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特別章 女騎士さん、北へ 《フェリー旅行》
四日目 vsシェーラ・メルフォード(2)
しおりを挟む「な、なによ……これ……っ!」
リーシャに対峙するのは、少女・シェーラではない。
シェーラの使役する神の獣……『フェンリル』である。
魔法陣から雷のようにその獣は出現し、リーシャに攻撃を加えてきた。
2mは超えるであろう巨大な体格の、巨大な前足のパンチをリーシャは一瞬の判断で後ろにかわす。
そのまま、数歩バックステップ。距離をとって相手の出方を見るように木剣を構えた。
「聞いてないわよ……こんなの……!」
狼狽するリーシャに、フォッカウィドー国王はにこやかに告げた。
「シェーラは、古の魔術……『召喚術』を使う力がある数少ない魔法使いじゃ。呼び出すのは現世には存在せぬ、別次元の生物……『神獣』。無論、致命傷になる攻撃は避けるようにする」
「あ、相手は神獣のオオカミでしょ!?致命傷は避けるって、そんなコト……!」
身構え、敵の攻撃に備えるリーシャ。数mの距離を置き、シェーラの傍で唸り声をあげるフェンリル。
シェーラは両手を前に出し、何かを操るようにゆっくりと指を動かしている。
その指から発せられる僅かな白い蒸気のような『魔力』……。それがシェーラからフェンリルへと繋がるように立ち上っているのだ。
「……安心して。この子は、ワタシの言うコトをしっかり聞いてくれるから……」
シェーラはまた、微かな細い声でリーシャに告げた。
「……そんな大きなオオカミを、アンタが操っているっていうの?」
「……操っていない。いうコトを聞いてもらっているだけ。この子は、ワタシの魔力を餌にしていうコトを『聞いてもらって』いるの。だから、ワタシの言うコトは聞いてくれる」
「聞いてもらってる、って……。こ、言葉が分かるワケ?」
「わからない。でも、伝わるの」
「そ、そんな不確定な魔法で……!」
不安がるリーシャに、壇上のイヴが一歩前に出て声をかけた。
「リーシャお姉さま!ご安心なさってください。お姉さまを傷つけるような真似はシェーラにはさせませんし、安全性はワタクシが保証致します。シェーラの操る召喚術は、確かにフェンリルを操れるのです!」
「……い、今し方会ったばっかりの敵国の選手にそんな保証させても……」
「リーシャさま!ワタクシを信じて!兎に角、負けないでくださいませ!」
「……ううう」
なんだか集中力が途切れてしまいそうなので、リーシャはこれ以上余計な事を言うのを止めた。
「召喚術……。それがシェーラ……彼女の使う『魔法』だとすればまあ、この試合で使うのもアリなのか」
「交流試合でここまでのものを見せつけてくるとはね……。古代書物にのるレベルの古くからある高等魔法だよ。……うう、リッちゃん……勝てるのかな……」
様子を見ているマリルとルーティアは、ただただ見守る事しか出来ない。
「マリル。召喚術で確かに、あのフェンリルという神獣は操れるのか?」
「多分、大丈夫だと思うよ。現に今、フェンリルはシェーラちゃんの傍にいて相手に襲い掛からないでしょ?しっかり召喚術で使役出来ている証拠だと思う」
「ふむ……確かに」
フェンリルは未だ、リーシャの方を見つめているが襲い掛かる様子は一切ない。
逆にリーシャが攻撃を仕掛ければすぐにでも対応するような殺気も出してはいるが……今は膠着状態が続いている。
「魔力を餌にしている、ってシェーラちゃんは言っていたし、野生の獣みたいに相手を食べようとしたりする心がないからね。高等な神獣だからこそ、手加減が出来るっていうのも信憑性あるかも」
「……だが、加減をすると言っても……相手は、神獣、か。魔物の相手は何度も経験はしてきたが、リーシャに対応できるのか……」
「……信じるしかないよ。リッちゃんのこと」
二人の不安をよそに、試合は展開を見せる。
先に動き出したのは、シェーラの方だった。
「…… 行って、フェンリル」
シェーラが右手を前に出すと、それに呼応するように巨大な狼は、目の前のリーシャに向けて駆け出した。
「ガウウウウッ!!」
けたたましくも気高く、神獣は吠えながらリーシャへと迫りくる。
「く……ッ!!」
加減が出来る。その言葉は、確かにどうやら事実だったようだ。
