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十話 血肉の晩餐《焼肉屋》
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ルーティアの持つ箸先には……炎で炙られた、肉。脂が光り、こんがりと焼き目をつけ、香ばしい醤油ソースが滴り落ちる、タレのカルビ肉。
まずはそれを、自分の持っているライスの茶碗にそっ、と乗せる。油とタレが絡まり合ったエキスが白銀の米の世界に侵入していき、茶褐色の肉汁が美しく大盛りの白米を染め上げた。マリルにこうしろ、と指示を受けたわけではない。ただただ、ルーティアは本能的に、ライスの上に焼肉をジャンプさせる。
そして、まだ熱を持つカルビ肉に息をそっ、と何度か吹きかけ…… 虚無である自分の腹への進入口へと、それを発進させた。
「…………。 ――――ッッッ!!」
舌の上にくる、醤油とニンニクがガツンと効いたタレと肉汁。鼻へと突き抜けていくその香りは全身へと広がり、多幸感となり彼女の身体を駆け巡っていく。
程よい硬さを残しつつも、柔らかい肉の脂。噛みしめるたびにそこから再び肉汁が溢れだし、口の中に広がる。
たまらずルーティアは、白飯を、肉を追うように口に入れる。甘みがありながらも爽やかな旨みのある白米が肉と調和し、口の中で溶け合っていった。
ごくん。
飲み込むその一時まで、幸せは続くのだった。
「……う……美味い……。うますぎるっ……!!」
一日耐え忍んだ空腹。そこに入れる、焼肉とライスのダブルコンビ。
腹ぺこという牙城が、その二人の活躍によって次々と破壊されていく感覚を、ルーティアは味わっていた。
「極限までお腹が減ったあとに入れる焼肉と白いお米……。わざとその状態にしてでも味わいたい感覚ね。 ……まあ、それに負けず劣らず、アタシは……」
マリルが口に入れたのは、ハラミの塩。分類として内臓に属するハラミは焦げ目がつけるくらいに焼くのが一般的。カリカリに焼けた部分を噛み、あふれ出す旨味が表面にかかった塩と調和していく。 そしてそれを……マリルは、生ビールで流し込んだ。
「……っ!くええええ~~~~っ!!たまらないーーっ!!」
赤ら顔でため息をつくマリル。喉を通る苦みのある炭酸の刺激が、肉の脂を洗い流していくような爽快感。焼肉とビールが合うと言われる所以でもあろう。
あっという間に今し方自分が焼いた肉が鉄板の上から消えてしまった。ルーティア達は再び大皿の上のロースや野菜を鉄板で焼き始めるが……それを待つ間、再び押し寄せる空腹と、それを早く満たしたいという欲求が感情を襲う。
「ううう……次食べるものを焼き始めてから食べれば良かった……!」
「まあ、焼肉の基本ね。でもアタシは、そうは思わないわ。空腹を焦らすこの感覚も、焼肉の醍醐味。ここまで自分が食べるものを血眼になって見つめる食事スタイルもないでしょうし、ある意味、自分を虐めながら堪能するものだとも思うのよ、焼肉って」
「なるほど……。確かに、焼けた肉を再び味わう感動も一入だな……」
トングで自分が食べるタレロースをひっくり返しながら、ルーティアはその肉を凝視している。
一方のリーシャは、自分のスペースで次々に焼肉を焼きつつ食べ、その間に次に食べる肉や野菜を素早くチョイスし並べていく。初めてこの店に来たとは思えない手際の良さだ。
「り、リッちゃん、決断力があるね……」
「だって焼いてる時間がもったいないんだもん。お肉美味しいし」
「うーん、なんか人間的に負けてしまった感じがする……」
「やり方は人それぞれなんでしょ?我慢するのが好きなのならば、好きになさい。ふふふ」
戦闘だけではなく、焼肉においても自分のペースを掴む事を得意とするリーシャであった。
「ところでマリル。一応この焼肉って、火をよく通すのが基本みたいだけれど……肉によってなにか焼き方の違いとかあるの?」
リーシャのその質問に、再びマリルの眼鏡が光った。噛みしめた塩カルビをビールで流し込みジョッキをテーブルに置くと、眼鏡をくい、と上げて説明を開始する。
「お店から説明がある所もあるし、焼き方が自由なのが焼肉のいいところだから基本的にはクドクドと解説したくはないのだけれど……そう言われたからには説明するわ」
「したくない割にはえらく張り切ってるわね……」
「ステーキで言うところのレアやミディアムレアの状態が美味しいお肉もあれば、焦げ目がつくほどこんがり焼くのがベストのお肉も存在するの。大事なのは『自分が好きな状態のお肉を見つける』事よ。だからさっきも言ったけれど基本は焼き方自由。でもそれでもオススメというのは存在するわ。まずロースは脂身が少なくて赤身の部分が多いから、火を通しすぎると硬くなりやすいの」
「ふむふむ」
「オススメは強めの火加減で片面を焼いて、裏返したら軽く焼き色がつく程度に焼く。再度返して軽く炙るくらいが、安全に美味しく食べられるベストだとアタシは思うわ」
「なるほどね。……どれどれ」
リーシャは、マリルに言われた通りに塩ロースを焼き始める。その間に、今度はルーティアがマリルに質問をした。
「それじゃあ、カルビとハラミのオススメは?」
「カルビはロースと逆で脂身が多いから、火を通して脂身を落とすと胃に負担がなく美味しく食べられるわ。裏面に焼き色がついてきたら裏返して、そのあとはじんわり肉汁が出てくるくらいまで。 ハラミは内臓系のお肉だから、少しクセのある味。弱火でじっくり火を通して臭みを消していき、焦げ目がつくくらいまで焼くのが良いわね」
「……ふむ。試してみよう」
ルーティアもその言葉通りに、タレのロースとハラミを焼き始めた。
「網への肉の置き方もポイントだからね。中央付近が最も高温で強火、そこから外れていく位置によって温度が低くなっていくからさっき言った焼き方を実践する時はどこに置いて焼くかをしっかり考える事。いいわね?」
「「 はーい 」」
すっかり従順な生徒と化したルーティアとリーシャは、先生の言うことに素直に従った。
焦げがついたとしても、焼きすぎたとしても、それは失敗ではない。むしろ焼く時間や焼き色によって様々に味を変えていく焼肉というスタイルの食事は飽きがこず、いくらでも腹に入れられるような錯覚さえ覚えるのだ。 小うるさく焼き方を注意する輩は、ここには存在しない。自由に、ただただ肉を焼き、ただただ食べる。その繰り返しは、原始的でもあり、食事という行為がいかに人間にとって必要不可欠なものなのかというのを再確認させられた。特に今日一日を空腹で過ごしたルーティアは、それをしみじみと感じているようであり……。
「ううう……し、幸せだ……」
タレカルビを頬張り、ご飯でそれを追いかける幸せ。塩ロールを噛みしめ、水で口を流し込む快感。焦げ目のついたハラミを噛みしめ、肉汁を味わう贅沢。肉を食べ、力にする。人間が太古の昔から続けてきたその行為の有り難みを、ルーティアは肉と一緒にしっかりと噛みしめているのであった。
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