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特別章 女騎士さん、北へ 《フェリー旅行》
四日目 vsシェーラ・メルフォード(3)
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「……どう戦う気だろ、ルーちゃん……!」
絶望にも似た表情で試合の様子を見守るマリルと、腕組みをして試合の様子を見るリーシャ。
「無策じゃないでしょうね。多分アイツのコトだから色々計算してると思うけど……フェンリルちゃんに攻撃させるのだけは避けないと」
「ちょっとはアタシの心配もしてくれるかな、リッちゃん……!」
「あははは、ごめんごめん。……でも、シェーラ本体に斬りかかるにしても、その前にフェンリルちゃんは召喚されてしまうわね。さっきのわたしの試合でも、一瞬で魔法陣を展開してたし……」
「結局、戦う事になるのはシェーラちゃんじゃなくてフェンリルでしょ……!?そうしたら本体に攻撃なんていくらルーちゃんでもする余裕ないし……!」
(……本当に、どうするつもりなのかしら?ルーティア……)
二人は、ただただルーティアがどう行動をするのかを見守るしかなかった。
そして、試合開始。
ルーティアは…… 動かない。
木剣を中段に据え、シェーラと10mの距離を置いて微動だにしなかった。
「「 え……!! 」」
斬りかかると思っていたリーシャやマリル、そして観客たちは呆然とそれを見る。
驚いたのはシェーラも同じだった。
先ほどの試合から、少しでも早く召喚術師本体……すなわち自分への攻撃があると思い詠唱を手早くしようとしていたシェーラも、試合開始が宣言されても動かないルーティアに少し驚く。
(…… フェンリルとまともに戦うつもり?でもワタシは、あの子を召喚して攻撃させるしかない……!)
詠唱をして、召喚をする事に変わりはない。
「 ―― いでよ! 神獣 『フェンリル』! 我の命に従え! 」
再び、シェーラの前の地面に魔法陣が展開される。
そこから放たれる雷と共に再び現れる白銀の狼。神獣フェンリルは、先ほどまでリーシャに見せていた優しい目はしておらず、威圧感を放つような闘志を剥きだしにしていた。
「グルルルルルゥ……ッ!!」
一瞬で、召喚は完了。
現れた巨大な狼は少女の目の前に立ち、前方のルーティアに向けて攻撃の姿勢をとる。
しかし、ルーティアは微動だにしない。
木剣を前に構え、ただただその様子を瞬きもせずに見守る。
シェーラもフェンリルも、このような戦闘は初めてだった。
勇猛か、無知な相手であればフェンリルと真っ向勝負を挑む。巨大な狼に畏怖したのならば、背を向けて逃げ出す。
そういった戦いの始まりしか知らないフェンリルにとっては、動かずじっとしている相手に攻撃を挑む経験などない。攻め方を考慮するように、戦闘の姿勢をとったまま警戒の唸り声をあげている。
攻め方が分からないのは、シェーラも同じだった。
(…… なにか策があるというの?)
しかし、それは未だに理解できない。
このままフェンリルを相手に向かわせて攻撃をさせるのは容易だ。しかし、なにか罠があるのでは……と、そんな風に勘ぐってしまう。そしてそれもまた、ルーティアの作戦ではないかという疑惑さえ抱く。
(…… 難しく考えていても仕方ない。フェンリルの速さなら、仮に罠があるとしても対処できるはず。……さっきみたいに長引かせず、全力で攻めさせる……!)
