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四話 『不思議な、お姉さん』
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田舎の夜道は、暗い。
懐中電灯の灯りだけが先を照らし、他は暗闇だけ。
カエルの鳴き声が辺りに聞こえ、人通りは全くと言っていいほどない。
暗闇の中を、私は伴野さんの手を引きながら進んでいた。
「……案内したい所ってなんだ?柚子」
「伴野さんに見てほしい景色があるんです。……この時期だけの、特別な場所があって」
不思議がる彼女に、私はなるべく笑顔で答えた。
6月。この地域には、この時期しか見られない景色がある。私はどうしてもその景色を見てほしくて、夜道を案内していた。
「しかし……夜は本当に暗いんだな、この辺りは。灯りを消したら本当に何も見えないぞ」
「そうですね。あ、足元だけは気をつけてください。水路に落ちちゃいますから」
「水路?……ああ、確かに水の音がするな」
民宿から少し離れた、畦道。
田んぼに水を送る用水路が道の両端にあり、カエルの鳴き声に混じって微かな水の音が聞こえる。
「……この辺り、でいいかな」
あまり民宿から離れすぎても、伴野さんを不安にさせてしまうだろう。
私は立ち止まり、辺りを見回す。
……どうか、いますように。
「……この辺り? 見てほしい景色って、どんな景色なんだ?」
「んー……多分、大丈夫だと思います。それじゃ、灯り消しますね」
「え?」
耳を疑う彼女をよそに、私は懐中電灯の灯りを消した。
辺りを暗闇が包む。
目が見慣れても、そこには微かな田んぼの輪郭と近くの森のシルエットしか映らない。
そこへ……。
「……!!」
一筋。 そして、二筋。 線を描く淡い光の玉が浮かんでいた。
「……これ……。 ……ホタル、か?」
驚く伴野さんに、私は嬉しくなった。
良かった、ちゃんといた。
「はい、ホタルです。夜景が好きなら、きっとこういうのも見るの好きかな、って」
「好きもなにも……初めて見た。……ホタルの光なんて……」
光り、消え、光り、消え、何度も明滅する僅かな光。
田んぼの中で浮遊し、踊るように辺りを彷徨い、私達にその幻想的な光景を映してくれている。
「……すごい、な。本物のホタルの光って……こんなに淡くて、微かで……でもしっかり光ってるんだな」
暗闇に目を慣らさないと見えないくらいの微かな光。
しかし、目さえ慣れてしまえば、自然界にこんなにもしっかりとした暗闇を照らす光があるのだと驚かされる。それがホタルの光だ。
しばし、私達二人はその光景を見つめる。
「……でも、柚子、どうして私をここに連れてきたんだ?」
「ホタルが光る理由って、伴野さん、知ってますか?」
「……オスとメスの求愛行動とか、そんなところか?」
「いいえ。私も最近知ったんですけれど、求愛行動をする意味がない産卵を終えたメスや幼虫……卵まで、光を発するそうです」
「え……じゃあ、なんでホタルは光るんだ?」
伴野さんの疑問に、私は静かに応えた。
「分からないそうです」
「……なんだそりゃ」
「色々な説があるみたいですけれどね。体内の毒素を分解している化学反応、なんて説もありますけれど……私、勝手に想像してるんです。このホタル達はきっと、お話をしているんじゃないか、って」
「……お話?」
「光で、です。寂しがり屋のホタル達はきっと、夜の暗闇で孤独にならないように、絶えず他の仲間とお話をしているんじゃないか、って。
私は此処にいる。貴方は其処にいる。それをずっと発信して、受け取っているんだ、って。そうすれば……1人じゃないって、分かるから」
「……」
「人の世界もきっと同じです。でも人って……その光を受け取る力が、きっと弱いんじゃないか、って。
周りにこんなにも仲間がいるのに、たまに世界中で、自分一人しかいないんじゃないかなんて感じる事……あはは、私もたまに思っちゃうんですけどね。
でも……ホントは、このホタル達みたいに、たくさんの光が自分の周りにあるんだな、って。
伴野さんが光ってくれたから、私もそれに気付けて。ああ、また私の周りに仲間がいたんだな……そんな安心した気持ちになれるんです」
「……ああ」
「……色々この村の事、伴野さんは興味を持ってくれたから。この景色だけ、どうしても見せておきたかったんです」
「……そうか」
伴野さんはフッと笑うと、私の頭にポンと頭を乗せた。
「わ」
「……ありがとうな、柚子。本当に……久しぶりだ。こんなに暖かい気持ちになれたのは。
多分、さっき言っていた『親友』がいなくなった日から……こんな気持ちには、なれていなかったのかもな。久しぶりに心から安心できるよ」
……ここに連れてきて、良かった。私は心底そう思う。
私の隣で、伴野さんは少し伏し目になって呟いた。
「お前を見ていて、久しぶりにアイツを思い出したと言ったが……何処かで私はアイツの事を、忘れようとしていたのかもしれないな。
でも……それはとても、悲しい事なんだろう。本当は、このホタルみたいに……何処か違う場所で、新しい仲間達と光続けているんだろうな。
……そう思えたよ」
「……そうですね!私も、きっと、そうなんだと思います」
「……ただ、アイツよりお前は恥ずかしいセリフをペラペラ素直に喋るな。聞いてて少し恥ずかしかったぞ」
「えー……なんですかそれー。せっかくつれてきたのにー」
「ははははは。冗談だよ」
私と彼女は、そんな会話をしながら、しばらくその光景を眺めて夜を過ごした。
月明りが照らす、夜の水面。そこで踊るように明滅する光達。
まるで人と人とを繋ぎ合わせるような、不思議な光を。
――
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