神獣フェンリルの繰り出す攻撃は、巨大な前足を繰り出すフックのような攻撃から、身体を反転させて後ろ足の蹴り。それに頭突きだ。
爪は太く長い体毛の中に隠されているようで、意図的に出していないように思える。噛み付くような仕草も見せていない事から、どうやらシェーラがフェンリルをしっかりコントロールしているというのは本当のようだ。
しかし……その攻撃は、恐ろしく速く、そして複雑なコンビネーションをもって繰り出されている。
通常の獣であれば、体当たりを一度して避けられれば距離をとるような動きをするであろう。
フェンリルの攻撃は、まるでボクシングのようにリーシャと距離を詰め、繰り出されていく。
前足のフック、身体を反転させて後ろ脚の蹴り。そのコンビネーションをリーシャがステップで避けると、フェンリルは今度は地面を大きく蹴り、空中へと飛び出す。
「え、ッ!?」
「ガウッ!!」
バク転をしながら、体当たりを当てようと空中からリーシャへ突進をかけてくる。
予想外の動きだったが、リーシャはどうにか横跳びをしてそれを回避。
しかしその回避にも、フェンリルは素早く対応。地面に華麗に着地をすると、再びリーシャとの距離を突進するように詰めて、前足のフックを繰り出す。
攻撃と、回避。その応酬が続く。
「り、リッちゃん……。すごすぎ……神獣の攻撃をあんなに避けられるなんて……」
マリル含め、観客からは感嘆のどよめきが起きる。
魔獣や神獣の攻撃に盾の防御を使わず身体能力のみで回避を出来る人間など、そうは存在しない。
この数十秒の攻防を見るだけで、リーシャ・アーレインという少女の計り知れない戦闘能力が見せつけられている。
「お姉さま……素敵です……っ!」
そしてその感動は、先ほど戦ったイヴにも伝わったようだった。
しかし、その試合を見ているルーティアには、疑問が浮かぶ。
確かにリーシャは必死にフェンリルの攻撃に耐えるように回避を続けていて、未だに攻撃はかすりもしていない。
だが……。
(リーシャ……。何故、反撃をしない?)
リーシャの手には、木剣が握られたままでいる。
ルーティアの目から見て、回避行動をとりながら木剣でカウンターを繰り出す隙は何度もあったはずだ。
しかし……リーシャは、反撃をしない。ただただ、苦しそうな顔で必死にフェンリルの高速の攻撃を避けるばかりだ。
(……!まさか、アイツ……!!)
そしてルーティアは、その疑問に一つの答えを持った。
「……はぁ、はぁ、はぁ……!」
フェンリルの攻撃が始まってから、一分が過ぎようとしていた。
巨大な神獣が繰り出す、怒涛の連続攻撃。
大怪我や致命傷を加えられるような攻撃……つまりは鋭い爪での攻撃や噛み付きはしてこないとはいえ、その攻撃は並大抵の速度ではない。
フェンリルという神獣の最大の特徴、それは巨体を感じさせない『速度』の攻撃。それが途切れなく、連続で行われることにあった。
魔物や魔獣とは幾度となく戦闘を重ねているリーシャであれ、今回対峙する召喚獣が桁違いの強さである事は理解できていた。
速い。
そして、途切れない。
繰り出される前脚のパンチやフックに似た攻撃や、後ろ脚でのキック。頭突きや、噛み付きを想定した攻撃……。
そのどれもが、未知に近い速度での連続攻撃だった。
「……くッ……!!」
「ガァァアアアッ!!!」
しかし、避ける。
僅かな獣の予備動作を見切り、的確に、そして最低限の動きをしてスタミナを温存しつつギリギリの位置で攻撃を避ける。
それは、神業に等しい所業であった。
「す、すげェ……!」
「オキト国の騎士って、あんなレベルなのかよ……!」
「反撃しねェでひたすらかわすだけなんて、まだ余裕なのか!?」
それは、観客であるフォッカウィドーの兵士達にもかつてないレベルの試合となった。
神獣の攻撃をここまで当てさせない人間など、これまでに見たことはない。
そしてそれは、国王にも……そして、フェンリルを操るシェーラにも、同じ事だった。
魔力を餌にフェンリルを操る事に集中するシェーラは、言葉は出さずとも特に驚愕していた。
自分の操る召喚獣を、ここまで長く一人の人間に攻撃させた経験など、なかった。
無口で無表情な彼女の額にも、微かに汗が浮かんでくる。
それは、危機感。
