31 / 67
四話 『不思議な、お姉さん』
(7)
しおりを挟む――
翌朝。
空は晴れ、入道雲が遠くに見える。肌に太陽の熱を感じる、晴れ晴れとした日。
夏が近づいている証拠だった。
伴野さんは、朝ごはんを食べて少し民宿の中の写真を撮った後、自分の車に荷物を積み込んでいた。
食器洗いを終えて掃除に向かう私は、声をかける。
「伴野さん!」
「……お、柚子。世話になったな。そろそろ行くとするよ」
「これからどちらに行かれるんですか?」
「まだこの辺りで色々巡りたい場所もあってな。歴史関係の施設なんかを巡って、昼に美味しい蕎麦でも食べてみる事にするよ」
「わー、いいなー一人旅。私も運転できるようになったらしてみたいです」
「柚子が運転ねえ。危なかったしそうだな」
「なんですかそれー。見てもいないくせにー」
「見なくても分かるんだよ。ていうか、見たくない」
「うー」
膨れる私の頭を、ポンポンと叩く。
「一日しかいなかったと思えないな。なんか親戚の家で正月を過ごした気分だよ」
「私もです。……ご宿泊、ありがとうございました。またいつでもいらしてください」
「代金は昨日のうちに払ったが……宿泊代金以上に世話になってしまったな。コレ、受け取ってくれ」
伴野さんは、肩から下げているバッグから何か袋を私に手渡した。
「?なんですか?」
「チップ」
「え、そんな……いいですよ。悪いですし……」
「いいから受け取っておけ。学生に下手に金銭は渡せないから、コレでな」
「?」
それは……飴玉の袋だった。
「……小学生かなにかと勘違いしてません?」
「必要だろ?学生は。勉強には甘い物だぞ」
「……それは、暗に私に勉学に励めという事でしょうか?」
「そういう事。青春は何事にも勉学の上に成り立つものだ。精進せよ田舎少女」
「ふえー」
私がふてくされて飴玉を一つ開けて舐め始めると、伴野さんは次に名刺入れから名刺を取り出して、何かをペンでサラサラと私に差し出した。
「私の電話番号。住所は名刺に書いてあるから。 東京に住んでいるんだ。こっちに観光でくる時はメシでも奢ってやるからいつでも連絡しな」
「わー、ホントですか!?……あはは、実は友達と行ってきたばかりなんですけれど……なんか、もう一回行きたいなーって思ってたんです」
「楽しみにしてるよ。……それじゃあな。女将さんにも、よろしく伝えておいてくれ」
伴野さんは私の頭に最後に一回、手を乗せると自分の車に乗り込んでエンジンをかけた。
パワーウインドウを開いて、笑顔で私に言う。
「またな、柚子。お前の良いところは、『お前らしい』ところだぞ。忘れるなよ」
「……私らしい、ところ?」
首を傾げる私に、伴野さんはまたフッ、と笑った。
「嘘をつかない、真っ直ぐな言葉で相手に話せるのがお前らしさだよ。山の中で真っ直ぐに育ったお前にしかない、良いところだ。
……大切にな」
「……はい!」
車は、私の目の前をゆっくりと通り過ぎて右に曲がり……いつしか、私の視界から消えていった。
私はその車が見えなくなるまで、いつまでも手を振っていた。
今日も、お客さんが一人、この民宿からどこかに旅立つ。
でもその光は消えるのではなく、またどこかで光りに行くだけなのだ。
……またきっと、会える。
それを私は、信じていた。
――
「……」
林道を走る、車の中。
伴野美月は、真っ直ぐに景色を見ながら… 微笑んで呟いた。
「……『見えなくなった』からこそ『見えた』か。
きっと前の私だったら、人の光にすら、気付けなかったんだろうな。
……忘れていてすまなかったな、朝木 」
それは、かつての…そして今はもういない、親友の名前だった。
……大きく深呼吸をして、車内で彼女は、最後に言う。
「……また、助けられた、か」
その表情は、とても嬉しそうで、満ち足りた表情だった。
――
3
あなたにおすすめの小説
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜
天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。
行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。
けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。
そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。
氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。
「茶をお持ちいたしましょう」
それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。
冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。
遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。
そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、
梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。
香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。
濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる