民宿『ヤマガミ』へ ようこそっ!

ろうでい

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四話 『不思議な、お姉さん』

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――

翌朝。

空は晴れ、入道雲が遠くに見える。肌に太陽の熱を感じる、晴れ晴れとした日。
夏が近づいている証拠だった。

伴野さんは、朝ごはんを食べて少し民宿の中の写真を撮った後、自分の車に荷物を積み込んでいた。

食器洗いを終えて掃除に向かう私は、声をかける。

「伴野さん!」

「……お、柚子。世話になったな。そろそろ行くとするよ」

「これからどちらに行かれるんですか?」

「まだこの辺りで色々巡りたい場所もあってな。歴史関係の施設なんかを巡って、昼に美味しい蕎麦でも食べてみる事にするよ」

「わー、いいなー一人旅。私も運転できるようになったらしてみたいです」

「柚子が運転ねえ。危なかったしそうだな」

「なんですかそれー。見てもいないくせにー」

「見なくても分かるんだよ。ていうか、見たくない」

「うー」

膨れる私の頭を、ポンポンと叩く。

「一日しかいなかったと思えないな。なんか親戚の家で正月を過ごした気分だよ」

「私もです。……ご宿泊、ありがとうございました。またいつでもいらしてください」

「代金は昨日のうちに払ったが……宿泊代金以上に世話になってしまったな。コレ、受け取ってくれ」

伴野さんは、肩から下げているバッグから何か袋を私に手渡した。

「?なんですか?」

「チップ」

「え、そんな……いいですよ。悪いですし……」

「いいから受け取っておけ。学生に下手に金銭は渡せないから、コレでな」

「?」

それは……飴玉の袋だった。

「……小学生かなにかと勘違いしてません?」

「必要だろ?学生は。勉強には甘い物だぞ」

「……それは、暗に私に勉学に励めという事でしょうか?」

「そういう事。青春は何事にも勉学の上に成り立つものだ。精進せよ田舎少女」

「ふえー」

私がふてくされて飴玉を一つ開けて舐め始めると、伴野さんは次に名刺入れから名刺を取り出して、何かをペンでサラサラと私に差し出した。

「私の電話番号。住所は名刺に書いてあるから。 東京に住んでいるんだ。こっちに観光でくる時はメシでも奢ってやるからいつでも連絡しな」

「わー、ホントですか!?……あはは、実は友達と行ってきたばかりなんですけれど……なんか、もう一回行きたいなーって思ってたんです」

「楽しみにしてるよ。……それじゃあな。女将さんにも、よろしく伝えておいてくれ」

伴野さんは私の頭に最後に一回、手を乗せると自分の車に乗り込んでエンジンをかけた。

パワーウインドウを開いて、笑顔で私に言う。

「またな、柚子。お前の良いところは、『お前らしい』ところだぞ。忘れるなよ」

「……私らしい、ところ?」

首を傾げる私に、伴野さんはまたフッ、と笑った。

「嘘をつかない、真っ直ぐな言葉で相手に話せるのがお前らしさだよ。山の中で真っ直ぐに育ったお前にしかない、良いところだ。
……大切にな」

「……はい!」

車は、私の目の前をゆっくりと通り過ぎて右に曲がり……いつしか、私の視界から消えていった。

私はその車が見えなくなるまで、いつまでも手を振っていた。


今日も、お客さんが一人、この民宿からどこかに旅立つ。

でもその光は消えるのではなく、またどこかで光りに行くだけなのだ。

……またきっと、会える。

それを私は、信じていた。


――

「……」

林道を走る、車の中。
伴野美月は、真っ直ぐに景色を見ながら… 微笑んで呟いた。

「……『見えなくなった』からこそ『見えた』か。
きっと前の私だったら、人の光にすら、気付けなかったんだろうな。

……忘れていてすまなかったな、朝木あさき 」

それは、かつての…そして今はもういない、親友の名前だった。

……大きく深呼吸をして、車内で彼女は、最後に言う。

「……また、助けられた、か」

その表情は、とても嬉しそうで、満ち足りた表情だった。


――
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