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特別章 女騎士さん、北へ 《フェリー旅行》

四日目 vsシェーラ・メルフォード(1)

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――

「わ……ワタクシが……。ワタクシの、魔法剣が……」

冷たい、道場の床に座り込み手放した木製のレイピアを呆然と見つめるイヴ。
その表情は、悔しさというより……絶望。

その一方で、目を閉じて悠然とした笑顔を見せるリーシャは国王へ華麗に一礼。
観客として見守るフォッカウィドーの兵士達にも一礼をしていき……。

最後に、ルーティアとマリルに向けて、にんまりと笑ってみせた。

「や、やった……!リッちゃん、勝ったよ!ルーちゃん!」

「ああ。アイツらしい戦い方だ。実戦でも、その場にあるものは何でも利用する……剣士としての能力以上に、柔軟な機転を利かせて攻めるのがアイツの最大の――」

「よっし!このまま三戦いけばアタシの大将戦は免れる……ッ!ばんばんいっちゃってねー!リッちゃーんッ!!」

「……少しは褒めてやれば」

心底嬉しそうにはしゃぐマリルであった。


「……。イヴ、強かったわよ、アンタ」

へたり込んだイヴに、リーシャは手を差し伸べる。
だがイヴは、その手を取ろうとしない。横目でチラ、とリーシャの姿を見ると再び視線を床に落とす。

「……敗者に情けの言葉をかけるのは、さぞ気持ちがいいのでしょうね。羨ましいですわ……」

「そんなのじゃないわよ。純粋に言ってるの。間違いなく、アンタは強かった」

「嬉しくないですわ。むしろ屈辱的です」

「……」

軽蔑をするようなイヴの言葉のトーンに、リーシャはふう、と溜息をつく。

「……え?」

イヴは、ふいのリーシャの行動に驚いた。

彼女は座り込んだイヴの前に座り込むと、その両手を取る。
連続して使用した氷魔法の影響で冷たくなった掌を、リーシャの手の温もりが優しく暖めた。
そしてリーシャは、屈託のないにんまりとした笑顔を、イヴにだけ見せるようにした。

「ちょっと前のわたしだったらね、多分アンタが言うようにすごい勝ち誇ってたと思うの。試合前、あんだけわたしの事小さいだの幼いだの言ってた相手なんだし、今度は思いっきり嫌味言ってやろう、ってさ」

「…………」

「でもね。最近、わたし、楽しいんだ。強くなろうだの、絶対に負けたくないだの思ってひたすら剣の修行してた頃より……ずっと、ずっと。だから、アンタとの試合も、すごい楽しかった」

「……たの、しい?」

「勝とうが負けようが、オキトからこんなに遠く離れた国の見知らぬ強豪魔法剣士の技に、自分がどれだけ立ち向かえるのか。……それが試せただけで、すっっっっごく嬉しいの。だからわたし、勝っても負けても、きっと同じ表情してたんだと思うよ」

「……勝っても、負けても……」

「イヴ。今度は絶対にオキトの方に来てね。今度はわたしを倒せるようにさ。わたしももっと、強くなってもう一回、アンタと試合したい」

「……!」

「……あ!こ、こんな事言ってるの、他の人には内緒だからね。特にわたしと同じオキトの選手のあの二人には絶対に内緒よ!いいわね!」

「……あ、は、はい……」

まるで、輝く太陽のように明るく微笑むリーシャ。

こんな表情は今までのリーシャはしたことがないし、誰も見た事がないだろう。

思春期の彼女にとって、この試合以前の冷酷に剣に打ち込む彼女……そして、その後の『休日』を楽しむ彼女。見知らぬ感情をたくさん抱いてきたこの数カ月は、彼女にとって本当に楽しいものだったのであろう。
だからこそ、彼女はこの戦法がとれたのかもしれない。
以前の、勝ちに貪欲だった彼女であれば、自分の剣技に固執して正面からイヴに突っ込み……そして、敗れていたかもしれないのだ。
しかし彼女は、試合を楽しんだからこそ、戦術を練る事が出来た。そして、勝利した。
結果は勝利だが、それはリーシャにとって大した事ではない。14歳、幼い彼女には、見知らぬ土地の、見知らぬ剣技に挑めた事が、最高にワクワクした、楽しい時間だったのだ。