自分の魔力切れを狙ってリーシャという騎士がここまで回避行動をとっているのなら……自分はあとどれくらいフェンリルを操っていられるのかという、その危機感だった。
「り、リッちゃん……いつまで避け続けてるのよ……!全然反撃しないじゃない……!」
マリルも、ルーティアが先ほど抱いていた違和感に気付く。
避けるのみ。木剣を握りしめ、苦しそうな表情を浮かべるリーシャの、その不自然さに気付いたのだ。
「……マリルも、気付いたか」
「ルーちゃん!リッちゃん、どうしてフェンリルに攻撃しないの!?何か事情があるの!?」
「……分からん。回避行動で手一杯なのは分かるが、それでもそのまま反撃に出る事も十分に可能な筈だ。しかし、アイツは全くそれをしようとしていない」
「なんで……!?なにかの作戦なの……!?」
「……。……いや、アイツは……。まさか、単純に―― 」
ルーティアが何かを言いかけた時。
リーシャの手から、木剣が地面に落ちた。
カランカラン、と床にその音が響き、そしてリーシャはその場に立ち止まり、右手を大きく天井に向けて伸ばす。
「!!」
シェーラがそれにいち早く気付き、フェンリルに魔力で命令をする。
フェンリルはリーシャに繰り出そうとしていた右脚での攻撃を、彼女の眼前で止める。
静寂が、道場を包む。
リーシャは汗をかいた顔を乱雑に拭うと、宣言をした。
「 …… わたしの、負け。 ギブアップよ 」
――
「え……」
シェーラは、驚き、リーシャの顔を見る。
リーシャは真っ直ぐな瞳でシェーラを見つめていた。
フェンリルはシェーラの魔力での命令に従い、攻撃の意志を示さず散歩をするようにリーシャの周りを徘徊していた。
道場を包むのは、静寂。
あれだけの激しい攻防が、リーシャの敗北宣言で一瞬にして止まったのだ。皆固唾を飲んでその理由を探ろうとしていた。
「ぎ、ギブアップ……!?リッちゃん、どうして……!?」
「…………」
ルーティアとマリルも、リーシャの次の言葉を待っていた。
何故、フェンリルの攻撃を一度も受けていない彼女が、ギブアップをしたのか。その理由が語られる時を。
少しの間を置いて、リーシャはふう、と息をつくとシェーラに向けて言う。
「……シェーラ!……一つ、お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「……ワタシに、おねがい?」
「そう。アンタに、頼みたいコトがあるの。いい?」
「……なに?」
リーシャは一歩前に出ると……。
目を輝かせて、言った。
「ちょっとこのフェンリルっていう子、撫でてもいいかしら?」
「「「 …… え 」」」
シェーラも、国王も、ルーティアも、マリルも……。
道場にいる全員が、同じような声をあげた。
――
「よぉ~し、よしよしよしぃぃ~♪ あああ、いい子ねぇぇ♪思った通り毛並みふさふさもふもふぅぅ~♪」
「がううう~」
「あああああ、可愛いかおしてるぅぅ! ワンちゃんみたい!かわいい!」
「わふう~」
ひたすら首元や背中の毛並みを撫でるリーシャ。
それに気持ちよさそうに目を細めるフェンリル。
その様子を呆然と見守るルーティア、マリル……道場の人々。
数分間、そんな様子を見守ったシェーラは、そっと近づいて行った。
「……この子のこんな気持ちよさそうな顔、初めてみた」
「いいな~シェーラ!この子呼び出してこんな風にいつでも撫でられるんでしょ!?お散歩とかしてるの!?あと包まれて一緒にお昼寝とかできるの!?」
「……た、たまに撫でたり遊んだりしてるけど……」
「わー!やっぱり!あううう、わたしもこんなおっきなわんちゃんが近くにいたらなあああ!最高なのになあ~♪」
「わふうう」
すっかり蕩けた表情になるフェンリルと、ハートの浮かんだ目でひたすらフェンリルを撫でるリーシャ。
「……あの。そろそろ……。ワタシもフェンリルも、少し休んで次の試合に……」
「ううう……残念だなあ……。またね?フェンリルちゃん……」
「くぅん……」
この数分ですっかり仲良くなったリーシャとフェンリル。
お互いに見つめ合うとリーシャはフェンリルの身体にぎゅっ、と抱き着き……。
フェンリルは寂しそうに、魔法陣の中へ消えていった。
手を振っていたリーシャはふう、と寂しそうに溜息をつくと踵を返して、ルーティアとマリルの方へと歩んできた。
「…………」
「…………」
「…………」
