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五話 『悠の、初夏』
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こうして、悠は、ナナと一緒に近所をぐるりと散歩する事にした。
ただ単に歩くだけではない。自分の知る限りの、楽しい場所をナナに紹介しようと考えていたのだった。
民宿の前から続く、コンクリートで舗装された細い道。
周りには田んぼ、畑、民家、林……田舎道がひたすらと続き、南桑村を横断するように出来ている。
悠が先頭になり歩き、その後ろをナナがキョロキョロと周りを見回しながらついていくのだった。
「ね、どこいくの?」
少しワクワクした声色でナナは悠に聞いた。
「んー、ないしょ」
「教えてよー。あたし、こんな遠くまで来たことないんだから」
「こんな遠くって、民宿からそんな離れてないよ?」
「アタシにとっては遠くなのよ」
「ふーん。……でもないしょ」
「案外性格悪いのよね、アンタ」
そう言う悠も、無表情に見えるがどことなく楽しそうな声色であった。
民宿から離れて、およそ10分。
2人は、小さくて古びたお店にやってきた。
少し曇ったガラスのドアと、無機質なコンクリートの壁が特徴的。上を少し見ると『飛沢商店』の錆びた白い看板が見えた。
「……お店?」
ナナが言うと、悠が頷いた。
「うん。飛沢のおばあちゃんの駄菓子屋さん」
「だがしや?黒糖のお菓子屋さんってコト?」
「こくとー?違うよ、色々なお菓子売ってるの」
「……色々なお菓子!?」
その言葉にナナの表情が輝く。
「え、じゃあなに!?このお店はお菓子をたくさん扱ってるお店ってコト!?すごーい!!」
「うん。ナナちゃん、お菓子好き?」
「大好き! わー、どんなのがあるんだろ?!入ってみましょうよ!!」
先ほどまでは先頭だった悠の前に出て、ナナが店のドアを開ける。まるで餌を前にした犬のように興奮している。
その様子に少し驚きつつも、悠も店の中に入るのだった。
――
飛沢商店は、正確には駄菓子屋ではなく俗に言う『たばこ屋』であった。
商店の店先には小さな窓があり、その中に主であるお婆ちゃんがいつも座り、店内の小さな古いテレビを眺めている。
取り扱っているのはタバコだけではなく、店の中に入ればお菓子、少数の生活用品、アイスクリームの冷凍庫も置いてある、田舎のコンビニといった感じの店だ。
駄菓子屋というほどの種類ではないが、安価の菓子類も置いてあり、近所の子ども達の憩いの場にもなっているのだった。
今日はお婆ちゃんは店先に座っていない。
店が開いていて、奥の方に見える居間からはテレビの音が聞こえていた。どうやら奥の方で休んでいるらしい。
「わぁぁぁ……」
ナナはそんな事は気にせず、店に並んだ色々な商品を眺めていた。
店を一回り周ってみるが、一番気になるのはやはり駄菓子類のようだった。色鮮やかで毒々しい、菓子のパッケージを次々と手に取って眺めている。
「すごい……コレ、どんな味するんだろ……。わ、チョコレートまである……!」
「ナナちゃん、ホントに来たことないんだね」
「うん、初めて……!! 今のお菓子ってこんなのなんだ……!」
「???」
本当に変な子だ。
悠はそう思ったが、とにかくナナが喜んでくれている事がなによりも嬉しかった。
一通り店の中を見てみると、ナナは悠の方をチラッと見る。
「……ね、お店来たのはいいけど……アンタ、お金持ってるの?あたし持ってないわよ」
「大丈夫。お小遣いためてるから」
「え、いいの?ためてるもの使って」
「うん。こういう時に使うものだと思うから、お小遣いって」
「……こういう時、って?」
「友達と楽しむ時」
悠は、少し口を楽しそうに曲げてそう言った。
その様子に、ナナは泣きそうになりながら、悠の頭を撫でる。
「……いい子だね、悠は。ありがとう」
「……」
なんだか、悪い気はしなかった。
「それじゃあ、どれ買うの?ナナちゃん」
「んー、そうね……!とりあえずあたしの知ってる懐かしいヤツと……あ、このラーメンみたいなお菓子おいしそう!あとこの金ぴかのチョコと……わあ、ちっちゃいドーナツ!かわいいなー」
「……」
お小遣いが消えない事を、悠はそっと祈る。
カゴにどんどんとお菓子を入れていくナナ。
その中に、悠はそっと二つ、自分の好きなおまけ付きのお菓子を入れておいた。
計算をして、どうやらお小遣いで足りる分のお菓子がカゴにある事を確認すると、悠は店の奥にいるお婆ちゃんを呼ぶ。
「おばーちゃーん」
数秒して、奥の方から暖簾を分けて飛沢商店の主人の、白髪の小さなお婆ちゃんが出てくる。
眼鏡をくいっ、と上げると、客を確認して笑顔を見せてくれた。
「おや、悠ちゃん。いらっしゃい」
「こんにちは。お会計お願いします」
「はいはい。……ま、こんなにたくさんかい。今日は奮発するのねえ」
「うん、友達の分も一緒に買うから」
「そうなのかい。……お友達は、お家にいるのかい?」
「んーん、一緒に……あれ?」
振り向くと、ナナの姿がなかった。店の奥の方を覗いても姿はない。先に外に出てしまったのだろうか。
「たぶん、外にいると思う」
「そうかいそうかい。じゃ、お金勘定するからちょいと待ってておくれ」
「お願いします」
戸棚から電卓を取り出すと、飛沢のお婆ちゃんは眼鏡をずらして、一つ一つのお菓子の値段を入れていく。会計まで今しばらく時間がかかりそうだった。
その間も、悠はナナの姿を探していた。
さっきまではそこにいたのに……。店のドアは閉まっていて、開いた音もしなかった。
一体、どこにいったのだろう。
――
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