが早すぎるのもどうかと思うぞ」
「うるせぇ、クソ親父。俺だって毎朝の胃もたれ改善に、今日からはちゃんと噛んで食べるつもりでいるんだよ」
俺はこの日、軽く交わされる言葉の中で、少しだけ都合がいいように親父に語り聞かせることを覚えた。それとなく優しい嘘を交えつつ、けれど明らかに間違えていると思われる情報は、混ぜないように気を付けた。
親父はバカじゃないから、そんなミスを知られて警戒されても困る。患者の意思が病気を退けることもあるのだ。
俺は以前から、精神医療に関する本も自宅で読んでいた。親父が笑って暮らせるためには、一番そばにいて関わる時間も長い俺に、そういったコミュニケーション能力も必要だと、彼が倒れたばかりの鬱状態の頃に痛感して読んでいたのである。
担当医が告げたように、親父が吐血によって救急車を呼ぶ回数は、次第に増えていった。ちょっとした風邪で倒れた際に、咳込んだ衝撃で吐血する事もあった。
少量の吐血であろうとも、小さな食道静脈瘤の破裂箇所は絶好調に痛むので、親父は激痛に苦しまされながら日中深夜を問わず、救急車を求めた。
緊急入院が四回を数えるようになると、親父は緊急入院にも慣れたのか、余裕さえ見えるようになった。初めての食道静脈瘤の破裂の激痛に比べれば小さなものだと開き直り、入院中に看護師をからかったり、院内のストアで商品を物色したりと持ち前の自由さを発揮した。
それに比べて、俺は救急車のサイレン音が聞こえるたび、ドキリとせざるを得なかった。親父が見えない場所で耳にするサイレン音が、すっかり苦手になってしまっていた。
共に暮らした方がいいのかもしれない。俺は、次第にそう考えるようになった。
親父が住んでいるのは、古い一軒家である。救急車の担架が入りにくいほど廊下は細く、修理待ちの機械やその材料が積み上げられていて、救出の際には邪魔になる。夏は暑く、冬は寒い家では、親父の身体も辛いだろう。
有り難い事に、俺は安月給ではなかったし貯金もあった。親父の闘病にかかる費用を含めても、もう少し広い場所に住めるくらいの余裕はあったのだ。だから、ある日、俺はそれとなく親父に打診してみた。
すると、親父は、その提案を即座に却下した。
「集合住宅なんぞに住めるか。確かにこの一軒家は賃貸だが、この中古物件が気に入っているんだ。それに仕事用品を詰め込むんだったら、うちぐらい広い家じゃないと難しいだろう」
いや、あんたには仕事を辞めてもらう気でいるから、そこは問題ないんだが……
俺は、咄嗟に出掛けた言葉を飲み込んだ。仕事を続ける親父を見て、彼が仕事人間である事にも気付いていたから、もし、彼から仕事を取り上げてしまったら生き甲斐がなくなってしまうのではないか……という恐れを覚えた。
親父は普段から、仕事の合間には煙草を吸い、家事を行い、テレビを見て、気ままに友人との雑談を楽しみ、俺と食事しながら脈絡のない会話のキャッチボールをする。誰もいない時間の大半を仕事に注いでいて、老眼鏡や虫眼鏡を使って機械の図面を確認するのも日課の一つだった。
「なぁ、親父」
「なんだ」
「ずっと仕事を続けたいのか? あんまり稼ぎにならないだろうに」
「家賃ぐらいは自分で稼げる」
親父は、仏頂面でそう返した。仕事を辞める気はないのだと、その返答が物語っていて、俺はなんでもないような顔をして「そうか」とだけ言って口を閉じた。
親父が最後まで続けたいというのであれば、俺はそれを応援するべきだと思った。親父の、仕事にかかる経費が収入を上回ってしまう事態になったとしても、きっと俺はその分のお金を出してでも、彼が望む今の生活を続けさせよう。
馬鹿みたいに甘いなと、俺は思わず苦笑した。
俺は自分でも驚くほど、今の親父との関係を心地良く感じていた。俺は気持ちを前面に出すような甘い顔と態度は出来ないが、それとなく気付かれないよう、親父を甘やかし続けるんだろうと思った。
「休みの日くらいなら、埃かぶった機械の掃除ぐらいしてやってもいいぜ、親父」
「お前、それだから彼女も出来ないんじゃないか? 俺は可愛くない息子よりも、可愛くて器用で要領のいい娘が欲しいところだぜ」
「ひどいな。ちょいちょい手伝ってやってるだろ」
「お前、この前部品を折ったのを忘れていないだろうな? 不器用にもほどがあるぞ」
「ちぇッ、すいませんね。あんたに似ず不器用で」
精密機械の部品が、センチ単位以下の大きさなのが悪いのだ。俺はハンダゴテなんて、親父と再会してから初めて使ったし、馬鹿力は高校時代に運動部で養った才能の一つだから仕方がない。
闘病開始から、そろそろ五年目も見えてきた頃になっても、親父は前向きでどこまでも気力に溢れていた。
けれど、身体の方は確実に弱り続けているため、食事に気をつけているにも関わらず体重は徐々に落ち始めた。同時に腹部の腹水も量が増えていて、水分や塩分、カリウムを制限しても減りにくくなってきたのだ。
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