そしてその言葉が嘘偽りない純粋なものである事は、その表情でイヴにも伝わった。

今まで、イヴの出会った事のない人間。

純粋で、無垢で……そして、自分より強く、勇ましい。そんな相手。


「……あの……リーシャ、サマ……」

「え?なに?イヴ」

「貴方の事……ワタクシ……」

「ん?」



「お姉さま、と呼んでよろしいでしょうか……?」


「……は??」


イヴァーナ・ウォーレックは、今までに出会った事のない人間……リーシャの姿に憧れを抱き……。

そして、自分を屈服させた彼女に心酔するような、蕩けた表情を向けるのであった。



――



「それでは、第二試合を開始する。リーシャ・アーレインはそのまま試合を続行するように」

「……は、はい……」

木剣を構えるリーシャ。

そしてそのリーシャに、うっとりとした表情を浮かべるのは……先ほど試合をした、イヴ。
彼女は国王の隣の席に座り、熱い視線を彼女に浴びせていた。
そのプレッシャーにややげんなりした表情をするリーシャ。

「なんかリッちゃん……新しいタイプの人に見定められちゃった感じだねぇ」

苦笑いをするマリル。ルーティアもその姿を見て、一言。

「案外、人たらしなのかもしれないなアイツ。マグナもあんな感じだろう?」

「あー……確かに。最年少ながらなんでああも年上にモテるのかね、あの子」

「わからん。だが多分、今頃オキトにいるマグナも何か感じ取っているだろうな」

「うーん。ライバル出現だねー、マグナちゃん」

試合とは別の懸念をしはじめる二人であった。



フォッカウィドー側の席から、足音もなく少女が試合スペースへと歩んできた。

その姿は、舞い降りる雪のように静かで……儚い。
首筋にかかるショートヘアの銀髪をなびかせ、紅の美しい瞳は俯き気味にリーシャの方へと向く。

纏う衣服は、薄い蒼色のローブ。魔術師の着る服に近いが、彼女はワンドなど武器の類は所持しておらず、素手で歩んでくる。

そして、吐息のような細く、しかし美しい声で告げた。


「……シェーラ・メルフォード。よろしく……」

幼い少女の可愛らしい顔つきとは裏腹に、彼女は凍てつくような冷たい無表情であった。



壇上の国王が、困ったように髭をさすりながら言う。

「シェーラは無口での。代わりにワシから紹介をさせてもらおう。彼女は13歳、我が国で最も幼い戦士じゃ」

「じ、13……。わたしより年下の選手がいるなんて……」

やりづらそうな表情をするリーシャ。

「フォッカウィドー国の秘蔵っ子じゃ。前線には出さず、城内の最終防衛ラインを担当してもらっておる。実力は折り紙付きじゃ、遠慮なく勝負をしてくれリーシャ殿」

「……と言われても……」

自分より背丈も低く、か細い少女。まして彼女はなんの武器も持っておらず、無防備にその場に立ち尽くすだけ。
距離は、先ほどのイヴとの試合と同じく10m程。離れてはいるが、リーシャの身体能力なら瞬く間に斬りかかれる位置だ。

自分より背丈も低く、幼い相手。まして武器も持っておらず、身に着けたのは薄いローブで鎧も身にまとっていない。
木剣ではあるが、斬りかかる事すら抵抗してしまう……細く、美しい少女。

「……く……」

だがこれも、あのシェーラという少女の作戦かもしれない。
油断をさせるような見た目で、実は裏でとてつもない秘策を練っているかもしれないのだ。
こちらが一気に接近戦に持ち込んだところで、先ほどのイヴのように何か魔法を撃ってくる可能性も十分にある。

(……あれこれ考えていても仕方ない。とにかく、一瞬は様子見。攻撃をしてくる素振りがなければ正面にフェイントをかけつつ左から斬り込む。仮に魔法攻撃であればバックステップで避ける……)

