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四話 『不思議な、お姉さん』
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」
――
それから夕食の時間まで、私はこの民宿の事や、この村の事を私の知りうる範囲で伝えた。
村の施設や、観光名所。
その中での民宿という場所の存在。
私の知っている限りの、歴史や文化。
そしてその中で生きている、女子高校生としての私。
話を聞く伴野さんの瞳と顔は、やや無表情ながらどこか輝いているように見えた。
小説を書いているというだけあって、何事にも興味のある性格なのだろう。自分の知らない事を知るのが生き甲斐なのだと、会話の中で伴野さんは語ってくれた。
だから私も、知っている事は出来るだけ伝えられるように、努力した。
時間はあっという間に過ぎ、6月の遅い夜が訪れ始める。
腹の虫が鳴く頃に、私は伴野さんを連れて食堂へと戻る。
今日のメニューは、ロールキャベツ。
ウチでとれたキャベツをじっくり煮込んで作った、お母さんの得意料理だった。
既に食事をしていた数人の若い職人さん達は、「うめー!」を連呼して喜んでくれている。
伴野さんは、それを頬張ったあと、しばらく固まっていた。
仕事に戻り、次の料理を運んでいた私は心配になって声をかけた。
「あの……どうしました?」
「……美味い」
「あ、良かった。伴野さん固まっちゃうからびっくりしちゃいました」
「……」
「……?伴野、さん?」
少し、何かを考えるような表情。しかしすぐに伴野さんは笑顔になってくれた。
「……懐かしい味だな。家庭的で。……こういう味を食べたのは数年ぶりだ」
「あはは、分かります」
「……こういう味は……本当に、家じゃないと出てこないものなんだな。普通のレストランじゃまず出てこない味……だったんだ」
「……」
きっと、そうなのだろう。
私は毎日食べている味だけれど… 民宿のお客さんには、その当たり前に出てくる『家庭の味』がとても嬉しい、という声をいただく事がある。
美味しいものは、きっと溢れている。
珍しくて高い料理は、頑張れば食べられる。
でも、自分の家の味は… 追い求めても、食べられない。そういう人も世の中にはいるという事を私はこの民宿で知った。
伴野さんも、そういう境遇の人なのだろうか。
「……美味い」
噛みしめるように、もう一度その声が聞こえ、私はとても嬉しく思った。
――
「変わった人ね、あのお客さん」
食器を洗いながら、お母さんが言った。
夕食時も終わり、職人さんと伴野さんは部屋へと戻っていった。
食器を流し台に入れ、洗剤を泡立てて磨きながら、私とお母さんは洗い物。お父さんは明日の朝ご飯の支度だ。
「んー、まあ、変わってるよね。民宿の事以外にも南桑村の事とか色々聞かれたよ」
「へー。観光で来てるのかしらねえ、こんな辺鄙な村に」
「取材とか……?でも小説家だって言うし、きっとなにかアイデア求めて旅してるんじゃない?」
「ふーん、この村に取材ねえ。怪しげな儀式とか求めてきてるのかしら」
「あ、ソレ聞かれた」
お母さんはそれを聞くと小さく笑った。
話題は、お母さんの作ったロールキャベツの話になる。
「お母さんのロールキャベツ、すごく喜んでたよ。家庭的な味だ、って」
「あー、まあね。特別、何してるワケでもないからアレ」
「それがすごく美味しいんだって。こういう素朴な味は、本当に家じゃないと食べられない、って」
「はっはっは。まあ、こだわって作る事も出来るからそこは勘違いしないように、柚子。決して手を抜いているワケではないのよ」
「……話半分に聞いておくよ」
半分はきっと、コストと時間削減のためだろう。
でもまあ、それで喜んでくれるお客さんも沢山いるのだから願ったり叶ったりなワケだ。
「美味しい物も、高価な物も、いくらでも突き詰められるもんよ。でもそれが最高の料理なワケではない。そこが料理の奥深いところなのよねー」
「ふーん、勉強になります」
「柚子も今度、色々挑戦してみな。漬物とか以外にもさ。例えばハンバーグとか、肉じゃがとか… 基本的なおかず」
「ううん……私に出来るかなぁ」
「何事もやってみないとね。柚子の腕なら食べられない事もない料理がきっと出来るはずだし、大丈夫よ」
「……それ、どうなの」
「一応褒めてるつもりだけどね、娘の腕を」
……全くそんな気がしない。
お母さんもそうだけれど、ついさっき出会ったばかりの伴野さんも、私という人間の扱いを理解しすぎている気がする。
――
――
それから夕食の時間まで、私はこの民宿の事や、この村の事を私の知りうる範囲で伝えた。
村の施設や、観光名所。
その中での民宿という場所の存在。
私の知っている限りの、歴史や文化。
そしてその中で生きている、女子高校生としての私。
話を聞く伴野さんの瞳と顔は、やや無表情ながらどこか輝いているように見えた。
小説を書いているというだけあって、何事にも興味のある性格なのだろう。自分の知らない事を知るのが生き甲斐なのだと、会話の中で伴野さんは語ってくれた。
だから私も、知っている事は出来るだけ伝えられるように、努力した。
時間はあっという間に過ぎ、6月の遅い夜が訪れ始める。
腹の虫が鳴く頃に、私は伴野さんを連れて食堂へと戻る。
今日のメニューは、ロールキャベツ。
ウチでとれたキャベツをじっくり煮込んで作った、お母さんの得意料理だった。
既に食事をしていた数人の若い職人さん達は、「うめー!」を連呼して喜んでくれている。
伴野さんは、それを頬張ったあと、しばらく固まっていた。
仕事に戻り、次の料理を運んでいた私は心配になって声をかけた。
「あの……どうしました?」
「……美味い」
「あ、良かった。伴野さん固まっちゃうからびっくりしちゃいました」
「……」
「……?伴野、さん?」
少し、何かを考えるような表情。しかしすぐに伴野さんは笑顔になってくれた。
「……懐かしい味だな。家庭的で。……こういう味を食べたのは数年ぶりだ」
「あはは、分かります」
「……こういう味は……本当に、家じゃないと出てこないものなんだな。普通のレストランじゃまず出てこない味……だったんだ」
「……」
きっと、そうなのだろう。
私は毎日食べている味だけれど… 民宿のお客さんには、その当たり前に出てくる『家庭の味』がとても嬉しい、という声をいただく事がある。
美味しいものは、きっと溢れている。
珍しくて高い料理は、頑張れば食べられる。
でも、自分の家の味は… 追い求めても、食べられない。そういう人も世の中にはいるという事を私はこの民宿で知った。
伴野さんも、そういう境遇の人なのだろうか。
「……美味い」
噛みしめるように、もう一度その声が聞こえ、私はとても嬉しく思った。
――
「変わった人ね、あのお客さん」
食器を洗いながら、お母さんが言った。
夕食時も終わり、職人さんと伴野さんは部屋へと戻っていった。
食器を流し台に入れ、洗剤を泡立てて磨きながら、私とお母さんは洗い物。お父さんは明日の朝ご飯の支度だ。
「んー、まあ、変わってるよね。民宿の事以外にも南桑村の事とか色々聞かれたよ」
「へー。観光で来てるのかしらねえ、こんな辺鄙な村に」
「取材とか……?でも小説家だって言うし、きっとなにかアイデア求めて旅してるんじゃない?」
「ふーん、この村に取材ねえ。怪しげな儀式とか求めてきてるのかしら」
「あ、ソレ聞かれた」
お母さんはそれを聞くと小さく笑った。
話題は、お母さんの作ったロールキャベツの話になる。
「お母さんのロールキャベツ、すごく喜んでたよ。家庭的な味だ、って」
「あー、まあね。特別、何してるワケでもないからアレ」
「それがすごく美味しいんだって。こういう素朴な味は、本当に家じゃないと食べられない、って」
「はっはっは。まあ、こだわって作る事も出来るからそこは勘違いしないように、柚子。決して手を抜いているワケではないのよ」
「……話半分に聞いておくよ」
半分はきっと、コストと時間削減のためだろう。
でもまあ、それで喜んでくれるお客さんも沢山いるのだから願ったり叶ったりなワケだ。
「美味しい物も、高価な物も、いくらでも突き詰められるもんよ。でもそれが最高の料理なワケではない。そこが料理の奥深いところなのよねー」
「ふーん、勉強になります」
「柚子も今度、色々挑戦してみな。漬物とか以外にもさ。例えばハンバーグとか、肉じゃがとか… 基本的なおかず」
「ううん……私に出来るかなぁ」
「何事もやってみないとね。柚子の腕なら食べられない事もない料理がきっと出来るはずだし、大丈夫よ」
「……それ、どうなの」
「一応褒めてるつもりだけどね、娘の腕を」
……全くそんな気がしない。
お母さんもそうだけれど、ついさっき出会ったばかりの伴野さんも、私という人間の扱いを理解しすぎている気がする。
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