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特別章 女騎士さん、北へ 《フェリー旅行》

五日目(1)

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――


ひゅーーーん。

リンゴは空中で放物線を描き、下へと落ちていく。
見事な軌道でそのリンゴは…… その獣の、『熊』の口の中へと吸い込まれるように消えていった。


「わああああっ!! おくちにいれられた、おくちにいれられた!!」


「リッちゃん、幼児退行が進んでるよ」

マリルがそう言っても、リーシャは全く意に介していない。
ビニール袋から次のリンゴの欠片を取り出すと、キラキラした眼を再びその下の熊の群れへと向けた。

「よーしっ、次のあの子ねっ。 くまさーんっ、しっかり食べてねー!いくよーっ!」

するとリーシャが目をつけた熊は、立ち上がり前の両足を上にあげ、『おねだり』をするようなポーズを見せた。

「きゃあああっ!かわいいいっ!!かわいすぎるううううっ!!」

鼻血を出しそうなまでに興奮したリーシャは、その勢いのままリンゴを放り投げた。
運動神経のいいリーシャの投げた欠片は、またしても綺麗な放物線で、その熊の口の中へと入っていったのだ。

「おいしい!?よーし、まっててね、次のリンゴを…… あ」

次のリンゴを投げようとするリーシャだったが、その袋の中は既に空っぽ。残った果汁だけがリーシャの手につくだけだった。

「か、買ってこなくちゃ……っ!」

慌てて餌売り場に行こうとするリーシャの襟を、ルーティアが掴んだ。

「こら。お前、もうリンゴの餌袋買うの5袋目だろ。そろそろ止めておけ」

「で、でもぉ……あんなに熊さん食べたがってるし……」

「リーシャだけが餌係なわけではないんだぞ。他のお客さんもいるんだし、程々にしなさい」

「うううう、だってぇ……」

泣きそうな顔になるリーシャの頭を、ポンポンとマリルが苦笑しながら優しく叩いた。

「なんかますます動物を目の前にするとキャラ崩壊するようになってるね、リッちゃん。ほら、それよりそろそろだよ」

「そろそろ?」

「楽しみにしてた、クマのアスレチックショーがあるんでしょ?会場の一番前で見てやるんだーって騒いでたじゃない。そろそろ向かわないとかもよ?」

その言葉に、リーシャの顔色が変わる。

「あああっ、ありがとうマリル!すっかり忘れてた! わたし、先行って場所とっとくからね!じゃっ!!」

次の目的を見つけた少女は、韋駄天の如くクマステージの方へ駆けて行った。


「忙しいヤツだ」

ルーティアが疲れたような、呆れたような笑顔を見せた。そマリルも同じような表情をとる。

「ノーヴォリーヴェの町に来たら絶対にこのクマ牧場に行くって聞かなかったからね、リッちゃん。オキトの周辺じゃ絶対に見られない光景だし、動物好きとしては大興奮の場所なんだなぁ」

「だろうな。幼稚園の遠足の保護者になってる気分だよ」

「あははは、言えてる」

ルーティアとマリルはそんな会話を交わしながら、リーシャの向かったクマステージの会場へとゆっくり歩いて行った。

「今日のホテル、ここから近いみたいよ。国王が昨日のうちに手配してくれたみたい」

「有り難い話だな。……なんだか、申し訳ない事をしたのに……」

「あははは……まあ、なんというか。致命傷に違いないからね、あそこは」

「加減はしたんだが…… あそこまで痛がるものだとは、思わなくて……。その、分からないから……」

「はははは……だよねぇ」

―― 悶絶をして、地面に這いつくばった筋骨隆々の国王の姿。
そしてそのまま魔装具の効果が切れ、元の老人の姿へと戻っていく、国王の姿。

それを思い返すと…… ただただ、申し訳ない、という言葉しか出てこないルーティアであった。

「温泉が有名な場所だから、楽しみだね!なんか20種類くらいホテルの中に温泉があるらしいよ、ルーちゃん!」

「なに、そんなにか!それは……なんだか、凄そうだな!今からワクワクするなっ!!」

その罪悪感を打ち消すように、二人は無理矢理、冷や汗をかきながらテンションを上げるのだった。


――


「見事であったぞ、オキトの三人の戦士よ」

昨日。
ルーティアと、国王の試合の後。
交流試合は、無事に…… いや、無事であったかどうかは判断に困るが、兎に角終わった。
玉座に座り微笑む国王は、魔装具の効果が切れすっかり元の老人の状態。しかし…… 微かに内股になり、落ち着きなく両足を小さく動かしていた。

「…… 申し訳ありませんでした」

跪いたルーティアは、再び頭を深く下げる。しかしかれこれ数十回は申し訳ありませんでした、と頭を深く下げているのだった。

「よいというに。練習試合とはいえ、真剣勝負。致命傷を与えるのに、手段など選ぶようでは一人前の戦士とは言えぬ」

「……そう言っていただけると、幸いです……」

「しかし…… まだ痛むぞ、ルーティア殿」

「…… 申し訳ありませんでした」

また一回、ルーティアの謝罪の回数が増えた。


「しかし、残念じゃ。勝ち抜き形式の試合にして両国の戦力差を測ろうとしたばかりに…… 大将であるマリル殿の魔術を見る事ができんかったのはのう」

国王は髭を弄りながら、天井を仰ぐ。
予想外の言葉に、すっかり気を抜いていたマリルは驚いた。

「ふぇぇっ!?え……え、ええ、まあ、そう、です、ね……」

「魔法研究に関しては47の国の中で最も進んでいると言われるオキトの国の魔術師…… その代表というのだから、きっととてつもない魔法を繰り出しておったのじゃろうなあ……」

