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五話 『悠の、初夏』
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しおりを挟む「……」
山賀美悠は、その少女をジッと見つめていた。まるで、地面のアリの動きを観察するように。
民宿の庭で地べたに這いつくばるように寝転がっている、黒髪の少女。純白のワンピースが太陽の光に眩しく反射する。
背丈は、自分と同じくらいだろう。年齢もきっと同年代くらいだろう。
「……」
とりあえず、棒でつついてみる。反応がないか、その辺りに転がっていた木の枝で、少女の脇腹辺りを。
「ひひっ」
「……」
「うひっ」
「……」
くすぐったがっている。どうやら生きているようだ。
次に、悠は声をかけてみる事にした。
「……うちに、なにかご用事?」
「……」
しかし、その質問には返答はない。
ただただ目の前にうつ伏せになっている、自分と同年代くらいの女の子。
もう一度、脇腹を棒でさする。
「うひひひ」
「……」
「うきゃきゃきゃきゃ」
「……」
「わはははは……って!! さっきからやめなさいよ!無言で棒でつつくの!」
流石に耐えかねたらしく、少女は跳ね起きて悠に怒りの表情を向ける。
「……だって、何も返事してくれないんだもん」
「もうちょっとマシな対応の仕方があるでしょ!?虫つついてるんじゃないんだから!」
「んー。でも、ここウチの庭だし。死んでたら警察に色々聞かれて困るし、いわくとかつきそうで嫌だから」
「えらく先のコトまで心配してるのねアンタ…」
呆れるように立ち上がる少女。しかし立ち上がったはいいものの、へにゃへにゃと力なくその場に座り込んでしまった。
流石に悠も心配になり、声をかける。
「どうしたの?」
「……」
少女は伏し目がちに、少し恥ずかしそうに呟いた。
「……お腹減って、動けないの」
――
「んぐ んぐ んぐ……!!」
「……美味しい?」
「ん……!ん、まいっ……! んぐ、ゥ……!! ……う……ッ!」
「のどつまっちゃうよ。はい、お茶」
「んむゥ……!!あ、ありがと……! ごく、ごく……」
口の周りにアンコをつけて、いっぱいに牡丹餅を頬張る少女。まるで飢えた動物のように次々と食べていく。
山賀美家は、しょっちゅう祖母が牡丹餅を作る習慣があった。本来であればお彼岸の時期しか作らない家庭も多いが、祖母はなにかと季節の節目に作って、冷蔵庫にストックしてある。
これは、七夕が近いからと作っていたものだった。
家にあったペットボトルの緑茶を少女は流し込むと、また牡丹餅を口に入れていく。
「本当に美味しいわねコレ……。でもいいの?アンタのウチの食べ物、勝手に持ってきちゃって」
「心配する割にはどんどん食べてるね」
「う、うるさいわね……。美味しいんだから仕方ないじゃない……」
顔を赤くする割には食べる手は止めない少女であった。
悠は、少し可笑しそうに微笑みながら言う。
「ウチのお婆ちゃん、沢山作るから大丈夫だよ。なくなりそうならまた作るし、減ってても誰かが食べたんだろう、って気にしないから」
「へー。おばあちゃんの手造りなんだ。……こんな美味しいものいつも食べれるなんて、羨ましいわね」
「お婆ちゃんも喜ぶと思うよ。たくさん食べてくれたほうが」
「あ、ダメよ、言っちゃ。知らない子に勝手にあげたなんて言ったら、アンタが怒られるかもしれないし」
「そうかな。んー、分かった」
なんだか同年代のようなのに、忠告されてしまった。立場的にはご飯をあげているのは悠の方なのだが。
重箱に入っていた牡丹餅6つを綺麗にたいらげると、少女はお腹をさすって満足そうな表情をしていた。
「……ふー、美味しかった。……ありがとね、えーと……名前、聞いたっけ?」
「悠。ここの民宿の娘」
「みんしゅく……?え、ここ、宿だったの?初めて知った」
「ウチのこと、知ってるの?」
「知ってるもなにも……んんっ!げほ、げほ……ごくごくごく……」
残っていた牡丹餅がつまったらしく、少女は緑茶を慌てて飲む。……なんだか、なにかをはぐらかしたようにも見えるが。
「……とにかく、ありがと。あー、お腹いっぱいになったわー」
「すごいいっぱい食べたね。何日も食べてなかったみたい」
「まーねー。そんなところかしら」
「……?」
何日も食べていなかったなんて……この子は、家出でもしてきているのだろうか。悠はそれを疑った。
しかしそれにしては服装も肌も綺麗だし、他の荷物も見つからない。純白のワンピースで何日も家出をしている、なんて考えられないだろう。
とにかく、悠は少女にまず、質問をしてみる事にした。
「お名前、教えてくれる?」
「……ん?あたしの?」
「うん」
「……えーと……。 あ!」
少女は少し間を置いて、話した。
「ナナ」
「……ナナ、ちゃん?」
「そ、ナナ。よろしくね、悠」
ナナと名乗る少女は、アンコを口の周りにつけたまま、にっこりと笑って答えた。
――
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