民宿『ヤマガミ』へ ようこそっ!

ろうでい

文字の大きさ
33 / 67
五話 『悠の、初夏』

(2)

しおりを挟む

――

「でも、民宿ねぇ。道理で色々な人が寝泊りしていると思ったらそういうコトだったのね」

時刻は昼過ぎ。初夏の日暮れは遅く、まだまだ薄暗くはなりそうになかった。
ナナと悠は、民宿の庭。客用のベンチに座り、雑談をしていた。
まだセミも鳴いていないとはいえ暑さは日に日に増してきている。悠は民宿の自販機からリンゴジュースを二つ買ってきて、二人でそれを飲みながら話している。

「ナナちゃんは、ウチのコト知ってたの?」

「知ってたっていうかなんていうか。んー、まぁ……そうなんじゃないかなーって思っただけ」

「ふーん、そうなんだ」

悠はリンゴジュースを一口飲むと考える。

近所に、こんな子住んでたっけ? と。
しかしそう言われて疑うのも、ナナちゃんに対して失礼かもしれない。そう考えて、それは疑問にしない事にした。

ナナは、受け渡されたリンゴジュースをじーっと見つめる。

そして、悠に尋ねるのだった。

「ねえ、これ……どうやって開けるの?」

「ん?知らないの?」

「……まあね」

……つくづく、変な子だなぁ。
悠はそう思いながらジュースを受け取り、プルタブを開けてあげる。

プシュッ、という音にナナは少し驚き、「はい」と差し出されたジュースの匂いを恐る恐る嗅いでみた。

「……いいにおい」

ごくっ。 リンゴのキャラクターが描かれた缶の中身を、一口。喉を鳴らして飲んでみる。

「……!!」

ごくっ、ごくっ。続けて、ナナは喉を鳴らした。

「……おいしい!!これ、リンゴの味がする……!!」

「リンゴジュースだからね」

「わ、分かってるわよ……。……でも本当に、美味しい……!!アンタいつもこんなの飲んでるの?」

「んーん、いつもじゃないよ。飲みすぎると虫歯になっちゃう、ってお母さんに言われてるから。久しぶりに飲んだ」

「……。じゃあ、今はどうして?」

「一人で飲むの寂しいもん。わたしも、ナナちゃんも」

「……」

驚いた顔をして、ナナは悠を見つめる。
真っ黒な髪に少し隠れた、栗色の瞳。くりくりした目を見開いて。

……そして、困ったような笑顔を見せた。

「……変な子ね、悠って」

「ナナちゃんも変だと思うよ」

「うるさい」

そう言いあって、二人で笑いあった。


ナナ自身の事は質問にしないと決めた悠だったが、どうしても一つ、聞いておきたい事があったのでそれを聞いてみる事にした。

「ナナちゃんはどうして、ウチの庭に倒れていたの?」

それだけはどうしても聞いておきたい疑問だったのだ。
何か深い事情があるかもしれないし、ナナという少女が自分に何か悪影響のある人間ではないという事は直ぐに分かった。子どもの本能でそれは理解できる。

しかし、自分の家の敷地で行き倒れに近い状態でナナは居た。その疑問だけは解消をしておきたかった。

「……んー」

またナナは、考え込むように時間を置く。そこまで考える事情が、何かあるのだろう。

「……久しぶりなのよ。家の外に出たのが。だからつい、お腹が減っちゃって、ね」

「……??」

なんとも曖昧な返答に、悠は首を傾げた。

「お家の外に出ると、お腹がすいちゃうの?」

「いや、まあ……本来は食べなくてもいいんだけどね。なんというか、日の光を浴びていたらなんとなくというか……まあとにかく、そういうワケなのよ」

「ぜんぜんわからない」

「でしょうね。まあ、深く聞かないでよ」

… お家の人に、いじめられているのだろうか?
悠はふとそんな事を考えたが、そうであれば余計に直接聞くわけにいかないだろう。そう思った。

でも、仮にそうだとしても、目の前のナナという少女の表情は豊かで、とても虐待を受けているような辛く苦しい現状があるようには思えない。

それならば、特に心配する事もない。悠は直感で考えた。

「んー、分かった。ふかく聞かない」

「物分かりのいい子で助かるわ」

「なんだかナナちゃん、わたしより年上みたいな言い方するね」

「ま、年上でしょうね」

「そうなの?おんなじくらいに見えるよ」

「全然。あたしの方が上よ。絶対」

……そう言い切る根拠は、一体なんなのだろうか。疑問が次々と浮かんでは、悠の中で勝手に消えていくのだった。

「ナナちゃんは、これからどうするの?」

「んー、せっかく外に出てきたしね。何処か行きたいところだけれど……まあ、あんまり此処から離れない範疇でかなぁ」

そう言って民宿の周りをキョロキョロと見回す。
近所に住んでいる、と言っていたのに、それはまるで初めての場所を見るような表情と目でもあった。

そしてナナは、悠の方を向いて、笑顔で言った。

「ねえ悠、なんかこの辺り面白いところない?」

「おもしろいところ?」

「ワクワクするところとか、ドキドキするところとか……とにかく、悠が面白そう、って思えばなんでもいいのよ。あたしに紹介してくれない?」

「ナナちゃん、近所に住んでるのにこの辺のコト知らないの?」

「ぐ。痛いところを。……い、家の周りに詳しくないのよ」

「……」

怪しい。悠はそう思う。 勘ぐるようにジッ、とナナの方を見つめた。

「……そ、そんな怪しむような目で見ないでよ」

「……」

「……わ、分かったわよ。悪かったわ。それじゃああたし、もう行くから……」

ふう、と溜息をついてベンチから立ち上がるナナの手を、悠が掴んだ。

「……え?」

「ナナちゃん、怪しい。だから……わたしが近所を案内する前に、約束して」

「や、やくそく……?」

「……」

悠はジッ、と真っ直ぐな目でナナを見つめた。


「友達になって」

「……え?」

意外な一言に、ナナの目が丸くなった。

「友達なら、変なコトも、怪しいコトも、全部許せるから。友達なら、相手のコトをちゃんと思いやれるから、変なコトしない。
だから、友達になってくれるなら、わたしが一緒に案内する」

「……」

ナナを見つめる、悠の目は瞬きをしないほどに真剣で。その様子が、ナナにも伝わる。

一筋。ナナの目から、涙が溢れた。

「あ、あははは……」

「……?泣いてるの?」

「……うれしくて、泣いてるの。……ありがと、悠。あたし、ずっと友達、欲しかったから」

「じゃあ」

涙を人差し指で拭うと、ナナは悠の両手をとって、言う。


「こちらこそ、よろしく。あたしの友達になってよ、悠」

「うん、ナナちゃん。わたしたち、友達ね」


――
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜

天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。 行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。 けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。 そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。 氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。 「茶をお持ちいたしましょう」 それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。 冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。 遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。 そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、 梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。 香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。 濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...