とぼとぼと歩んできたリーシャを、半開きの口と見開いた目で迎えるマリル。腕組みをして呆れ笑いをするルーティア。
そしてリーシャは自分の頭をこつん、と軽く叩いて、舌を出した。
「負けちゃった☆」
「なにしてくれてんのリッちゃんはああああああ!!」
かつてない怒りの声でリーシャに詰め寄るマリル。
「だってしょうがないじゃん!!あんなカワイイ動物に攻撃なんて出来るワケないでしょ!?」
「動物じゃなくて神獣!それに結構いい試合してたんだし反撃すれば勝てたかもしれないじゃん!!せめて試合してよおおお!!」
「無理よ!!だってあんなつぶらな瞳ともふもふの毛並見ながらまともな試合なんて出来ない!!」
「なんでここで動物好きが発動しちゃうのよおお!!アタシのピンチ分かってるでしょリッちゃあああん!!」
「分かってるけど絶対無理!!あんなかわいいわんちゃんに斬りかかるなんてわたしには絶対できないもん!!」
「わんちゃんじゃなくて神獣だってばあああ!!」
叫ぶマリルは、もはや怒りを通し越して涙を流しながらリーシャに訴えている。
「ま、そんなことだろうと思っていたがな」
やれやれ、といった感じで笑うルーティア。
「仕方ないなマリル。許してやれ、リーシャがあの見た目の対戦相手とまともに試合できるなんて思ったほうがいけないんだ」
「ううううう……!!」
リーシャの動物好きを知っているマリルもルーティアも、仕方のない事であるのは理解は出来ている。
ただマリルに関しては、自分の状況があまりにも悪いので叫ばずにはいられなかっただけだ。
「ま、そういうコトね。諦めなさい」
「リッちゃんが偉そうに言うことじゃないと思うんだけど……ッ!!」
もふもふできたおかげで、ギブアップをしたわりにものすごく満足そうなリーシャは、爽やかにマリルの肩を叩いた。
「……次、ルーちゃんよね。ううう、もしルーちゃんが負けたら、アタシの番……」
戦うことすら、出来ない。前に出るだけで自分の実力を露呈する羽目になる、マリル。処刑台への階段を数段上ったような絶望感に陥り、一人しゃがみ込んで俯いている。
「どう戦うのよ、ルーティア。言っておくけどあのフェンリルちゃん痛めつけたらわたしが許さないからね」
すっかりフェンリル側の味方についているリーシャに、ルーティアははぁ、と溜息を一つついて笑った。
軽く身体のストレッチをしながら、少し考えるように天井を見て。
「……まあ、実際、あまり真っ当に向き合いたくはないな。さっきの攻防戦を見てまともにあの召喚獣に勝負を挑もうとするのは得策ではないかも」
「じゃあどうするのよ」
「うーむ。賭けに出てみようかと思う」
「賭け?」
「シェーラという少女がどれくらいフェンリルを操っていられるのかも、フェンリルがどれくらいのスタミナを持っているのかも分からないからな。長期戦は避けたい」
「それってつまり……??」
「フェンリル……召喚獣はつまり、私やリーシャが使っている木剣と同じ扱いだ。召喚がシェーラの持つ『武器』であるのなら、フェンリルを倒したところで試合の勝利にはならないだろう。つまりは――」
「オキト国。そろそろ試合を始めたいのだが、ルーティア殿の準備はよろしいかな?」
ルーティアが次の言葉を言う前に、壇上の国王が、ルーティア達に告げた。
既にシェーラは試合位置についてルーティアの到着を待っている。
先ほどと同じ条件で、フェンリルの召喚はまだ行っていない。あくまで試合開始と同時に召喚術を行う様子だ。
「申し訳ありません。すぐに行きます」
ルーティアは木剣を手に取り、首を軽く回して前へ歩んでいく。
「それじゃ、行ってくる」
手を振るルーティアに、リーシャは薄笑いを浮かべ、そしてマリルは、泣き顔で祈るようなポーズをとる。
「…… よろしく頼む、シェーラ」
「…… よろしく」
召喚術師の少女。
若き女騎士。
二人の戦士が、距離を置いて対峙をした。
フォッカウィドー国王は、右手を上げて高らかに宣言をする。
「第三試合…… 『シェーラ・メルフォード』対『ルーティア・フォエル』!試合 開始 ッ!!」
道場内の熱気が、再び燃え上がる炎のように高まった。
――
応援ありがとうございます!
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