民宿『ヤマガミ』へ ようこそっ!

ろうでい

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四話 『不思議な、お姉さん』

(5)

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――

「んー……!」

一日の仕事が終わり、私は外で大きく背伸びをする。
忙しくもなく、のんびりと仕事の出来る良い一日だった。心地よい夜風が達成感を私に運んできてくれるようだった。

明日は日曜日。朝のお客さんを見送って掃除が終われば、自由時間。月曜日にお客さんは入っておらず、夜にかけては完全休み。久しぶりにのんびりできそうだ。

かといって、なにをしよう。
そんな事を考えこんでいると、後ろから声をかけられた。

「お仕事お疲れさん。田舎少女」

振り返ると、伴野さんだった。

本館と旧館の間は渡り廊下で繋がっており、その前には庭がある。簡素だがそこにベンチが置いてあり、伴野さんは缶ビール片手にそこで涼んでいるようだった。

「! 伴野さん。晩酌ですか?」

すっかり田舎少女と呼ばれても違和感をなくしている自分が悲しい。

「風呂上がりにね。景色をつまみに、ちょいと一杯」

「景色……」

伴野さんの視線の先には、夜景があった。

民宿ヤマガミは、都市部から少し山の方へ上った場所にある。
自然は沢山あるが、民家もそれなりにあるので視界は開けており、夜には街の方をクリアに見下ろす事が出来る。

街の沢山の灯りが、眼下に広がっていた。

私には見慣れた景色なのだが、見る人が見ればきっと感動的な景色なのだろう。

「……街の方、綺麗ですよね。あはは、お客さんに言われて初めて気付いたんですけどね、私」

「毎日見てればそうだろうな。でも、なかなか見れる景色じゃないよ。山から見下ろす夜景なんてさ。登山した事ない私にとっては、なかなか素晴らしい景色」

足を組んでビールを片手に、伴野さんは目を離さずそう言った。

「……良かった。少しでもこの村の事とか、民宿の事、気に入ったって言ってもらえるのが嬉しいです」

「ああ。田舎の方に旅行をしたいと思ってなんとなくこの宿をとったんだけど、大正解だった。ずっと都会育ちだったからさ。見るものも、食べるものも新鮮だ」

「そうなんですか」

……嬉しかった。この宿が、そういった誰かの心に残っていってくれる事が、嬉しい。

「柚子、色々と話してくれて助かったよ。時間をとらせてすまなかったな、学生身分で忙しいだろうに」

「とんでもないです。今日はお客さんも少なかったし、私も伴野さんと話したかったです」

「……話したかった?」

私の方を向く伴野さんに、私は微笑みながら応える。

「この村の事も、民宿の事も……あんなにワクワクした表情で聞いてくれるんですもん。こっちだって、話していてワクワクしちゃいますよ。私、ここの事、好きですから」

……言っていて気付いた。

私は、私の思っている以上に、この村の事も、この民宿の事も、大切だったんだ。
だからその大切に思っている気持ちを、少しでも誰かに伝えるのが、嬉しくてたまらなかったんだ。

……伴野さんは、私のその言葉を聞いて、フッ、と笑った。

「素直なヤツだな。聞いてて恥ずかしいぞ」

「えー。これでも真面目なんですよ私ー」

「田舎の少女はやはり純朴すぎる。都会者には刺激が強い」

「伴野さん、世間にもまれてそうですもんねー」

「はっはっは」

乾いた笑いをする伴野さん。その様子に笑う私。 暖かい時間が流れていた。


少し間を置いて。

伴野さんは、ボソリと呟いた。

「……友達が、いたんだ」

「え?」

小さな、細い声。しかしその声は、どうやら私に向けて話しているらしい。伴野さんはそのまま続けた。

「中学生の頃だったかな、友達がいたんだ。……その頃の私はなんというか……人間嫌いだった。無口で、無表情で、人見知りで…世間の誰もが敵に見えていた。
……ガキだったからかな、人を愚かで、蔑む対象だと思っていたんだ」

「……」

意外だった。こんなにも明るく、初対面の私ともおしゃべりをしていた伴野さんが、そんな性格だったなんて。

「特殊な環境でな。家族から離れて暮らしていて…友達も全くいなかった。本当の独りぼっち。家でも学校でも、私に関わってくる人間なんて、いなかった。

だがある日、私は一人の同級生の女と知り合った。

そいつは明るくて……なにより、お節介だった。独りだった私を心配して、色んな世話を焼いてきたよ。最初はウザい以外の何でもなかったな」

……。

私は、伴野さんの話に聞き入る。

「一緒に遊ぼうと持ち掛けてきたり、料理を作ってくれたり……関わるな、と言ってもそいつは、私の傍にいてくれた。
そんな時間が過ぎていくうちに、ふと思ったんだ。コイツのために、私も何かをしたい、って。……それが『友達』になるきっかけの気持ちだった」

「……ステキですね」

「ああ、よく似てる」

「……?」

「柚子が、そいつにだよ」

「え……」

「お節介で、人を疑わずに、初対面に近くても親身になって話をしてくれる。意識せずに明るく振る舞えて、周りの人にどう思われても、元気に出来る。
……嬉しいもんだよ。私みたいな人種にはさ」

「……」

似ている。
私が、伴野さんの、親友に。

でも、その話し方には、疑問が残る。

その親友というのは、ひょっとして……。

「あの、その人は……」

……伴野さんは、少し悲しそうな笑みを浮かべ、夜空を見上げた。

「死んだよ」

……。

やっぱり……そういう意味での、言葉だったんだ。

「……あの、どうして……」

「……急病、ってこと、かな。結局、そいつと出会ってから半年も一緒には過ごしていなかった。
あいつもきっとそんな状態だったからこそ、私に付き添ってくれたんだろうな。……最後の時間を過ごす相手は……多分、私しかいなかったんだろう」

……深い事情があったんだろう。しかし、それ以上詮索をする気にもなれなかった。

伴野さんには、学生の頃、親友がいた。
でもその親友との友達の時間は、ほんの僅かしかなかった。

そして……。
その親友は、どうやら、私に似ていたらしい。

「お前の仕草を見ていたら、久しぶりにアイツを思い出して、つい話してしまったよ。……すまないな。忘れてくれ」

「いえ、そんな……」

「柚子は、明日も早いんだろ?長話して悪かったな。私も部屋に戻るよ」

そう言ってベンチから立ち上がる伴野さん。

私は、彼女に向かって……思わず強めに声を出した。

「……あの!」

「……ん?どうした?」

部屋に戻ろうとする彼女に、私は言う。


「ちょっとだけ、付き合ってくれませんか?」


――
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