国王は髭を弄りながら、残念そうに天井を見上げた。

「そうですわね。ワタクシも是非拝見したかったですわ……。まあ、お姉様の剣技を見る事ができただけで、満足でしたけれど♪」

「……ワタシも、見たかった。ワタシの召喚術がどこまで太刀打ちできるか……」

国王の隣でその話を聞いていたイヴとシェーラも、そんな言葉をマリルに向ける。

後頭部と背中で、冷や汗をダラダラ流しながらマリルは精一杯の余裕の笑みを浮かべてみせた。

「い、いやー、はははは!アタシも残念ですねっ。オキトの魔術師としてしっかり実力を見せておきたかったんですけどねー!あ、あははは、あは」

「…… マリル、アンタいつか天罰が下るわよ」

ぼそ、とマリルの隣で腕組みをするリーシャが呟いた。


「長旅をしてまで交流試合に参加してくれた事に感謝するぞ、オキトの戦士達よ」

「いえ。魔導フェリーの手配までしていただき、こちらとしては本当に感謝しています、国王。異国の地で、すっかり旅行を楽しませてもらっています」

「なによりじゃ」

ルーティアが再び頭を下げると、国王は「よいよい」という風に手を振った。

「して、ルーティア殿達はこの後はどういう行程で我が国を回るつもりじゃ?」

「このまま南下をし、ノーヴォリーヴェの町へ行く予定です。どうしてもそこに立ち寄らなければならない理由がありまして」

「ほう、その理由とは?」

「……。一名、どうしてもノーヴォリーヴェのクマ牧場に行きたいと騒いでいる者がおりまして」

ルーティアはチラリ、とリーシャの方を見る。

「おっきいヒグマさんがたくさんいるんですよね!わたし、フォッカウィドーに来たら絶対に見に行きたいって思ってたんです!」

リーシャの目は、期待に満ちあふれていた。

「はっはっは。確かにヒグマは、このフォッカウィドーの地でしか見られないからのう。ワシも現役の頃はよく見たものじゃよ」

「国王もヒグマさん、好きですか?おっきくてふわふわしていてかわいいですよねっ!」

「え。……いや、まあ、うん……。そういう面も、あるかな」

国王の言う「よく見た」はきっと、「よく戦った」の意味なのだろうな、とルーティアとマリルは悟ったのだった


「ノーヴォリーヴェの町は温泉でも有名な場所じゃ。ワシから手配して、とっておきの温泉があるホテルを予約しておこう」

「え!?ほ、本当ですか!?そんなご厚意に……」

マリルの遠慮を、国王は豪快に笑って跳ね返す。

「是非、ワシの国を堪能して欲しいという年寄りの願いじゃ。異国の地は、人を癒やし、強くしてくれる。今日の礼だと思って受け取ってくれ、マリル殿」

「は……。そ、それでは……是非……っ!」

「ありがとうございます、ルベルト国王……!!」

温泉。

そのワードだけで、その気持ちよさを知るマリルとルーティアは、飛びつかずにはいられない気持ちを必死で押さえながら、その誘いを快諾する。


「 それでは、これにてフォッカウィドーとオキトの交流試合を終了する! 皆の者、大変ご苦労であった! これを糧にし、更なる力をつけていくがよい! 」


 「「「 はいっ!! 」」」

ルーティア、リーシャ、イヴ、シェーラ……そして、道場内の兵士達が、国王に向けて敬礼をする。

ただ一人、マリルだけは、その言葉に元気なく「……はい」と呟くだけだった。その言葉が、あまりにも心に刺さったようだった。



――


「はーいっ、ご覧ください! なんとクマさんは、このように丸太橋だってすいすい渡る事ができるんです!」

ステージ上のヒグマは、その身体には細すぎるほどの丸太の橋を4つの足を使って器用に渡り、その先の餌を獲得した。

「わあああ……すごい……!」

「うむ。先ほど、リンゴを前足でキャッチしているクマもいたからな。手先が器用だとあんな真似をする事もできるのか」

「わ。今度はハシゴにぶら下がってるよ!すごーい!」

リーシャとルーティアとマリルは、クマ牧場のアスレチックステージを満喫していた。
リーシャのリクエストで来たこの場所だったが、オキトではまずお目にかかれないスケールの大きな牧場や生態の学習にそれぞれ興味が湧いている様子だ。

昨日の交流試合の時とは、別人のように穏やかな顔になるルーティアとリーシャ。

きっと……1人だけで交流試合に来たのなら、こんな表情になる場所には来なかっただろう。
あの日、休みというものを知らなければ……3人でこんな風に『旅』を楽しむなんて機会は、永遠になかっただろう。

ふとルーティアは、懐かしむようにそんな事を思っていた。

自分の隣で、ステージ上のクマの動きを愛おしそうに見つめるリーシャとマリル。

ルーティアは、クマと一緒に、そんな2人の様子も……なんだか愛おしく、尊いものだと感じているのだった。

――

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