情報が少ない中で、リーシャはシェーラのあらゆる攻撃をシュミレートしていく。
魔法攻撃だった場合。隠しナイフなどの武器で攻撃してくる場合。格闘術だった場合。あらゆる状況を考え、対策を考えながらレイピアを構える。

「……。ふー……」

一方のシェーラは、薄く目を開きながら、ローブの裾から出る両手を前につきだす。
格闘戦の構えにも似ているが……地面を踏ん張るような足の形はしていないし、拳も握らない。
力なく開いた両手は、何か空中を漂うようにゆらゆらと動かされていた。



「マリル。あの少女……魔法使いか?」

観客席のルーティアは、腕組みをしながらマリルに聞く。
マリルも同じように腕組みをして顎に手を当てながら、シェーラの動きをまじまじと観察していた。

「……うーん……。杖を使わない魔法使いもいるけれど……あえて持たない理由がよく分からないのよね。格闘家みたいな筋肉のつきかたはしてないだろうし……あんな小さくて細い女の子でしょ?とても戦闘術を身に着けてるとは思えないし……多分、魔法の類なんだろうけど……」

「秘蔵っ子、か。リーシャも攻め方に戸惑っているな」

「迂闊に踏み込めない感じがあるわね。……でもあの構えと、ローブ……杖を持たない魔法……なんかの本で見た事がある気がするのよねぇ……」

「本?ああいう魔法使いを見たわけではなく、本で見たのか?」

「うん。確かあの本は……えーと……」

考え込むマリルをよそに、壇上のフォッカウィドー国王が立ち上がる。
高らかに右手を上げて、大きな声で宣言をした。


「第二試合…… 『シェーラ・メルフォード』対『リーシャ・アーレイン』!試合 開始 ッ!!」


再び、道場内の熱気が高まり、兵士達の歓声があがった。



――


(――!? 攻めて、こない?)

一瞬の間を置くリーシャ。
試合開始が宣言されたというのに、シェーラは先ほどから微動もせず10mの距離を置いて立ち尽くしている。
イヴはこの時点で魔法攻撃を仕掛けてきていたが……シェーラは、その様子すら見せないのだ。

(……反撃狙いってコト?ならフェイントをかけつつ反撃をしづらい位置から攻撃を……!)

その判断をしたリーシャは、木剣をグッ、と握り直して、相手に向かって駆け出す。
距離は10m。彼女の脚力であれば、瞬く間に刀身は少女の眼前まで迫れるであろう。
リーシャは左足を後ろに引き…… 一気に相手に向かって駆け出す!


「―― 天へ、地へ。 ―― 猛き牙よ ――。 我に従い―― 。 契約を結―― 」

少女のか細い声は、リーシャには届いていなかった。
それは、魔法の詠唱のようだが……魔力は発生していない。

少女から出でるのは、神聖なる力。
蒸気のように小さな身体から白いオーラが天空へと伸び……。

そして、自分に迫ってくる剣士に向けて、目が開かれる。



「……あああッ!! お、思い出したァァッ!! り、リッちゃーんっ!! 一旦離れてぇぇぇぇっ!!」

しかし、マリルの叫びは既に遅い。
リーシャとシェーラの距離は、およそ2mまで迫る。

シェーラは両手を天へと伸ばすと…… 勢いよく、地面へと振り下ろした。


「 ―― いでよ! 神獣 『フェンリル』! 我の命に従え! 」


「……え?」


刹那の出来事であった。

リーシャの足元。
道場の床に一瞬で出現したのは、巨大な魔法陣。

そして、霧のような煙が出たかと思うと、それは一瞬で実体化する。

白く輝く銀の毛並み。美しい翡翠のような瞳。研ぎ澄まされた刀のような牙。そして、爪。

その『狼』の前足が、リーシャの眼前を掠める。

上空に跳躍した狼は、そのままシェーラの横へと着地をした。



マリルは、震える声で言った。


「……し、『召喚士』……。大陸では数百年も前にいなくなったっていう、神獣を現世に呼び、従える力がある最高位の魔法使い……。

そ、それであれは……おとぎ話でしか見た事がない、『神獣 フェンリル』……。 う、ウソでしょ……?」


巨大な狼は、その存在を誇示するかのように、天を見上げて遠吠えをあげた。

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