69 / 122
特別章 女騎士さん、北へ 《フェリー旅行》
五日目(2)
しおりを挟む――
「「「 …… わあ …… 」」」
ルーティア、マリル、リーシャの3人は、感嘆のため息を漏らす。
そこは紛うことなき、スイートルーム。
暖かな太陽の日差しが木の優しい色に差し込む室内。
リビングルームには大きなソファが置かれ、走り回れるほどに広い。
その奥にはキングサイズのベッドが鎮座する。部屋を隔てて、セミダブルベッドが2つ。家族を想定した構造のようだったが、それでもあまりにも広い室内。
洗面台やトイレには大理石が遇われ、隅々まで埃1つなく清掃が行き届いている。
そしてなにより……このスイートルームの一番の特徴は。
「へ…… 部屋に露天風呂がついている、だと……!?」
バルコニーかと思い部屋を出た瞬間、目に入るのはファミリーサイズの露天風呂だった。
外から丸見えにならないよう、多少木の板の柵は置かれているが露天風呂の前には雄大なフォッカウィドーの山々が広がっている。
冷たい空気と風に、温泉の湯気が踊るように舞う。
微かに香るのは、硫黄の香り。
ノーヴォリーヴェの町はこの硫黄泉が有名であり、古くから解毒・殺菌・病の改善などに用いられてきた名湯だ。
「まさか、部屋にいながら硫黄温泉を楽しむ事ができるなんて……」
ルーティアもマリルも、その『温泉付スイートルーム』という豪華絢爛な場所にただただ驚くばかりだった。
部屋を見回りながら、あちこちに感嘆のため息を漏らす2人。
そして、テンションが上がり大きなベッドに着の身着のままゴロンと横になるリーシャ。
「さいっこう!ね、ね、後でじゃんけんでどのベッドにするか決めようよー。わたしこの大きいベッドがいいなー」
「お前……既に寝そべっておいて、じゃんけんで決めるもなにもないだろう」
「え?じゃあわたしに譲ってくれるの?ルーティア」
「駄目だ。そこから離れろ。私もおっきいベッドに寝てみたい」
子どものようなやりとりをするルーティアとリーシャに、マリルも加わる。
「あー!アタシもじゃんけんするからねっ!2人だけで勝手に話進めないでよ!」
「ぶー。ここは交流試合で頑張った人に譲ろうとか、そういう気持ちはないわけ?」
「それとこれとは話が別っ!一応旅のプランとか部屋の交渉とか調整してるのアタシなんだからねっ。公平にじゃんけん!」
国王が用意したのは、ノーヴォリーヴェ屈指の巨大ホテルのスイートルーム。
部屋に温泉が付き、24時間いつでも入る事ができ、アメニティも充実。
また、部屋に常備されている『魔石型冷気貯蔵倉庫(通称:冷蔵庫)』には、飲み物やデザートが用意されており、いくらでも飲食していいのだという。
至れり尽くせりの待遇に感謝するしかない3人。
今日の宿泊施設に関してはまるで考えていなかった一行にとってはまさに天からの……いや、国王からの恵みというとてつもないサプライズの僥倖であった。
フォッカウィドーの旅も、目的を達成し後はこの異国の地を楽しむだけとなった3人。
それぞれ、疲れの種類は違うものの今はこのノーヴォリーヴェの温泉で身体を癒やそうと心に誓う。
ちなみに、じゃんけんはリーシャが勝利。
キングサイズベッドは最年少がいただく事となった。
――
「夕食ー!!」
時計が17時を示す。
ガアで長距離を移動し、クマ牧場ではしゃいだ3人のお腹はエンプティ状態だ。
時間を確認すると部屋を出て、階段をおり、長い廊下を浴衣姿で進む。
既に部屋の露天風呂を満喫し温まった身体が食べ物と飲み物を欲していた。
浴衣姿を女子らしく「かわいいー!」「似合うー!」などと褒め合う余裕は3人にはない。
飢えた獣のように、3人は食事会場へと突き進むのだった。
早足で歩きながら、ルーティアがマリルの方を見ずに問いかけた。
「マリル。そういえば食事の形式については国王となにやら相談をしていたな?」
「ええ。スイートルームの宿泊では部屋での食事が一般的だという事だったのだけれど、今回は形式を変更させてもらったわ」
その言葉に、リーシャが反応する。
「部屋での食事…… 何故断ったの?」
「フォッカウィドー城の食事は、殆どがコース料理だったでしょう?客人をもてなす料理……確かに豪華でとても美味しいものだったけれど、そればかりを戴き続けるのもどうかと思ったのよ」
「ええ。確かに……気にしないでいいと言われたけれど、マナーや礼儀を気にしつつ料理が運ばれるまで待つ食事、というのは些かわたし達にとっては不向きだったかもしれないわね」
リーシャの見解に、ルーティアも深く頷く。
廊下を早足で歩いていく3人の表情は、空腹と期待によりとても真剣なものとなっている。
まるで戦の前の作戦会議のような物々しい雰囲気。
それはある意味、フォッカウィドー城での交流試合よりも緊迫したものなのかもしれない。
が、今話しているのは、今日の夕食についての話だった。
「それで……あえて部屋での食事をとらず、会場まで足を運ぶ料理、というのはなんなのだ?マリル」
「ええ。このホテルではむしろ部屋での食事よりも『名物』となっている食事形式があるわ。ルーちゃんやリッちゃん……そして私には、むしろこちらの方が性に合うと思って、国王に変更をお願いしたの」
「……名物。一体どんなものなのかしら。期待させてくれるわね」
「ふふふ…… 一流のシェフが作る豪華な料理は、確かに一流の味。でも……なによりも幸せなのは『その時求めているものを腹一杯食べる』という事に尽きると思うのよ」
そして3人は、たどり着く。
フォッカウィドー城の試合を行った会場にも匹敵する程の、大広間。100人は宿泊が出来るだろうという巨大な空間だ。
赤色の見事な絨毯とシャンデリア調の照明が明るく室内を照らす。
そしてその室内を、浴衣姿の宿泊客が縦横無尽に歩く。その人々の手には。
ある者は刺身を。
ある者はエビチリを。
ある者はデザートのプリンを持ち。
ある者は目の前で焼かれるステーキを嬉々として受け取り。
ある者は目の前で揚げられる天麩羅を涎を押さえながら受け取る。
そう、その食事形式とは。
マリルが、会場を背にして…… 2人にその名を告げた。
「 これが、『バイキング』よ! ルーちゃん、リッちゃん! 」
――
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~
はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。
病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。
これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。
別作品も掲載してます!よかったら応援してください。
おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
草食系ヴァンパイアはどうしていいのか分からない!!
アキナヌカ
ファンタジー
ある時、ある場所、ある瞬間に、何故だか文字通りの草食系ヴァンパイアが誕生した。
思いつくのは草刈りとか、森林を枯らして開拓とか、それが実は俺の天職なのか!?
生まれてしまったものは仕方がない、俺が何をすればいいのかは分からない!
なってしまった草食系とはいえヴァンパイア人生、楽しくいろいろやってみようか!!
◇以前に別名で連載していた『草食系ヴァンパイアは何をしていいのかわからない!!』の再連載となります。この度、完結いたしました!!ありがとうございます!!評価・感想などまだまだおまちしています。ピクシブ、カクヨム、小説家になろうにも投稿しています◇
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる