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九話 戯れの楽園《遊園地》

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高原の遊園地を、オレンジ色の夕日が染めていく。
 
 閉園を告げる少しもの悲しげなBGMがスピーカーから流れ、遊園地で遊びきった客達は満足しきった表情で、朝来た入園口に遊園地側から歩いていくのだった。

 大人達は、楽しそうにやや疲れた表情。
 子ども達は、寂しげな表情。

 遊園地という場所に対する思いは人それぞれだが、皆一様に、その思い出を胸に残して帰って行ったのは間違いない事だろう。


 ルーティア達は、退園口から既に出ており、鳥車を置いておいた駐車場へ戻ってきている。
 ルーティアは帰り分の飲み物を買いに、入園口近くの魔法式自動販売機へと歩いていった。リーシャは、城の部下達へのお土産を鳥車の中に詰め込み……マリルは一人、鳥車の外で物悲しげな表情を、先ほどまで居た遊園地の方へと向けているのだった。

「……よっ、と。なにボーッとしてんのよ、マリル」

 一通り、お土産のクッキーや饅頭を袋に入れてまとめたリーシャは鳥車からぴょん、と降りて未だに立ち尽くしているマリルの隣に来た。

 マリルはハッ、と気付いたようにリーシャの方を少し向くと……あはは、と少し恥ずかしそうに苦笑いをして、また遊園地の方へ視線を向けた。

「……アタシさ、苦手なんだよね。この時間」

「この時間?苦手って、なによ?」

「夢から醒める時間。一日満喫して、楽しかったーって満足して…… 帰路につく、直前くらいの時間。リッちゃんと行った動物園とか、フォッカウィドー旅行とか……結構思ってた事なんだけどさ」

「……ふーん。ま、なんとなく分かるわ。その気持ち」

 リーシャは鳥車の運転席に腰かけると、マリルと同じように、夕日色の遊園地を見つめながら会話を続ける。

「あはは……。もっと言えば、休みが終わってまた仕事に戻るっていうのが億劫というか、絶望というか……。恥ずかしい話、ずっと休みが続けばいいのになー、って」

「休日マスター名乗ってる人間が、随分初歩的な悩み抱えてるのね」

くす、とリーシャは笑う。

「お休みを楽しむのとは別の話だよー。むしろ日頃の鬱憤を休みの日に思い切りぶつけるっていうだけの趣味なんだから……この憂鬱はどうしても避けられなくってね」

「ま、確かにね。日曜日が終わって月曜日がくるのが嫌、っていうのは……なんとなくわたしでも、分かるわ」

「ホント?」

「うん。……というか、少し前までわたし、そうだったから。騎士団の仕事イヤだなー、とか。いっそ辞めちゃおうか、とか。結構、思ってた」

「リッちゃんが?……なんだか、すごく意外なんだけど……」

 マリルからは、想像も出来ない事だった。
 騎士団の次期エースとして実力も地位もどんどん高まっていったリーシャ・アーレインにとっては、騎士団の仕事は誇りそのものである。それはマリルだけではなく、マグナや他の騎士団員や魔術団員全員が思う事だ。
 しかしリーシャは、恥ずかしがる事なく、少し遠い目をしながら話を続けた。

「強くならなきゃ、っていう焦る気持ちに、努力が上手く実を結ばないもどかしさ。自分の事だけじゃなくて、騎士団の部下を引っ張っていくのも前は苦手だったし……自分の力だけじゃ、どうにもならない事も沢山あった。戦うだけが取り柄だったわたしにとっては、騎士団の書類仕事や調査報告なんて、億劫以外のなにものでもなかったしね。……いっそ全部投げ出して家に帰ればどれだけ楽なんだろう、って……何度も何度も考えて。荷物をまとめて城門の前まで行った事もあったっけ。あははは」

「……リッちゃん」

 14歳という異例の若さでの、次期エースとしての実力。しかしその強さには、使命も責任も伴う。
 騎士団という組織の中での強くある事は、剣を上手に扱える事や敵を倒す事以上の仕事を増やしていく。
 この少女は、そのプレッシャーにどれだけ耐えてきたのだろう。マリルは少し心配そうにリーシャを見つめるが、リーシャはその視線に気付くと明るく笑って見せた。

「でもさ、やめたの」

「やめた?」

「がんばること。やめたら、結構楽になるのよ」

「頑張る事を……やめる?」

 鳥車の外から自分を見つめるマリルに向けて、リーシャは向き直ってしっかり視線を合わせて話した。

「マリルが仕事をイヤな理由って……多分、頑張らなくちゃ、って思っているからだと思う。頑張って強くならなきゃ、頑張って怒られないようにしなきゃ、頑張って役に立たなきゃ、頑張って、頑張って……。 自分の持っている器以上の努力をしようとすると、その器ってきっと、壊れやすくなっちゃうと思う」

「…………」

「ふと気付いたら、自分がなんで頑張っているのか、分からなくなるの。上司に嫌われたくないから?同僚に迷惑をかけたくないから?誰かに自分を好きになって欲しいから?職場で、自分という存在をもっと誰かに思いやって欲しいから?……ってね」

「……そう、かも……」

「だから、マリルはきっと、頑張りすぎなのよ。自分の器以上に頑張ろうとするから、身体も心も無理だって悲鳴をあげていて……それが、憂鬱感やストレスになって、仕事がイヤになっちゃう」

「……で、でもさ。アタシ、魔力は人並み以下だし、よく居眠りしちゃうし、みんなに迷惑かけられないし……。もっと努力しないと……」

「そう思うから仕事行きたくなくなるんでしょ?それじゃ意味ないじゃん」

「う……」

 リーシャの言うとおりだった。
 誰かに迷惑をかけたくない。もっと頑張らなくてはいけない。それは魔術団に出勤をする時に、マリルが知らず知らずのうちに、常に胸に抱えていたプレッシャーだった。

「わたしも、ちょっと前までそうだったから、分かるよ。マリルのその気持ち。……でもね」

 リーシャは気まずそうな表情のマリルに向けて、再びにっこりと笑った。

「意外と自分って、自分が思うよりずっとちゃんとしていて、頑張っていて、努力しているの。頑張らなくちゃ、なんて思わなくても……マリルはきっと、しっかり仕事が出来ているよ」

「…………そう、なのかな……」

「うん。でも仕事が上手くいかなかったり誰かに怒られたりすると、こう思っちゃうの。『自分が頑張らなかったせいだ』って。実はそれって、全然違うのよ。自分が頑張っても、たまたま上手くいかなかったことが現れちゃっただけ」

「……たまたま……」

「十個成功した事は、誰も褒めてくれない。でも一つの失敗は、自分や誰かに必ず責められる。成功して当たり前、失敗するな、って風潮がいけないんだけどね。頑張って失敗しないようにしても、いつか必ず上手くいかなくなって、『失敗した』って感じちゃう。本当はその裏に、数え切れないくらいの努力があって、成功があるのにね」

「…………」

「だから、無駄なのよ。わたしはそれで、頑張るのをやめたの。……そしたらなんか、スッキリした」

「リッちゃんが、頑張るのをやめた……?と、とてもそうは思えないけどなあ……」

「案外、『頑張ろう』っていう気持ちを捨てても自分はしっかりやれているの。トレーニングして、部下を引っ張って、書類仕事して……。でも絶対に無理はしない。イライラしたらこんな風に、マリルに遊園地に連れてきてもらって、ストレス発散する。……ね?頑張ってないでしょ?」

「……!」

 強さに対して我武者羅で、ルーティアに勝利しようと躍起になっていたリーシャのままではない。マリルは、そう思った。
 仕事をして、イライラして、疲れて、休みの日をマリルやルーティアと過ごし、しっかり休息する。そんな当たり前の事を、以前の彼女は知らなかったのだ。
 頑張って、努力をした先に、何かが存在すると信じ切っていたリーシャ。そしてそれは、今のマリルも同じ事かもしれない。実力の足りない自分が努力をすればきっとその先に何かがある……。そんな気持ちが、知らないうちに自分に無理をさせていたのかもしれない。

「頑張らなくても、努力しなくても……自分はちゃんと、やれている。そのせいで誰かに嫌われたって、怒られたって、構わない。だって自分の事は、自分が一番労れるんだから。誰かの評価じゃなくて、自分自身が、自分を評価するの。わたしが一番、わたしの事を大切にしていなくちゃなんだから」

「……そっか……。そう、だよね……」

「だから、仕事が嫌になるほど頑張らなくてもいーの。いつでも、自分は好きなようにできるんだから。誰かに嫌われても、逃げ出しても、投げ出しても。ぜーんぶ自分の自由。ね?」

「……ありがと、リッちゃん」

 一回り年齢が下の少女の話に感動する自分。しかしマリルは、この女の子と付き合ってきて本当に良かった、そう思った。
 自分が休日を教えてきた事で、リーシャも……そしてルーティアも、きっと、どこか助かっている部分がある。それをなんとなく、感じられたからだ。

 そして、リーシャもそれを感じていた。
 自分がこうなれたのは、マリルとルーティアが居たからだと。

 口には出さないが、そんな思いが、二人の間を交差するのだった。



「……なんだ?なにか、あったのか?」

 三つの飲み物のボトルを持ったルーティアが、怪訝そうな顔で戻ってきた。

 泣きそうな顔のマリルに、微笑んだままのリーシャ。
 なにかただ事ではない状況に、ルーティアは二人の顔をキョロキョロと見る。

「なんでもないわよ。……あー、楽しかったー!さ、帰るわよ。マリル」

「う、うん!よーし、帰りはアタシが運転しちゃうわよー!」

「ちゃんとフォッカウィドー旅行のあと、練習したんでしょうね。安全運転で頼むわよ」

「まかしとけー!」

 なにかが吹っ切れた様子のマリルに、それを見守るような優しい顔のリーシャ。
 二人は鳥車に乗り込み……。リーシャが、鳥車の外のルーティアに、声をかけた。

「ほら、置いていくわよ!早く乗って!」

「……あ、はい……」

 異様なその雰囲気に飲み込まれそうになるルーティアは、ただただリーシャの言葉に従うしかなかった。

 マリルが手綱を握り、ガアが高らかに鳴き声をあげ、鳥車はオキトへ戻る。
 夕日の照らす道を、三人を乗せた鳥車は軽快に走り出した。

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