決意をしたシェーラは、右手を前に出してフェンリルへの命令を大きな声で言った。
「 ―― 行って、フェンリル!! 」
その号令を待っていたかのように、白銀の狼は先にいる女騎士へと向けて駆け出した。
まるで、疾風。
四つの脚は地面を蹴り、10mの間にもその速度を見る見るうちに上げていく。
先ほどの……いや、それ以上の速さをもって、フェンリルはルーティアの前に到達しようとしていた。
多くの兵士は、それを捉える事ができない程の速さであったが……。
「…………!」
ルーティアには……稲光の騎士には、それが捉えられる。
自分に向かって一直線に駆けてくる、神獣。その軌道、速度、そして、荒い息遣いまでも。
僅かな時間の間にもルーティアはそれらを把握する。そして、予測する。自分に攻撃が繰り出されるまで、あとコンマ数秒。
そして、そのギリギリのタイミングこそ…… ルーティアの狙っていた作戦だった。
「 はああああッ!! 」
「 !!! 」
木剣を、ルーティアは後ろに引く。
それは、斬撃を繰り出すためではなく――。
『投擲』をするためだった。
「 ―― なッ!? 」
「え!?」
その攻撃を察知したシェーラ、そして動きを捉えられるリーシャは驚愕する。
まさか騎士であるルーティアが、自分の持っている木剣を『投げて』攻撃をするなんて、予想もしていなかったからだ。
そしてそれに驚いたのは、フェンリルも同じだった。
「 !!! 」
弾丸のように一直線に、フェンリルの額目掛けて投げられた剣。
ルーティアに向けて駆け出した神獣は―― それに対応するのが困難になる。相手との距離を一瞬で詰めようと一直線に駆けだした分、予想外の『遠距離攻撃』への回避行動は難しくなる。
―― しかし。
ヒュンッ。
フェンリルの白銀の毛を、木剣は掠める。
「あ……ッ!」
その動きが見えたリーシャは、またも驚愕した。
サイドステップ。
フェンリルは前に出そうとしていた脚を素早く横へとずらして、右へと跳躍するように動いた。
一瞬の判断。そして、回避能力。
木剣は空しくフェンリルの身体の横を通り過ぎ、空中へと飛んでいく。
距離を詰めさせてからの、予想外の攻撃。
そこまでは良かったが…… 神獣の回避能力の方が、一つ上をいっていた……。
―― と、シェーラとリーシャが思っていた、その時。
「え……っ!?」
「……!!ガウッ!?」
ルーティアは、いなかった。
試合開始から、一歩たりとも動いていなかったその場所に、ルーティアは存在していない。
フェンリルが回避行動をとり、再び攻撃を仕掛けようと相手を見たときには…… 彼女の姿は消えていたのだ。
「 ――― !! ガアアアッ!! 」
「あ……ッ!」
そして、召喚士と神獣が気付いた時には、もう遅い。
信じられない速度。
先ほどの神獣の動きとも引けを取らない、走力。
夜空に煌めく稲光のような速さで、ルーティア・フォエルは…… 既にシェーラ・メルフォードへと駆け出していたのだ。
慌ててフェンリルは身体を反転させ、自分の主の方へと向かおうとする。
しかし、もう遅い。
既にルーティアは、魔力を注いでいるため無防備な少女の眼前へと近づいていたのだ。
驚き…… そして、絶望の表情でルーティアを見るシェーラ。
ルーティアは少女の背後へと一瞬で回り……。
両手で、彼女の肩をポン、と2回叩いた。
「…… これで致命傷、ということでよろしいでしょうか?国王」
召喚術を使い、無防備な術者の背後へ回る。
背中から肩を叩けるということはすなわち…… 致命的な攻撃を仕掛ける隙があったというのに等しいということになる。
自分の主を守ろうと必死で近づいてきたフェンリルも、その脚を止める。
攻撃を加える意志がないことが、理解できたから。そして、愕然と両ひざを地面につけるシェーラの姿を見たから。
フォッカウィドー国王は瞳を閉じ、大きく頷くと、宣言をした。
「勝者、ルーティア・フォエル!! 第三試合は、オキト国の勝利とするッ!!」
――
終わってみれば、数十秒の出来事だった。
シェーラがフェンリルを召喚、フェンリルはルーティアに向かって駆け出し攻撃を仕掛ける。
対するルーティアはフェンリルに向けて武器を投擲。剣の動きに気を取られ、視線を奪われながら回避行動をとったフェンリルは主であるシェーラの防御に間に合わなくなる。
ルーティアは圧巻の身体能力で一瞬で10m先のシェーラの背後へ到達。肩を叩いたのを致命傷とみなし、試合は終了。
周りで見ている兵士達や、マリルには一瞬の出来事すぎて呆気にとられるしかない。
その動きや攻防を捉えていたリーシャや、フォッカウィドー国王はルーティアの作戦に感心する。
召喚獣の速度を計算し、自分の速さと比べ、どうすれば宿主への攻撃を行えるのかを判断したゆえの行動だった。
実戦ならいざ知らず、試合でさえ己の武器を投げるなどという行為は予想は出来ない。だがルーティアは、平然とそれを行った。
勝利をするために。
シェーラは、ルーティアに肩を掴まれたまま両ひざを地面についている。
「…………」
「すまないな、怖がらせてしまって」
「……ううん、だい、じょうぶ……。ちょっと、びっくりしただけ……」
そのまま首を振るシェーラ。
「クゥン……」
その様子を見て、まるで心配をするかのようにフェンリルがゆっくりシェーラの元へ歩み寄ってくる。
頭をシェーラの顔のあたりに擦り付けるように動く神獣の毛を、少女は優しく撫でた。
「お前も、すまないな。ご主人様を怖がらせてしまって」
「ウォン!」
まったくだ。とばかりにフェンリルはルーティアに一吠えする。
しかし、結果的にルーティアはシェーラに傷一つつけなかった。
それをフェンリルも理解しているのであろう。そして、戦いが終わった事をも理解しているフェンリルは、ただただシェーラに撫でられ目を細めるばかりだった。
「……まさか、自分の武器を投げるだなんて……」
「ははは、あまり格好の良い行為ではないな。情けない」
ルーティアは少し恥ずかしそうに自分の頬を人差し指でかいて言葉を続けた。
「ああでもしないと、シェーラの元へ走っていくのにフェンリルに追いつかれてしまうと思ったんだ。一瞬でもいいからフェンリルの視線を私から逸らし、かつ攻撃を遅らせることが出来れば……と思った結果だ」
「……確かに、この子を召喚している時のワタシは無防備。召喚術師との戦闘で最も効率的な戦い方。……それを、あの僅かな時間で判断できるなんて」
「判断なんてしてないさ。シェーラがもし私の攻撃を予見していて、懐にナイフでも仕込んでいれば私の負けだ」
「……そんな事しても、貴方はすぐに次の手を打つ」
「ははは、どうだかな」
「……ふふふ」
天井を見てぎこちなく笑うルーティアを見て、シェーラも少しだけ笑顔を見せた。
試合に負けたとはいえ……どこか心地よさを感じるからであった。
雷光のような力強さと素早さを見せつけ、圧倒的な戦闘能力を出しても……自分の肩を優しく持つ彼女は、今はまるで自分の姉のように安心できる存在になっていたから。
その不思議な女騎士の存在に、シェーラは思わず笑ってしまったのだった。
「 ―― ありがとう、フェンリル。 元のセカイにおかえり」
シェーラが両手を出すと、地面に再び魔法陣が展開する。フェンリルはそこに向かってゆっくりと歩みだした。
「あ、も、もう帰っちゃうの?あの、もう一もふもふさせてもらえないかな?」
「さっき十分したろお前は。我慢しなさい」
帰ろうとするフェンリルを呼び止めるリーシャに、呆れるルーティア。
「ううう……。またね、フェンちゃん……。今度おいしいおやつ買ってきてあげるからね……」
「クゥン……」
歩み寄って涙を流しながらフェンリルに抱き着くリーシャと、寂しそうな声をあげるフェンリル。
「……ありがとう、この子もきっと楽しみにしてる」
「ううう。こちらこそ素敵な出会いをありがとう……」
この短時間で絆を結んだリーシャの存在にもまた、別の意味で驚かされ、そして嬉しさを感じるシェーラだった。
そしてフェンリルは、沈むように魔法陣の中へ消えていった。
――
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